359話【人類VS.】圧縮型惑星間投射亜空砲 シックスティーンアイズ 4
「ここまでやっても勝てないのか!?」
どうしようもないとわかっていても、諦めきれない想いが胸を締めつける。
あと少し、あと一歩。そのあと少しが永遠に埋まらない。
いつもは冷ややかで隙のないミスティの顔に、陰りが差す。
整った眉がわずかに寄り、唇の端が、ほんの少しだけ震える。
「遠い、あまりにも遠すぎる! 我々人類にこの苦難を越えられるだけの力はもうないというのに!」
やり尽くした。やり尽くしてなお足らない。
ブルードラグーンの導きによって奇跡はもうすでに起こっていた。
大群だった敵の処理は龍族の助力によって殲滅が完了している。戦闘後に残されたのは荒れた建造物と街並みのみ。
敵の残骸は霧散し、そして龍たちは光となって消失した。いまや人々の記憶にのみ彼らの栄光と栄華が記されている。
「マテリアル1のフレックス値減少傾向です! これ以上の喪失は命に関わりかねません!」
「こんな終わり、認めたくない……でも、っ! でもダメだ……もう、なにも残っていない!」
モニタリングしているオペレーターたちの悲鳴が司令室に木霊した。
サブモニターには戦闘を終えたノアの民たちが集っている。そぞろに街頭ビジョンを見上げる様子が映されていた。
彼らもまたアザーから送られてくる絶望的盤面を共有している。
『あれだけやっても倒せないんじゃ俺たちに勝ち目なんてないじゃないか』
どうすることもできず、ただ見つめるしかないこの距離が、もどかしい。
手を差し伸べたいのに、届かない。声をかけたいのに、言葉が見つからない。
見守るしかできない無力さが胸の奥を焦がしていく。なにもできないという状況に精神を激しくすり減らしていった。
『……うそだろ……まだ、戦う気かよ……』
誰かがつぶやいた。
それは畏怖か、感動か。それとも純粋な驚きだったのか。
とにかく人々は、マテリアル1の泥臭く諦めない姿に、目を奪われていた。
幾度となく打ちのめされ、膝をつきながらも、彼は何度だって立ち上がる。眼前にそびえ立つ巨大な敵は、まるで超えられぬ壁のように不動だった。
それでも彼の宿す蒼い瞳は、諦めの色など一切なかった。傷ついた体を引きずり、息を切らす。拳を握りしめて前に進む。
『がんばれ……がんばれ! がんばれええええええ!!』
どうして背を押さずにいられるものか。
黙して静観の立場を選べようものか。
たった1人の勇気が、また別の勇気を目覚めさせるかのよう。
『いけぇええええええええ!!』
勇気が勇気を呼ぶ。
ノアの民たちは、涙も汗もぐしゃぐしゃになって捲し立てる。
すでにカメラ向こうの集会は声援と応援で大合唱となっていた。
『がんばれええええええ!!負けるなああああ!!』
それでも立ち上がる背中を、精一杯の声で追いかける。
勝て。掴め。超えろ。そして帰ってきて。たった1人の少年を大勢が信じている。
終わってしまうはずだった世界を食い止めた少年がいた。そしてその少年は再びこうして戦いつづけている、たった1人で。
彼を見つめる人々は、まるで時間が止まったかのよう。地面に転がる彼の身体は、もはや動かないと思われた。
誰もが終わったと思ったその瞬間――……彼は、必ず立ちあがる。足を引きずり、血を吐きながら、それでも拳を握りしめて。
『……こんなもんで、終われるか――……』
しかしどれほど喘ぎ嘆こうとも現実は残酷だった。
彼の姿は容赦のない爆煙によって紙くずの如く弾かれてしまう。
そして倒れ伏した少年に集中砲火が放たれる。
『 G E E E E E E E G O O O O O O O O O O !!!!』
それは叫びというにはあまりに歪だった。
おびただしい数の死を吸ったかの如く耳障りで、気分が悪くなるような音だった。
怒涛のように光線が乱れ打たれる。狙いなどない。ただ本能と衝動だけが支配するその動きは、まるで制御不能な嵐そのもの。
もうもうと煙る大地には薄明がいままさに途切れんと、光を弱めていった。
「もういい……もうそれ以上がんばらないでくれっ……!」
いつの間にか頬に涙が伝っている。
ミスティ自身でも気づかぬうちに、心の奥底に積もっていたものが、決壊したようにあふれだす。
声は震え、視界は滲む。それでも止まってくれない現実が厳然と立ちはだかっている。
「……けど、終わらせたくないんだ! まだ先の未来を諦めたくない!」
少女のように顔を引きつらせながら涙に溺れる。
だけど彼はもう、マテリアル1は、ミナトは限界だった。
全身が傷だらけで、視界は揺れ、蒼が死を目前に瞬いている。
未来は閉ざされ、進む先に光はない。選択も意味もすべてがすり減り時は凍りついた。
誰しも平等な時間だけが刻一刻と秒針を刻みながら過ぎていく。ただ静かに朽ちていくのを待っている。
「っ!」
もう見ていられなかった。
騒音と轟音。スピーカーから流れてくる音に人々の引きつった悲鳴が混ざった。
ミスティは無力に打ちひしがれながら瞳を、世界を遠ざける。
もういいだろう、と。心のどこかが囁いていた。握り締めていた拳は気づけば解かれて無を乗せている。
立ち向かう理由も、立ち上がる意味も、何も思いだせない。ただ、身体の重さと、心を抉るような辛さだけが残滓の如く心を砕いていく。
「――艦長!! ミスティ艦長!!」
己を呼ぶ声がミスティの全身を叩いた。
異常を伝えるには十分な声量だった。慌てふためいて裏返る感じ。
しかもそれはオペレーター1人だけが察しているわけではない。司令室全体が狼狽一色に染め上げられる。
「……は? いや、ちょっと待って、嘘でしょ? いやいや、これ……こんな、こんな……!」
「なに、なにこれ、なんで、どうなってるの!? そんなはずない、だってさっきまで、消えかけていたのに――ッ!」
モニターの光に彩られたオペレーターたちは、揃って真っ青なっていた。
それでもモニターから目が離せないといった様子。青ざめ唇を震わせながら眼を皿のように見開いている。
そしてそれは世界を否定したはずのミスティでさえ同様の結果だった。
「マテリアル1!!?」
生命反応を透過するカメラが異常事態を映しだしていた。
おかしい。絶対におかしいのに、感情が限界までこみ上げる。
「キミは……っ! そこまでして私たちを救おうと!」
そこに映しだされている状態があまりに現実を否定しすぎていた。
ミスティは前のめりになってモニターを眼前にまで突きつける。
「まさか到達するのかッ!!! この極地でッ!!!」
毛穴が広いて、全身がざわついて、心臓が速くなる。
誰もが絶望に沈むこの状況で、なぜか自分だけが感じている。
ここからなにかがはじまる。そう思うだけで、血が沸騰するようだった。
「第3」
人類のその先へ。
モニターに映しだされている生体反応は、命そのものを意味している。
そしてその生命の蒼は、前人未踏を創造していた。
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