356話【人類VS.】圧縮型惑星間投射亜空砲 シックスティーンアイズ
風を切り裂きながらまるで稲妻のように駆け抜けた。視界の端で景色が一瞬にして流れ去っていく。
『200、300、400……500、600! まだ加速してるわよ!』
『あ、あれは果たして本当にフレックスなのか? 我々の使用している能力は紛いものではないのか?』
『あんなん援護に行けるわきゃねぇだろ。ウチらにだって届きゃしねぇ』
大人たちの声が、通信が、風景と音が、帯のように後方へ消えていった。
地面を蹴るたびに衝撃が足元から伝わる。だが、それすらも一瞬で通り過ぎて次の一歩へと変わる。
空気の壁を突き破るように、耳元で風が轟音が爆ぜては薙ぐ。蒼と鼓動が高鳴るにつれてより強力な力を示す。
いま、ミナトはまさに音すら置き去りにする速度で、ただ前へ、前へ。突き進んでいた。
『シックスティーンアイズより再び高熱反応の拡大を確認! 圧縮型惑星間投射亜空砲がノアに放たれようとしています!』
『フレクスバリアのバッテリー残量25%! もし直撃ならあと1発を耐えられか五分だ!』
焦りを帯びてけたたましくもよく通る声が脳裏をかすめる。
しかしやることは変わらない。はじめからずっと。そのために駆けだしているのだから。
――これじゃ足りない! この力はこんなものじゃない!
求めよ、呼応する。
ミナトが意識的に渇望すれば蒼はそれに応じた。
体内電気を高める雷の力が全身の筋肉に伝わって微振動を促す。すると足を運ぶスピードが通常の数倍に至る。
身にまとう蒼と脳は常に繋がっている。感覚的にわかった。ずっと一緒だったのだと。
ゆえにこの力そのものが己の一部であると知る。
――風が、大気が、邪魔だ!!
願い、応じる。
ミナトが必要ないと意識すれば蒼は彼の意志を汲む。
正面にヘックス上の連鎖体が2枚張り巡らされる。2枚が壁となって風を中央から2枚に切り裂いていく。
それはまさに船、否。戦闘機の如き先端で、風と大気を防ぎ、より加速する。
――大地の隆起もいらない!! 踏み抜いたときに散ってしまう余分な力も全部がいらない!!
さらによりわがままに要望を脳内で強めていく。
ミナトが1歩踏むたび身体が浮く。縛る重力に逆らいながら空を踏む。
これこそヨルナから教わった平踏み。
決して神の啓示でもなければ、偶然の奇跡でさえない。肉体が知っている。だからそのように現実となって昇華しているだけにすぎない。
雷伝と不敵という第2世代能力の多重利用。筋収縮の効率化と舗装、保護。2種類の力で滑走から滑空へと移行する。
「――――――――――――――――――――――――――――――」
なおも空は遠い。
16の瞳の1つとしてこちらを感化する様子もなかった。
ゆえにこれほど鬱屈して、キレてしまう寸前となっている。
「コッチヲミロオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!」
血走った咆吼だった。
これほどこちらが敵意を向けていても敵とさえ認識されていない。
再び16の瞳へ光が収縮を開始する。一筋の光がゆっくりと集まり始める。
まるで無数の星が呼び寄せられるかのよう。最初は微かな輝きだったものが1点に向かって収束していく。
やがて16の瞳の光は、中央にて重なり合う。それはまるで闇の中に生まれた小さな希望を吹き消す邪悪そのものだった。
「ハアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
ミナトは大気を掻いて振りかざす。
さながら愚直に敵をロックオンする、蒼き、1本のミサイル。
さらにかざした拳に籠めるは、意志。強靱で屈強な意。
そうしてまもなく衝突す。蒼き弾丸となったミナトは敵巨体の支柱に全身全霊をブチこむ。
「《亜轟ォ》!!!」
空気を切り裂くような大きな音が轟き、地面が微かに震えた。
まるで隕石が大地を叩きつけるかのよう。響きは周囲の鎮静を一瞬で飲みこむ。
まさに剛の拳。その音は力強く、蒼の迅雷は大気を揺らし、圧倒的だった。
炸裂する。漆喰の甲冑が食い破られるようにえぐれ、敵の鎧の一部に大きな窪みを作る。
「ッ、浅いか!!?」
だが、弱い。あまりにもか弱い抵抗だった。
体格差があるため欠片ほどの支障しか与えられていない。
――オレはバカか人間の域に囚われてたら勝てるわけがないだろ!! もっと、もっと強大な想像を創造するんだ!!
不足と感じるや、即座にもう1打へ切り替えた。
ミナトは拳のインパクトからコマのように身体を捻る。
そして回転のエネルギーを己の全身に籠めてもう1度刺し貫く。
「オレは!! お前を!! 否定するッ!!」
発生した音は、剛ではない、砕の甲高さ。
創傷口に思い切り背を直撃させる。耳をつんざくほどの鋭利な打撃音は奥に向かって弾けた。
内側に内包されたインパクトは支柱の逆側へと貫通する。初撃で与えた裂傷が数千もの亀裂へと変化し、千切れ、爆ぜる。
零コンマ壱の連撃。さらに蒼には純粋無垢な殺意を載せた。
これによって敵の強大な身体は、1本の支えを破砕され、ぐらりと傾く。
「――――――――――――――――――――――――――――――――!!!」
直後だった。
収縮された光の暴力が投射されてしまう。
死色の光線は厚い雲の天蓋を容易に打ち抜いて宇宙へと吸いこまれていく。
『回避!! 回避ィ!!』
『亜空砲!! ノア直撃コースを大きく外れました!! 回避成功です!!』
無線を通じで喝采の雨あられが聞こえてきた。
歓声が絶え間なく降り注ぎ、拍手が嵐のように響き渡る。称賛の声が波のように押し寄せる。
空間を満たす熱気はまるで嵐の中心にいるかのようだだった。興奮と感動が渦巻き、止むことのない賞賛がその場を包み込んでいく。
「よぉ」
ぎょろり、と。剥かれる。
意識するほどもない。未熟で、小さく、毛ほどでもない。
しかしもう無視が可能なモノか。その小さな生命は、妨害という名の愚を企てたのだから。
「――――――――――――――――――――――」
冒涜的な16の血色が見下ろしていた。
空に佇むたった1人のみを、見下ろしている。
「やっとこっちをむいてくれたな」
それはつまりはじめて移民船以外の生命を認識したということ。
ミナトという1個体に対して明確な敵意を抱いたということ。
その証拠に時が止まったかの如く、蒼と紅が見つめ合っている。
棘のみある暴力的な笑み。小さき者、小さきケダモノ。そして空色の蒼をまとう。
「――――――――――………………………………」
「ありがとよ」
この舞台に立てるのは化け物、と、化け物だった。
空前絶後の果たし合いに邪魔は入らない。常識を外れ、規格外を踏み越える。
人類科学を超越した異形へと、人間を超越した人が挑まんとする。
…… …… …… ……
 




