354話 たった1人の望んだ未来《NEW WORLD》
「しゃあああああだっらああああああっ!! どけやどけやあちしが通んぜぇ!!」
戦場で巨大斧を振り回す姿は旋風の如し。
アクセナ・L・ブラスト・ロガーが其処退けと甲殻を薙ぎ倒していく。
彼女に次ぐ英姿もまた屈指の傑物。甚平羽織の白髪老父は猛き槌にて敵を穿つ。
「雑魚共が一丁前に増えよってからにィ!! 巣ごと屠り去ってくれるわいッ!!」
鉄腕を軋ませ大盤振る舞いに奮う。
天地すら裏返すような剛力に敵は為す術ない。身を砕かれ、脚をもがれ、爪を飛ばして霧散した。
「コイツは食い放題だぜェェ!! テメェら遅れてると食い尽くしっちまうぞォォ!!」
無頼たちも負けず劣らず戦果を延ばしていく。
西方の勇者を筆頭に槍、剣、魔法を次々に打ちこみ敵を迎撃していった。
引くことを知らぬ霊魂たちにとってこの戦場は狩り場か。主が救世主と呼ぶだけの粒ぞろう強者ばかりが揃っている。
突如として現れた救世主たちに人々は混乱の一途だった。だがしかしこの戦場では人間が救われるだけではない。
「どこの猛者と存じ上げぬが兎に角尽力に感謝する!」
ルハーヴの死角を攻める敵が殴り飛ばされた。
源馬が閃耀な蒼を揺らがせながら肩を並べる。
「俺の名は四柱祭司のリーダー焔源馬だ! 我が儘を訊いていただけるのであれば是が日にも助力願いたい!」
別の方角から襲いくる敵が彼を狙う。
それをルハーヴは無双する槍の穂先で打ち貫く。
「水くせぇのも挨拶もなしだ俺らはやることやりにきただけだからなァ! 油断するほどくたびれてんなら下がってやがれェ!」
「いやはやこちらとて若人に負けていられないのでな! 気は削がれたとて気骨は折れず! もう少々鞭打ってでも戦線に加担させていただく!」
大地以外の方角すべてが敵の侵攻ルートだった。
敵は巨大な爪に甲殻に覆われ3mはあろう大仰さ。翅もあって飛翔すら可能となっている。
しかし人含む救世主たちは手強い相手にものともせず。一斉果敢に蹴散らしていく。
「不倶戴天の敵と見ず知らずの強者と力を合わせて戦える!! もしこれが夢ならば俺は夢のなかに居住まいたい気分だ!!」
「へっ! 起きてるうちに寝言いうもんじゃねぇぜ!」
まるで削岩機だ。
強者と強者の織りなす秩序。強敵を次々に薙ぎ倒していく。
さらに救世主の強さもさることながら人々も負けてない。
「囲まれないよう足並みを揃えるのよ! もし負傷したらジュンの作る壁のなかへ退避して!」
「キヒッ♪ 行方不明だった連中の帰還に合わせてヘンテコな格好のヤツらまで現れやがった♪ 意味がわからなさすぎて逆に笑えてくるぜ♪」
紗由とクラリッサもあとにつづいた。
双剣を振るう紗由をクラリッサはカービン銃でつぶさに援護していく。
彼女らに追従するようにして崩れかけた人々の構成が整いつつある。
前へ、前へ。1匹でも多く敵を葬る。200を越す救世主たちと50に及ぶ人間たちの即席混成チームとなっていた。
「《カモンマイユニオンセリーヌ》」
さらに詰めとばかりに詠唱が囁かれた。
大地に浮かんだ魔方陣から泥の塊が巨人なって世界を踏む。
ゴシックロリータをまとう女性が巨人の肩口にちょこんと座って脚を伸ばす。
「人種族との共闘。……時は巡る、ね」
エリーゼは優雅に腕を振るう。
同期するように巨人が巨腕が大気を押しのける。
まるで野菜を摘むように敵が薙ぎ払われていった。
反撃の刻だった。敵の猛攻に耐えつづけていた人々は、ついにその時を見計らう。
救世主という助力を得て一気呵成に反撃を開始する。大勢の人々が身を引きずりながら一斉に立ち上がる。怒涛の勢いで敵の大群へ突進し、圧倒的な力で相手を押し潰していった。
「セイッ!! ヤッ!! フゥゥ!!」
華美たるブロンドが荒波を描くたび、致傷を生む。
踏めば鶴の舞い。強固な敵の爪を身を翻すことではらりと交わし、蹴り拳を叩きこんでいく。
さらに拳や足には強烈な蒼をまとっていた。長期にわたる戦いと手合いに身体はとうに限界のはず。
しかしきっと彼女の心が身体と精神を置き去りにしている。
「イヤアアアアアアッッ!!!」
拳が刺さると引き絞られた杭がガチ、と敵を貫いた。
流麗なコンビネーションからの杭打ち。四肢を砕かれた巨虫は動きを止め、ぐらりと横たえる。
久須美の瞳には蒼い鮮烈な光が宿されている。光に呼応するかのよう、彼女は破竹の勢いで敵のもつ漆喰の外殻を砕いた。
「はっ! そちらに複数向かいましたわ!」
しかし敵の数は膨大だった。
彼女の手足のみでこなせるほど、優しくはない。
翅を延ばした数匹の敵が彼女の頭上を越えて後方へと強襲する。
「《《雷伝の回路》!》」
大勢が鍔迫り合う戦地で、より強力な蒼白が煌めいた。
白い柔らかな髪が電気を帯びて広がる。蒼を宿し体内電気を数万倍に増幅させる。彼の触れる大気中の水分がバチバチに爆ぜる。
「これに触れたらただじゃすまないよ! 《雷伝の矢》ッ!」
夢矢の細い手から雷光の大矢が放たれた。
直線的な挙動の矢は、進行ルートの敵を無差別に射貫いて弾き飛ばす。
まるで落雷そのもの。横殴りの雷は触れるものすべてを焼き、焦がした。
「ふぅ……」
夢矢は袖で額に浮いた汗を拭う。
すると横から珠が欠伸混じりに彼の元へ歩み寄る。
「あんまり2世代攻撃は乱用しないほうがいいよぉ。本人が思ってる以上に消費するからねぇ」
「たしかに第1世代と比べて第2世代は無類の強さを発揮する。でもその反面体内フレックスの消費は10倍くらいしんどいかも」
珠は、戻ってくる円月輪を華麗な所作で回し、受け止めた。
そして彼女は頬横に振り上げた手を唐突に握りしめる。
「《不敵・スタブ・Τ……――亀の牢獄》!」
詠唱の刹那に背後でめしゃりと甲高い破砕音が鳴り渡った。
すでに跡形もない。顕現している他面系の蒼き壁のなかには残骸のみが閉ざされている。
「あいかわらず……エグい能力だねぇ。モノを壁で閉じこめて縮小しちゃうんだもん……」
「ふぁぁ~……ゴミの圧縮とかに使えるよぉ。狭い船内だし、資材不足の宇宙では廃棄物処理にもひと手間だからねぇ」
「それ絶対に生き物に使っていい技じゃないよねぇ。いまは緊急だからしょうがないとしてもだけど」
2人の存在感は、他者と比べて圧倒的だった。
第2世代へと昇華した夢矢のみならず、珠の戦力もまた周囲のなかで群を抜いている。
第1世代能力が個を相手取るのに比べ、2世代は面で敵を薙ぐ。消耗は激しくとも戦果は桁が違っていた。
久須美は、茫然とした面持ちでその様子を眺めている。
「まさか……貴方も珠と同じ第2世代に?」
僅かに声が揺らいでいた。
知らぬのも無理はない。なにしろ彼が第2世代に昇華したのは別世界なのだ。
夢矢は一瞬やってしまった、とばかり。口ごもりながら白い頬を掻く。
「あはは。まあちょっとだけ色々あったから――わわっ!?」
抵抗する間もなく彼は包まれていた。
久須美は、夢矢の髪に頬を押しつけながら声を震わせる。
「おめでとう……! おめでとう……! おめでとう……!」
嫉妬なんてない。ただ純粋な祝福のみだった。
夢矢は驚いたように身を強ばらせる。
だがすぐにそっ、と。久須美の背中に手を添え彼女の身体を緩く抱きしめる。
「僕はここにいるよ。もう久須美ちゃんを置いてどこにも行ったりなんてしない。珠ちゃんだってずっと一緒だから」
「うっ……! ひっく、うぅ……あああっ!」
喘ぎ縮こまる背を円を描くようにして優しく撫でた。
寂しい背を。孤独に濡れた少女を。生の宿ったその身でしっかりと抱き留める。
「僕らは龍印の誓いに集うチーム、セイントナイツ」
「もう誰も置いていかないし歩むことを止めない。私たちは3人で1つのチームなんだから」
「ゆめ、たまっ! おかえりなさい……無事で良かった! おかえりなさい……!」
欠けたモノがピタリと合致した瞬間でもあった。
なにも失っていないかった。死に別れたと思われたノアの民たちは、こうして半年間生きつづけていた。
これがどれだけの価値あることか。「助けて」という通信を受けてどれほど滾っているというのか。
夢矢は久須美を慰めながら振り返る。
「帰ってきたよ、僕らは今日この日のために生きつづけたんだ。そしてそれは彼がもっとも強く望んだ世界でもある」
蒼く芯の籠もった視線をそちらへと送った。
そしてそちらではもうすでにはじまっている。
黎明。羽化。解放の儀。
そして覚醒。
…… ☆ … ☆ … ☆ ……
「《冥の深淵より解き放たれよ、我が血に呼応し身に宿す力を解放せよ。血の盟約に従い汝の力を祝福せん》』
意のある言葉が呪詛の如く紡がれる。
大鎌の柄が無遠慮に乾燥してひび割れた地平を殴りつけた。
「《来たれ来たれ来たれ。汝が内に宿りし真理よ、双眸を開き目覚めたまえ。冥よ闇よ、祖の楔を解き誓いを遂行せよ》」
色をまとい舞う姿は淫らな娼婦であるかのよう。
白く肉の厚い太ももを幾重に交差させるたび蝙蝠の尾羽が流れる。
儀式を執り行れていく。レティレシアの眼前には、人ほどの大きさをした鎖の束が結ばれていた。
「いまのテメェは穴の開いたバケツだからどれほど注いでも底から力があふれでちまう。蒼き力は外へと流出してその身のうちに残ることはねぇ」
闇、が広がっている。
冷たく、暗く、世界さえ切り離してしまうほどの、濃い闇。
根つかぬ師の星でさえどこか懐かしい。モノクロの地平線にどこか焦げ臭い空気さえも染みついている。
「だが心の外をよく見ろ、もっと意味を広く捉えて世界を掴みやがれ。その穴の開いたバケツの外側はいったいどうなっている」
――視界が狭い。なにも見えない。手も、足も、なにもかもが自由じゃない。
「それはテメェがガン見してるちっぽけな世界に籠もってるからだ。もっと己の固定観念を切り離して外の世界へ目を向けろ」
瞼を閉ざすと、彼女の粗暴な声だけが世界だった。
眼を開いても閉じても同じ1色しか見えてこない。束ねられた大仰な鎖は身のうち側を貫いている。凍える幻想が心の奥を縛り付ける。
「なんどもいわせんなテメェの零れた力はいったいどこにいった! あふれでた世界はどうなってんのか探してみやがれ!」
――オレの……ちか、ら……?
記憶の輪郭がぼやけていくような気がした。
モヤがかかるような気分だった。脳が彼女の声に誘われるような。
明確ではない不確かな、それでもそこになにかあるような。霧の向こうにうっすらと浮かぶ影のように、それは形を定めず、ただ静かに存在を主張する。触れようと手を伸ばせば消えてしまいそうで、けれど目を凝らせば確かにそこにあるとわかる。言葉にできないその感覚は、心の奥にそっと寄り添い、名前のない感情を呼び起こす。
そしてレティレシアは大鎌を手放すと鎖に固められたミナトの元へ歩みはじめる。
「いい加減目覚めろテメェはこの段階すら乗り越えられねぇタマじゃねぇだろぉ? なんせ余に存在を証明し認めさせた唯一のクソッタレなんだからなぁ?」
そっ、と。寄せた。
鎖のなかからに溺れるミナトの唇に己の唇を押しつける。
ミナトの口から注がれた血液が微かな線となってあふれでた。
「これで解呪は終いだ」
紡ぐような静けさだった。
レティレシアは赤い舌で唇をペロリと舐めとる。
「余のマナももう使い果たす直前で龍共も雑魚を散らした後に消滅する」
さっさとしろ。しとねでそっと囁くかのような音だった。
甘く、脳をとろけさせる。待ち望み、それでいて焦がれるような。
次の瞬間。どくん、と。ミナトの内側で鼓動がより大きく膨れ上る。
「ッッッ!!?」
それと同時に熱が上がる。
まるで隆々と流れる溶岩のよう。血流が身体の隅々に血潮を流動させていく。
嗚呼……なんと愚かなことか。ミナトは己の愚かさを痛感する。
これほど簡単なことだったのか。ほんの少しだけ眼を離せば良かったのだ。いままで気づけなかった人生を悔いるしかない。
「こ、れ……」
己自身というちっぽけなバケツ。
ぽっかりと穴の開いた空虚を形作るような粗末なバケツ。
渇望と嫉妬にまみれ薄汚れた、器。
「これが、世界?」
「それだそれがテメェの、ミナト・ティールが生きていたという証だ」
「…………」
広がった世界は、思わず息を呑むほどの光景だった。
壮大で美麗な景色が視界いっぱいにあふれていた。
ミナトは、生まれてはじめて瞼の裏の外側を見つめていた。
器。その外には広大で海にも勝る蒼き水平があったのだ。
そう、枠のない外側がいっぱいにどこまでもつづいている。
あふれてしまった気高き蒼がなみなみとあふれる。
両目でさえ映しきれぬほどどこまでもつづいている。
「
見つけた
」
(区切りなし)




