表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
BREVE NEW WORLD ―蒼色症候群(ブルーライトシンドローム)―  作者: PRN
Chapter.11 【空色の空 ―Sky Light Syndrome―】
350/364

350話 ここにいる、生きてる、まだ 3《Period》

たすけて


もう


たたかえない


がんばったの


だれか


挿絵(By みてみん)


・・・たすけて

 振動が全身を散り散りにしてしまいそうな。

 船体が軋みを上げいつ破砕してもオカシクはない。

 肺が押されて呼吸すらままならない。膨大な音と爆裂する衝撃に感覚はとうに削げている。

 度重なる戦闘によって全身が悲鳴をあげていた。頭は重く意識は振り子のよう。四肢の行方さえわからないほど。でも……――


「いき……てる」


 バカをいうな。くたばっている。

 侵入を図る直前になんらかの衝撃によって船体が揺らいだ。そして気づいたときには大地の上でみすぼらしく両手両足を投げだしていた。

 杏は、消えかけの蒼をまとった手で、大地と砂の感触を握りつぶす。


「ここってアザー? ということは……乗りこむことに成功したの?」


 おそらく空中で機体そのものが炸裂したのだと理解する。

 大気圏を抜け雲に突っこんだ辺りまでは記憶が鮮明だった。しかしその数瞬後から意識が遠い。

 杏は、煙る砂塵にむせかえりそうになりながら悪態を吐く。 


「こんな星なんか2度ときたくなかったわよ。……ほんとうに大嫌い……さいっ、てい」


 体中は痛いし、いますぐにでも意識を手放したかった。

 しかしそれでも痛む節々に鞭を打って身を起こしにかかる。


「ほかの、みんなは? 私はどれくらい気を失ってたの?」


 かなりの危険を冒したが結果的には、アザー突入に成功した。

 だが内心はかなり焦っている。いま置かれた状況を一刻でも早く把握したい。

 運良く近くに剣は落ちている。亀のように鈍重な動きでそれを掴む。杖代わりに胡乱な足どりで大地を踏む。


「っ、みんなを探して……進まなきゃ」


 心は健在だった。未だ戦う意思もまっとうする覚悟も捨てていない。

 だけど戦いに挑むには体調が最悪だった。船から落ちた衝撃で大きく能力を消耗していた。

 いちおうぎりぎり人の形を保てていることは不幸中の幸いか。半年という修行の成果で辛うじて生き残っているというだけ。


「ほ、かに……だれか……誰か……」


 成功した。失敗した。

 反する思いが混濁する脳内で交互に膨れ上がっていく。

 たった1人という状況で脳が危険信号を喚めき散らす。

 いま自分はバグってる。孤独を支えてくれる友を求め、当てもなく足を前に進めた。

 未だ世界も視界もなにもかもが覚束ない。宇宙空間での間断なき戦いと、伴う能力使用の疲労が蓄積している。


「Kilikilikliklikliklikliklikli……」


「はっ!?」


 舞い上がった砂塵のヴェールの向こう側から音がした。

 いま一番聞きたくない音だった。さらに煙る奥に大きな影が浮いている。

 アザーの大気が生みだした一陣の風が杏の頬を撫でる。すると流水のせせらぎの如く彼女の映す景色が鮮明になっていく。

 そしてすべてがもうはじまっているということをイヤでも知らされた。


「動ける子たちは着船に失敗した者たちの救助をっ! 隊列が整い次第私たちもシックスティーンアイズ強襲に加わりますっ!」


 まさに波乱だった。

 四柱祭司の柳楽(なぎら)紗由(さゆ)が陣頭指揮を務めている。

 彼女は多くの怪我人の盾となるよう円輪で敵と対峙していた。

 紗由の背後には、杏と同じく着船に失敗したであろう者たちが。それぞれ消えかけの蒼を瞬かせながら苦悶の表情を浮かべている。

 そしていまなお空からは点々と揚陸船が大地目掛けて降り注ぐ。どれも船の原型を保てぬほど。飛行というより墜落の状態に近い。


「《重芯・鶴翼モード・エア》!!」


 紗由は、敵と対峙する片手間で能力を使用した。

 彼女の作りだす反重力によって墜落する船の速度が緩やかになっていく。


「くぅ――っ! ハアアアアアアアアアア!!」


 鬼気迫る猛りが発され蒼が光を放った。

 揚陸船が大地に叩きつけられる直前にピタリと止まる。そして船底が静かに大地と平行に繋がる。


「船のなかから生存者を救出してください! それと他に重芯を扱えるかたがいたのなら空に気を配って!」


 化け物じみた能力の精度だった。

 戦闘に意識を向けながら同時に救助をこなす。天才集団と名高き四柱祭司に選出される無類の実力者だった。

 だが、成し遂げる芸当が大きければ大きいほど、負担の量は計り知れない。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ! せやああああああああああ!」


 紗由をまとう蒼が薄らいだ。

 遠目から見ても無理をこなしているのは、必然。

 杏は、敵の狙いが自分じゃないことに安堵してしまう。

 しかしその安堵は一目散に絶望へ裏返る。


「ヤアアアアアアアアアアアアア!!」


「ウィロメナさん落ち着いてくださいましッ!! その腕ではッ!!」


 別のところでは、友の駆る姿があった。

 勇敢なれど、蛮勇。身は汚れ、折れかけの牙を剥く獣のよう。

 ウィロメナは双刃の片割れを手に大地を滑る。


「ここまできた!! やっとここまで我慢して辿り着いた!!」


 彼女の戦いかたは、乱暴だった。

 敵の繰りだす恐ろしい爪を掻い潜って飛びかかるように筐体へと食らいつく。

 そして恨みを籠めるかの如く幾度と双刃の片割れで敵の外殻を打ち貫く。


「ウィロメナさん冷静に!!! お止まりになってくださいまし!!!」


 己の身が襤褸だというのに友を見捨てない。

 しかし久須美が止めに入ろうとするも、ウィロメナは一切聞く耳をもたぬ。


「返せえええ!!! 私たちの幸せを返せえええええええ!!!」


 片腕は折れ明後日の方角に曲がってしまっていた。

 さらには狂気に飲まれている。


「これからはじまるはずだったんだァァ!!! お前らさえ現れなければこの先にもっと素敵な世界が待っていたはずだったァァ!!!」


 きっと彼女は痛みすら怒りの燃料としているのだ。

 幾度と、幾度と、幾度と。必要の無い攻撃を向かいくる甲殻に振りかざす。

 それはまるでここまで溜めてきたものを発奮するかのよう。薄い消えかけの蒼をまとい修羅の如く敵を屠っていく。


「もう、いやっ、だ……! もう、つかれた……! 生きていくの、楽しくない……!」


 前髪の奥からしどと涙が漏れでていた。

 それでもウィロメナは、肩を上下させ、呼吸を絶え絶えに、立ち向かう。

 きっと彼女はこのまま生命を燃やし尽くすのだろう。今日と決めたこの日にすべてを曝けだす。


「ウィロ……」


 彼女の名を呼ぶも、きっと彼女には届かない。

 なにしろ付き合いの長い杏でさえ初めてだった。あんな――ヒドイ――状態のウィロメナを見たことがない。

 ウィロメナは、淑やかで、奥手で、友の後方の2歩後ろを歩くような控えめな少女である。感情をだすのが少し苦手だが仲間のためならどこまでも理知的に行動できる。そんなどこにでもいる普通の少女。


「うわあああああああああああああああああ!!!!」


 なのに彼女は咆哮を上げ、一心不乱に半端な剣を振るう。

 奥歯を噛み締め、唇を震わせ、身一貫で仇を討つ。

 つまりいつからかとうに彼女は限界を踏み越えている。踏み越えてなお人として生きるために抱えてきたのだ。

 そしていま最終決戦の場に降りたって、ウィロメナの防衛機構が暴走する。


「人類から奪ったものを――すべて返せエエエエエエエエエ!!!」


 絹を裂くが如き発狂が到達の星を貫いた。

 彼女を止められるものはいない。彼女は彼女が敵と定めた――人類以外すべての――モノを駆逐し尽くす。

 その身体が動かなくなるまで。潰えてしまうまで。人々は悪鬼羅刹となりて仇を討ちつづけてしまう。


『航空爆撃機Desperadoより地上チームへ警告だぜェッ! シックスティーンアイズ直上より急降下戦術爆撃を開始するゥ!』


 空を覆う暑い雲を引いて爆撃機が降下してくる。

 流線型な機体には、大きく四柱祭司の紋章が描かれていた。

 育ちの悪い口調に甘さを残す舌足らずな声が通信機越しに鳴り渡る。


『遅れて悪ぃがよォ!! ヒーローってのはなァ!! 遅れて到着するもんだぜェェ!!』


 四柱祭司、その1柱。クラリッサ・シャルロッテ・赤塚だった。

 有終の美を飾る。剣を咥えた鷹のエンブレム。ノアに住まう者なら誰もが憧れ見上げる頂点の紋章。


「クラリッサ! すでに生き残りを率いた源馬が500m園内に待機しているから注意して!」


 上空からの通信を受けて紗由が空を仰ぐ。

 彼女の搭乗する機体は、特別製。揚陸船よりも脆く拙い超高速船だった。

 しかしクラリッサは生きている。敵の一団をすり抜けて、生きてこの星の大気圏を掻い潜っている。


了解(ラジャ)だァァ!! 新兵装の爆撃は広がらず縦に貫き殻をぶち壊す!! コイツさえあれば頭上からズドンで脳天こんがり焦がしてやれるってもんだぜェェ!!』


 戦況が常に波乱と怒濤を絵筆の如く描いていた。

 普通に生きていたら体感することのない現実が押し寄せる。

 粉塵が開けていくと、仲間たちが負傷した友を守るために中型と鎬を削っていた。

 それだけではない。奥の方角には途方もないほど巨大な眼が16ほど居並んでいる。


「…………」


 小さい。あまりに矮小な身を痛感した。

 杏は、視界いっぱいに未知を詰められ、立ちすくんでしまう。

 大気を響かす音さえ遠い。友の嘆く声と猛る声の判別さえつかない。混濁する。

 着弾する衝撃が腹の底を叩く。いま空爆が終わり爆煙が晴れようとしていた。

 だが粉塵の奥で16の眼はぎょろりぎょろりと剥かれたまま。人類の叡智の結晶さえ刹那の瞬きでしかない。


「…………」


 遠い。すべてが遠い。

 この戦場でただ1人ぼっちになってしまったかのよう。

 耳を打つ通信も、爆音も、剣戟も、騒乱の雑音も。なにもかもが手に負えない。

 ゆえに夢現の輪廻に溺れて呼吸さえままならない。この身は人と知り、少女は無力さと失望を、死を目前に、自覚していた。


「杏ちゃん! ここは危ないから小型のフレクスバリアーを展開するよ!」


 立ち尽くす眼前に統べるこむ影があった。

 杏は、愛の姿を捉えることでようやく現実をとり戻すことに成功する。


「愛!? 無事だったのね!?」


 愛は砂まみれて白衣さえぼろぼろ。

 しかし生きていたということが何よりの褒賞だった。


「それより先行してるチームのなかに信くんが混ざっちゃってる! たぶんあのまま源馬さんたちと亜空砲討伐を強行するつもりだよ!」


「な、なんですって!?」


 すでに彼は声の届かぬ遙か遠くの位置にいる。

 戦場には中型の敵を捌きながら猛進する信の姿があった。

 源馬と肩を並べながらもっとも先頭を走っている。

 しかし構図としては象に群れる蠅でしかない。16の瞳は遙か高みに位置しており、辿り着くことさえ夢想だった。

 それでも先行チームは足を止めることはない。決死の形相で武器を振るい、爆撃でさえ通さぬ敵牙城に走を踏む。

 死の星には、どう足掻いても絶望という光景のみが広がっていた。


 望んでいなかった未来と世界が地平の果てまでつづく。

 望まぬ世界、願わぬ未来。


『先攻チームシックスティーンアイズの袂へ到達した!! これより全力で破壊行動を開始する!!』


 源馬からの全体通信が平等に人々に耳に届けられる。

 ノアの防衛チームは歓喜しただろうか。管理棟のオペレーターたちも落涙に濡れただろうか。

 だが、現場にいる者たちは気づいてしまっている。もっとも過激な作戦のなか、あの暴力的なまでの質量を如何に破壊できようものか、と。

 ようやく辿り着いた先攻チームは蒼を率いて攻撃を開始する。しかしそれは巨木を針で刺す行為でしかない。

 直上より無数にしな垂れる触腕が集る人々を振り払う。するとそのひと振りのみで数名の勇士がゴミクズのように吹き飛ばされる。


「……私たちの生きた理由っていったいなんだったの?」


 凄惨な船上を見つめる深いブラウン色が揺らぐ。

 空間を守護するバリアもそう長くはもたない。しかしその冷えた指先からがらんと剣が墜ちる。

 絶えず精密爆撃が降り注ぐも敵にはまるで通じていない。とりついた人々も決死の覚悟で攻撃するも意味はない。


「――――――――――――――――――――――――――――」


 さらに敵は袂に群れる信や源馬に視線すら寄越さない。

 のけぞるように扇いだ空へ、太く苛烈な1発亜空砲を、いままさに投射した。

 ずどん、という爆撃よりも遙か強い衝撃が星を包む大気を嘶かせる。その衝撃で大地は裏返り、枯れ地の砂は一斉に踊る。


『――ァグッ!? クソッタレ!? 射撃の衝撃がかすっただけでDesperado耐久値が限界になっちまった!?』


「地上チーム返事を、応答を!? 源馬返事をしてェェェ!?」


『こちら宙間移民船から全人類へ通伝ッ!!! ノア貯蔵フレックス残8%を切りましたッッ!!! もう次は耐えられないッッ!!!』


 クラリッサ、紗由、管理棟からのさまざまな情報に倒錯した。

 現場も、作戦機構も、なにもかもが維持を止めている。母船オペレーターからの通信は、もうただの悲鳴でしかない。

 先ほどの投射により地上チームはおそらく壊滅。さらに放たれた亜空砲は宇宙のノアに直撃した。

 もう終わり。心が屈服し全人類が死を上回る恐怖をその身に宿し、嘆く刻がやってくる。










「アイツ……」









「杏ちゃんどうしちゃったの!? ねぇ杏ちゃんってばぁ!?」









「私たちのこと見てすらいない……」






 ピリオド。









   ?   ?   ?   ?   ?


.

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ