342話【VS.】白龍 剣に聖を宿す乙女 リリティア・F・ドゥ・ティール 4
虚を衝いて剛直な突きが見舞われた。
しかしリリティアは動揺を見せながら己の隙を塗りつぶす。
「だからどうだというのですッ! その槍での型はすでに見切っているんですからッ!」
常とばかり、構えた剣によって奇襲が弾かれてしまう。
だがすでに蒼い糸は引かれている。ミナトの手に次が握られていた。
「海賊刀!? 槍を手放し拾う暇なんてなかったはず!?」
リリティアは合間のない2打目を辛うじて弾き、防ぐ。
武器を変えるということは槍の型からの緊急移行するということ。龍である彼女の眼と反応速度を、騙す。
湾曲した巨大ナイフと剣が銀を散らしながら競り合う。
「はじめからこのフィールドを用意するために動き回っていたということですか! そうやって私たち全員を騙しながら虎視眈々と牙を研いでいた!」
「ああそうさ! そこまでしないと勝てないってわかっていたから!」
「だからあれほど癖のある戦いで私の意識を逸らしながら裏で武器にマーキングをつけていたんですねッ!」
簡単ではなかった。
しかし不可能というわけでもなかった。
曲芸の如く数多くの武器を使って見せたのは、このため。極小かつ極細にまで変化させたフレクスワイヤーを忍ばせるための布石でしかない。
そして半年にわたり苦慮し、ひた走った。肉体さえも超越し、道理さえ覆す。其の技名は――
「《急速換装効果》ォォォ!!」
「くぅッ!?」
最高のコンディションだけでは、ダメ。
だから最高の舞台と最高のタイミングのすべても用意した。しなければ勝ちの目が見えなかったから。
ゆえにこうして前菜を主食と勘違いしてもらう必要があった。
千の武器を得、千の技を磨き、いまこうしてようやく龍の尾の先端にまで迫る。
「もう手放さない!!!! なにも奪わせない!!!! この手からとりこぼさない!!!!」
まるで武器が彼を中心にして踊るかのよう。
捨てられた槍が、斧が、剣が、槌が再び同じ手に戻っていく。
元より異質で異様。それをより極めた光景によって見るもの全員が省みる。
「す、すごい……! まるですべての武器にミナトくんの魂が宿っているかのようだ……!」
打ち震える。
ヨルナの炭を閉じこめたような黒い眼さえ虜だった。
「え……?」
一瞬の出来事だった。
呆然と佇む彼女の足下に生えていた手斧が喪失している。
喪失したというよりすっぽ抜けた。そんな斧はいままさに背後からリリティアの後頭部目掛けて飛翔している。
当然のように勘づいたリリティアは、三つ編みを踊らせ、躱す。だが次の襲撃はミナト本体から繰りだされる。
「戦いながら意識的に蒼を操作している!? しかも蒼の操作と連携を図って次々に剣聖を攻めつづけてる!?」
前方からの強襲と背後からの奇襲だった。
ミナトがワイヤーを引くとその巧みな操作によって武器が踊る。
龍であるリリティアとて2手2足。この奇っ怪な乱舞に適合するのは楽ではないはず。
「ッ!? これはまるで、大勢の兵と乱戦でもしているかのよう!?」
「1人じゃ勝てそうになかったからッ!! オレをもう数人増やしてみたんだよッ!!」
ミナトが最強の師を得て目指したのは、剣豪ではない。
剣の閃ではない。槍の点ではない。斧の剛ではない。槌の破ではない。
目指したのは、各武の応用――《武道の極み》だった。
「千の技を牙に変えて一気に喰らいかかるッ!! それこそがこの、《急速換装効果》の最たる秘技ッ!!」
「己の数を増やしちゃったんですかぁ!? 発想の根源が、意味不明すぎますっ!?」
押す、押す、押す。
あれほど地に根ざしていたリリティアの足が確実に後退していく。
黙す、黙す、黙す。
愕然と脱帽の眼差しが瞬くことなく網膜に光景を刻む。
制す、制す、制す。
舞台役者が一斉に龍の鱗を削がんと掃射される。
しかしまだ足りない。こんなもので剣聖の膝を折ることは難しい。
「それは――っ!?」
リリティアの表情が焦燥と後悔を混ぜた。
見ただけでそれらが厄介極まりないものであることを察する。
「《レッドナイン》、《グリーンセカンド》、《ブルーフォース》、《イエローエイト》、東がもってた普通の拳銃」
砂のなかからだった。
もっといえば花園と化した地の底から顕現する。
ミナトのフレクスバッテリーから伸びるワイヤー先端には、ノアの武器が繋げられていた。
「足下が砂だったおかげで仕込みがしやすかったよ」
「や、やれることを……本当にぜんぶ……やってきちゃうんですか」
口角が笑みの形をたもてずひくひく、と痙攣している。
リリティアの凜々しかった笑顔は、とうに引きつっていた。
数日前、東に依頼貸しだしてもらってブルードラグーンの武器だった。
実験は西方の勇者ルハーヴのとき飄々と済ませてあった。彼はアサルトライフルの銃口や閃光手榴弾という化学を知らぬ。
ブルードラグーンはしょせん輸送船ゆえさほど多くの種類を搭載はしていない。だがそれでもこの世界の種族にとってはすべてが驚異と初見の武器だった。
ミナトは耳のALECナノコンピューターにそっと手を添える。
「《スイッチ》!」
刹那に意を受けた武器たちに変化が起こった。
銃火器のバレルが伸びて急速充電を開始する。
紅の剣は刃を延ばす。細身の槍は先端を鉤十字へ。紐付きの円月輪がフラフープほどに巨大化する。拳型の杭打ちグローブは杭を引き絞る。
そしてミナトは渋る東から強引に奪った拳銃を構える。
「これが龍狩りの集大成だ。1秒さえ余すことなくこのときのために注いだ」
「……。本当にアナタは半年間この瞬間のために生きたんですね」
睨み合う時間は時として2秒ほどだった。
トリガーに叩き起こされた撃鉄が9mm弾の尻をひっぱたく。ライフリングによって螺旋を得た弾丸は影すら落とさずリリティアに向かう。
だが彼女はまるで小石でも弾くように弾丸を剣で薙ぐ。そしてその金属音が最後の呼び鈴だった。
「なぜ他者のためにそこまで身を粉にできるんです! もし帰れたとしても全員が生き残っている保証なんてなにもないんですよ!」
斬り結ぶ。
否、やり尽くす。
「生き残ってなかったとしたらそれが人間の限界だったってことだ!! あとはオレが船員の死に水とって復讐してやる!!」
剣、槍、銃拳、蹴り、砂だって投げてやる。
歪な形のダガーを振り下ろす。やたらうるさい錫杖を棍の代わりに振り回す。攻撃の合間に充填を終えた銃火器で磁力弾を発破させる。
躱す、逸らす、弾く。1手として届かぬが決して攻勢の手が緩まることはない。
「アナタの人への信頼と相反する決めつけははっきりいって異常です!? その表裏一体となった執着の根底にはいったいなにがあるというのですか!?」
「信じて帰って救う!! そしてイージスを見つける!! この世界に引きずってでも連れ帰る!!」
本日でもっとも悲鳴のようにけたたましい喝采だった。
あらゆる喜怒哀楽の感情が、2人の踊りに箔をつけている。
無口な女もひねくれた男だって関係はない。いまここにいたって老若男女、7種族、神でさえ、湧かせた。
「娘を連れ帰るというのです!? 人種族を救った上で我々の世界も救うつもり!?」
「傲慢と笑い猛れば腹いっぱい好きなだけ笑えッッッ!! それがこの世界にオレが報いられるただひとつの礼だからァァァ!!」
叫び、鼓舞する。
でないといつ身体の糸が切れてしまうかわからない。いつ業火がこの魂を消し炭にしてしまうかわからない。
巨大な円月輪が歓声を割ってリリティア背後を狙う。そして彼女は鋭敏な感覚で気配を察知し、身体を横に反らす。
その一瞬。刹那ほど。超局所的な隙を見逃すはずがなかった。
「しまっ――」
紅の瞳が紅玉の如く丸く見開かれた。
リリティアにできた一瞬の隙。そこへすでにミナトは姿勢を限界まで低く、潜りこんでいる。
「これでラストだ。安心してくれ。もう……ないから」
「っ」
彼女は、いま細剣を弾いたばかりだった。
円月輪を横に逸れることで回避した。それと平行しワイヤーに吸着され飛来する細剣を弾いたのだ。
達者だった。それはもう誰もが勝てるわけがないと口々に訴えて当然というほどに。
しかし足を使い、剣を振った。これならば防御の要である剣は、遠い。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」
勝利を眼前に捕らえ、咆吼する。
手には、偶然にも儀礼剣が、たまたま握られていた。
身体は限界をとうに超えていたかもしれない。何回全身全霊を見舞ったか。幾度意識が飛びそうになったか。キリがない。
ただそのすべてがこの最後の最後を彩るための序章に過ぎなかった。
ゆえにこれが精一杯。ミナトにとって足掻ける限度。いっぱいいっぱい。
――そうか。
剣を切り上げる動作に思考が挟まった。
音が遠のく、世界にただ1人という錯覚さえ覚える。
思考の源泉にあるのは違和感とでもいうべきか。櫛の歯が欠けたような、ズレ。
そうしている間にも疾走りだした剣の刃が止まることはない。
恩人の母で、剣の師、育ての親。そんな剣聖リリティアに蒼を引いた銀閃が迫っていく。
「……そうか」
次のコマで渾身の切り上げが、流れた。
薙いだのではない。流れたのだ。大気という目に見えないものを通り過ぎる。
「オレの戦っているのは龍、だったっけ」
リリティアは、ミナトの間合いに、もういなかった。
完璧だった。極地ともいえるほどに。
だが結果はどうだ。整え、設え、完成直前で、瓦解した。
リリティアは、バランスを崩した姿勢のまま、空を蹴ったのだ。ミナトの渾身の斬撃を空蹴りという超異常後退で回避した。
人の範疇で人の解釈に囚われた結果だった。見えた一筋の光でさえ偽りだったのだ。
「は~……」
もうなにもない。まっさら。
指先ひとつ動かす力さえ絞り尽くした。
ミナトはマリオネットのように膝から崩れ落ちると、儀礼剣を手放す。
カラン、と。伽藍堂のような音がする。それから生気と色の抜けた吐息を長く細く吐きながら空を扇ぐ。
「未来の色が……褪せていく。昨日まであんなに神々しく輝いていたはずなのに……」
声に力はなく、あっけなく終わったことを自覚する。
色褪せ、心がからっぽだった。だから忸怩の言葉さえ噛み締めることができない。
敗北に喘ぐことさえままならぬ、明白で真の完な敗北だった。
「……しまいみてーだな。どっからどう見てもここがエンディングだろよ……」
血色の鎌を携えて蹄型のヒールが花を踏み散らかす。
彼女の思い通りの結末を迎えたというのに笑いもしない。
エンドロールはない、夢の果て。
だってこれは完結していない物語なのだから。
骨董映写機のフィルムが切れるみたいにプツン、と。墜ちる。
真っ白が真っ黒になった。
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Misstion Failed




