340話 機械仕掛けの童たち《Master Piece》
「俺の槍を下手くそ複製しやがったってのか! クソふざけやがって!」
「いってるわりに楽しそう、バカなの?」
エリーゼ・E・コレット・ティールは、憤るルハーヴを横目にぼんやりと睨んだ。
縫い目だらけのぬいぐるみを胸いっぱいに抱きしめる。姿勢良く膝を合わせてちょんと澄ましながら舞台を見下ろす。
「オメェヨルナの一派だったろ? なんかやったんじゃねぇのか?」
「私は彼の依頼でセリーヌを色々な形に変化させてあげただけ。そういえば変化させた対象に西方の勇者がいたっけ」
「複製魔法まで使いやがったのかよ!? だったらモロに確信犯じゃねぇか!?」
怒りを装っているが、実はそうでもない。
ルハーヴが荒げるのは声ばかり。複製を手伝ったエリーゼを責めようとしていなかった。
それどころか愉快とばかりにニヤついている。
「あのヤロウ俺を真似るのならもっと器用にやりやがれってんだ。そんな下手くそな槍如きじゃあ西方の勇者の名が墜ちっちまう」
「だからなんで楽しそう? ツンデレってやつ?」
きっと西方の勇者さえ認めているのだろう。
それだけではない。おそらくこの劇から目を逸らせるモノはいない。
聖誕祭を成功させ、巨悪を罰し、そしていまここに至った。
ゆえに、そう。
気にくわない気にくわない気にくわない。
虫唾が走る。身の毛がよだつ。牙が軋んで悲鳴を上げる。
意の腑を裏返し海へ沈めて清めたいくらいの憎悪が渦を巻いて仕方がない。
目に映るものすべてを呪って、呪って、呪って。血眼が杭を刺すように舞台を睥睨していた。
「《祖が与えし煌々たる精髄を堪能せよ。創造へ聖痕刻み頌歌を奏で給う》」
あちらではなにか良からぬ呪いがはじまっている。
「《我が総身ひとつとして紛い物はなし。清らかなる技巧によって形作られる器は神器となりて天へと捧ごう》」
巫山戯た鴉が耳障りな声でカァ、と鳴く。
舞台上では燕尾の布きれをまとった少女が詠唱を紡ぐ。
「《虹光の花鳥と幾億千の狂騒をご覧あれ》!」
意が紡がれていく。
音色に沿うよう光の花弁がいっぱいにあふれた。
ヨルナを中心に桜色の花弁たちが踊る。優雅な軌道で舞台上に散りばめられていく。
そして詠唱が終わりに近づくと、幻想的で華々しい景色がわっ、と広がる。
「《創世の舞!》 《機械仕掛けの童たち》!」
彼女が印を結び手を打つと同時だった。
決闘場の乾いた砂場一面が色鮮やかに変化する。
びっしりと、青々とした緑が生い茂っていくのだ。
そうして瞬く間に血汗を吸った決闘の大地にとりどりの色に満ちあふれた花畑が生誕する。
一見すれば花冠をしつらえた乙女が踊り歌う愛らしい風景だった。しかし異様なのは生を謳歌する絶景に無数の武器が備えられている。
花の数ほど武器が生え伸びていた。数えたらきりがない。不釣り合い。
「……っっ!!」
いつでも止められる権利があった。
なのに言葉が、声が、心が震えてたまらない。
移ろう。はしゃぐ餓鬼のように鼓動が弾む。そんな心臓をいますぐにだって毟り取りたかった。
「はじまるぞォォ!!」
また誰かが叫んだ。
やや声の高い男の声だった。
だがそれが誰なのかはもはやどうでも良い。娯楽を求めていた無意識が展開を望んでいる。否定したくて仕方がないのに、目が離せない。
少年は花園を悠々と歩き、1本の武器を引っ掴む。肩に担ぎ上げてから剣聖と対峙する。
「……きなさい」
彼女はすべてを悟ったように凜としていた。
舞台が華やかになったことなんて微塵も意に介する様子さえ見せない。
「おうとも」
短い返答だった。
直後に少年は地を蹴って疾走を開始する。
踏み、蹴られた花弁が、踊るように舞う。彼を祝福する花道であるかのよう。
「つッッ――!」
上方斜めから重力ごと籠めた轟を見舞う。
さながら岩砕きの剛力。先端についた鉄塊が獣の如き猛りをあげた。
「遅い!」
だが龍の手腕に響くことなし。
差しだされた剣の面によって容易に地へ流されてしまう。
槌の鉄塊が花を轢き潰す。同時に花弁が波のように浮かんで風に乗る。
すでに少年は槌を手放していた。流れるような所作で餌を食むように弓を拾い上げる。
「なら速いのをくれてやるッ!!」
低所から地を滑るような射撃だった。
放たれた矢は高速で音さえ置き去りにする。鷹の囀りのような奇声を上げながら飛来する。
「これではひねりがありません! 蠅を捕らえるより容易い!」
それでも剣聖に届くことはない。
軽い血振りの動作で高速の矢を叩き伏せた。
まさに矢継ぎ早。矢の影を縫うようにして少年が現れる。
とうに手には別の棍が握られていた。矢が弾かれた隙を縫って棍の乱打が刻まれる。
「そういわれると思ってたよッ!」
「私もそうくるだろうと思って言ったんですよッ!」
見越して剣聖もまた無数の突きへと対応した。
まるで乱痴気。酔っ払いが歌う歌のように滅茶苦茶な戦い。
目が離せない。満ちていく。うれし、悔しい。怒りが憎しみが薄れていく。
人の子の奮闘は計り知れない。
大小異なる双剣で斬り伏せようと十字を造る。ダメだとわかれば即座にダガーを投ずる。
三日月型の片刃が鋭い閃光を発する。重々しい背丈ほどある両手剣が吠える。
バルディッシュ、ククリ、エストック、スティレット。なりふり構っていない。
「まだまだああああああああ!!!」
フレイル、鉄長鞭、鎖鎌。
手を休めず、3連の遠距離攻撃。
棍棒、鉄扇、シルバーアクス、かぎ爪。
息をつかせぬ超近接戦闘に視界が追いつかない。
「おい……あれって」
誰かが言った。
まずはじめに察した。
「はじめからなにかオカシイと思ったんだ……だってあれ、ぜんぶ見たことがある技」
声が極寒に吹かれるかの如く震えていた。
身もそのように震えている。戦々恐々と慄いている。
「ぜんぶ、俺ら救世主の技じゃねぇか!!」
さぞ恐怖しただろう。
「じょ、冗談じゃないわよ!? たかが半年しか与えられてなかったのよ!?」
「でもあの目に覚えがある! あの目で僕らのことを見て記憶したんだ! だからあのとき死に物狂いで棺の間を観察しつづけていたんだ!」
狂喜乱舞する歓声でも、ひけらかす罵声でもない。
ただ恐怖する。次々に悲鳴が上がる。生理的嫌悪の周知。
人の子の姿は、さながら生き写し。己の武が盗まれ利用されている。
武を弁えるものであれば筆舌に尽くしがたい事態だった。
「ありゃあ剣の師としてはたらまんじゃろうなぁ」
「もし手塩にかけた愛弟子が他流派なんて磨いていたら破門にするどころか泣いちゃうかも」
見るも無惨な、まさに有り様だった。
年輪を刻む渋いゼトはともかく、フィナセスでさえ酸い顔で見守る。
「どの武技もまったく極まっていない見よう見まねもいいところ。細かな基礎こそ大切なのにスキップしたつけがダダ漏れ」
「その通りとんと極まっておらん。が、使えちまっとる。この差は雲泥ほどにかけ離れちょる」
しょせん人の子の技術如き付け焼き刃だった。
しかし無数の数打ちとでも銘打とうか。武器を我武者羅に振るうのではなく、理屈の上で使えている。
「どれだけの信念を内に秘めればあれだけの尽力を籠められるのかしら。少なくとも私はこの大陸世界に同じ芸当を可能な逸材を知らない」
現大陸最強の剣士さえ感嘆の吐息を漏らした。
呼びこんだフィナセスでさえ予想外の光景が広がっているのだろう。驚愕に目を剥きながら白細い喉をこくり、と鳴らして呑みこむ。
双王も、女王も、女帝ですら舌を巻く。視界に舞台を固定しながら立ち尽くして時を止めた。
「剣聖様のお気持ちを察しきれないわね。まさかとった弟子があんなあべこべをしてくるんだもの」
「じゃが己に勝たんとあらゆる手を尽くす様は決闘相手として最高の手合いじゃ。見やれい、リリィのやつ次にどんな手が飛びだすのか少女のように楽しんじょるわい」
ゼトの胴色をした指が人の子ではない側を指し示す。
するとそこに純白まとい純金を流す剣聖の姿はない。
それを見たフィナセスは、微笑みながらも口惜しげに口角を歪ませる。
「龍の血があんなにはっきりと表面に現れるなんて……! 私相手にだって瞳の色すら変えたことがないのに……!」
控えながらも声に悔しさが滲みきっていた。
彼女の敬愛して止まない、剣の極地が彼女の届かぬ領域へ至っている。
鮮烈な笑みを張り付けるリリティアの瞳と髪の毛が、燃えている。そう錯覚するほどに龍の朱色に馴染んでいた。
つまりいま現在の剣聖は、龍の力の100をだして防御に徹している。しかも心の底から純粋に戦いという舞台を楽しむ。
「救世主を全員ぶん真似たって冗談だろ……! そんなこと脳がぶっ壊れてなけりゃやろうなんてやついねぇって……!」
「もう人種族を認めるしかねぇだろォ!! あんなスゲー奴こっちの世界でも出会ったことがねェや!!!」
今日1番、もっとも動乱する。大喝采が世界に打ち放たれた。
全種族隔たりない。一丸となって1人の戦士の背を讃える。
「どうせ真似るなら本家本元の武器も使ってみろッ!」
どこかの馬鹿が業を煮やす。
己の武器を鞘から剥き身にして舞台へと放り投げた。
それを起因とし、1本、また1本。救世主たちは次々に己の命ともいえる武器を舞台に投じていく。
「ミナトいっっけえええええええええええええ!!!!」
子龍でさえ咆吼をあげて勝利を願う。
舞台端のヨルナに至っては、土砂降りの落涙に溺れている。
無駄とわかっていながら袖で拭っては頬を濡らす。
なにかがこの棺の間で起こっていた。途轍もない、予想だにしない、尋常ではない、信じ難い、なにか。
それは奇跡と呼ぶにはあまりにも泥臭い。ロマンの欠片もなければ吟遊の詩にさえならぬ陳腐な事象だった。
「……イージスよォ」
だが、詰まっていく。
騒々しいこの空間でただひとりきり。
静寂という孤独に苛まれていた女性の大切な箇所に触れている。
心にぽっかり空いて長くある。友が去って出血した重いところ。
その血すら乾いて冷たくなっていたはずの心の空虚が、僅かに温い。壊死していたところに血の管が通って生が通じようとしている。そんな感覚。
「テメェは異世界に渡って大切な宝物を見つけたんだなァ……」
思いだすだけで目の奥にツンと針が刺さる。
思い出とは常に美しい。後悔とは常に先に立たぬ。
そのどちらもが共通していた。手を延ばして届かないところいってしまった。
「そしていまこうして余に自慢しにきてくれたんだなァ……」
不器用で無口で、なにより優しい自慢の友。
世界を旅立ってしまった彼女が、あの頃のまま。誇らしそうな笑みを浮かべテイル姿が向こう側に見えた。
バカにしやがって。そう漏らしながらも霞ががかっていた記憶は色鮮やかだった。
必死に生きている彼を見ていると、どこか似ている。唯一無二の親友であるイージスとの思い出が鮮明になっていく。
「なかなかに面白れェじゃねぇかよ」
冥府の巫女は、熱狂に渦を巻く己の牙城の空を扇ぐ。
口元に欠け月の如き半孤を描いて思い巡らす。
いまようやく過去から目を逸らせた。止まった時が動きだすために1歩を踏める。そうして新しく描いた未来を信じたい。
そんな気になれた。
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