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BREVE NEW WORLD ―蒼色症候群(ブルーライトシンドローム)―  作者: PRN
Chapter.11 【空色の空 ―Sky Light Syndrome―】
339/364

339話【VS.】白龍 剣に聖を宿す乙女 リリティア・F・ドゥ・ティール 2

挿絵(By みてみん)


秘策

磨いて輝かせた


とっておき


帰還のための

力ではない


未来に繋ぐ

 モチ羅の勇気に鼓舞されてもう1本の牙が剥かれた。

 詠唱をキャッチしたALECナノコンピューターから武器へと命令が伝達される。

 もたれたエメラルドグリーンの円筒が4段階の機構変化によって、伸びていく。


「それは……」


 対峙するリリティアの顔色が微かに変わった。

 彼女はきっと知っている。こちら側の世界が旧世代文明であるからこそ知っていなければならないもの。

 ミナトは完全形態以降した棒状を、華麗に回し、構える。


「さあ、つづきといこう」


 レッドナインは、砂上に突き立てられていた。

 それも装備しているのは、剣でさえない。


「いったい……なんのマネですか?」


 リリティアの声に明らかな不快が混ざっていた。

 見下すような軽蔑の眼差しさえ隠そうともしない。

 彼の行動に、誰もが勝てぬという同じほど、誰もが愚かと思っただろう。

 しかしミナトは表情を一欠片さえ変えようとはしない。剣を手放し、折りたたみ式の槍を構えて、剣聖と向かい合う。


「この武器の名はグリーンセカンド。通称、疾風。見ての通り槍だ」


「……。武器の名など尋ねていません。ただ私は貴方が正気かと問うているのです」


 唖然という空気ではない。

 どちらかといえば場の全体がシラケている。

 理由は明白。ミナトのとっている暴挙こそが、その渦中であり、元凶。


「もう1度尋ねますけど、なんのマネですか? そんな付け焼き刃がこの私に通じると本気で信じているんです?」


 その時観客席から五月雨の如き野次が荒れ狂っていた。

 あれほど高揚していた連中が罵声と怒声ばかりを口にする。

 師であるリリティアでさえ、剣の師であるからこそ、愚かな弟子を蔑む。


「お遊びを企んでなければもっと剣の研鑽を重ねられたはずです。この状況に達してなお己と私の差を実感していないとは正直、笑えないです」


 もはや剣を立てるという動作すらせず。

 構えを解いてミナトが剣を拾い直すことを待っている。

 だが、やった。やり尽くしたのだ。

 やり尽くしてなお勝てるビジョンが描けなかった。

 幸運だったのは、やり尽くしてなお勝てぬほどの相手だと知っていたこと。

 だからやり尽くしたその先を走りつづけられる。


 ヒュンッ。


 音が先か。はたまた光のほうが先か。

 否、そのどちらでもない。軌道が先行し、後に光と音が追随する。


「――なっ!?」


 さすがの龍でさえ虚を衝かれたように目を剥く。

 リリティアは刹那ほど身を強ばらせた。

 だが、剣でほぼ正確に飛来するエメラルドグリーンを防ぐ。

 開始のゴングは閃光からだった。先端が大気を裂くたび唸るような音色が響く。

 意識の外を狙う最短の軌道から2閃、3閃と。隙間なくリリティアを襲う。その都度彼女は応酬を的確に弾いていった。


「くっ!? そんなまさかっ!?」


 しかしリリティアのリズムは完全に乱されている。

 おそらくは龍の膂力と経験の2つがあってこそ攻撃を避けられている。

 そして手練れの彼女は気づいているはず。もしかしたなら1撃目ですでに気づいていたかもしれない。

 さらには野次を飛ばしていた周囲もちらほらと口を閉ざして黙りこくる。

 常軌を逸する。それほどまでに異端で不可思議で現実的ではない光景が繰り広げられていた。

 たった1人の矮小で、弱小で、才能の片鱗さえない少年に魅せられる。

 それは荒れ狂う砂塵の如き槍捌きだった。


「……オカシイな。ALECのシミュレーションではもっと追い詰めていたはずなんだけれど」


 グリーンセカンド。別名、疾風。

 合金製の穂先は厳かな十字を描き煌びやかな光を閉じこめる。

 さらには3段変形式の携帯武装で、剣の倍は間合いがあった。デメリットである重さは素材が軽量のためkgすらない。およそ暗器向けの性能をしている。

 ミナトは、片足立ちのままくるり、と。手慣れたようにとり回す。


「やっぱりデータに含んだ対象とオレの実力に差があるってコトか」


 武に精通しているものであれば理解するのに数刻とかからない。

 いよいよを以てして異変は、気のせいで済ませられる範疇を超えていた。

 ゆえに熟練した戦闘経験をもつ者が気づかぬわけがない。


「それ、は、西方の勇者の型!?」


 リリティアの驚愕の声に会場全体が揺らいだ。

 似ているというレベルではない。そのまま模写したのと同じ。

 構えも、戦法でさえ。なにもかもが西方の勇者ルハーヴ・アロア・ディールの生き写しだった。


「なぜ貴方がその武技を使いこなせるのです……! まさか私の知らぬ場で西方の勇者に特訓を受けていたんですか……!」


 リリティアはキッと目尻をすぼませる。

 そうして観客席にいるルハーヴを睨みつけた。

 しかしルハーヴのほうも完全に放心状態になっている。


「オレはルハーヴになにも教わってなんていないさ。それどころかアレに頭下げて頼むなんてまっぴら御免被るね」


「師の手ほどきなしでしかも短期間にそれほどの槍捌きを会得できるわけがないです……! しかも一朝一夕で会得できるレベルを遙かに凌駕しています……!」


 ここにきてはじめてリリティアの頬に冷や汗を浮かんだ。

 驚きという感情より不快、不愉快なものを訝しむかのよう。


「教わる相手ならこの空間にいくらでもいるじゃないか。しょっちゅう小競り合いばかりして技を無駄にしてる連中がね」


「まさか見よう見まねで西方の勇者を複製(コピー)したというのですか!? っ、冗談を言うのもほどほどにしてください!?」


「冗談なんてひとこともいっていないさ。その証拠に完コピできずに不意打ちを失敗してるんだからな」


 会得したのは剣の極意ではなかった。

 ミナトがみずから選択して得たのは、2本目の牙。隠し刀。

 簡単ではなかった。だが、不格好でも形となった。

 瞳を通してナノコンピューターへ録画した映像を繰り返す。そう、網膜に映像が焼けくまで繰り返しつづける。

 ルハーヴの槍の動き、足捌き、腰のひねり。動く髪先の1本さえ見逃さぬ。究極の集中力が成した不完全複製が完成する。

 これこそがミナトが目指した勝ち筋への最短かつ最難関ルートだった。

 鬼道を歩み棘路(きょくろ)を踏む、精神一到(せいしんいっとう)の秘策。


「そんな質の低いモノマネを覚えたくらいでどうするつもりですか? まさか槍1本を携えてこの私に本気で勝てる見こみがあるとでも?」


 ひょう、と。剣閃が流れて金色の三つ編みが流麗になびいた。

 リリティアの飽いた眼差しは、ミナトを値踏みするかのよう。

 己を舐めるな。そう、水面下で語っている。


「騙し討ちのみ1点に絞った秘策。その一瞬の策でさえ無駄になってしまった。となればもはや勝ち目がないと自分でいっているようなものじゃないですか」


 彼女の実力と洞察力ならば1撃目で見切ってしまう。

 しかもそれが既存である西方の勇者の型ならば、問題にもならないはず。

 いまさら付け焼き刃1つ増えたところで勝機が揺らぐわけがない。

 だが、そんなことはミナトだって知っている。知っていたから,ずっと見てきたのだから。


「こんな素人槍を使えるようになったところでせいぜいが驚かせるていど。勝率がコンマ1パーセントも上がらないことくらいわかりきってる」


 ミナトは慣れた手さばきで槍を回す。

 首を傾げて棒きれで肩を叩いた。

 リリティアは目を細め口をすぼませる。


「存外あっさりとお認めになるんですね。それと正直弟子が槍に執心していたという事実がなにより不愉快です」


 白い頬を僅かに膨らませる姿は、嫉妬に似ていた。

 先ほどからミナトの槍捌きを見る眼差しは、冷ややかで、微かにねっとりとしている。

 手塩にかけて育てた弟子が剣ではない他の武器に浮気していたのだ。剣の師としては少々思うところもあるのだろう。


「このままだったら使えない」


「使えないでしょうねぇ。私の手ほどきした剣のほうが遙かに上等ですから」


「だが、このままじゃない方法で使ったらどうなると思う?」


 柳葉の如き細くて綺麗な眉がひくっ、と動いた。

 リリティアは「……」真一文字に口を引き結ぶ。

 きっと彼女は含みのあるミナトの微笑になにかを察している。

 しかしそのなにかまで達していない。だからそうやって垂らしていた切っ先を冷静に構え直す。

 人に与えられた時間は限られていた。しかしもっと恐ろしいのは成長が止まってしまうこと。いくら最強の剣士が師であれ人の身体でやれることはそう多くない。

 だからミナトはやったのだ。やりきって、先に手を延ばして、掴んだもっと向こう側で、今日を迎えたのだ。

 そして最後のピースを声高らかに召喚する。


「ヨルナッッッ!!!」


 それは特定の名だった。

 ミナトにとってこの世界で初めてできた大切な友の名前でもある。

 腹の奥から絞られた大声は毎秒399mの早さで大気を伝わっていく。願いは波紋の如く満ち、あっというまに決闘の場に一瞬で広がる。

 すると愛らしい中性的な顔立ちに憂いを染みこませた少女が、はたと顔を上げた。

 さらにその場から蝋の灯火と吹き消すように姿を消す。1秒とせぬ間にこちらの隣に立っている。


「……急になんだい?」


 スカーフ越しにくぐもって、ひどくしゃがれた声だった。

 瞼も赤く腫れぼったい。頬には汗と別の道筋(よいん)で濡れている。


「僕にはもうキミにしてあげられるコトなんてなにもない……無力な僕なんかがキミの友を語る資格なんて――」


 弱音戯れ言なんのその。

 ミナトは、ヨルナの言葉を切って正面から向かい合う。

 意を決した真剣そのものの顔つきで友に願う。


「オレは、ヨルナのすべてが欲しい。だからお前のすべてをオレに(さら)けだしてくれ」


 1拍、1拍。計、それくらい。

 毎秒399mの思いは届いてなお時を凍りつかせる。

 それから誰もが押し黙るなか。暗く淀んでいた少女の顔が爆発するみたいな朱色に支配される。


「な、ななな、ななな、っ!!? なにをいってるのかなぁぁぁ!!?」


「本気なんだ逃げないでくれッ! オレはいまこの場でヨルナの生涯が欲しいッ!」


 逃げようとするヨルナを逃がしはしない。

 とにかくミナトは彼女にずんずん歩み寄っていく。


「ちょ、ちょっと待ってってば声が大きいってぇ!? そ、そんなこといきなりいわれても心の準備とか、っ!? っていうか僕幽霊だし生涯が終わっちゃってるんだけどねェ!?」


 押しつ押されつの押し問答だった。

 いっぽうヨルナのほうは逃げられるはず。

 なのに全身を紅潮させながらわたわたと手を振って接近を拒む。


「待って待ってぇ!? 僕とキミはと、とと、友だち、だ、だから……」


「そう友だちだ! そんな友だちのヨルナにしかこんなことは頼めない!」


 ガシッ、と。華奢な両肩を捕まれてしまう。

 顔が近づいただけでヨルナの赤面はさらに色を濃くした。


「そ、そんなに……友だちを超えちゃうくらい……真剣なの?」


 強引で、空気も読まぬ。

 それでも大胆で豪快な告白だった。

 当てられたヨルナの黒い瞳は熟して潤み、乙女を宿す。

 顎を引いてスカーフを引き上げる。捕まれた肩を微少に震わせていた。


「真剣だけじゃない」


「……え?」


 ミナトはヨルナの頬横に頬を添えた。

 そして、ひとこと。ミナトは声を潜めながら彼女の耳元に願いを紡ぐ。

 するとなぜか言い終わったあと、1小節くらいの間が空いた。

 その間に乙女を宿した瞳からすぅ、と光が消える。


「あー……ソウイウコトネー……ツジツマアウー」


 ヨルナはブリキのようにカタコトだった。

 強制的に現実へと戻っされた乙女は、朱というより灰に近い。


「だしてほしいというのであればだせなくはないよ? でもいったいなにに使うつもりなんだい?」


「龍の尻尾を引っ掴むために必要な最後の決め手なんだ。そこから先はヨルナの目で見届けてくれればそれで良い」


 舞台中央。頬触れ合うほどの距離で密談を交わす。

 そんなちぐはぐな光景を見せられて黙っていられるものか。

 決闘の終了を言いかけて邪魔をされたまま引き下がれるはずがない。


「いつまでもちんたらやってんじゃねぇぞォ!! 踊れねぇ道化に価値なんざねぇんだからなァ!!」


 レティレシアが舞台のフチに足をかけ、大鎌を強引に奮った。

 決闘の終了条件は、彼女を飽きさせぬこと。

 傍若無人な振る舞いだが決定権は彼女のみにある。


「ヨルナにしかできないことなんだ。だから、頼む」


 切実な囁きだった。

 ミナトはレティレシアを一瞥し、ヨルナから距離をとる。

 するとヨルナもまた彼の言葉を受けとって表情を引き締めた。


「うん……っ! 僕もキミのことを最後まで信じるよっ!」


 


……  … …  ……

最後までご覧いただきありがとうございました!!!!!!!!!!


挿絵(By みてみん)

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