335話 蒼い空&紅の月《Bule Sky & Red High》
多くの魂が誇り、あるいは矜持、高慢さを競い合った。
この地で胸に秘めたるは夢か、欲望か、はたまた自尊心か。
種族たちの睥睨する決闘の場にて、1人と1人が闘気と覚悟を背に向かい合う。
「それでは畜生どもが競い合うルール発表の時間だァ」
しなり、しなり。丸く傲慢な腰が左右に揺れた。
シルエットを隠そうともしない。歩むたび肉付きの良い太ももがスカートをもちあげる。
馬蹄のヒールが砂に埋もれ、高い位置で括られたポニーテールがたらりと垂れる。
冥府の巫女の名を知らぬものにとって彼女は絶世の美女に見えるかもしれない。だが知るものは畏怖し敬い、そして美女の背に死という影を重ねる。
レティレシア・E・ヴァラム・ルツィル・オルケイオスは、鎌を構えて邪悪な笑みをニタリと広げた。
「まず決闘時間のほうだが、好きなだけ盛り合わせてやる。実質無制限で時間という邪魔な概念は排除しても良い」
意外で信憑性のない提案だった。
ミナトは、不穏な影を感じ、彼女に訝しげな視線を送る。
「どういうことだ?」
言葉の裏にはお前らしくないというニュアンスが含まれていた。
実質無制限で決闘なんて行えば、日をまたいでも良いということになる。
そうなればだらだら漫然とした先送りになりかねない。欲深いレティシアの求める決闘とはほど遠いもの。
しかしそんな妥協点を彼女がみすみす許すものか。
「あ”~、そうそう1つ言い忘れてたがァ……」
ニタニタ、と。いまにも噛みつきそうな笑みが広がる。
口角が吊り上がり眼が零れんばかりに見開かれた。
「余が飽きるまでって意味だァ! テメェらがぐだぐだやろうってんなら即刻打ち切って決闘は余の采配に支配されるゥ!」
美貌もなにもあったものではない。
それは人を小馬鹿にするためだけに作られた醜悪な顔つきだった。
あまりに身勝手な法に周囲からどよめきが生まれる。しかしレティレシアは意に介する様子が毛ほどもない。
「余が飽きたらそこで決闘は終了とする! だぁかぁらぁはじめっからいっテんだろォ!」
ざわめきを血色の大鎌がわがままに切り裂いた。
やがて笑みは牙を晒し、みだりに舌を見せ、最凶悪に飾られる。
「これは、余の、暇潰しだって――なァァ!!」
見るものが震え上がるほど、傲慢だった。
中立、そんな馬鹿なものを彼女が守るわけがない。
彼女は元より孤高であり、最高であり、崇高ではないのだから。
「終わりたくねぇのならせいぜい飽きさせねぇよう足掻けェ! 醜く足掻きつづけて1分1秒でも多く世界を沸かせてみろよォ!」
虫をくびり殺すようにゲタゲタ笑う声が響き渡った。
レティレシアの独壇場に救世主たちですら若干、引いている。
さながら溜めていた感情を一気に爆発させるかのような暴虐さだった。
「それと私からもルールを追加させてもらいます」
だが、少なくとも向かい合う2人だけは動じていない。
それどころかリリティアは白い手を小さく上げて主張する。
「こちらからの攻撃の一切を禁じます。つまり私からミナトさんに攻撃はしません」
「なに冷えたことぬかしてんだテメェ?」
蛇か、邪か。
レティレシアの冷えた視線がギョロリと彼女を捉えた。
「だってそうじゃないですか? 私が全力で攻撃したらミナトさんなんて1秒保ちませんよ?」
聞きながらミナトは、やや苦心した。
リリティアは馬鹿にしていないと思う。たぶん……自信はないけど。
「だから私は全力でミナトさんの攻撃を避けて受けます。彼が技のすべてを見せ、気力が尽き地に伏すまで、延々と躱すのみに専念するんです」
提案の内容は、こう。
ミナトが諦めるまでリリティアが耐えつづけるというもの。
でないと一瞬で決着がついてしまうため、勝負にすらならないとしている。
「それにそっちのほうがレティレシアが望む暇潰しにもってこいだと思いますけど」
吐いてるセリフのわりに慎ましい笑みだった。
身体をちょんと傾けて伺いを立てる。
「あ”あ”~……いわれてみりゃ、まあ?」
これだけ露骨なのだ。
レティレシアだって良いように操られている自覚はあるはず。
しかしリリティアの提案に不義はない。最強龍族である彼女とまともに張り合うならそれくらいのハンデがなくては勝負にすらならぬのだ。
しばしレティレシアは喉を唸らせていたが、ようやく。
「んじゃ、それでいいぜェ。瞬きしてる間に終わられたらつまらねぇ通り越してくだらねぇかンなァ」
おそらく彼女が折れたのではない。
そっちのほうが面白い、と。苦しみと絶望が生まれやすい、と。干渉と鑑賞を覚えたのだ。もし曖昧なままはじまってしまえば結果だって曖昧になってしまう。
「じゃあオレの勝利条件は攻撃してこないリリティアを倒すことかい?」
そんな結果ミナトだってたまらない。
いちおう挙手をして口を挟む。
するとリリティアは迷う素振りすら見せなかった。
「いえ、ひと太刀この身に与えられたら勝ちです」
「おいこらそこまで緩い条件許してねぇぞ調子にノンナよ」
「? 全力で回避に専念する私にレティレシアはひと太刀でもいれられるんです?」
2人の間に3秒ほどの空虚が開いた。
なんというか。誰から見ても嫌な感じの間だった。
なのにリリティアはの口調は常識を語るが如く。表情だって素のままだった。
「……ちっ、手を抜かねぇってのが最大条件だ。一瞬でも手を抜いていると余が判断したら決闘は即時終了、人種族の負けとする」
今回は明確に折れたといっても過言ではない。
きっとレティレシアの実力をもってしても不可。龍である彼女にひと太刀加えるのは至難なのだ。
リリティアは、レティレシアの酸い顔を見つめて、薄い胸をふんと反らす。
「これでおおよそのルールは決まりましたねっ」
「それ……そっちの都合でオレの敗北決まるじゃん……」
「つまり貴方は私が本気をだすための人質ということですっ」
ミナトが口を挟む余地すらなかった。
大丈夫です。リリティアは蚊も殺さぬ笑みの隣で手を打った。
「今日の私は全力で貴方のことを潰しちゃいますっ。完膚なきまでにその内へ秘めたごりごりに凝った心をへし折りますっ。そして大陸世界で幸せに暮らせるようにしてあげますっ」
「スゴイ軽やかな笑みで凄まじく恐ろしいこというのやめてくれないかなぁ!? 決闘はじまる前から心折りにくるのってルール違反じゃないのぉ!?」
とにかく決闘のルールが制定されたのだった。
ルールその1、レティレシアを飽きさせない。
ルールその2、リリティアが決して手を抜かない。
ルールその3、リリティアがルール2を守った上でミナトが彼女に1撃を喰らわせる。
なんという優しく、極悪なルールだろうか。ミナトは両腕を組んでしみじみと空を仰ぐ。
「……ったく」
――誰も傷つかない優しい決闘か。
レティレシアもリリティアも切り札を切ってきた。
今日のために色々と考え巡らせ用意していたのだ。
彼女たちの目的は相反しているようで、そうではない。人間を大陸世界に留めることのみに重きを置いている。
ここで大事なのは、人を殺傷する気はないということ。やがてきたる世界崩壊に備え蒼き力をもつ人々を戦力としたいのだ。
「ではそろそろはじめましょうか。ルールがルールなので私から開始の合図はだせません。なのでミナトさんから私に斬りかかってきてください」
リリティアは流麗な三つ編みを流す。
細腕を剣へと差し向けられる途中で僅かに周囲の緊張感が高まった。
そして地面に突き立った剣の柄が握られる直前だった。
「やり残したことはぜんぶ片付けないとな」
「……はい?」
リリティアの手が寸前で止められた。
ミナトの意思は彼女のほうへ向いていない。
それどころか観客席を見上げながら声を張り上げる。
「モチ羅ぁ! おーいどこかにいるんだろモチ羅ぁ!」
すると、ぴょこん。
観客席の端のほうで赤い頭が野兎のように跳ねた。
愛らしい龍の幼子はルビーの如き赤く丸い瞳を瞬かせる。
「……?」
モチ羅・ルノヴァ・ハルクレートは、顔半分ほど覗かせ、ミナトを見つめていた。
「ちょっと話があるからこっちにきてくれ! モチ羅に関わる凄く大事なコトなんだ!」
「……っ」
5mあろうかという壁を躊躇なく飛び降りた。
短い足で軽やかに着地する。鱗の薄い尾っぽを流して走る姿は転がるかのよう。
尾も翼もまだまだ成熟とは言い難い。燃えるような髪のなかに隠れてしまう角だって生えかけもいいところ。
しかし親ならば目に入れても痛くないほど愛らしい。そんなどこにでもいるような女の子だった。
モチ羅が赤目を丸くしながら転がるようにして駆け寄ってくる。
「いいか? 1回しかいわないから良く聞くんだぞ?」
すかさずミナトは膝を折って幼子と目の高さを合わせた。
癖のように手は朱色の頭をまったりと梳き通す。モチ羅のほうも嫌がるどころか目を猫のように細める。
「今日オレが勝っても負けてもこの決闘のあとお母さんに会いにいくこと」
「……どうして?」
一瞬だけモチ羅の華奢な肩が震えた。
表情は僅かに強ばり尾も芯を入れたように伸張してしまっている。
だがミナトは兄のような笑みを崩さず声色穏やかにつづけた。
「お母さんになおしてほしいことやしてほしいことをちゃんと自分のくちから伝えないとダメだ。モチ羅は子供1年生だけど、あっちもお母さん1年生なんだから。ならモチ羅のほうからぶきっちょお母さんをちゃんとしたお母さんにしてあげなさい」
卵が先か、鶏が先か。
それは否。これは母と生まれた卵からはじまる龍の問題なのだ。
モチ羅は卵のころから母に怯えてしまっている。焔龍のもつ王者としての気迫が彼女を追い詰めている。
「でも……! どうしたらいいのかわからないよ……!」
瞳にはたっぷりの涙が滲んでいた。
唇を尖らせながらうつむき両手できゅう、と帯を掴む。
完全にトラウマだった。それどころか彼女にとって母がもっとも恐ろしいという認識になってしまっている。
ミナトは慰めるよう幾度と彼女の髪に触れ、頬を撫でた。
「ずっと……ミナトといっしょがいい! もりのなかでずっと……ずっと!」
「ダメだそれじゃどこにも進めない。時間が流れている限り歩きつづけないと後退するだけだ」
「いやっ! どうしてこわいのにすすまないとだめなのっ! なんでにげちゃだめなのっ!」
感情の乗った悲鳴のような叫びだった。
転じてわがままを口にしながら地団駄を踏む子供そのものの姿でもあった。
「オレは逃げなかったぞ」
「つっ――」
「どんなに強くてもどんなに恐ろしい相手でも1度として逃げなかった。オレはそんな背中をモチ羅に見せてきたはずだ」
とめどないはずの涙が不意に止まった。
ミナトは、ほろほろ零れ頬伝う涙をそっと指先で掬いとる。
「オレはこれから鬼のように強い敵に挑む! だからモチ羅も勇気をだして大きな相手に立ち向かえ!」
掬った悲しみを拳に閉じこめどん、と胸板を叩いた。
「他人じゃなくて親子なんだから思いっきり飛びこんでみろ。子供が悩み考えるのにとっておきな場所はお母さんの胸のなかだけだ」
ミナトはゆっくりと立ち上がると、拳を突きだす。
モチ羅にとっては唐突な提案だったろう。だからかやはり戸惑いはある。
「……うんっ!」
だがモチ羅は、もう泣かない。
涙の余韻を散らしながら力一杯に頷く。
そして突きだされたミナトの拳に小さなグーをぶつけたのだった。
「時間をとらせて申し訳ない。だけどこればっかりはやり残したくなかったんだ」
「ふふ。いいですよ。焔龍もたぶんいまのお話を来賓席で聞いていたでしょうし」
走り去っていくモチ羅をよそに改めて向かい合う。
来賓席の向こうでは、無感情な母がこちらを無感情に見下ろしている。
モチ羅の母は、まるで鉄仮面の如き無の表情だった。あれでは子供が怯えても仕方がない。
「焔龍とは付き合いが長いからわかるんですけどね。あれは本気でミナトさんが勝つことを願ってる目ですよ」
「オレには恐ろしすぎて皿の上に美味しく焼かれたラム肉を見つめているようにしかみえないんだけど……」
ここまでが余談だった。
これから全力で走りだすための助走とでもいおうか。
会場の緊張は最高潮にまで達しつつある。期待と欲望と、嘲笑と軽蔑。あらゆる浮かれた感情が嵐のように渦を巻く。
友がいて、敵がいて、種族がいて、主がいて、王がいて、恩師がいる。ここは天下分け目の晴れ舞台。曇天でも降雨でもない晴天によって形作られる大舞台。
「さあ」
「さあ」
どちらともなく足を運び、砂を踏む。
刻、刻、刻、刻。秒針がせがむように刻まれていく。
「はじめよう」
「はじめましょう」
瞳に透けた空色の蒼が宿る。
相対するは夜闇に仄めく紅の月。
2つの世界が交わり、運命を越えて、衝突する。
(区切りなし)
※ ※ ※ Change Mission Color ※ ※ ※
Chapter.11 Sky Light Syndrome
importance:OrangeClass『Only my soul』
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Holy Sword…
Holy soul…
Only heart…
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To win is to gain eternal freedom
To lose is to gain a peaceful cessation
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【MISSIONCOLOR:Deceiving GOD】.
(解説)
BlueClass=楽しめ
GreenClass=まあ安全
YellowClass=死の危険性有り
……………危機レベル……………
PurpleClass=未来になんらかの障害が及ぶほどの危機
OrangeClass=未完遂で人類そのものへ大きな打撃が起こりうる危機
……………滅亡級……………
RedClass=人類終焉級非常事態シナリオ
……………??????……………
BlackClass=########




