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BREVE NEW WORLD ―蒼色症候群(ブルーライトシンドローム)―  作者: PRN
Chapter.11 【空色の空 ―Sky Light Syndrome―】
334/364

334話 たった1人の望んだ世界《His World》

挿絵(By みてみん)

現れぬ

決闘者


神の手を離れた

決戦の刻


戦端よ

開闢よ


「おっせェ……」


 歪ませた口から牙を尖らせ不平を唱える。

 張り詰めた空気のなか長い足を組んで上席に深く腰掛ける姿は、横柄でしかない。

 山羊角を生やした頭から高く括った髪束が深い川のように流れる。先刻より落ち着きなく、イライラとヒールの踵を忙しなく打つ。

 すでに会場の準備は万全というほかない。なのに両手を広げて待てど暮らせど。余興の生け贄(メイン)が入場しないのはどういうことか。


「……ッ。どういうことだァ、この状況はよォ~……」


 レティレシア・E・ヴァラム・ルツィル・オルケイオスは、焦燥に弄ばれていた。

 救世主たちも軒並み今か今かと待ち焦がれている。

 バカで生意気な餓鬼が悲惨な目に遭う姿を網膜に焼きつけんと待機していた。

 さらには救世主とは異なる来賓席にだって数名の王が座す。彼らこそが此度の誓約決闘(コヴェナント)を見極める。

 そうして決闘の準備が完了しているというのに人の子が、やってこない。


「なんっ、であの馬鹿きやがらねェェ~……!」


 たまらず喉奥から怨嗟の如き唸りが漏れた。

 怒り任せに噛み締めた奥歯がギリリと軋みを上げる。


「あれほどの啖呵を切っておきながら逃げやがったってのか……! しかも、決闘すら、参加せず、誓約すら、呑まねェってことかよ……!」


 声低く、それでいて内側には怒濤の激昂を閉ざす。

 半年だ。半年しっかりと時間をかけて熟成させて迎えたのが今日だった。

 準備には手間暇どころの騒ぎではない。ダモクレス鉱の採取と加工だけならまだしも王まで呼びつけている。

 このままお流れになりましたで済ませれば冥府の巫女としての沽券に関わりかねない。


「ザッけんな、ザッけんな、ザッっけんな……! コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス……!」


 時経るごとに呪詛が粛々と紡がれていく。

 その反面で、決闘状は耳元を膜で覆うような静寂によって張り詰めていた。


「それで、蒼き鳥の修繕は順調ですか?」


 怒れる主を差し置いて来賓席には王が集う。

 集うとはいえすべての王が揃っているというわけではなかった。空いた椅子の幾つかは欠席を意味するもの。

 白き髪の麗しき女性は、透明で美しい翅に向かって問いかけた。

 すると翅の少年はちらと彼女を一瞥し、ふふん。こぢんまりとした鼻を得意げに膨らませる。


「そりゃ妖精の知能とドワーフの技巧、そしてエルフ国とエーテル国から驚くほど潤沢な資金がざぶざぶでているからね。これで順調じゃなかったら大陸世界の恥さらしものだよ」


 様相にて語るならば12そこそこか、あるいはもう少し幼い。

 しかして彼の冠する座もまた白の女王と同格。幼き特性の妖精を統制し教育を徹底した革命者だった。

 妖精王ディアナ・L・ルセーユ・シェバーハは幼き笑みを傾ける。


「ただ根幹となる技術や技法は人種族に任せるよう徹底している。あの蒼き鳥の内部構造は僕らが触れていいテクノロジーじゃない」


「とかく順調であるというのならばそれは吉報に違いありませんわ。さすが叡智の王と讃えられるだけのことはおありですわ」


 エルフ女王リアーゼ・フェデナール・アンダーウッドは、たおやかな笑みを返す。

 美くしき女王と利発そうな子供が見知った声で気さくに語らう。

 通常であれば民の目を気にしてここまであけすけにはなれない。棺の間という隔絶された世界だからこその光景だった。


「よくこれだけの資金を国庫から無条件に引きだすことができたね。いくら最高権利者とはいえ他種族に無償の施しとして与えられる額じゃない」


「それはもう王としてとれる手の限りを尽くしましたから。それにカマナイ村を襲った怪魚を人種族が討伐してくださったおかげで色々とコトが上手く運んだ結果ともいえますけど」


 リアーゼは、目に精のない給仕からぶどう酒を受けとり舌を湿らせた。

 神聖な白い髪やエルフ種族の美貌を兼ね備え耽美な召し物を身にまとう。

 片側の肩から肌触りの良いシルク布が垂らす。それから張りの良く突起する胸の下を括るというもの。

 胸元がざっくりと開いており風通しが良いエルフの伝統衣装だった。それでも決して品性を欠かぬのは彼女のもつ格と魅力が手伝っている。

 対して隣の妖精王ディアナも王としての風格は比類なき。


「そこまで人種族に関わろうとするのは白き御髪と前世の記憶をもつおかげかな?」


 それは幼くも見通す眼差しだった。

 見誤るなかれ。いまや妖精国は大陸の叡智を司る。

 彼のもつのは力ではない。幼いからこそ消えぬ勤勉さ、柔軟さ、貪欲さ。それらすべてを民に与えたのが現妖精王の功績だった。

 リアーゼは、もう1口ほどグラスに唇を添えてから目端を細める。


「ふふ。本日はずいぶんと踏みこんだご質問をなさいますのね」


 ほろほろと桃色が白い頬に薄く浮かぶ。

 いくら髪が白いからと転生を決めつけるものはそういない。

 だからこれはある意味ディアナからの試し。答えず首を横に振ればそれで終わるだけの話だった。

 しかしリアーゼはしばし間を置いてたわわな胸元にすっ、と手を添える。


「本来であれば私もまた死後に棺の間へ誘われるはずでした。大罪に塗れて手の施しようがない悪鬼羅刹。そんな私に赦しと贖罪の機会を与えてくださったのが人なのです」


 酒で口が軽くなったか、心なしか声に色が降りていた。

 うっとりと眼を滲ませ、吐く息に酒気と熱気が混ざっていた。


「禊ぎを終え純潔となった魂は白き御櫛を携えて再び世界へと転生する。神の道理の外にいる人種族が誅したからこその寛大さだね」


 ディアナはショートヘアーの頭の後ろで手を組む。

 それから背もたれに薄い背を預ける。丸い膝をうんと伸ばし階下の闘技場へ瞳を落とす。


「そしてリアーゼ女王の前世をぶち殺した男、そのお嫁さんがあそこに立つ剣聖ってことか」


 これは因果律の収束を意味している。

 はじまりの人種族がなした伝説は数多い。きっとリアーゼ女王の記憶もその1つにすぎない。

 人種族は大陸種族とは異なって神の欠片をもたぬ、つまり道理の外にある。そうなると創造神が予測していない不規則(アンノウン)ということ。

 そんな人によって誅されたリアーゼの前世もまた未知数の現象。よって神は彼女に死の先を創造することで規定を作ったのだ。

 そしてそこからさらに神の不規則を生みだしたのもまた、人の血を受け、宿させた者。


「…………」


 剣聖リリティア・F・ドゥ・ティールは、身じろぎひとつしない。

 ただひとりのみ。闘技の場の中央に剣を立てて威風堂々と佇んだまま時を止めている。

 黄金色の瞳はひたすらに冷たい。真っ直ぐに対峙者の潜ってくる巨大な大扉を見つめつつけていた。


「まあまあなんということでしょう! 剣聖様が人の子を宿したなんて私は嫉妬で心が狂ってしまいます!」


 ちん、と。強めにグラスが置かれ葡萄色が荒れる。

 踵丈の布端が蹴られて波を打つ。笹葉の耳が忙しなく上下に揺れた。


「……く、口調が前世に戻ってるちゃってるんじゃない?」


 だいぶん大型の危険因子を呼びこんでしまったらしい。

 ディアナはリアーゼの荒れ模様に引き気味で眉を渋らせる。


「そんなに好きだったのなら側室にでもしてもらえばよかったんじゃ……」


「なにしろあの御方がご存命のころは転生して間もない! 10にも満たぬ身でしたので口惜しいったらありませんでしたわ!」


「えぇ……色々ぶっちゃけすぎでしょ……」


 身も蓋もない心からの叫びだった。

 敵わぬ乙女の恋路の先。そして恋敵がまさにいまそこにいる。

 剣を携え佇む姿は、まるで美を籠めて精巧に作られた蝋の彫像であるかのよう。

 金色を三つ房にまとめ根元部分には青い翼の蝶リボンが羽を広げる。身にも普段の素朴なドレスではなく、戦装束をまとう。


「…………」


 そして横顔は触れただけで切れてしまいそうなほど鋭く引き締まっていた。

 リリティアは黙しつづけていた。金色の瞳は頑なに決戦場への入り口を見つめつづける。

 だがそれでもいっこうに近づいてくる気配は皆無だった。分厚く漆喰の如き大扉の奥は渦巻く闇を映すのみ。

 救世主たちからもだんだんと燻すような動揺と不満が立ち昇りつつあった。やれ逃げただ、やれ早くしろという小さいながらに野次が飛ぶ。

 対戦者の現れない決闘の場は、どこからどう見ても異常な事態だった。

 そしてここでようやくレティレシアが痺れを切らす。


「おい剣聖ェ!! テメェなにか仕組みやがったなァ!!」


 リリティアの回答は、無言だった。

 まるで意に介さず。ちら、ともレティレシアに瞳を向けることもない。

 剣を立て、相対する箇所に立った1本の剣を、眼に移しつづける。


「クソがあのアバズレェ!! 決闘そのものを成立させねぇためになにか仕込みやがったなァ!!」


 口惜しく振り上げた拳を荘厳な玉座に振り下ろす。

 前提でコトが進んでしまっていた。そもそも決闘が成立しれなければ誓約は成り立たぬ。

 レティレシアの脳裏に暗雲低迷という展開がこびりつきはじめる。

 はじめからリリティアに殺意はなかった。それにこの決闘の安否だって最終的には彼女の手中にある。


「やっぱりこの決闘は曖昧にするために用意された偽物(フェイク)かァ!! 乗り気じゃねぇ決闘を餌に余の決断を引き延ばすつもりだったってわけだァ!!」


 血色の激昂が轟いた。

 もしそれが真実だとしたなら明確な裏切りでしかない。

 だがだからといって予想は予想。確信に至るにはもう少し証拠がいる。


「ヨルナ……? 貴方ならばなにか知っているのではなくて?」


 しなり、しなり、と。丸く白い腰が左右に振られた。

 ミルマ・ジュリナ・ハルクレートは、激昂する主を背に、歩み寄っていく。


「そもそも貴方がここにいるということ自体不思議とは思いませんこと? なぜあれほど懇意にしていた人の器から抜けでていますの?」


 含みのある微笑の裏には、圧があった。

 声だって温もりに満ちているのに、どこか2つ重なっているかのよう。

 たまらずヨルナは「それは……別に」と、視線を逃がし、口ごもる。

 だが逃がさぬとばかり。ミルマはヨルナの首筋にそっと手を触れた。


「なにかともに()れぬ……罪のような香り……」


 まるで蛇の如く腕を絡め、母性の中心に頭を抱き寄せた。

 肩、胸、腰を物色するみたいに順繰りに舐めるように見渡す。


「そう……これは罪からくる贖罪の香り。まるで子供がイタズラで壺を割ってしまったことを黙っているときのよう」


 それからミルマは白く高い鼻先が肌に触れてしまうほどの距離ですんすんと鳴らす。

 強ばるヨルナの肢体から匂いのすべてを集めるみたいに嗅いでいく。


「つまり貴方は――やましさから逃げてきたのではなくって?」


「――っっ! ち、違うそんなことは!」


「明らかな過剰反応と分泌される汗の香りが一気に増えましたわね」


 さらにミルマはヨルナを解放すると別の方角に視界を逸らす。


「どうやらそちらにいるルハーヴ様もなにかご存じのようです」


 紫煙の如き神が揺らぐ。

 蠱惑に細められた眼は爬虫類が獲物を見つめているときと酷似していた。

 恐ろしい龍に睨まれたルハーヴ・アロア・ディールは、気だるそうに口を歪ませる。


「こっちに話を振るんじゃねぇ。便所我慢してるわけじゃねぇんだから黙って待ってりゃいいだろ」


「ずいぶんと気が立っているようですが分を弁えなさいな。貴方如きならば10数える間に棺へ押しこめることをお忘れなく」


 凄みという現象ではない。

 彼女の発する殺意は鼠くらいならくびり殺せるほど、暴力だった。

 西方の勇者でさえ到底抗える代物ではない。たまらずルハーヴは「……ちっ」不満を打って目を逸らした。

 ヨルナとルハーヴがなにかを知っており、主犯格はリリティア。ミルマの集めた断片的情報でさえ状況証拠としては十分だった。


「もう半刻経ってこねぇなら人種族の強制敗北決定だァ……! あとは有無を言わせず連行し、以降の扱いは余の好きにさせてもらうぜぇ……!」


 主による最終決断が言い渡される。

 すえに会場は決闘を執り行う様相ではない。

 裏切った――であろう――リリティアへの不平不満が沸騰するように会場という鍋を沸かしはじめていた。

 しかしそんなふざけた決定をおいそれと鵜呑みにするわけにもいくまい。


「っ! それはなりません! そんなのは無効試合になって然るべきです!」


 リアーゼは勢いよく立ち上がった。

 レティレシアに抗議の声を張りあげる。


「せめて再試合か別の方法を模索すべきでしょう! そこにあるのは剣聖の意思であり人の子の意思とは異なるものです!」


「あんだァアバズレがァ? もともとの約束を破ろうとしてんのはあっち様じゃねぇのかよォ?」


 血色の瞳がニタリと細まった。

 怒りを上塗りにするような敵意のある笑みが開く。


「こっちは半年も待ってやってるっつーこと忘れんじゃねぇぞォ~。これ以上余に負債を押しつけるってのは虫の良い話じゃねぇかよォ~」


 今回の件に関してはレティレシア側に軍配が上がる。

 そもそも決闘という行為自体が温情の1つだった。

 なによりレティレシアにとって今回の決闘は愉快な暇潰し(レクリエーション)でしかない。

 半年待ってようやく開催される児戯。少なくとも彼女にとっては楽しみにしていたイベントのひとつ。そう易々と流れを受け入れるという選択肢はないはず。


「しかもこれは正式な決闘の手順を踏んで行われる神聖な儀式なんだよなァ!! つまり余の決定の逆らうってことはだァ!! エルフ国女王の名を冠した密約にオメェ自身が端を発するってことだぜェ!!」


「くっ……!」


 エルフ国女王のリアーゼでさえ言い返す術はなかった。

 一方的ではない。双方合意の上で行われる誓約決闘(コヴェナント)

 人の子が願い、それを冥府の巫女が受諾したのだ。片方が現れなかった、で話がおさまるはずがない。

 なによりリアーゼは女王という権威を掲げて調停に入っている。これ以上道理を捻じ曲げる行為は己の地位に対する冒涜に他ならなかった。


「さァさァさァ!!! 時間切れになったら棺の間総出で神羅凪の呪頁の回収を開始するぜェェ!!!」


 玉座より立ち上がり深紅の鎌が掲げられる。

 腰から生える2枚の幕の翼が雄々しく開かれて風を煽る。


「つまらねぇヤツはいらねェ!!! 余を少しでも失望させた時点でミナト・ティールの未来は閉ざされたァァ!!! ここからは手はず通りに肉から呪頁を引き剥がし剣聖へと引き継がせる!!! それでもう余は親友(イージス)をくだらねぇ使命から解き放ってシマイだァァァ!!!」


 主の絢爛たる猛りが闘技の場へと鳴り響いた。

 それと同時に救世主たちも己の武具を掲げて喝采を放つ。

 火のついた炸薬はとうに留まることを忘れる。燃え広がる。業火の如く生け贄を求めて無頼たちは目を血走らせる。


「残念だけど、これで決着のようね」


 ミルマは、いきり立つ蛮勇たちを横目に吐息を漏らす。

 背に生えた鱗の翼が厚い布を振るように開かれる。


「私は魂の回収に専念するけれど邪魔するのであれば敵とみなします。もし追ってくるのであればそれなりの覚悟を――」


 飛び立とうとしたその瞬間だった。

 うつむいていたヨルナの口から微風が漏れる。


「……きた」


「え?」


 ふと、ミルマの羽ばたく風が止まった。

 それと同時にヨルナは前髪がめくれ上がるほど迅速に顔を上げる。

 さらには手すり部分いっぱいに前のめりになった。


「きた! きたんだ!! やったんだ!!!」


「……な、なにをっ」


 ミルマは、ヨルナの凶行にたじろぐ。

 きた、きた、きた。そう何度も繰り返す様は狂乱。

 しかし彼女は嬉々と目を輝かせ、子供みたいに笑みを張り付けている。

 そして一触即発のなか。棺の間に繋がる巨大な扉の奥から這いでる物体があった。

 数は横並びに3つほどだったか。どれもこの場に待ち望まれる者たちではないことだけは確か。


「…………」


「…………」


「…………」


 沈黙を携えて轟く闇からその姿を現す。

 そのエーテル族3名は、フィナセス、テレノア、ザナリアだった。


「なんでアイツらがいまさらになって現れんだよ……?」


 不可思議な登場にレティレシアは眉間にシワを集めた。

 いきり立っていた救世主たちも押し黙る。突きつけられる異様な光景を推し量りかねている。

 それからテレノアとザナリアが主のいない剣の前でしずしずと立ち止まった。

 だが、双王である彼女らの守護者だけは剣の前へと歩みでる。


「ご苦労様でした」


 短い、ねぎらいの言葉だった。

 口にしたのは、フィナセスではなく、剣聖のほうだった。

 ほうらみたことか。場の誰もが剣聖リリティアの作為的なものを察して唸る。


「……?」


 しかしここで場の全員が目を疑う事態に発展した。

 きっと彼女の行動はリリティアさえ予想していなかったものだろう。

 その証拠に彼女は金色の眼を丸く見開いている。

 凜とした聖騎士鎧の女性は、あろうことか大地に深々と刺さった儀礼剣を引き抜く。


「私は剣聖様を尊敬しているからこそまっとう致しました。どれほど依頼が侮辱的で、残酷で、余りあるものだとしても貴方への憧れがあったからこそ引き受けたのです」


 はきはき、と。迷い淀みのない美しく整然とした声だった。

 銀燭の瞳はしかとリリティアを中央に映す。

 さらにフィナセスは儀礼剣で風を薙いでから先端を彼女に定める。


「私は騎士です。誓いを生きる1本の剣です。身のすべてを忠義と剣に捧げた決して折れず曲がらぬ剣です」


「…………」


 リリティアからの回答はなかった。

 きっと口を挟む隙すらなかったからかもしれない。

 それほどまでにフィナセスの瞳には真が宿っている。


「ゆえに私は剣聖リリティア・F・ドゥ・ティールにイチ騎士として進言します」


「……是非そのつづきをお聞かせ頂きたいです」


 許諾を得たフィナセスはすぅぅぅ、と。

 胸甲がもちあがるくらい肺いっぱいに大気を籠めた。

 そして大地にもう1度深々と儀礼剣を突き立てると、刹那に発する。


「逃げず、戦いなさいッッッ!!!! 貴方は彼の剣をッッッ!!! 生きた証拠を見るべき責務があるッッッ!!!!」


 怒濤の発露だった。

 大気が痙攣するかの如き叱咤だった。

 見ているものは、どよめき、狼狽する。

 起こっている事態のすべてを知る者はきっと中央にいる数名のみだろう。

 そんな動乱のさなか。ふ、と。花弁が開くかのように朗らかで暖かで慎ましやかな笑みが咲き誇る。


「……そう。やはりフィナ子さんにお任せして正解でしたね……」


 リリティアは優しい顔で母のように笑っていた。

 心の底からと思えるくらい輝かしく頬をほころばす。


「貴方ほど騎士道を重んじる御方なら必ず彼を忖度なしに見定めてくれる」


 と、その直後だった。

 いま開かれている舞台の端から、闇の奥からもう1つのシルエットが浮かぶ。

 そして彼は威風堂々とした足どりで砂に踏み入ってくる。

 異様な格好だし微塵も遅刻を詫びようともしない。

 だが、誰も彼を責めるものはいない。それどころか待ちわびたという期待の笑みで迎えられる。


「そして現大陸最強の剣士である貴方が認めた相手ならば――私はレティレシアの望む全力で迎えられる」


 ここには神でさえ入りこむ余地のない。

 勇敢で、新しい世界が、大幕を開こうと準備している。



☆☆  ☆  ☆  ☆  ☆☆


挿絵(By みてみん)


最後までご覧いただきありがとうございました!!!!



↓↓↓

















Happy Halloween!!!!

挿絵(By みてみん)

「(え? 大きすぎません?)」

「(くっ……! こんな破廉恥な格好を騎士にさせるだなんてっ……!)」

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