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BREVE NEW WORLD ―蒼色症候群(ブルーライトシンドローム)―  作者: PRN
Chapter.11 【空色の空 ―Sky Light Syndrome―】
329/364

329話 誰がために歌う声《True Hearts》

挿絵(By みてみん)


変わらぬ

決意


死神と呼ばれた

少年は


やがて・・・

 日光が濃緑のカーテンを透かし大地に斑となって降り注ぐ。

 木目の香を吸いながら木漏れ日のシャワーを浴びる。

 獅子鰐から削いだの肉をいっぱいに抱えて男3人斑を潜っていく。


「先ほどは窮地に駆けつけてくださり助かりました。判断の遅さが騎士として恥じ入るばかりです」


 レィガリアは申し訳なさそうに小さく頭を下げた。

 一緒に鱗鎧のしなる小札がしゃらりと光を反射する。

 大ぶりの剣を肩に担いで先端に括った革の紐で肉を担ぐ。種族的な身体能力もあってかもっとも大ぶりの赤身肉担当だった。

 対して少年のほうはといえば両肩に大岩ほどもある肉を重ねている。


「もとよりオレが捕り逃がしてそちらを危険にさらしてしまったんですから頭を上げてください。それにレィガリアさんには魔物の肉削ぎを手伝ってもらったんでこっちこそ大助かりですよ」


 騎士団長を務めるレィガリアの太刀筋は凄まじかった。

 血抜きを済ませた獅子鰐の肉は、まさに一刀両断。こちらが剣による舞いに感嘆の吐息を漏らしていると、ものの数分で解体が完了していた。


「従軍中は魔物を狩って肉をつけることも少なくはないのです。魔物の肉を忌み嫌い食さぬものは騎士に向いていないということでもありますね」


「ははは。じゃあまったく抵抗がなかったオレは騎士に向いていたってことですかね」


 少年は、レィガリアの謝罪なんてものともしない。

 砕けた感じでからっと笑い飛ばしてしまう。

 だが九死に一生を得るとはまさに。元凶がどうであれ命を救われたことに代わりはない。

 レィガリアはしばし少年を見つめ、逸らし、また見つめ直す。


「いつもあのように無理な狩りを行っておられるのですか?」


 戸惑いと疑念の籠められた視線だった。

 もしあれが常だとすれば決して褒められたものではない。

 しかし少年は、躊躇することすらなかった。おもむろに指を伸ばしレィガリアの鱗鎧に覆われた胸辺りを指し示す。


「生き物っていうのは大概両肩から少し下の中央に心臓があるんです。弱点さえわかっていれば不意打ちからの拘束でなんとでもなりますから」


「つまり心の臓に穴を開けて出血させ逃げ回れば良い、と。やはり褒められる戦いかたとは些か言いがたいです」


「心配してくれるのは嬉しいんですけど、あれやらないと食材がとれず餓死しちゃうんですよ。だからいちおうオレの苦し紛れっていうことで流しておいてください」


 大人が子供を諫めるような会話内容だった。

 しかし魔物討伐が彼の語るほど単純なものか。緊張、経験、判断力。どれが欠けても必死。

 魔物の不意を打って心の臓を打ち抜く。それは針穴に糸を通すが如き至難だった。

 それだけ必死に生きている。否、生きようと藻掻きつづけているということ。少年の成長は著しく、半年前とは比べものにならない。


――いったいどれほどの研鑽を積み、どれほどの修羅場を乗り越えたのか。


 東の目からしても少年の変化は著しかった。

 ぱっと見ただけでも異なっているし、シルエットさえまったくの別物。

 腹が据わった以前に肉体そのものに劇的な変化がある。あれだけ痩せこけ骨身さえ浮いていた体の幅は2回りほど膨れている。

 衣服越しでも丸い肩が気張って、合わせから胸板が隆起していた。つきすぎず柔軟でほど良い筋肉が美しさすら覚えさせる。

 なにより大人びた風防が顔つきや瞳の奥に宿っていた。もう彼を軟弱と呼べるものはそういまい。


「飢えていないか心配していたのだがどうやら自然の恵みに祝福されたようだな」


 状況が状況なら拍手のひとつも送ってやれだろう。

 しかしいまは両脇に肉を抱えているためそれも叶わなかった。

 とはいえ正直に賞賛を送ったかと問われれば、それはまた別の話ではある。


「しかもアザーに囚われていたときから一皮剥けたように見える」


「おう、ちゃんと剥けたぞ。はじめの3日くらいはこすれて痛かったけどいまはもう元気そのものさ」


 東は、少年から向けられる笑みに刹那ほど理解が遅れてしまう。

 これだけ多くの身体的変化があったのだ。未成熟な二次成長期から遅れてようやく成熟した肉体を超える。つまり彼の身体もまた通常をとり戻しつつあるということ。

 東はどっと疲弊したように喉奥から長い吐息を巻く。


「そっちの話をしているんじゃないもっと精神面の話をしているんだ。だがまあ……いちおうおめでとうとだけ伝えておくとしようッ!」


「私からは言及なしということでお願い致します」


 どうやらレィガリアも意味を理解しているらしい。

 しかし由緒だたしい騎士として思うところもあるようだ。枝肉を抱え直しながら酸い顔に眉を歪めている。

 それだけ身体に変化があれば変わりもするだろう。大人への成長とはまさに子供からの別れを意味するのだから。


「成長期終わってると思ってたけど人間の身体って凄いな。この半年で体重が1,5倍に増えて身長も4cmくらい増えたんだぞ」


「お前の元々いた原点がオカシイだけだ。そんな短時間で易々と身体の形が変わってたまるか」


「食事のバランスも然る事ながら魔法によるトレーニング回復がもっとも活躍しているのでしょう。魔法を使った鍛錬は騎士すら危惧し避ける苦行。我が月下団員も貴方を見習ってほしいものです」


 あれだけ逼迫していたのが嘘のような緩急だった。

 深淵へと誘われるという禁忌の森のなか肉を抱えて談笑する。


「そういえばジュンと夢矢(ゆめ)のヤツらがとくにお前と会いたがってたぞ」


「オレだって色々話したいことがあるんだけど……決闘終わるまでの辛抱だなぁ」


「なんだ? 決闘が終わるまで顔を見せにこないつもりなのか?」


「だってアイツらの顔見たら未練が残るだろ。リリティアと戦うのならきっちり線引きが終わってから笑って再会したいんだよ」


「……そうお前が決めたのであれば俺からいうことはなにもない。しっかりブルードラグーンの船員連中にその意思を伝えておいてやろうじゃないか」


 大人の足と子供の足で歩調を合わせながらゆっくりと歩いた。

 すべてが変わっている。とりまく環境も、虚ろう時間も、身長だってまるで違う。

 しかし東の知る彼の中身は半年前となにも変わっていないように思えて仕方がなかった。


「オレは勝って、生きて帰る」


「ああそうだったな。ずっとお前はお前の意思を変えたことすらなかったな」


「そしてノアのみんなを助けて――それから……」


 普通の人間ならば立ちはだかる巨大な障害を見ただけで心折れ、沈んでしまう。

 だが、この少年だけは普通ではない。諦めかたを知らないのだ。

 死の星に閉ざされていたときも、ノアで革命に引きずり込まれたときも。ずっと、そう。

 願ったことを叶えるまで決して諦めない。諦めようとしない。

 いまだってその拳は固く結ばれ閉じこめた希望を1滴と逃がそうとしていないのだから。


「あっちの世界で行方不明になったイージスを見つけだす。そしてこの世界に大手を振って連れ帰る」


 眩しくて、眩しくて、仕方がない。

 だから助けた。だから繋げた。大人として。


――はっはァ。たかが半年でいっぱしのツラをするじゃないか。


 死のうとしない、生に向かう笑み。死神ではない生者として足掻く。

 彼の語るのは子供の並べる理想論でしかない。

 だが、それは最大難度であれど、最適解ともいえた。

 東はふと沈黙を感じてそちらを見る。


「どうかしたのですかな? ここいら周辺は剣聖殿があらかじめ魔物を狩り尽くしているため警戒せずとも良いらしいですが?」


「……いえ。少々考えごとをしていただけです」


 そう、語るレィガリアの横顔は、複雑だった。

 悲しそうで、悔しそうで、辛そうで。見ているだけで嫌な感情を彷彿とさせる。

 そんな思わせぶりな静寂をまとっていた。



……  ……  ……


最後までご覧いただきありがとうございました!!!!!


挿絵(By みてみん)


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