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BREVE NEW WORLD ―蒼色症候群(ブルーライトシンドローム)―  作者: PRN
Chapter.10 【蒼色症候群 ―SKY BLUE―】
318/364

318話 イージス・F・ドゥ・グランドウォーカー《Singularity》


挿絵(By みてみん)


この声が

聞こえていますか



この声を

覚えていますか



この声が

届いていますか

 レティレシアはおそらくなにも考えずにミナトを呼んだだけ。

 しかもその半分以上が蔑称(べっしょう)だった。

 にもかかわらずザナリアの神経質そうな眉が急角度に傾く。


「……ダーリン?」


 まるでゴミを見下すが如き視線の鋭さだった。

 だがレティレシアは彼女の存在すら意に介さない。

 にたにた、と。だらしなく口角を引き上げながらミナトの肩にそっと腕を回す。


「今日の活躍を褒めてやるよ及第点だ。デートのほうも存外なかなか楽しめたぜェ」


 ミナトは、そっと天を仰ぐ。


「デート? ダーリン? ……いったいどういうことですの?」


 ミナトは、そっと床に視線落とす。

 ダーリン、デート。結びつくしかない恋路の単語が2つもでてしまう。

 これではもう渦中から脱せない。ザナリアという雷の到来を悟るには十分だった。

 ここでようやくレティレシアもエーテル国女王が佇んでいることを察する。


「ああん? よくよく見りゃこの間エーテル国の女王になったっつー上玉じゃねぇかよ?」


 女王相手であろうとも不躾が変わることはなかった。

 それどころかザナリアを認知するなり、からかう。

 女王と巫女どちらが上か。少なくとも育ちがいいのはザナリアのほうだろう。

 不遜な態度のレティレシアを前に凜とした対応を崩すことはない。


「じょ、上玉……ですか。なぜか褒められている気がしませんわね」


「そりゃもういっぽうの女王は小玉だからなァ! 上玉と小玉が肩ならべて双王とか笑い死にするかと思ったぜェ!」


 喉を裏返すかのような下卑た嬉笑が店内に響き渡った。


「ねぇみなと、どういういみ?」


「ドウイウイミダロウネーヨクワカンナイナー」


 上玉と小玉。美女と、スレンダー。

 とりあえずここに小玉の女王がいなかったことだけは救いか。

 もしあのわんぱくな彼女がいたらこの場でレティレシアと1戦はじまっていたかもしれない。

 と、ここで場に似つかわしくない物々しい様相の騎士が店内にひとり駆けこんでくる。


「ザナリア様! 今回のダモクレスガーゴイルの件で街の元締めが王にご相談があるとのことです!」


 見たところ精鋭、月下騎士の所属だろうか。

 鎧には剣と月が描かれており、重装という身なりも歴戦を漂わせる。

 部下の登場と同時にザナリアのまとう融和の空気が唐突に引き締まった。


「いいでしょうすぐに向かいます」


 1分の隙もない。

 まさに女王たる貫禄を秘めている。


「とにかく貴方は決闘に向けて切磋琢磨してください! もし必要であれば私も友のため時間を裂いてでも鍛錬にお付き合いします!」


 ビシッと。ミナトの鼻っ面に指さしを残す。

 ザナリアは兵に誘われるよう足音高く去って行ってしまう。


「なんだか彼女変わったねぇ。まるで憑き物が落ちたみたいな感じだ」


 背を見送ってヨルナが感嘆の吐息を漏らした。

 民を思い民に慕われる王。彼女の目指していたのはそんな優しさ。

 救援を求められて、迷いなし。もとより責任感がある少女だった。だが聖誕祭を終えて以降より磨きがかかっている。


「聖誕祭で色々あったからなぁ。地に落ちた父親の汚名すら(そそ)ごうと躍起になりすぎなきゃいいんだが」


「そこはきっともう1人の女王様がなんとかカバーするんじゃないかな。王が2人いるっていうのは互いを支え合えるってことだしね」


 ヨルナは目を細めてミナトに微笑みかける。

 双王を提案した君のおかげだね。と、暗にいわれているかのよう。

 ミナトは筋張って硬い腕を組む。


――オレも負けてられないよな、なあザナリア。


 ザナリアの残り香を追うようにでて行った方角を眺めた。

 誰かを救うおうとしたわけではない。少なくともあの場では聖女の側についている。

 しかし結果として中途半端で宙ぶらりんで、誰も悲しまない平穏な結末だった。


「で、お前はいままでなにやってたんだ?」


 ミナトは頬横にあるニヤけ面を横目に睨む。

 するとレティレシアは彼の首に回した腕にぎゅう、と力を籠めた。


「なんだぁ? そんなに余と離れて寂しかったのかぁ?」


 背に全体重を預けるようにしな垂れかかる。

 色香を振りまくというより、もっと直接的な接触だった。

 彼の背にはあられもない修道女の鞠2つほど。体温すら感じるほどに圧され潰れている。

 しかしミナトは表情ひとつ動かすことはなかった。


「ふざけてないで正直にいえよ。急に姿が見えなくなったから多少は心配してたんだぞ」


 バカにされていると知っているから。

 男とさえ見られていないのだ。逆に反応すればレティレシアの行動はもっとエスカレートするに違いない。


「キヒヒ、冒険者どもを選りすぐってたんだよ」


「えりすぐる?」


 ミナトは彼女の鬼気とした笑みに寒気を覚える。


「久しぶりの外出で丁度良かったからなぁ。死んだときパチれそうな魂を街中で吟味してたってわけだ」


「ウィンドウショッピング感覚!? そんな簡単に死後の運命決まるとか嫌すぎるだろ!?」


 するとレティレシアは「冗談だよ」ニヤけ面のまま身を起こす。

 ミナトの背から身体を剥がして空いてる席にどっかと腰を据えた。


「ダモクレスガーゴイルの根源であるサーガ神殿の視察をしてきた。あんなもんがポコジャカ生みだされちまったらコトだからな」


 彼女の行動は意外だった。

 そういう面倒ごとは対岸の火事として済ますような女かと思えば。


「それで調査の結果はどうだったんだい?」


「天界から漏れでる(テル)マナの量が圧倒的に増えてやがった」


「つまりそのせいで周囲の環境にいままに類を見ないほどの変化が生まれてしまっているんだね」


「いちおう余の(オル)マナで栓をしたからもう同じような事態にはならねぇはずだ。が、天界の動乱が激しくなれば同期世界がどうなるかなんて知ったこっちゃねぇがな」


 ヨルナだけではなかった。

 珍しくレティレシアさえ深刻そうに声を鎮める。


――疎外感! そしてオレは門外漢!


 他世界からの人間に言葉のすべてを理解することは難しかった。

 ミナトは、麗しい2人を流し見しながら手元で冷えた肉の塊を頬張ことしか出来ない。

 冒険者と救世主の活躍によって街の損害は比較的軽微だった。

 なれど別の未来を辿っていたとなれば話は180度も転じていたかもしれない。

 総勢4体のダモクレスガーゴイルによってエンジェルヘイローは崩壊。そこから聖都襲来へと発展していたら多くの者たちが死ぬことになる。


「それにしてもまさかこんな場所で余のマナを使うことになるとはなァ。この恩赦はいったいどこのヘタレ野郎が支払ってくれるのやら」


 大事。未曾有の大災害。

 それらを回避できたのもレティレシアがいたから。

 大きな力をもつ彼女が勇敢にその身を奮い弱きモノを守り抜いたから。

 もしミナト1人が戦場で先陣を切っていたとして結果はなにも変わらなかった。

 わかっているからこそ、口惜しい。口惜しくてたまらないからこそ、笑って、こう言う。


「でもやれるだけやって悪い気分ないだろ」


「…………」


 ほら、と。酒場のなかを順繰りに見渡す。

 徒党を組んで呑み、歌い、騒ぐ。すでに場の雰囲気は最高潮に酔いどれていた。

 本来なら笑う資格すら失われていたかもしれない。そんな連中が数々の喜びと様々な特色を合わせて息づいている。


「眩しいとは思わないか。ここにある活気の1つ1つがレティレシアの守った命の輝きなんだ」


 チッ。不満が返ってくることくらい予想済み。


「死に損ないどもがどうなろうとも余には関係ねぇ」


 レティレシアは足を組み退屈そうに頬肘をついた。

 目深に被った頭巾の下で血色の瞳が覗く。

 普段のミナトであれば見逃していたかもしれない。彼女の瞳がふい、と種族たちから逸らされていることに。

 誰よりも天邪鬼なのだ。喜びたいのに喜ばない。見ていたくとも見ていられない。

 短い付き合いのミナトにさえわかってしまうほど。超強烈なひねくれ者。

 レティレシアは素直になれない、あるいはなろうとしていない。己の出自が他と異なることをみずから受け入れてしまっている。

 ゆえにイージス・F・ドゥ・グランドウォーカーを愛した。人と龍の混血である彼女だけが外れモノであり、友だったのだ。


「誇れよ、吸血鬼(ヴァンパイア)


 ならばかけてやる言葉は決まっている。

 なにせこちらもまた枠外のはみだし者であり、彼女は恩人の友なのだ。

 ミナトは真っ直ぐにレティレシアの朱色を見つめる。


「お前はここにいるどの種族よりも強く、誰よりも綺麗な心をもってる」


「ッ!?」


 一目瞭然とはまさにこのこと。

 肩を小さくふるわせたかと思えば瞳が見開かれる。


「な、なな、ななな、なぁ!?」


 頭巾の影に隠れていても隠しきれず。

 ぼぅっ、と。噴火するかのようにみるみる頬が朱色に侵食されていく。


「それにレティレシアはオレよりもずっと強かった。つまり口先だけじゃなかったってことを行動で証明されちまった」


 ミナトは両腕を腿に当てて頭を垂らす。

 武士の如く貫禄のある姿勢ながらレティレシアへの感服を示す。


「オレのわがままに付き合って冒険者たちを救ってくれたこと本当に感謝する」


 ありがとう。眼差しに迷いはなく、はっきりと純粋な思いを口にした。

 もしレティレシアがあの場面でなお動かなかったのなら取り返しのつかない事態だった。

 それは自分だけではどうしようもなく、なにも変えられなかった未来ということ。辛酸を嘗めるほどに悔しいからこそ実直に受け入れねばならない。

 頭を下げるミナトに対し、驚愕の表情は彼女の瞳と変わりないくらい真っ赤っか。


「ば、バカいってんじゃねぇぞ!? 余は別に感謝されたくてやったわけじゃなく……き、気に食わなかったからやっただけだ!?」


「だからこそオレは結果的にお前へ感謝をしてるんだよ。街の人や冒険者たちが生きてることがなによりの功績なんだからさ」


「――ウグッ!?」


 胸ぐら目差し掴みかけていた手が急速に引いた。

 それどころかレティレシアは跳ねるように立ち上がる。


「て、テメェ!? 調子のんなよォ!?」


 脱兎の如く酒場からでていってしまう。

 安定の捨て台詞だけが余韻のように残っていた。

 ヨルナは酔いの入ったとろけ眼を線のように細める。


「やるねぇあのレティレシアを赤面させた上に逃げださせるなんて。あ、でもあとで痛い目を見させられても僕は知らないからね」


 ああいう手合いには直球で良いことをミナトは知っていた。

 なぜならあの唐変木もそうだったから。

 なにが違うかと問われれば、イージスは伝える機会をくれなかったということくらいか。


「イージスはオレに礼もいわせてくれずにどこかへいってしまったんだ。だから今回は後悔しないようちゃんというべきことをいっただけさ」


 ぐびり、と。酸味のあるレモン水を口に含む。

 ほろ苦く、少し切ない。いまの口惜しい心境にとてもよく似た酸い味だった。

 宴もたけなわ。酒に入り浸った連中がやいのやいのと店内でひしめき、騒ぎだす頃合い。


「むにゃ……ぷふぅ……」


 どうやらモチ羅も胃の許容量を――ようやく――迎えたようだ。

 目をこすり、こすり。机に突っ伏しながら大口を開けて欠伸する。


「酒飲みどもに絡まれる前にそろそろお(いとま)するとしよう」


 皿の肉も片付けたし、テーブルの上も空いていた。

 もうここに留まる理由はそう多くない。ミナトは頃合いいと見てモチ羅を小脇に抱える。


「君、人間だよね?」


「……?」


 その唐突な問いかけに僅かばかり反応が遅れてしまう。

 なぜなら種族名で呼ばれる機会がそうないから。

 ぺたり、ぺたり。近づいてくる足音は判を押すように気ままで小粋な拍子だった。

 ミナトは頭にクエスチョンマークを浮かべながら振り返る。


「君は確か冒険者たちを守っていた……」


 焦げ色の髪に赤い振り袖の愛らしい少女が立っていた。

 見間違えるどころか記憶はまざまざとして、鮮明。ミナトが彼女の姿を見紛うはずもない。

 なぜなら少女の頭には三角耳がにょっきり生えている。着物の腰の辺りからもまた2本ほど、灰色と焦げ色の尾が伸びる。

 この世界でいうところの複合種族というやつか。それが鳥類や獣類等の群れなし生きる者たちの大陸世界的な総称だった。


「ねぇ、どうしてまたきてしまったの?」


「……え?」


 意図がわからず固まった。

 しかし彼女は決して視線をミナトから背こうとしない。

 灰かむりと琥珀色の双眸は人をじぃっと見つめている。


「なんで、どうして? こんな終わってしまう世界なんかにいまさら人種族がきてしまったの?」


 窓辺から差す夜明かりは煌々と大陸を照らしつづけていた。

 東西に分かれた蒼き月と紅の月の光がビロードのように折り重なっている。

 菖蒲(しょうぶ)色をした夜の意味を知らねば安寧を教示できていただろう。

 時の軍勢、棺の救世主。あの日出会ったビヒラカルテという少女のことも、そう。


「聖戦のときは刻一刻と迫っている」


 すべてが1本の線で繋がっていた。

 世界は決して避けられぬ滅びという絶望へ航路と秒針を刻みつづけている。

 そしてそれは蒼き力、F.L.E.X.に未来を託した少女の願いでもあったのだ。

 世界を案じ、未来を求めて、旅立つ。イージス・F・ドゥ・グランドウォーカーのなすべきだった使命がある。

 それこそがいま1人の少年のなかで根付く、神羅凪の呪いの真意だった。

Chapter.9 【盾の救世主 ―MESSIAH―】 END






次章


挿絵(By みてみん)


【VS.】剣聖リリティア・F・ドゥ・グランドウォーカー







NEXT Chapter



Chapter.10






【空色の空 ―Sky Light Syndrome―】

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