311話【VS.】神気 希少鉱石魔獣 ダモクレスガーゴイル 2
発射された大岩は音を裂いて大気を貫いた。
「全員引けェェェ!!!」
号令とともに冒険者たちはその場から退避をはじめる。
20kgはあろうかという大岩。さらに速度は音さえ超えた。
当たってはひとたまりもないと冒険者たちは蜘蛛の子を散らすように逃げる。
そうしてぶん投げられた質量は、動きを封じられたダモクレスガーゴイルへと直撃した。
コォォンという鉄を打つが如き甲高いヒット音。それから砕けた大岩の破片が飛び散って大地に刺さる。
「ど、どうだ?」
これ以上ないと思えるくらいには完璧な作戦だった。
たとえ倒せずとも身体の一部でも砕けていれば反撃の狼煙になろう。
そんな固唾を呑むミナトの近くで、不服そうな吐息が漏れる。
レティレシアは大きく膨らみ豊かな孤の下で腕を組む。
「ありゃダメだな。しょせんは育ちの悪ぃ冒険者の浅知恵だ」
まるではじめからなにも期待していたなかったかのよう。
さながら吐き捨てるような言い草だった。
「そ、そんな! でもまだ結果はわからないだろ!」
「女みてぇにわめくな、こっちはわかってんだよ。なんせダモクレスガーゴイルは生命活動を終えると、直後に砕けて本来の鉱石に戻んだからな」
「ッ!?」
ミナトは急ぐ戦場の確認を行う。
未だ平原にはモヤや砂塵が舞う。明確な戦果は見えていない。
だが、薄い期待は奥に佇むシルエットによって無と化す。
「GU……GI……!」
「まだ、立ってるだと!?」
黒き双眸が健在を認めた。
ダモクレスガーゴイルは鉱石になっていない。つまり生命活動がつづいているということ。
しかも表面の錆部分に少しずつ亀裂が走っていく。古い皮がぼろぼろと削げるように剥がれ落ちる。
「ROAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」
そしてついにダモクレスガーゴイルは拘束を解いた。
強者の再誕は咆吼によって執り行われる。
鼓膜に直接響くような轟きには、解放の自由と種族たちへの憤怒が感じられた。
「RRRRRRRRRRRRRRRRRR!!」
怒りのままに、本能のままに。狂う。
地団駄を踏みながら大翼をいっぱいに開く。
よくもやってくれたな、この落とし前を命で生産して貰う。
おそらくだがミナトだけではなく冒険者たちも青ざめながら聞いたはず。
「ROOOOOOOOOOOOOOO!!!」
そしてついに望まぬ反攻が開始された。
巨躯を揺らがし大地を抉る。
冒険者たちの一団目掛け、凄まじい早さで猛進する。
同時に時を止めていた冒険者たちが一斉に同じ時を迎えた。
「逃げろォ!!」
「クソッタレえええええええ!!」
「散会するの!! 急いで!!」
遠間から見ても瓦解していた。
隊列もなく、統率もなく、惑う。ありとあらゆる圧倒的な暴力が冒険者たちに襲いかかる。
巨躯によって振る舞われる爪はかするだけで命を奪う。薙がれる尾にさらわれれば肉体は上下に分かつ。
それでも冒険者たちはぎりぎりの回避をつづけながら反撃に転ずる。
「もう1度炎魔法で熱を加えろ!! マナを振り絞ってでも多くの時を稼ぐ!!」
あるドワーフの男が辛うじて尾を大峰ので受け流す。
たとえ拙いその場の思いつきでもこのまま受けつづけるよりはマシと判断したのだ。
その声に同調し次々に炎魔法がダモクレスガーゴイルへと放たれる。
「《フレイム》! 《フレイム》! 《フレイム》!」
「《フレイムアロー》! 《フレイムライトニング》!」
「《ハイフレイム》!!」
冒険者たちは決死の覚悟で再度突撃していった。
敵の攻撃は苛烈で1撃が生死の境をわけるほどに劣悪。4本の腕から繰りだされる打撃は空を裂き、大地を穿つ。
いまのところ幸運なことに冒険者たちの死者はでていない。しかしこのまま混戦模様がつづけば必ず誰かが犠牲になる。
「いまだァ! 《フリーズ》ッ!」
「《アクアランス》! 《フロストブレード》!」
「《ハイウォーター》ぁぁぁ!!」
敵を熱し終えてようやく冷却魔法が放たれた。
再び視界が生暖かく濃ゆい密度の霧で満ちていく。
「はじめは効いた。だから繰り返す」
血色の瞳が蠱惑に細められた。
ミルクよりも濃い水のカーテンを蔑むよう顎を突きだし、見下す。
「死を目前にしたものの行動ってヤツは常にワンパターンだァ! 醜くブザマに蜘蛛の糸と藁にすら縋る!」
レティレシアの奇声を乗せた風が戦場のカーテンをさらった。
鮮明になっていく光景に大柄なシルエットが佇む。先と同様錆色をしたダモクレスガーゴイルのもので間違いない。
「G……G……G……!」
「敵が動けない間に攻めまくれェ!! 身体の一部を削れさえすれば持久戦にもちこめるぞォ!!」
成果を目視した冒険者たちはこぞって駆けだす。
未だ視界不良だがこの好機逃してやるものかとばかりに刈る。
だが次の瞬間レティレシアの予言が芯を貫く。
「GROAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!」
「なっ!?」
「さっきより復活が早――きゃあああああ!!?」
衝撃が立ち向かっていった冒険者たちを襲う。
弾けた表面の錆が散弾の如く彼彼女らの身に降り注いだ。
理解不能な事態に各々慄き、とり乱す。
「なんで!? どうして効かなくなってるの!?」
「効いてないんじゃない! 僕たちが1回目ほどのベストを尽くせていないんだ!」
1度目は用意周到だった。
なによりも全員が絶対に勝つという自信に満ちていた。
それがいまは勝利どころか生すら危うい状態にまで追いこまれている。心が屈し腰引けていては成せるものも成せまい。
しかし霧より濃い暗雲を切り裂く1陣の影がある。
「にゃっ!」
素早い。
とにかく素早く、鮮麗されていた。
それどころか2手2足でありながら4足で地を刈っていく。
「《アイアンクロー》!!」
股ぐらをくぐり背後に回り込んでの奇襲だった。
敵脊椎辺りに猛烈な爪が振り下ろされる。
「GRRR……!」
「ちぃっ」
爪と鉱石がぶつかって火花が裂いた。
少女は攻撃が通らぬとわかって即刻、身を翻す。
「ROAAAAAAA!!!」
ダモクレスガーゴイルも影を追って爪を振るう。
だが巨躯にとって種族はあまりに小さい。ひらりひらりと避けられてしまう。
なにより少女の動きが人間離れしすぎている。雄々しき虎か、はたまた俊足なるチーターか。
否。きっと彼女はそのどちらでもない。
「ほぉう? いちおうちゃんとしたやつも揃えてるじゃねぇのよ?」
「あ、あの2尾って……まさか!? 複合種族の伝説級!?」
突如現れた獣少女によって戦況は1手に翻る。
少女1人にダモクレスガーゴイルのヘイトが集まることで滂沱の如き攻撃から解放された。
「まだ屈することなくつづけるぞォ! 普通に戦って勝てるような相手じゃないからなァ!」
「遠距離部隊も戦列に加われェ!! ガーゴイルキラーも再装填を急ぐんだァ!!」
声を張り上げることで屈指かけた心に撃鉄を打つ。
冒険者たちの瞳に光が戻っていった。
そうしてまたダモクレスガーゴイル討伐が再開される。
「ミナトくん? どうしたのさそんなに難しい顔しちゃって?」
中性的で愛らしい顔が視界の端にひょこりと生えた。
どうやら顔にでていたようだ。ミナトは片頬を張ってからヨルナに応じる。
「ちょっと引っかかってることがあるんだ」
「引っかかってるって、なにが?」
「…………」
どうにも納得がいかずまた眉間にシワが集まった。
先ほどいったレティレシアの言葉が引っかかっている。
――的確だった。冒険者たちはちゃんとしていた。なのに……――なぜ?
ミナトには作戦が間違ってると到底思えなかった。
冒険者たちが勇敢に立ち向かう瞬間、あれだけ心躍ったのだ。
そして丁寧で繊細に練られた策が浅知恵で終わらせて良いはずがない。
なにかが足りない。そう、作戦にはなにか致命的な部分の頁が1つ欠けている気がしてならない。
「みなとぉ……」
「……ん?」
モチ羅がくい、とミナトの上着の裾を引いた。
腹が膨れたというのに相も変わらずしょげた眉をしている。
低い位置から胡乱げにミナトを見上げながら寂しそうに尾を振っていた。
「あのままだとぜったいにかてないよ……たぶんみんなしんじゃう」
さすがに龍とはいえこの戦いに赴かせるのは、早すぎる。
策の1つもなしに乗りこめるほど甘い戦いではなかった。
ミナトは苦悩しながらモチ羅の頭をそっと撫でてやる。生まれたばかりの髪は細やかで触れると1本1本がハラハラ解ける。
「あ」
「?」
ふとモチ羅の燃えるような赤い髪を見て、気づく。
もし作戦が間違っていないというのであれば、それはきっと手段の問題ということになる。
「そうか……作戦に肝心なあと1工程の位置が違うんだ……手が足りてないのじゃなく手を順序……」
確証はない。
だがこのまま呆けていても冒険者たちの死に征く様を眺めるだけ。
ならば試してみる価値は大いにある。
『おぉっとっとぉ? まさか身ひとつであの戦場に踏みこもうってのかい?』
ミナトが口を開き欠けると、別のところから声が響いた。
ヨルナとは別。もう1人の護衛役ルハーヴの愉快そうな音だった。
「いまここで動けなければオレはいずれ後悔する。ならいまだからこそ全力でいくに決まってるだろ」
先と同様に空間が陽炎の如く揺らいだ。
柔軟な筋肉に包まれた長身痩躯が目の前に姿を現す。
「いいねぇその無謀だとわかって突っこむアホさ加減! 思いついたっていう作戦をいっちょう聞かせてみろや!」
「……協力してくれるのか?」
「そりゃあそこにいるのは冒険者だ。俺もいちおう冒険者だったころもあるからな犬死にさせるのは忍びねぇ」
ルハーヴは、レティレシアの命令だからかずいぶんと乗り気だった。
なにより彼は魂であるから死ぬことはない。しかもこの場を越えねばダモクレス鉱もまた手に入らない。つまり協力しない理由がない。
ミナトは、この場にいる全員を――攻城兵器班含めて――呼んで集合させる。
「……って感じでどうかな?」
口頭で簡潔に作戦を伝え終えた。
するとあり得ない作戦を聞いた者たちの反応は、さまざま。
「ええええ!? それ本気でやれると思ってるの!?」
ヨルナは、あまりの強行ぶりに驚愕一色だった。
レティレシアは、異例すぎて品なのない喉からゲタゲタと愉悦を謳う。
「ヒャッヒャッヒャッヒャッ! バカだァ! ここにガチモンのバカがいやがんぜェ!」
その場の企み以外のなにものでもない。
さらにいえば苦肉の策でもあった。
「オモシレェッ! もしソイツがぶっ刺さるのなら是非ともご拝見したいもんだぜッ!」
「うん……めちゃくちゃだけど、よく考えたら堂に入ってる。だからやってみる価値はある」
「この大博打感がたまらねぇよなァ! 冒険者やってたころの血が騒ぐってモンだぜェ!」
だが誰もが首を横に振ろうとはしなかった。
敗色濃厚ななかで人も、龍も、ヒュームも、吸血鬼も、引くことを知らない。
「オレらの力で冒険者たちを助け、ダモクレス鉱を一気にかっさらってやるぞォ!!」
逆風吹きすさぶ戦場を前に活性が轟く。
いまこのとき異色のパーティーが結成されたのだった。
…… …… …… 、
 




