310話【VS.】神気 希少鉱石魔獣 ダモクレスガーゴイル
エーテル領東部にエンジェルヘイローという街がある。
元来そこはなんの特産もなければ変哲もない。ただ聖都近郊というだけの街だった。
しかしとある時期になにものかが常識を覆す発見をしてしまう。そして街の埋もれた不名誉な評価が一転した。
発見とは、エンジェルヘイローよりさらに東にあるサーガ神殿に起因する。
創造神が創ったといわれるサーガ神殿は、とても不安定な形で現世に鎮座していた。そのせいで本来あり得ない天界との薄い繋がりが完成している。
サーガ神殿からあふれる聖なるマナ。聖マナの影響によって周囲の魔物や鉱石が不規則に変化してしまう。
そしてこの光輪を模してつけられた天昇の街エンジェルヘイローには、突然変異種がたびたび現れるのだという。
「白い……龍!? なんで龍族が人の多い街に襲い掛かかってくるんだよ!?」
「ちげーよ焦んなバカありゃ全身白い鉱石で出来たただの魔物だ。たしかダモクレスガーゴイルと名付けられた天界由来の変異種だがな」
陽炎を背負った巨躯が地を穿つたび大地が脈動する。
のそり、のそり。遠見をするミナトたちの元へと揺れが確実に近づいてきていた。
すでに群れた冒険者たちは武器を手に益荒男の如く待ち構える。
「第1と第2の連中じゃ倒せなかったか。最終防衛ラインのここまでくるとは今回の標的はなかなかのモンだぜ」
「先見していた連中は半壊滅でかなり酷い怪我だったらしいわ。なんとか治癒が間に合って容態は安定しているのが救いね」
「100名規模の波状攻撃を食らってまだ形を保っていられるとはな。そのぶん功績のほうはかなりの純度が期待できそうだ」
青ざめているのは、ミナトだけだった。
冒険者たちは勇敢にも敵を睨み、冷静に意見を交わしていく。
街にたむろっていた冒険者たちが一挙揃って街の防衛に集結する。その様子は場の物々しさもさることながら壮観のひと言に尽きた。
「なんかわかってきたぞ。冒険者たちがこんな危険な街にたむろしていた理由が」
勇壮ながらどこか浮ついた空気が満ちていた。
色々と察したミナトは、鉛を呑んだようにげんなりとする。
「こいつら全員あの白い魔物の討伐報酬が欲しくて群れてたのか……」
点と点が線で真っ直ぐに繋がった瞬間でもあった。
冒険者の目的はただ1つきり。あの地平の向こう側から迫る地響きの元凶。
そしておそらくは横にいる修道女風の天邪鬼も、そう。
「アイツを倒せりゃ超レアの希少鉱石ダモクレス鉱が超絶大量に手に入る! 神気をまとうダモクレス鉱を加工して造られた物品は厳かな儀式に使われるほどの高級品として市場を騒がせる逸品だぜ!」
レティレシアは垂涎せんばかりに昂ぶっていた。
さながら御馳走を前に尾を振る犬の如し。さきほどこの状況を晩飯と表しただけのことはある。
「で、ソイツを売って大金を稼ぐって寸法か? ずいぶんと涙ぐましい金策を企むじゃないか?」
がめつい。ある意味彼女らしいか。
だが棺の間に籠もって現世から距離を置く彼女にしては、らしくないともいえた。
すると不意にヨルナの思想が鼓膜の奥で囁く。
『たぶんレティレシアの狙いはお金じゃなくて加工のほうだね。きっと手に入れたダモクレス鉱で儀式用武器を造るつもりなんだよ』
「儀式用武器? なにか近々宗教的なイベントでもあるのか? 聖誕祭のときみたいな?」
ふわ、と。空間の揺らぎから髪の黒い少女が姿を現す。
端正で顔立ちは中性的でどちらの性別ともとれるほど。しかし女性にしては短い髪には愛らしいハート模様髪留めをしつらえる。
さらにミナトのなかから現れたヨルナの手には、細剣と刀が逃げられていた。
「キミと剣聖が決闘で打ち合うための武器だよ」
凜と響くような肉声だった。
ミナトは、嘘疑いようのない真剣な眼差しに首を傾ける。
「なんでそんなものを用意する必要があるんだ?」
「レティレシアは決闘をより盤石な契約の元で執り行うつもりなんでしょ」
でしょ、なんて。いわれて納得出来るはずもない。
決闘も見ようによっては祭事の真似事。そこで由緒正しい儀式用の武器を使用するのまでは理解出来た。
だがミナトにはどうにもレティレシアの行動理念が読めずにいる。
「だから、なんで? そもそもエルフ女王様まで決闘を認可してるわけだし、いまさらじゃないのか?」
するとヨルナは鈍感を諦めたような吐息を零す。
「キミを本気で手に入れるためさ。だからレティレシアは決闘をただの決闘ではなく儀式として位置づけるつもりなんだ」
ここまできてようやくひやりときた。
ミナトは軋むようにレティレシアのほうへと眼差しを逸らす。
「たぶん決闘の当日各国の主賓を棺の間へ招くんだろうね。そしてキミが儀式で敗北した瞬間に契約のそれは世界規模で認知される。そうすることでいわゆるコイツは私のものだっていう楔を打つつもりなんだよ」
「ま、待てよアイツにとってこの決闘は遊びみたいなものだっただろ!? なんでいまになってそんな本気で――」
「それ本気でいってるの? 誰もが負けると踏んでいた、西方の勇者に勝利したキミが?」
「――うっ! そういう、ことか……」
もとよりこちらは微塵も遊びと考えていなかった。
しかしいまの話が真実ならば、レティレシアも全力だということになる。
いままで彼女は彼を見下し嘲笑うだけだった。なのにとうとう本腰を入れて手中に収めんとする意思が浮き彫りとなる。
儀式を明確にすることで盤石と成す。確実に勝つという自信がなければそんな振る舞いは出来まい。
「とにかく僕がいま援護しにでてきたようにこの場をなんとか切り抜けないとだね」
ヨルナの声に混濁だったミナトの思考がすぅ、と冷めていく。
「そ、そうだった!? このままだとあのデカいのを倒さないといけないのか!?」
ずん、ずん、ずん、ずん。躊躇いのない歩みに世界が溶けそう。
白き巨躯は迷いなく街を目指してこちらに向かってきている。
距離こそ未だ離れているのだが、このまま平穏無事というわけにはいくまい。なにせここはもう戦場なのだから。
「こっちは大勢とはいえ相手が異形すぎる! 冒険者連中はいったいどうやってあのデカブツを討伐するつもりなんだ!」
まさかこれだけの有象無象が揃いも揃って無策というわけない、はず。
魔物の大きさがあまりにも規格外過ぎた。
鉤爪の如き2足が落とされるたび大地がえぐれて揺らぐ。巨大が歩むと距離が縮む。すると目の眩むような現実を如実に叩きつけてくる。
腕は見たところ4本あって爪も鳥獣の如く鋭い。地を掴む2足もまたどっしりとしており強靱なのはいうまでもない。
なにより広げた両翼から腕からなにもかもが白く、精巧。電子文学から飛びだした架空存在の偶像であるかのよう。
「僕も肉眼で見たのははじめてだけど、これはかなり絶望感がスゴイね」
冷や汗がつとぉ、と白い頬を流れた。
さしものヨルナとて微笑が僅かに強ばる。
だからこそミナトなんてもう平常ではいられない。
「あんなのただの動く建物だぞ! オレらいまからロボットみたいなものと戦えっていうのか!」
「冗談じゃない!」すべてがその言葉に集約されていた。
このままでは圧倒的質量に踏み潰される未来しか見えない。
しかし冒険者たちは違う。
「とり決め通り4班に分かれろ! 戦場では自分の得意なことだけをやれ!」
「物理遠距離の得意なヤツは牽制しまくれ! ヤツにこっちの考えを悟らせるな!」
最後列より弓なりの五月雨が放たれる。
弓、機械弓、投石、爆弾なんてものまで。あるものすべてがダモクレスガーゴイルへの手向けの花だった。
しかし敵の鱗状の白い肌はそのどれひとつとして通さない。どころか傷ひとつついていない。
「ROOOOOOOOOOAAAAAAAAAA!!!!」
さながら銅鑼を破るが如き咆吼だった。
明確な敵意に晒されてさらに敵意を剥く。当然の帰結だろう。
ずおん、ずおん。冒険者たちも怯むことなく攻撃の手を止めない。しかし猛りと振動の2重奏が凄まじい速度で迫っていた。
「敵の肌が硬すぎる! オレが戦ったあの空飛ぶ化け物と一緒だ!」
「いやたぶん君と師匠で倒した青銅ハーピーよりもっとずっと硬いはずさ。おそらく僕の造ったどの武器も通さない硬度だろうね」
「じゃあもっとダメじゃないか! 子供が大人に小石投げてなにになるっていうんだよ!」
ミナトの憤りはきっと万人の感想だろう。
まるで効いていない攻撃を浴びせたところで労も、力も、成果はない。
しかしここでふとこちらの異変に気づく。先ほどまで100はいた冒険者の数が20あまりに減っている。
「いつの間にかあれだけいた冒険者の数が減っている? まさか敵の姿を見て逃げたのか?」
「矢嵐の発生とともにもう彼らは動いているよ。この遠距離射撃は目的を果たすためのかく乱と陽動だね」
ほら、と。ヨルナは3方向を順に指し示した。
見れば冒険者たちが3手に分かれて草原を疾走しているではないか。
直進する班、左右に回り込む班の3つ。そしていまミナトとともにある遠距離攻撃の4班構成だった。
「怯えもなくよく統率がとれている。これはあらかじめ作戦が練られていてこれから仕掛けるつもりかな」
「蟻の大群が象に立ち向かって勝てるとは思えないがなぁ……」
どれほど群れたところでたかが知れている。
鎧をまとう相手に立ち向かうことでさえ至難。しかも敵は硬度だけならず種族たちの背丈をゆうに上回っていた。
ミサイル、あるいはロケット砲があってようやく勝機が見える状態。6~7mの体格を相手どるには明らかな不足だった。
「はじまるよ!」
ヨルナの声とともに事態が動く。
左翼側に位置している部隊が雄々しくも接敵する。
「《ハイフレイム!》」
「《フレイムアロー!》」
「《バーニングライトニング》!」
掲げられた杖や手から一斉に炎色が放たれた。
煌々と燃ゆる炎は見ているだけで汗が噴きだしそう。遠く離れたこちらにまで光となって温度が伝わってくる。
「そうかこの世界には科学がなくても魔法がある! 鉄のように高温で溶かせられさえすれば敵の動きを封じられるってことか!」
炎のうねりに胸がじわりと熱くなった。
この世界には現実とはことなる幻想が実在している。もし敵の体がどろどろに溶ければ攻撃も容易くなる。
だが瞬くほどの希望はヨルナによって容易に砕かれる。
「そのレベルの炎魔法が打てればそれで良かったんだろうけどね。でもその域に届くのは大陸世界でも屈指の魔法使いだけだよ」
ミナトは青ざめながら「それって……」唇を震わせた。
ヨルナは「そういうことだね」こちらを見ずに淡々と述べる。
「RORORORO!! ROAAAAAAA!!」
ガラスを裂くような咆吼だった。
鈍色の炎に巻かれながらダモクレスガーゴイルは意に介する様子すら見せない。
どころかかざした爪を魔法を使用する冒険者たちに振り落とす。
「回避! 回避ィィ!」
「魔法を止めるなァ! 距離を保ちつつこのままあぶりつづけろォ!」
つづけて正面の部隊から壺などが投じられる。
敵の硬い身体に当たった壺はバリンと割れて液体をぶちまけた。
するととり巻く炎がより鮮明な輝きを発する。
「なんだあれは? 炎の色が変わったぞ?」
「どうやら中身は油と燃料だね。敵の身体に付着させることでより高温を維持させることが可能になる」
冒険者たちの攻撃は炎による1点集中だった。
美しかったダモクレスガーゴイルの白い身体は、いまや油の焦げなどで穢されている。
そしてさらに冒険者たちは炎の威力を重ねていく。
「くぅぅ! まだまだまだぁ!」
「気張れ気張れェ! もっと敵の体の奥にまで炎を浸透させろッ!」
長時間の魔法使用で額へに珠の汗が滲む。
それでも荒れ狂う敵の攻撃を辛うじて避けながら炎を浴びせつづけた。
「ROOOOOAAAAAA!! ROOOOOOAAAAA!!」
「1人減ればそれだけ火力も減る! 誰も落ちずに攻めこらえろ!」
肉薄する。見ているこっちの心臓がもたない。
暴風の如く荒れ狂う巨躯を前に冒険者たちもまた1歩として引かず。
誰かが危なくなると別の誰かが魔法や横やりで庇う。そこに種族の境はなく、十把一絡げ。
「ここで目一杯だアアア!! 高熱放射部隊は1度下がれエエエ!!」
1人の合図が戦場に響き渡った。
合わせて炎を打ちだしていた部隊が脱兎の如く後退をはじめる。
「なんだ? いったいなにをするつもりだ?」
目が離せるものか。
あそこにある1つ1つの意思が命の輝きなのだ。いつの間にか握りしめている拳のなかに熱が籠もっていく。
そしてついに静止していた右翼部隊が広大な平原を貫くように駆けだす。
「よくやった高温放射部隊! あとは俺らが――《フリーズ》!」
「《アクアショット》! 《フロストカーテン》!」
「《ハイウォーター》ぁぁ!!」
次の瞬間戦場が消えた。
もうもうとした濃い湯気が塊となって戦地を覆い隠す。
種族の姿も、敵の巨躯でさえ、濃霧があらゆるものを呑みこんだのだ。
「ガーゴイルキラー容易ィィィィィ!!!」
意識の外から胴間声がして背を叩かれる。
ミナトは虚を衝かれて振り返ると同時に、目を剥く。
そびえている。見上げるほどに高い。周囲には屈強なドワーフたちが槌を手に佇む。
「これ……まさか!? 攻城用投石機か!?」
いつからそこにあったのか、なんて。決まっている。
ミナトが食い入ってる間。職人ドワーフたちが迅速に組み立て、大地に固定したのだ。
しかもすでに攻城用投石機の腕には大岩が設置されている。
「材木と紐のシーソー! 重さと回転エネルギーで岩をぽんと飛ばす! またえらく古典的なものが街にあるものだな!」
「大陸で戦争をやっていたころの名残だね。もう使わないからこうして随所で再利用されてるんだよ」
ここまできてようやく作戦の肝だった。
魔法で熱し、冷やし、質量をぶちこむ。これが冒険者たちのダモクレスガーゴイル討伐方法だった。
材質に無理矢理高負荷を欠けることで起こるその現象の名は。
「金属疲労を起こさせるのが目的だな! 高温でかんかんに熱したところを急激に冷やすことで硬質化させる!」
「おしい。この場合はどちらかというと焼き割れかな。緩く溶けた鉄は冷やすことで収縮し割れることがある」
どうやらミナトの予想は外れていたようだ。
本職の鍛冶師ヨルナに鉄を説こうとしたことが間違い。
しかしそんな問答はどうでもよかった。ミナトは全身の産毛を逆立たせながら瞳を少年の如く輝かせる。
「とんでもない適応力だ……! 敵と比べてあんなに小さいのにしっかり対策がとられてるなんてすごいぞ……!」
「さらに神気を帯びるダモクレス鉱は熟練の鍛冶師でも手を焼く代物さ。丹念な火入れと叩きをこなさなければ刃は脆く欠け、黒ずみ、錆となって崩れてしまう」
敵の頑強さの欠点を突いた完成された策だった。
それらすべて1人の成せる技ではない。協力があって唯一こなせるもの。
命の輝きたち。互いが全力で知恵と勇気を立ち向かう真に勇敢な光景だった。
そうしてもうもうと膨れた霧が草原に吹く爽やかな風にさらわれ徐々に晴れていく。
「G……! E……! G……!」
顎が固まって軋む。
錆びた歯車のように関節がギチギチ悲鳴を上げる。
「GA……GU……GI……!」
表面は崩れ炭化したかの如く黒ずむ。
見るも無惨。美しかったダモクレスガーゴイルはまるで逆の腐食にまみれて固まっていた。
そこへすかさず職人ドワーフたちの号令が飛ぶ。
「ガーゴイルキラー投射アアアア!!!」
2人がかりで2つのレバーを引いて留め具を解放した。
ガーゴイルキラーは半楕円の蛇の如き軌道を描き抱えた大岩を投じる。
《区切りなし》




