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BREVE NEW WORLD ―蒼色症候群(ブルーライトシンドローム)―  作者: PRN
Chapter.10 【蒼色症候群 ―SKY BLUE―】
309/364

309話 いわくつきのデート5《Loved One》

挿絵(By みてみん)


恩人の過去

親友の追憶


交われぬ理由

変わらぬ意思


未来科学と

修道服の


天邪鬼

「あの子は余にとって唯一無二の同種だった。単一種族という孤独を与えられし悲しき定めに生きたんだよ」


「……単一種族?」


 聞き馴染みのない言葉をオウム返しのように口内で転がす。

 この大陸世界にやってきて数多くの種族たちと出会った。

 確かにレティレシアという女性の種族はどの種族たちとも重ならない。。エルフでもドワーフでも妖精や獣とも違う。

 しかしイージスは龍族であり彼女は吸血鬼(ヴァンパイア)。彼女のいう同種という枠におさまっていなかった。


「でもイージスは吸血鬼のお前と違って最強の龍族だろ」


「あの子の場合は龍だけじゃねぇ。人種族と龍の半々(ハーフ)だからこそ特別になっちまったんだ」


 どうにもレティレシアから要領を得ない。

 ミナトは未だ温もりと柔らかさの余韻残る腕を組む。

 おそらく同種という言葉に食い違いがあるのだ。なにかもっと別の根本的な差異。


「つまりイージスとレティレシアは超珍しい種族?」


「ああそうだ。が、事態はもっと深刻で面倒くせぇ。なぜなら吸血鬼である余と半々のあの子は大陸世界でたった1人しか存在し得ない原初(ユニーク)だからな」


「たった1人だけ!? これだけ大量で独特な種族たちがいるのに!?」


 明かされた衝撃の事実に身がすくむ思いだった。

 街を見てみれば色とりどりの種族たちが跋扈し、それぞれが一丸となって(くみ)している。

 そんななかで孤独というセリフがでてくるのは些か納得がいかない。

 ミナトは肩頬をぴしゃりと軽く張って平静に努めた。


「この大陸に住まう種族のほぼすべてが天界より寄与された魂を出自とする。対して余とあの子はまったく異なる世界からあふれた希少種だ。そりゃ平々凡々と生きている大陸種族にいい顔はされねぇ」


 レティレシアは淡々とした口調で述べていく。

 まるでそれが当たり前であるかの如く。すべてを諦めきったかのような冷たさに似た表情をしていた。

 そしてここにきてようやく彼女が修道女風の格好をしている理由が判明する。


――……だからそんな格好に変装してきたのか。


 すべてを知ってなお同情という感情は湧かなかった。

 原初という意味のすべてを察することは難しい。その上ただ1人のみの種族というデメリットも良くわからない。

 だがレティレシアにはレティレシアなりの考えがあって、イージスとともにいきた世界があったのだ。


「日々を平穏に暮らす種族たちに自分の存在を悟られないよう気を使ってたんだな」


「まさか聖女聖母でもねぇのにそんな気づかいしねぇよ。ただ青臭ぇテメェの反応を楽しんでただけだっての」


 レティレシアはバツが悪そうにふい、と顔を背けた。

 口で悪態をつこうが結果的に気どられていない。周囲の種族たちからすればここにいるのはちょっと刺激が強い修道女ていどの認識のはず。冥府の巫女がいまこの場にいることすら思考にない。

 なによりわざとらしいまでに目深に被った頭巾(ウィンプル)にだってはじめから違和感だった。それこそが彼女の周囲への気づかいをまざまざと現している。

 

「ところでいまの話を1つに総括すると、血が混ざってることに問題があるような口ぶりだな」


 色々と引っかかる点は多くあった。

 しかし問答に気まぐれが付き合ってくれるとも思えぬ。

 だからこそミナトは神妙な面持ちで要点を絞りつつ問う。


「あの子のもつ半々っていうのはいわばデミだ。両種族の力を兼ね備えて生まれ成長する。それはつまりこの世界を創造した神の道理(ルール)から外れちまってるってこった」


「……それってスゴイ強いってこと?」


「スゲえとかそんな低レベルの話じゃねぇ。ワンチャンス神をも凌駕する奇跡の体現だぜ」


 語られ耳に入る言葉のほぼすべてが人間にとって空想幻想の類い。

 200年前に大陸世界へやってきた人間がいた。

 その人間と龍が結ばれて人と龍の混血が生まれた。

 そして生まれた子供は龍の力とF.L.E.X.を併せもつ超常的な異能の存在なのだとか。

 蒼き力を宿した世界間最強種族。それがミナトの命の恩人イージス・F・ドゥ・グランドウォーカーという女性。


「なんていうか……イージスって物語の主役みたいな生まれをしてたんだな」


 ミナトは火照った頭を冷ます代わりに黒い髪をぼりぼり掻きむしった。

 壮大な話しが過ぎて月並みな感想しかでてこない。

 レティレシアはヒールの爪先で子供みたいに小石を蹴る。


「だからこそ余はあの子をテメェらの世界に送りたくなかったんだ。あの子はこの世界で育つことによって頂上存在になれたってのによぉ」


 むくれ面でなお繊細な美に悔しさが滲んでいた。

 よほど過去が口惜しいらしい。


「もしも余が過去に飛べたのならぜっっってぇイージスを手放さねぇ!」


「その場合の未来だとオレの存在が消滅するからやめてもらっていいかなぁ……」


 ひとまず情報のほうは十分だった。

 なによりレティレシアも閑話休題という空気をまとっている。

 これを果たしてデートと呼べるのだろうか。そもそもミナトにその答えの引き出しはない。

 しかし得られたものは多い。イージスのことや半々のこと。

 あとなによりイージスという親友を語るレティレシアは、案外お喋りだということ。


「そういや焔龍のガキどこいったんだ? 立ち話して待ってやってるってのに一向に帰ってこねぇな?」


「モチ羅ならいま2店舗食い潰して3店舗目に襲いかかってるぞ」


 ミナトの指さす向こう側では悲惨な事態になっていた。

 突如現れた愛らしい小龍がやってきたところまでは笑顔にあふれていただろう。

 しかし小龍によって蹂躙された露店は、すべてが食べ尽くされている。

 小さな身体なれど彼女は育ちの真っ盛り。そのあまりの食いっぷりに冒険者たちが群れ、蹂躙された店主の涙が光っていた。


「……あれもしかして食いらいつくしてこいっていった余のせいか?」


「普段からあれくらい余裕で食べるしレティレシアのせいじゃないと思う。肉野菜甘味なんでも食べるからリリティアも作りがいがあるって喜んでた」


 レティレシアは「……げぇ」と、苦虫を噛みつぶしたように顔を歪める。

 世界の事情は知っていても家庭の事情までは把握していなかったようだ。

 モチ羅のあまりの大食ぶりに、身をもたげてげっそりと舌を巻く。


「あ、そうだそうだ。せっかくだしレティレシアもオレの世界の食べ物食べてみろよ」


「あ”ぁ”? お前の世界の食べ物だぁ?」


 奇をてらったように腰のポーチから包装をとりだす。

 それに見たところレティレシアも異世界の食事に多少の興味があるようだ。

 ミナトは心のなかでほくそ笑みながら包装を破る。そしてブロック栄養食とケミカルシリンジを彼女に手渡す。


「なんだ唐突にこんなもん渡しやがってよぉ? 本当にこんなもんが食えるんだろうな?」


「うちのモチ羅に驕ってくれたお礼だよ。ノア特性完全栄養食だから安心してぐいっとやってくれ」


 受けとったレティレシアは怪訝そうに眉をしかめた。

 そしてままよとばかり。ブロック栄養食を頬張ってからケミカルシリンジのなかを飲み干す。


――よっしゃあっ! 洗練された未来の激マズ栄養食をくらいやがれぇ!


 ここまで好き勝手やられたのだ。

 肩口を抉られ、罵詈雑言を吐かれ、挙げ句の果てに先ほど笑いものにしてくれた。

 ならばこれくらいの復讐を図っても釣りがくる。

 いっぽうレティレシアのほうはというと。


「…………」


 ピクリとも動かない。

 嵐の前の静けさか、頭巾の影に表情を隠しうつむいたまま微動だにせず。

 いま彼女の食べたものはノアの民でさえ鼻つまみながら接種するほどのもの。科学によって栄養のみに特化してしまった味覚無視の激マズ完全食なのだ。

 それにしてもここまで彼女にまったく反応がない。さすがのミナトも少々心配になってしまう。


「お、おい……そんなにアレなら吐いてもいいんだぞ?」


 さすがに激マズが効き過ぎてしまったか。

 恐る恐る棒立ちのレティレシアを案じ手を伸ばした。

 だが、触れるか触れぬかといった刹那に音がしそうな早さで顔が上げられる。


「なにこれぇ~!? こんな美味しいの初めて食べたぁ~!?」


「ハァ!?」


 苦渋の表情を予測していたが、まったくの逆だった。

 ぱぁ、と。うら若き花弁が華やぐように彩られているではないか。

 しかも瞳は爛々と輝きに満ちて、心なしか口調すらも恋する乙女のよう。


「オメェ、いやミナト! さっきのあれもっとないのか!」


 レティレシアは、勢いそのままにミナトの胸ぐらへ掴みかかった。

 さらに食いかからんばかりの勢いで頭が揺する。


「タダなんて虫の良いことはいわねぇ! 余に支払えるもんなら幾らでもくれてやる! だからさっきのヤツをもっと寄越しやがれ!」


 マズいと憤怒されるほうがまだマシな状況だった。

 しかもレティレシアは本気も本気である。2つの意味で冗談ではない。

 予想外すぎる展開にミナトはたじたじになってしまう。


「ちょっと待てって!? あのケミカル臭たっぷりの飯が美味いっていったいどういう味覚してるんだ!?」


 だまし討ちだったはず。

 なのに効くどころか逆に効き過ぎていた。

 わけもわからず揺さぶられていると、頭のなかに声が響いてくる。


『レティレシアって吸血鬼のくせに血が嫌いだし女好きの男嫌いなんだよねぇ』


『そういやうちのお姫様は普通の生命体と比べて一部の感性が真逆だったな』


 ヨルナとルハーヴの声だった。

 しかもどこか他人事のように冷めている。


――嘘だろ!? それで激マズ栄養食が美味しいっていうのか!?


『たぶんだけど冥界舌の好みに触れちゃったんだよ。ほらさっきいってた通り彼女と僕らでは魂の源泉が違うから』


『いちおうお姫様のためにいっておくが美味いものをマズいって感じるわけじゃねぇ。たまたま人種族の作ったソイツが魂貫通するくらい美味かったんだろうよ』


 ちょっとしたイタズラのつもりが地雷を踏み抜いたらしい。

 ミナトは暴れ馬の如きレティレシアを、どう、どう。両手で制する。


「あんなものでいいならやるから離せって! いまは持ち合わせないけどブルードラグーンに戻れば少しくらい備蓄もある!」


「ガチだな!? もしそれがデタラメだったらぜってぇ許さねぇぞ!?」


「なんでちょっと涙目なんだよ!? あとさっきヨルナがぼそっといってた冥界舌ってなんだぁ!?」


 説得が通じてようやくひと悶着が収束しつつあった。

 ずっと謎のままだったイージスという女性のことをいままででもっとも多く知れた。とても良い機会だった。

 これが恋路を踏むデートかと問われれば肯定し難い。だが有意義な時間だったことは間違いなかった。

 しかしその時。異変が起こる。


「ッ――……なんだ?」


 街ががらりと穏やかさを変容させた。

 不快な音が種族たちの雑踏を掻き消す。

 街中どころか周囲一帯に響き渡る。


「これってまさか……警鐘(けいしょう)?」


 耳を通して脳をつんざく。

 その異様さによって肌が危機を感じて敏感になるのがわかった。

 日常を鐘の音色が迅雷の如く砕く。音が打ち鳴らされるたびそこはかとない気持ちの悪さが過る。


「東の神殿に向かった冒険者連中がしくじったぞォ!」


「ヤツがこの街に向かってきている! さっさと祭りの準備をしろォ!」


 静止していた街が騒々しさによって突き動かされた。

 冒険者たちが喧々囂々と声を張り上げる。津波の如く己の武器を手に一方方向に雪崩れていく。

 まるで先ほどまでの平穏が仮面であったかのよう。隊列も隊形もなく有象無象の冒険者たちは疾走する。


「い、いったいこれはなんなんだ? 東の神殿? 冒険者がしくじる?」


 疑問で頭のなかがパンクしそうだった。

 レティレシアは、混乱するミナトをいつものようにせせら笑う。


「キヒッ! オメェこの街のヘンなとこに気づいてなかったのかよォ! 魔物が群れて襲ってくる街だってのに軍もいなけりゃ墓がたっぷりってなァ!」


 もっと注意すれば気づけていたはずだった。

 しかし違和感はあれど答えには行き着けていなかった。

 まずレティレシアがヨルナとルハーヴを護衛につけた時点で気づくべきだったのだ。

 そしてこの天邪鬼女がデートなんて甘ったるい言葉を意味なく吐くものか。すべては偶然ではなく画策された必然だということに他ならない。


「サハギン如きじゃたらふくは食えなかっただろォ! だからここからが本番であり晩飯(ディナータイム)なんだよォ!」


 頭巾の奥で血濡れた瞳が硬骨に細まる。

 血の乙女の笑みが深まって蠱惑な唇の描く月が欠けた。



  ●  ●  ●  ●  ●  ●




挿絵(By みてみん)

※いっぱい食べる育ち盛りさん





次回:【VS.】

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