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BREVE NEW WORLD ―蒼色症候群(ブルーライトシンドローム)―  作者: PRN
Chapter.10 【蒼色症候群 ―SKY BLUE―】
279/364

279話 閃光《Blue Lights》

挿絵(By みてみん)


立ち上がる

勇気


人類の歩く

道しるべ


無謀であれ

立ち向かう


人の意思

挿絵(By みてみん)


 管理棟側の声明は、勝つことではなく生き残ること。

 1人でも多くの者を守り抜き生き残る。そう、藪畑は明らかにする。

 包囲されながら固定砲台で狙われているこの状況下で生き残るならばかなりの低確率が予想された。

 しかしそれは同時にう若人たちから見れば小さな光として目覚めつつある。

 ウィロメナは、呆然と佇みながら突起する胸にそっと手を添えた。


「しかもいま藪畑さんの言ったことって確か……」


 それほど遠くない記憶だった。

 もちろん杏とて簡単に忘れられるものか。


「革命の朝、ミナトが7代目艦長を失墜しさせたときのセリフとほぼ一緒ね」


 司令部から飛びだしたのは、ある少年の願いだった。

 誰もいなくならない世界。昨日隣で笑っていた人が未来に生きつづける世界。

 そんな甘くない妄想こそがいまは亡きミナト・ティールという少年の祈った世界だった。

 杏は、脳裏に顔を浮かべて唇を痛いくらい噛みしめる。


――願った当の本人がもういないってどういうことよ……。


 あの日、彼はこの船から忽然と消失した。

 宙域に開いた亀裂のなかに吸いこまれ、文字通り失踪したのだ。

 捜索に力を入れたのは、はじめだけだった。2週間もすればおのずと現実と対面するしかない。

 そして小型艇ブルードラグーンが消息を絶ってすでに4ヶ月を経ている。

 食料と酸素すら使い切った彼らが生き残っている確立は、ゼロを重ねてもまだ足りぬ。


「でもそれってどういうことなのでしょう? いまさら革命の立役者であるお二人を奉る理由がわかりませんわよ?」


 久須美が小首をかしげ2房のブロンド髪を斜めに流す。

 涙は引いたようだが目の周りが若干ほど赤くなってしまっていた。

 それを杏は見て見ぬ振りをする。


「だいいちミナトも東も消息を絶ったまま。こんな宙ぶらりんな状態で綺麗事並べたところで逆風にしかならないわ」


 ふん、と。鼻を拭きながら腕を組み腰を逸らす。

 藪畑の語ったのは、ノア7代目艦長が果たされたさいに交わされたの約定である。

 腕に持ち上げられて形を変える胸の内にある思いは、不快だった。

 なによりチームメイトを利用することじたいに、総毛立つ。いまさら死者を奉り上げたところでタカが知れているだろう。


「望んだ者さえいない世界になってしまう時点でなんの価値もないわね」


 杏は、怒りで目端をつり上げた。

 藪畑を見る眼差しは、明らかな軽蔑を模している。

 するとそのとき最上段にそびえる管理棟の入り口が開く。

 そしてなかからでてきた人影を視認した人々がざわめきだつ。


「あれってディゲル……中将か?」


「それに先頭にいるのって……7代目艦長長岡晴記(ながおかはるき)の隠し刀だよね?」


 見知らぬが、知らぬ者はそう多くはない。

 管理棟のなかからできた彼らこそが分岐点だった。新時代の一端を担う灰かむり者たち。

 しかも地の底に張っていた異端者たちが3人も揃っているではないか。

 やられた。杏は吐息混じりに片側の口角を引き上げる。


「やってくれるじゃないの。この作戦にはそういう裏があったってことね」


 管理棟からでてきた彼らの数は、3人ほど。

 どうにもこの船を出身とする若者にとっては見慣れない連中だった。

 階段を下りて接近してくる人々を若人たちはざわめきで迎える。


「おーおー! ずいぶんと芯のある目つきをした連中が集まってやがるじゃねぇか!」


 凶暴な顔立ちは猛者の風格を漂わせていた。

 筋骨隆々たるその身は否応なく周囲に畏怖と尊敬を抱かせる。

 しかもその屈強な身にまとうのは白衣の羽織。このノアでもっとも高位の1人であるという裾を引く。


「クックック! 俺が全盛でブイブイいわせていたときのことをついうっかり思いだしちまう!」


 現れたうち1人は、元中将ディゲル・グルーバーだった。

 大柄な巨大を揺らしながら肩で風を切るように階段を下りてくる。

 その巨体の後ろには愛らしくも戸惑いが付随していた。小兎のような彼女は周囲へきょどきょど視線を踊らせる。


「ひ、ひひ、人がこんなにいっぱいいるなんて聞いてませんよぅ……! ひぃぃみなさん揃ってこっちをじっと見てますぅ……!」


 愛くるしい顔立ちは階段を1段下りるたび土気色を帯びていく。

 びくびくおどおど。ディゲルの影に隠れながら様子を伺う。

 それを彼は振りほどこうとはせず。げんなりとしながら脇目を振る。


「だからおめぇは待ってろつったろうが……」


「っ、でも信さんの晴れ舞台なんですよ! アザーでお姉さん代わりだった私には勇気づけてあげる義務があるんです!」


「ならここまできて尻突きだしてねぇでしゃんとしろや!」


 巨大な手に尻をひっ叩かれチャチャ・グルーバーは「ひゃあっ!?」と声を裏返しす。

 珍客。もといサプライズゲスト。彼らの登場を誰が予想できただろうか。

 いまやノアに住まう者ならばアザーから上がってきた彼らを知らぬ者はいない。死の星に堕とされて這い上がってきたホンモノたちなのだ。

 そしてそんな2人を従え、ひときわ顔立ちの整った少年が、衆目の中心にて立ち止まる。


「…………」


 鷹の如き鋭い目つきだった。

 睨まれただけで全身が引き締まってしまいそうなほど。

 周辺温度が2度くらい下がったかと思うほど、厳めしい。


「よう。こんなかでてめぇのお眼鏡にかないそうなやつはどんなもんだ」


 ディゲルに問われて彼は整った顎に手を添える。


「第2世代の壁を乗り越えたやつは……5人いるかないか。そのなかでもっと先に進めているのは、ゼロ……絶望的だ」


「そいつは期待大ってことの裏返しだな。ここにいる全員に伸びしろしかねぇってことじゃねぇかよ」


 少年は、ディゲルの軽口に一目すらくれない。

 代わりに動揺する若者たちを順繰り、睨み付けるよう瞳を巡らせていく。

 異例だったし、なにより異常だった。こうして衆目の面前にアザー出身者となる3人が集結する。

 そして機を見るように藪畑がにんまりとした笑みを深めた。


「彼らアザーからやってきた使途たちもともに我らイージスのメンバーと互いを守り合い高め合う! 隣にいる友や仲間の温もりを1つとして失いさえしなければ僕らの勝ちさ!」


 まるでスイッチを切り替えるような豹変ぶりだった。

 藪畑は声量を高め空を抱くように両手を広げる。


「なぜだか藪畑さん唐突に演技に入りましたわね」


「昔からあの人ああいうところよね。つかみ所がないというかわざとらしいというか」


 不審に思っているのは久須美とウィロメナだけではない。

 場に集う若人たちみなが彼のわざとらしい素振りに目を細ませた。

 しかしそれでも藪畑は踊るような素振りで胡散臭いをつづける。


「今作戦の発案は彼らさ! これから2ヶ月間アザーのビーコン屋直々の協力を得て行わせてもらう!」


 ガラにもないガッツポーズを突きだす。

 無理矢理場を盛り上げようとする意思表示が、見え見え。

 だが、微かな期待がある。少なくとも杏は、用意された舞台からブラウン色の瞳を離せなくなっていた。


「またノアの枠外からやってきた矢がかき回してくれるってわけね」


「しかも今度は1本ではなく3本ときたものですわ」


 萎れていた久しかった心に芯が入るような気分だった。

 久須美も呼応するみたいに手中へ拳を叩きこむ。

 泣いている場合ではない。めげている状況でもない。なによりああして威風堂々たる佇まいを見せつけられてどうして膝を折っていられるだろうか。

 そして藪畑は、見栄でも切るように佇む彼を指名する。


「今日から君たちには彼、、暁月信くんの教えの元でF.L.E.Xを学んでもらう! すべての第2世代能力を有する四柱祭司並みの講師の誕生さ!」


 一瞬のみ空気に緊張が奔ったのはいうまでもない。

 会場は唖然と呆然がごちゃまぜだった。若人たちは藪畑の嬉々とした声に耳を疑う。

 しかし同時に期待と面々の面影からは影が消えている。また新たに現れた光に照らされながら希望を見つめる。


「これから俺が世界の壁を壊してやる」


 重々しい厳格な音色が面々の鼓膜をかすめた。

 彼の佇まい、在りかたにだって微塵として遊びはない。腰に履いた長刀の如く真剣といった空気がひしひし伝わってくる。

 そしてまたも現れた新たなる光は、再びノアに動乱を呼び起こす。


「1人でも多くが死なないようお前ら全員を次世代ネクストジェネレーションに引き上げる。そしてアイツが望んだ世界を俺が代わりに創りだす」


 現状第1世代からの移行可能なのは、万人に1人とされている。

 だが暁月信は確かに不可能を口にしたのだった。

 なのに若人たちの誰もがその過大に嘘や虚偽を疑う余地はなかった。


「俺はたとえミナトが死んでいたとしてもアイツが宝物と呼んだこの人類を維持しつづける……! だからもしミナトが生きているのならここがアイツの帰ってくる場所なんだ……!」


 諦めない。表情を変えぬ涙から確固たる意思が滲む。

 この期に及んで馬鹿げたことを吐ける世界一の馬鹿が、ここにもう1人いる。

 あの日、管理棟前にあった光ととても良く似て、眩しすぎた。




○   ○   ○   ○   ○



挿絵(By みてみん)


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