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BREVE NEW WORLD ―蒼色症候群(ブルーライトシンドローム)―  作者: PRN
Chapter.10 【蒼色症候群 ―SKY BLUE―】
278/364

278話 残光《Embers》

挿絵(By みてみん)


消失した


残滓と

残影


たった1人の

望んだ


残響(セカイ)

 そのときこの場にいるも若人たちは己の足下へと視線を落とす。

 反応は様々だった。宙を仰ぐ、奥歯を噛みしめる、喉を震わせる、額を覆いながら肩を落とす。

 一同一様だった。耳の奥で同じ声を脳裏に蘇らせたのはいうまでもない。


『生きろおおおお!!』


 あの日確かにここにあった、聞いたのだ。

 突如としてノアが起動したあの日、船員の全員が耳にした。

 1人の叫び声をALECナノマシン経由で受けとった。


『人として生きつづろ!! 決して獣に成り下がるな!! 辛くてもこらえて笑ってしんどい思いをしてでも生きながらえろ!! アイツの思い通りになってなってやるな!!』


 死の淵だったからか錯乱していたからか。

 それでも彼は最後の瞬間まで誰かを守る高潔な盾だった。


『生きて生きて生きて生きて生き抜いた先に光がなくてもそれでいい!! 生きつづけたのなら――……』


 実のところ人類はすでに枯れていた。

 錯綜し惑うさなか、心はとっくに折れている。

 だけど辛うじて支えがあったから。いまこうして両足できちんと立っていられた。


「……っ!」


 幾度とそうだったかわからない。

 普段弱みを表にださぬ杏でさえ目の奥がツンとする。

 少しずつ墜ちていく環境。望まず血を船に注ぐ苦痛。絶え間ないの収束が見えぬ盲目さ。先と終わりの見えない恐怖。


「……杏ちゃん大丈夫?」


 ウィロメナは震える友の小さな肩にそっと手を添えた。

 いつも通りならば払われていたかもしれない。

 しかし杏はその添えられた手に自分の手を重ねる。


「だい、じょうぶ……じゃないわ、よ……!」


 ようやく喉奥から絞りだせたのは、か細い嘆きだった。

 周囲の電子機器から響く振動にかき消されそうなほど。

 それでもやっと吐きだせた。この4ヶ月間ずっと腹の底に溜めていた吐瀉物だった。

 するとウィロメナはおもむろに杏の肩を抱きながらすっと両膝を落とす。

 そして杏の両頬を包みこむように両手をかざし、顔を自分のほうへと向けさせる。


「わ、たしも……だよ……!」


 頬に触れる手は震えていた。

 声も酷く、途切れ途切れで水音まで混じっている始末。


「泣いちゃうと、みんな不安になっちゃうから……! 不安になるとみんないなくなっちゃうから……!」


 それは懇願に似ていたかもしれない。

 まるで溜めこんでいたものを吐きだすみたいな感じ。


「みなとくんとのやくそくをさいごまでまもれなくなっちゃうから……!」


 目隠れする前髪の裏からしどと湧きつづける。

 頬を伝ってなお透明な液体は彼女の頬を濡らす。


「ウィロ……? まさかアナタずっと……?」


 杏は、後悔した。

 わかっていたはずなのにわかってやれていなかったことをひどく軽蔑した。

 悲劇のヒロインは、いない。なぜならこの世界全体が厄災に覆い尽くされ平等に苦しみ藻掻いている。


「あれからずっと毎日ジュンの部屋に通ってるの……! もしかしたら全部夢で寝坊助がいつもみたいにベッドに横たわってるんじゃないかって……!」


 ウィロメナは堰を切ったように止めどなく泣きじゃくっていた。

 決していまが初めてなのではない。きっとずっと前から限界ギリギリで耐えつづけていたのだろう。

 だからここに至っていまようやく本当の悲しみに嘔吐(えず)く。


「もうこんな無駄なことはやめようやめようって毎晩自分に言い聞かせてから眠りにつくの!! でもいないってわかっているのにどうしても毎朝ジュンの部屋にいくことがやめられないの!! もしやめちゃったらミナトくんや夢矢くんやジュンが私のなかで本当にいなくなっちゃう気がしてイヤなの!!」


 救いのない悲鳴があらゆる者の鼓膜を削っていく。

 彼女の悲しみを安易に癒やせる者などいるものか。ウィロメナは、友と幼なじみを同時に失ったのだ。

 悲劇はもう3ヶ月前からはじまっている。そんななか彼女は周囲を不安にさせぬよう本心をひた隠していたのだ。

 そしてそれは多くの者が経験し、閉口し、閉じこめていた暗黒の筺(ブラックボックス)


「もうイヤだよこんな生活……! 幸せになりたかったんじゃない普通が欲しかっただけなのにどうしてこんなことになっちゃうの……!」


「俺たちはいまなにをやらされそうになっているんだ? 革命が成功したら平和な世界がやってくるんじゃなかったのか?」


「窮屈だ。あまりにも自由のない……まるで罪人が閉じこめられる折のような窮屈さ」


 こうなってしまってはもう耐え切れまい。

 ウィロの慟哭を渦中として発展していく。

 次々に嘆きと悲しみが生みだされて噴水の広場に生みだされてしまう。

 火のついた導火線が燃え尽きていくかのような凄惨な光景だった。


「ゆめ……! たま……! どうして、なぜワタクシを置いていってしまったんですの……!」


 久須美は顔を伏せながらしとしとと涙を落とす。

 高貴な彼女らしい。それでもいまは友の鎮魂に滴を漏らす。

 

「ずっとこれから先の未来も一緒に歩もうと約束したではありませんか……!」


 くぐもって届かぬ。それは心が吐いた悲鳴のようなもの。

 もういない者たちへと伝わらない空虚なメッセージだった。

 失った。そしてまたさらに失っていく。未来は曇り淀み先を見せてはくれない。

 それでも生きろといってもらえた。そのおかげで今日という日まで狂わずに生きられた。

 もうここにはない小さな小さな光が繋いでくれた残酷も優しい(メロディ)。それがいま若人たちが幻想と知りつつも夢想する新世界への航路だった。

 堪えきれぬ者たちから順に、1人また1人と墜ちていく。失った者たちの名を呼ぶ。血縁の生きていていたころの顔に思い馳せる。

 管理棟前広場は、たちどころにすすり泣きと喘ぎの悲しみに呑みこまれてしまう。


「うん。やっぱり艦長の判断は正しかったようだね」


 すると藪畑はさめざめと降る涙を見つめながら感慨深く頷いた。

 そして1歩踏む。両翼を広げるみたいに両手を開いて空を抱くような姿勢をとる。


「いまの周りを見ればわかってもらえると思う。君たちのその涙は死に向かうだけの獣じゃないと証明するものだよ」


 よく通る声が伸びて抜けるかのよう。

 涙に紗掛かる世界のなかで彼だけは聡明な振る舞いを崩すことはない。


「そこで僕たちは管理棟側は決断した。僅かな人類に生きるという選択を用意することにしたんだ」


「……?」


 ウィロメナと頬を合わせていた杏は、ふと顔を上げた。

 彼女だけではない。みなが一斉にに伏せていた顔を上げる。

 藪畑笹音は、真顔で、笑っていなかった。


「もし不幸にも陽動突入のどちらもが失敗とみなされたとき――僕ら管理棟は最終フェイズへと移行することにする」


「……最終フェイズ?」


 杏が思うよりも先に問われている。

 しかも自分が発さなくても別の誰かが代弁してくれた。

 それを受けて藪畑は、あらためてまた長く指を立てる。


「強襲突入を行うチームは精鋭の最小数で任務に従事してもらう。これによってF.L.E.Xの能力値が低い者は強襲作戦から外れ第2世代以上の実力者のみが作戦に参加することを許可される」


 は? 誰かの声と己の疑問が重なった。 

 杏でさえ彼がなにをいっているのか理解するのに躊躇する。

 だが藪畑の話にどこか期待している自分もいた。


「…………」


 杏は言葉を発しかけて口を結ぶ。

 代わりに前列にいる顔色の悪い青年が口を開く。


「じゃ、じゃあ俺たちのような第1世代の人間はどうしろっていうんだ? まさか指を咥えてモニター前で震えていろなんていわないだろうな?」


 己が次世代に進めていないからこそ黙っていられなかったのだろう。

 ノアの戦闘員の大半は、第1世代能力者で構成されている。

 青年のために付け加えるならば、決して彼らが劣っているわけではないということ。

 どちらかといえば第2世代に至れる人間が、特殊。まだ次世代に至る過程工程方法のすべてが明らかとなっていないのだ。

 彼もそうであれば彼だって、そう。第1世代の藪畑は青年を(ぎょ)すように手を伸ばした。

 

「まさか。僕たち第1世代は最終フェイズで働くんだよ。……その身を盾としてね」


「突撃とは別のところでも命を賭けるということか? だったらその最終フェイズっていうのは一体なんなんだ?」


 老婆する青年にふふ、とほころぶ。

 藪畑は、敵意のない微笑を浮かべる。


「僕らは死ぬために生きるのではない。生きるために立ち向かうのさ」


 柔和に目尻を垂らしながら勇壮なる蒼き瞳で周囲を見渡す。

 そして片目をはちりと閉じ、指で乾いた音色を弾く。


「陽動あるいは突入のステージで不幸にも失敗をした場合最終フェイズが開始される。我々はノアを可能な限り死守しつつその裏で小型輸送艇に乗りこみつつで宙域の離脱を図る」


 唐突な単語の羅列にどよめきが奔った。

 しかし藪畑は想定通りとばかり。

 止めることなくつづける。


「そのさい第1第2フェイズに不参加な者たちにはバリアを越えてノアに乗りこんでくる小型たちから人々の護衛を頼むことになるだろう。陽動あるいは突入が失敗したチームも可能な限り回収して脱出に備える。そのため第1世代の者たちもまた最終フェイズにて作戦に組みこませてもらう」


「それをしてどうなる? 戦闘員の数が減って勝つ確率が減るだけじゃないのか?」


「全面衝突を避けることによって人類は1分1秒でも長く生き(なが)らえる。そもそも実力不足の子たちを作戦から外したところで勝率が大きく変動するとは思えないしね」


 辛辣な物言いに青年は肩をふるわせながらも口を閉ざしてしまう。

 まさにぐうの音もでない正論だった。旧世代の人間が骨身を削ったところで骸が増えるだけになってしまう。ならば1人でも犠牲を減らすことが最終フェイズということになる。


――……それって。


 杏は、無意識に管理棟に掲げられた旗を見上げた。

 大らかな偽りの空を映す映像を背景に盾の紋章が羽ばたくようになびいている。

 そしてその紋章はデジタルの腕章としてこの場にいる全員の肩にも掲げられていた。


「……たった1人の望んだ世界。隣にある温もりを決して失わない勇敢で優しい新世界……」


 旗本に集う者たちの総称は、イージス。 

 新時代を目指す若き意思の集いの名であり、ただ1人の望んだ世界。

 

「我らは軍という確執たる負の仕組みを打破した新世代ニュージェネレーションだ。だからわざわざ任務のために死ぬ必要なんてない。なぜなら僕らは盾の紋章に集う一塊のチームなのだからね」



《区切りなし》

挿絵(By みてみん)


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