276話 切り札《Sound of spell》
現在ノアでは改修を終えた制作班が尽力して弾薬の製造に入っている。
数少ない物資をノア全体から掻き集めて貴重な弾薬を生成しているのだ。
「そうなると今日以降は起動させることも難しい。つまり私たちに与えられたのは1枚きりのジョーカーってわけね」
「だが1枚あればそれで十分という話だッ! 1度きりが与えられたことですら奇跡と呼べよう代物のだろうなッ!」
不安げな紗由とはまるで真反対だった。
源馬は屈強な腕を組みながら自信満々に覇気を放つ。
「どのみちアザーヘと乗りこむ決死の作戦なのだから2度は必要ない! 一生一世運否天賦な一蓮托生大博打! 咲かぬなら咲かせて見せよう梅の花だ!」
「なんで梅の花なのよ……。それと人の命がかかってるんだから博打とかいうなぁ!」
紗由に背中を叩かれても彼はびくともしなかった。
良くも悪くも源馬というのはそういう男である。
だからこそ月に星が集うように彼に憧れこうして人々が集う。
そしてもう1人の天才もまたそんな彼のカリスマによって群れる、1人。
「でもよくあんなオーバーテクノロジーの取り付けを突貫で間に合わせられたよなぁ?」
『…………』
チームメンバーであるクラリッサが語りかけるも、返答はなし。
漏れ聞こえるのは呼吸の音のみ。
丸くのっぺりとした外装に頭部を覆う長身の女性は、物言わぬまま部屋の端に佇んでいた。
『…………』
「せっかくチームメイトが褒めてやってんだからなんとかいえしぃっ!」
クラリッサがは大股になって彼女の元へ向かう。
するとようやくララ・ラーラ・ララは機械の如く首を軋ませながら彼女のほうを見た。
それから雑音混じりのスピーカーから辛うじて女性だと判断可能な音を響かせる。
『……NAN……TOKA……』
「うーわ……それって宇宙ギャグ? つまんな~……」
この4人で構成されたチームこそが本物の天才たちによる集いだった。
それぞれが常人よりも秀で、かつ頂点に君臨する。
なにより彼らは人に突如として芽生えたF.L.E.Xという力を誰よりも巧みに使いこなす。
未知なる蒼の開拓者たち。ゆえにチーム四柱祭司は人類の未来を創造する。
「ところでクラリッサのほうはどうなの? 使えそうな人員そっちで育ててるって聞いてるわよ?」
柳楽紗由。
得意とする第2世代能力は、人の心を読み解く《心経》。
面倒見が良く、おっとりとした性格ながら時として檄を飛ばす場面も多い。
彼女のアカデミーでの担当は、開花。
F.L.E.Xに目覚めていない若者に蒼き種を与える役割を担う。
「あ”~……まあ結構粒ぞろいではあるって感じだなぁ。ってかあの先代の残した彼が飛び抜けてヤベぇ」
クラリッサ・シャルロッテ・赤塚。
得意とする第2世代能力は、強靱な壁を生成する《不敵》。
最年少の10才にして第2世代へ至ったという偉大な記録をもつ。現15才四柱祭司最年少。
基本的には気さくで付き合いが良い。しかし転じて嘘が大嫌いと豪語しており、人の話をあまり聞かない節が多く見られた。
彼女のアカデミーでの担当は、音やリズムを使用する感受性の調律を得意とする。
「……先代の残した彼って?」
紗由は、眉上で切りそろえられた黒い髪を流した。
クラリッサは手近な椅子を引いて豪快に尻を落とす。
「7代目艦長長岡晴記が気に入ってたっつーイケメンくんだよ。ばっちやべぇからいっぺん紗由も見てみなって」
逆向きに座りながら背もたれを抱えて、くるり、くるり。
それから気だるそうに白い手をしっしと払う。
「この間たまったま担当を請け負ったんだけどさぁ、ストイック過ぎてばっち引くレベル。しかもわけわかんないくらい殺気だってるし鬼気迫る状態だから回りのアカデミー生全員に距離置かれてやんの」
クラリッサは不快とばかりに声を潜めながら口を歪ませた。
しばし紗由は己の長い髪を指に巻いて手遊びながら胡乱に視線を泳がせる。
だがすぐさま得心とばかりに、こくりと頷く。
「ああ。確かアザーから直接管理棟へ回収されていたという彼のことね。えっと、確か名前は……」
「暁月信君だなッッ!!!」
突如として水を得た魚のように割りこむ。
源馬は、紗由とクラリッサの会話に得意満面と身を滑りこませる。
「あれはなかなかに情熱があって筋がいいッ!! もし叶うのであれば俺が直々に鍛え上げたいと思っていたところだッ!!」
あまりある気迫の乗った声量に大気がビリビリと振動した。
虚を突かれた女性たちは迷惑とばかり両耳を塞いで音を凌ぐ。
「彼とてもう我々ノアの仲間だからな!! 四柱祭司もきちんとチームの輪に加われるよう全力でバックアップに尽力していこうじゃないか!!」
「なにしゃしゃりこんできてんだようるせえなぁ! それに脳筋バカの源馬が専属で直感指導なんかやったら育つ芽が枯れるっての!」
クラリッサが青筋を立てながら一喝した。
しかし源馬はどこ吹く風とばかりに嬉々として臆面もない笑みを保ちつづけている。
そこへ紗由がアンニュイな吐息とともにごつごつとした屈強な肩を軽く、小突く。
「源馬の担当は第1世代に目覚めた子たちを第2世代ラインにまで育てることにでしょ。だから第2世代以降のF.L.E.Xを使う暁月信はクラリッサに任せるのが得策だわ」
「オキニだからってえこひいきすんな! しかもウチらに相談もしないで四柱祭司へ誘ったらしいし勝手すぎぃ!」
双方向からのクレームだった。
これにはさすがのリーダーとて抗いようがない。
脂肪の一切が除かれた強靱な腕を組み「むぅ」と残念そうに首を傾ける。
「残念だがまあ適材適所はもっともだ。いまは私情より効率重視で進めていこう」
未練をかけらも感じさせない爽やかな笑みだった。
「……暑苦しいくせに昔から聞き分けだけはいいのよねぇ~。憎めない性格というかなんというか……」
「もしこれが源馬じゃなかったらこんな筋肉ダルマを四柱祭司のリーダーになんてしてないっての」
チーム四柱祭司リーダー其の名は、焔源馬。
得意とする第2世代能力は、技に蒼を乗せることで威力を数倍にまで引き上げる。《亜轟》。
実直な性格はまさに質実剛健。それでいて頭脳明晰ななにをやらせてもそつなくこなす文武両道な一面さえもちあわせる。
まさに兄貴といったさっぱりとした性分である。そのため多くのアカデミー生から尊敬と憧れを一心に受けるほど。
そして源馬は、その恵まれた体格と長身からアカデミーの講師としては体力や実技を担当する。
他の人類と比べてそれぞれが1歩先を行く若者たち。本物の天才4人で構成されたチームそれが四柱祭司の実態だった。
「アカデミーばかりではなくきちんと自己鍛錬も惜しんではいけないぞ!! D-dayまでやれることはすべてやり尽くそうと決めているのだからな!!」
「わざわざ再確認されるまでもなく全計画は順調に進行中よ」
「革命のときはどっちつかずで日和見しなきゃらないダッセェ立ち位置だったかんな。やることやって結果をださないと最強チームの名が泣くってもんだい」
拳を平に打ち付け、爆ぜる。
源馬の鼓舞がオペレーションルーム内に響くと、紗由とクラリッサも含みのある笑みで応じた。
そんななかただ1人。音も発さず微動だにしない。
『…………』
5つの青い光が灯っていた。
丸くのっぺりとした外装にはカメラが埋め込まれている。
そうやってすらりとスリムな女性は物言わず仲間たちの輪を離れたところから見つめていた。
彼女の名はララ・ラーラ・ララ。得意とする第2世代能力は、精神を機器へ同調させる《則動》。
語らず、応じず。ただ淡々と己に課せられた事象をこなすことから畏怖をこめて鉄の女などと称される。
謎多き身の上でありアカデミー講師は担当せず。兵器開発等に率先して参加することが多いという。
「お前もこっちにきてブリーフィングに参加しやがれぇ~」
「そうだぞ! なにしろ我々四柱祭司が今作戦の要なのだからしっかり根を詰めねばな!」
「根じゃなくて利を詰めなさい。とにかく泣いても笑ってもD-dayまでに盤石な土台を気づかなければならないんだから」
クラリッサの小さな手にひかれてララも輪の中に加わっていった。
四柱祭司の集まる場面で彼女がいないということはない。
もっともミステリアスな彼女だが、存外ああしているのが心地よいのだろう。
「彼ら、頼もしい限りですね」
藪畑は子を見守る父のように彼らを見つめる目を細くした。
年端の離れた天才たち。もっとも年長者が35才の源馬で、最年少はクラリッサの15才か。
それでも1つのチームとなることで壁をなくし対等な立場で語らう。
そんな団らんする光景を見つめるさなか、ちくり。痛む。
「そう、だな」
ミスティはたまらず胸の中央を押さえた。
「どうかなさいましたか艦長。麗しいお顔に憂慮の影が見られるようですが」
「キザったらしい台詞をのうのうと吐けるのも才能か」
「これはこれは。お褒めに授かり光栄の至りにございます」
藪畑は、わざとらしい所作で恭しい礼をミスティへと送った。
転じてすべてを見知ったかの如き達観した笑みが張り付けられている。
チーム四柱祭司は完全だった。しかし完全ではないチームもある。あの歴史的分岐点であるはじまりの日に帰らなかった者たちがいる。
あの件から目を遠ざけるには、まだ少しばかり日が浅すぎた。
「迷いが航海の霞となるのであれば1度墓参りにいってみるのも手ですよ。いまは艦長決定が必要なほど重要な案件もありません。仕事のほうは僕が請け負うのでお暇を作られては如何でしょう」
彼が気遣ってくれているのなんて日常でいやというほど知っている。
だからこそミスティは「いや……」と言葉を濁しながら凜とした視線で大画面を再度睨みつけた。
振りほどけているかと問われれば、きっとそうではない。だがそれ以上の懸念がその青き瞳の向く先を曇らせてならないのだ。
――長岡晴記が生前に残した人類進化論……。果たしてあのレポートに書かれているのは真実なのだろうか。
マザーコンピューターにとある資料が隠されていた。
レポートに記されていたのは先代艦長長岡晴記による人類進化題材としたもの。
レポートの彼は、未だ人類の未知であるF.L.E.Xを未来へ引き上げようと画策していたのだ。
そしてさらに次世代に対し絶大な意志と希望を描いている様子も書かれていた。
彼の強いたノアの規律は人類を次の世代へと超越させるというもの。資料の最後には、至らねば人は間もなく滅ぶとまで明記されている。
――実際に滅びかけているのだから笑えないな。そうだろう、長岡よ。
ミスティは、睨む網膜の先で空想を蘇らせた。
いまは亡き狂い人の背を思い、虚空に向かって投げかける。
「……次世代……人類のその先……」
制限は刻一刻と迫っている。
逃げ場はない。戦うことのみが生き残る唯一の術となる。
「もっとも早く第3世代に至る者こそが神域の救世主となる」
馬鹿げた話だ。噛みしめながら表面で笑みを作った。
閉ざされた空は遠く、暗く。闇の牢獄を抜けでた先の世界には、再び光が閉ざされる。
同僚であり先代艦長だった男がなにを未来に描いたのかはわからない。
しかし我々に与えられた日常に平穏はなかった。おびただしい未知なる甲殻によって阻まれつづけている。
「誰か……っ!」
あの日見えたはずの小さな光は、もういない。
だからミスティの口はそこからさきの言葉を紡げなかった。




