269話【VS.】神気を帯びる天寵 セイレーン・アーロイ 3
ミナトは布で固めた手のなかで剣を握り直した。
「僕も合わせるよ!!」
どうやらヨルナのほうも準備が整っているらしい。
こちらと一定の距離を保ちながら滑るように空を滑走している。
そうしている間にも夜の闇が湖面へと迫っていた。これ以上時間を掛ければ闇との戦いになりかねない。
つまりこれが敵と衝突する最後の挑戦だということを意味している。示し合わずとも場の全員が心のなかで覚悟しているだろう。
「次でいくぞ!! 振り落とされるなよ!!」
そしてミナトは身を捻った。
半人半鳥に向かって流線型を構え、放つ。
フレクスバッテリーから生みだされた蒼き光は瞬く間に湖面直上へ閃を描く。そうして敵の青銅色をした額へと張り付いた。
黙ってやられるものかと半鳥は奇声を発する。
「KKKKKKKEEEEEE!!!!」
それと同時に両翼を奮う。
矢嵐の如く青銅の羽根がばらまかれた。
直線上で迫るミナトたちにとってそれらは1発で致命となり得る。
「くそっ! もう1度アプローチをかえ――」
「そんなもんいらねぇなぁ!」
ミナトは言いかけてアクセナによって阻まれた。
すると彼女は大斧の首根っこを掴み直す。
「なにをするつもりだ!? このままだとお前まで青銅の餌食になるんだぞ!?」
そうやっている間にも去来する。
このままでは回避という手段でさえ危うい。
「ひっひっひ! 斧動明迅のアクセナ様たぁあちしのことだーな!」
だがアクセナは死を楽しむみたいに両の口角を引き上げた。
片手に短くもった大斧を真横に構える。
「《ジャイアントキリング・アックス》」
そして意味ある言葉を紡いで、斧の頭をひっ叩いた。
するとどうだろう。アクセナの装備する大斧に変化が生まれる。
秒を経るより早く、みるみるうちに巨大化して巨大斧になっていくではないか。
巨大化した斧は身を守る盾と化す。斧横に当たった青銅は高い音を奏でながら弾かれ湖面へと落ちていった。
「その魔法って、まさか!?」
ミナトはギョッと目を皿のように丸く見開く。
見覚えがありすぎた。しかも身に覚えまである。
あの日、墓となる丘に深々と刺さった剣と現象が酷似していた。
アクセナは我が物顔でふんぞり返る。
「あちし直伝の超巨大化魔法だー! デッケえモンはやっぱカッケーんだなー!」
「家をぶっ壊した原因ってこれかよ!? なんて迷惑な魔法なんだ!?」
「おめーの口を縫い合わせてやんだー! デッカいカッケーの美学をその足りねぇ脳みそに叩きこんでやんなー!」
これで敵の攻撃はアクセナの巨大斧に阻まれ通用しなくなった。
阻むものはなにもない。しかも巨大斧のぶんこちらの重量も上がっている。
「Kiiiiiiiiiiii!?!」
翼で得られる揚力にも限界がきていた。
半鳥は藻掻きながら両翼をばたつかせ耐えている。
最後の時が迫りつつあった。空に縛られた愚か者に逃げることは許されない。
「しゃあやったれぇーな!!」
疾呼とともに巨斧が振りかざされた。
ミナトも蒼き閃光を辿って薄明の空へと駆け上がる。
「落ちろおおおおお!!」
「こっちにもいることを忘れないでよね!」
ヨルナは、おもむろに双剣を敵目掛けて投げつけた。
まるでダーツの如き直線軌道で2振りの剣が敵の片翼を弾く。
「だらああああああああ!!!」
そこへさらにアクセナの振り上げが敵の片翼を弾いた。
そしてミナトの剣も負けじとつづく。
「オオオオオオオ!!!!」
ヨルナとアクセナの援護によって道は開かれていた。
決め手となって狙うのは、女体を模した胸部の中央。そこだけは唯一青銅の羽根に覆われていない。
そしてミナトの渾身の突きが敵の心臓を深々、穿つ。
ずぶり。肉を抉るえげつない感触が手に伝わってくる。
骨剣を引き抜くと真新しい傷口から鮮血が命を吐きだすように溢れ、漏れた。
「ハァ、ハァ、ハァ……!」
ミナトはしばし肩で呼吸しながら手応えを噛み締める。
やった、という確信があった。最高潮まで達しつつあった高揚感が祭りを終えてさめざめと冷えていく。
敵は羽ばたきさえ止める。足先から羽先まで全身の筋肉がピンと硬直させた。
反撃がないまま。ミナトたちは緩やかに落下を開始する。
「よーくやったなー。今回のMVPは間違いなくおめーだーな」
珍しく覇気も嫌みもない師からの称賛だった。
頬に当たる彼女の太ももはしっとりと汗ばんでいる。
「で、いちおう聞くが……ここからどうするか決めてんのかー?」
唐突ながらにいまさらな問いだった。
ミナトは心地良い疲労を感じながら眉をしかめる。
「どうするって……強くなって決闘で勝って帰るだけだぞ?」
「いやそういうこっちゃなくてだなー……」
アクセナにしてははっきりとしない。
普段であれば歯に衣着せない言い回しなのだが、いまは少し違う。
「このまま湖にドボンすんのかって話してんだなー。いちおういっておくけどまだあちしら空の上にいるんだー」
「……あ」ミナトが間抜けに気づくも、もう遅い。
次の瞬間には静寂なる湖に巨大な水柱が1本ほど打ち上がったのだった。
「――ぶはっ!?」
幸運だったのは着水時に岸が遠かったことか。
高い位置からの落下だったが、地面に触れるような深さではなかった。
ミナトは慌てて水面から顔をだして酸素を肺へと取り込む。
「大丈夫かい!? まったく後先考えないで無茶をするんだから!?」
そこへヨルナが花弁を踏んで現れた。
血色を失った顔で空を蹴り、ミナトの元へと駆け寄る。
「ほら僕の手をとって! 岸まで引っ張っていってあげるよ!」
「わ、悪い……。まさかこんなところで人生初の水泳大会をすることになるとは思わなかった……」
ミナトが手を伸ばすとヨルナはその手をしっかと握った。
そうやって水面を引きずるようにして岸へと辿り着き、ようやくだった。
ミナトは肩で息をしながら砂浜を這い上がる。
「ハァァ……。くたびれたぁ。あんなバカなこと2度とやらないからなぁ」
もう立ちあがる気力や気概さえ空っぽだった。
全身ずぶ濡れで汗か水かもわからない。
そうやって前髪から水を滴らせながら地べたへと、へばりつく。
ともに落下したアクセナも状態は彼とあまり変わらずだった。
「機転はきくみてぇだが肝心の詰めのところが甘々だなーぁ」
「そもそもあんな無茶させたのが誰かって話だろ。命あっただけでも儲けものじゃないか」
「あーくそったれぇ。こりゃ乾かしてからじゃねーと風邪ひいちまうんだー」
濡れ鼠のようになったアクセナは、舌打ちを交えながらスカートを絞った。
明るい色の毛束がしんなりとしな垂れている。しかも濡れたブラウスは薄く透けて僅かに肌の色を浮かす。
最後は猫のように首を振って周囲に水分をまき散らしていく。
「ともかくこれで一件落着だー! ちっと休憩したらとっとと下山決めこ――……む?」
言いかけて止まった。
アクセナは湖面のほうを見つめながら睨むみたいに目を細める。
彼女の見つめる方角には、先ほど落下した残骸が揺蕩う。
穿たれた胸の中央から漏れた鮮血によって周囲の水は紅色が漂っている。凪の水面には心の臓を貫かれ息絶えた半人半鳥が浮いていた。
「どうしたのちび師匠? 功績が必要なら僕があそこから引っ張ってこようか?」
ヨルナが気づかうように中腰になって覗きこむ。
しかしアクセナは脇目も振らずに隻眼の端をキツくすぼませる。
「なんでアイツ青銅なのに浮いてんだー? 死骸とはいえ普通なら金物の自重で沈むんじゃねーのかー?」
その通りだった。
あれだけの高密度な金属製であれば沈んでいなければ自然じゃない。
しかし現に敵の死骸は血を吐きながら水面に顔をだしていた。湖面に身を委ねるように仰向けの姿勢のまま揺らめいている。
「Ki……」
集中していなければ気づけないほど、微かな音だった。
それが敵の生存を意味していることに全員が即刻気づく。
だが、次の展開を誰もが予想だにしていない。
「KYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!」
死骸であると思われていた半人半鳥から奇声が発されたのだ。
「ぐッ!?」
「なにこれ!? うるさっ!?」
ミナトとヨルナは跳ねるように両耳を手で塞いだ。
30mほどは離れているというのにこちらの空気まで痺れる。穏やかな水面まで棘立つほど、周囲一帯が震え上がった。
半人半鳥の魔物は気色悪い断末魔を長く高く空へ響かせる。
「KYAKYAKYAAAAAAA!!!!! KYAAAAKYAKYAAA……AA……AAA……」
そしてとうとう奇声が途絶えた。
魔物は最後に声をかすれさせながら血の泡はいて沈んだのだった。
ミナトとヨルナは互いを見合い黒い頭を傾ける。
「なんだったんだいまのは?」
「ずいぶんはた迷惑な魔物だったねぇ?」
あれほど猛威を振るった半人半鳥の魔物の姿は消失していた。
危険ではあったし苦戦はしたものの生き残ったのはこちら側。ドワーフの商隊を狙った敵は湖の底で悠久の時を経る。
これで依頼は完了。覆しようのない圧倒的な勝利だった。
「……おめーら逃げろ」
(区切りなし)




