『※新作謹賀新年イラスト有り』268話【VS.】神気を帯びる天寵 セイレーン・アーロイ 2
「落ちてんぞー! なんとかしろなー!」
「このっ――マジで好き勝手言い放題だな!」
ワイヤーは未だ半人半鳥に引っ付いたままだった。
ミナトはワイヤーを伸縮させながら体勢を立て直しに掛かる。
空中の敵を支点とし、湖面に迫りつつある2人の身体が振り子のように振られた。そして再び上空へと昇っていく。
「ようし良くやったんだー! じゃあもういっぺんだなー!」
「まだやる気かよ……」
「あの野郎次はぜってー叩き落とす!」
アクセナはなおも闘志を滾らせていた。
1度目の挑戦は失敗に終わった。しかしワイヤーで繋がっているため再挑戦は可能である。
しかし相手とて同じ手にそうそう付き合ってくれるはずもない。
「KIIIIIIIIIIII!!」
辛うじて女性の輪郭をした青銅面の鋭い眼差しがギラリと光る。
耳障りな声を発し、ぶら下がるミナトとアクセナをしかと捉えた。
「こっちに狙いが変わったぞ!」
「構いやしねぇやることはぶっ倒すこと、以上だー!」
焦燥するミナトの肩上でアクセナは大斧を振り上げる。
先ほどの1撃は不意打ちというアドヴァンテージがあったからこそ有効手段だった。気づかれてしまっていては反撃も考慮せねばならぬ。
「Kyeaaaaaaa!!」
禍々しい咆哮とともに両翼が振られた。
棘立つ羽毛が別離して空を裂く。ミナトとアクセナ目掛けて放たれる。
「あの威力だ! 1発でももらったらマズい!」
鼻腔奥で死が香った。
頬に冷や汗が浮かび風に乗って空へ消えていく。
しかしそんなミナトの事情を汲んでくれるほど師は甘くない。
「ならぜんぶ避けんだー! 避けながらもういっぺん近づけー!」
「お前も大概無茶いうよねェ!?」
アクセナは、真っ平らな胸をうんと押しだす。
ふんぞり返っての一笑だった。
文句があるとはいえこのままでは一蓮托生になってしまう。
「もうどうにでもなれェェ!!」
引けぬのであれば、心を決めるしかなかった。
どちらにせよこの方法でなければ地を這い、逃げ惑うしかないではないか。ならば決死の覚悟で挑むしか勝機に届かない。
そこからの戦闘はとにかくがむしゃらだった。回避のためにワイヤーを伸ばし、接近するために縮めていく。
幾度と湖面に足先を浸しながら機を窺って縦横無尽と飛び回る。
「アクセナ! 次でいくぞ!」
「イッシッシ! やられたぶんをしっかり身体で支払ってもらうんだー!」
次の手に入ろうと体勢を整えた。
その次の瞬間敵の行動に僅かな変化が生まれる。
「KEKEKEEEEE!!!」
高く長い絶叫のような嘶きが暮れの湖畔に反響した。
翼を交差させながら同時に放つ。射出された青銅の矢はミナト本体ではなく、進路予想上に去来しようとしている。
「先読み!? しかも数が多い!?」
回避する手段は、なかった。
敵の攻撃は的確。ワイヤーを伸ばしても縮めても当たるコースだった。
「……っ!」
最後を悟ったミナトのなかで、時が鼓動した。
とくり、とくり。暴風のなかで心臓の音色がひどく五月蠅い音色を発す。
青銅の羽根が身を穿つまでだいぶ長い猶予だと思うほど。世界が潮の満ち引きの如くゆっくりと動作を遅くする。
――ヨルナは間に合わないな。
こちらはかなり無理な挙動をしていた。
ゆえに遠間で駆けるヨルナに救援を求めることは、まず不可能だった。
――いまから助かる手段は……あるか?
自問自答する。
死を目前に控えながら酷く冷静だった。
脳が冷えているのがよくわかる。直前に頭蓋へ氷でも流しこまれたのかというくらい冴えている。
思考する最中も眼がぎょろぎょろと巡った。あらゆる環境から生を模索した。
そしていくつもの選択肢のなかからミナトは1つの収束を発見する。
「お、おい!? なにやってんだー!?」
ぐらり、と。傾く身体にアクセナは異を唱えた。
しかしこれが最善だった。ミナトの見つけだしたたった1本のみ存在する完全回避手段。
それはワイヤーを消滅させることだった。敵との繋がりを断つことで伸ばす縮める以外に滞空というもう1つの手段を得る。
放りだされた身体が数秒の間だけ空に佇む。そしてその上下を青銅の羽根が通り抜けていく。
「わざわざ紐を消してどうする気だー! このままじゃ真っ直ぐ落ちてる途中で貫かれて死ぬだけだなー!」
アクセナは癇癪を起こして両脚をバタつかせる。
彼女の怒りはもっともだった。
敵との繋がりを断ってしまえば落下するしかない。おそらく敵もそこを悠々と狙い澄ましてくるだろう。
だが、これが最善なのだ。1度はじめにしくじったからこそ選べた最良の策がここにある。
「…………」
ミナトは、すでに構えていた。
地上でやっていたのと同じ。剣をもった右腕を発射台替わりとし、左腕を空に伸ばす。
地上と異なる点があるとするならば、姿勢が上下ひっくり返って逆しまなことくらいか。
「ふっ!」
だが問題はない。
すぼめた口からと息を吹くと同時だった。
再びフレクスバッテリーの先端から蒼き閃光が弾かれる。
そしてそのまま精確に射撃されたワイヤーは敵に吸着し、また新たな繋がりとしたのだ。
「ここからだいぶ無茶をする!! だから目ぇ回すなよ!!」
「は……――うぉぉぉい!!?」
アクセナからの返事なんて待っていられるか。
予測されてしまうのであれば、そもそも敵に予測させねば良いだけのこと。
射出、吸着、解除。射出、吸着、解除。これらを順で繰り返すことによってミナトは空に翼を得る。
それはとうに大道芸の域に至っていた。空を飛ぶ敵というただ1点を狙い澄まして空を駆る。
「ひゃっはっはー!! やるじゃねぇかー!!」
アクセナは膝を叩いて猛々しく大笑いした。
目に涙を浮かべながら「それだぁ!!」と、大爆笑といった具合である。
「それが本当に死ぬ気でやるやつのどん底の淵にいる覚悟ってやつだーなァ!!」
歓待の言葉でさえミナトには届かない。
一瞬の油断が命取りだった。よそ見している暇なんてあるものか。
1発で終わってしまう。もしワイヤーの狙いを1回でも外せば湖に真っ逆さまとなる。
「Kyooooooooooooooo!!」
「ッッッ!!」
敵が奇声を発しながら無数の羽根を振り、飛ばす。
だがミナトの目線もまた射るように厳しい。白目は血走り、乾いた瞳からは色を失っていた。
軽率に命を奪う攻撃を身体を捻って躱す。股から腕を伸ばし敵に定めて打ちこむ。
意識は現と夢の境界にあった。大地と空は混ざり上も下もない。それでもミナトは生きるためありとあらゆる環境に適宜適応し、こなす。
――不思議だ。なにもかもが見える。
激戦を演じる最中にぽつりと疑問が脳裏を過る。
夜を運ぶ風は澄み渡っていた。汗の滲む頬に冷をくれた。
重力に振り回されつづける身体はとっくに悲鳴を上げている。登山の疲労も顕著に響く。
なのにこれほど心が昂ぶってしょうがない。
――負ける気がしない。オレはもっと、もっと上手く、舞える。
敵の攻撃を躱すたび体内に歓喜が生まれた。
中央に覚えた快楽を鼓動が全身に行き渡らせ脳にまで流れこむ。
肩の上ではアクセナが不敵な笑みを浮かべている。
「ほぉ~ん? ぞんがいただ喰われる側ってわけじゃなさそうだなー?」
激流の渦中というのに微塵も怯んでいる様子はない。
どころか両太ももミナトの頭をかっちりとホールドしながら余裕さえ感じさせる。
「ほうれ楽しみてぇ気持ちは汲んでやんがそろそろ決めねーと夜になっちまうんだー!」
大柄な革手で彼の頭をとんとん、と叩いた。
ふとミナトは師の言葉を耳にして我に返る。
「楽しむ? オレが、なにを?」
「その辺の話はあとでゆっくりしてやっかんなー。とっととぶっ倒して家に帰んぞー」
その反応は心外だった。
とはいえアクセナの提案もまた理に適う。
日没の時刻はとうに過ぎ去っている。湖畔も薄明を残すのみで視野も狭まりつつあった。
「次で決めんぞ」
アクセナは笑みを閉ざし大斧を担ぎ上げた。
舌足らずで甘いはずの声が透けて見えるほど殺気を孕む。
ミナトにとってこの師匠はいままでの誰よりも最低だった。
小さくて、大雑把で、なにもかもが突発的。素行も褒められたものではなく、言動も暴力じみていて、デリカシーが微塵もない。
「了解」
だが、もっとも性に合っていた。
もっとも信頼ができる師だった。
だからこそ剣の柄に力を籠めながら応ずる。
上と下。師譲りの不敵な笑みが2輪ほど、咲く。
《区切りなし》




