265話 次なる修行《Next Stage》
沢を伝い源頭を目指す。
苔生す岩は摩擦を奪い幾度と歩を惑わす。切り立った岩壁が否応なく障害となって立ち塞がる。
幾層になっている地表はバームクーヘンのような斑模様を描く。草生えぬ赤土からは血の如き鉄の異臭が鼻をつく。
慣れぬ路程。七難八苦は避けられまい。少なくとも人間にとっては難所だった。
しかしメルヘンなスカートから伸びる細足は停まることなく進んでいく。
「ほーらちんたらしてんじゃねーなぁ」
アクセナは振り返りがてらに大斧を担ぎ直す。
「とっとと目的地につかねーと日が暮れんだー! 日が暮れたら任務が難しくなんだなー!」
腰に手を添えふん、と抑揚ない胸を逸らした。
後方ではミナトが息を荒げながら岩壁にへばりついている。
足場は隆起が激しくまっすぐ立っていることさえ至難だった。しかもそれに加えてぬめる足下は不安定で歩くのでもやっと。
「こんな悪路をひょいひょい進めるかっての!? もっとちゃんとインフラ整った道を求む!?」
「こんな誰もこねーような場所に道を敷くバカいるわけねーんだー!」
身軽に沢岸を駆け上がるアクセナに比べ、こちらは慎重そのもの。
足裏の感覚を1歩1歩確かめながら進む。そうやって鈍重な歩調で師の背につづいた。
赤土の層は脆く壁に触れるだけでビスケットのように崩れてしまう。さらに足下に這う苔も粘度が高く容易に足を攫ってくる。
ミナトは壁に背を預けるようにしながらそろり、そろり。最新の注意を払いながら小生意気で豪胆な――見た目の――幼子の尻を追う。
「なんでこんな辺鄙なところに標的の魔物なんかが住んでるってわかるんだよ! ドワーフたちの話によればその迷惑な魔物は街道途中で夜な夜な輸送中の商隊を襲ってるんだろ!」
「ばーか辺鄙な場所だから魔物の住処にむいてんだー! おめーだって魔物が簡単にでてくるような危ねーところに家は建てたくねーだろがー!」
――くっ、悔しいけど一理ある……! でもなんでオレが魔物退治なんてやらにゃならんのか……!
喧々諤々とたやりとりが殺風景なガレ場に木霊した。
剣を振るだけでは戦いの本質が学べない。と、鶴の一声によってこういった事態に陥っている。
当然この無茶の発案者は、アクセナだった。ミナトは、いつもの扱きが待っていると思ってついてきただけに過ぎない。
――しかも都合の悪いことにちょうど斡旋所へ魔物被害の依頼が滑りこんだときたもんだ……!
頭のなかでぶつくさ文句を並べながらもついていく以外の選択肢はない。
怒りを気力へ変換しつつ岩の段に飛びつき、踏み越えていく。
峰の群れる岩壁は歩きづらく、昼入りしたというのに日は傾きつつある。
橙色をした夕刻を彷徨う空模様となっていた。
『そういえばちび師匠から依頼書の複製渡されてたよね。ちょっと僕にも見せてくれないかな?』
「ああ確かそんなのもあったな。いきなり引きずられてきたから読む暇もなかった」
こちらが四苦八苦していると、ヨルナの声が脳裏をかすめる。
ミナトは腰の物入れを漁ってしみったれた羊皮紙を引っ張りだす。
「街からの輸出中に荷物を奪われた商隊連中が売り手と買い手の板挟みになってるらしい。しかも魔物ときたら荷馬車を馬ごと空に連れ去ったみたいだ」
紙には特殊飛行型の特徴と討伐嘆願までの経緯が書かれていた。
ドワーフの作る製品はそのどれもが1級品で通っている。そのため襲撃によって奪われた被害は相当な額が予想された。
ミナトとヨルナは2人で羊皮紙に書かれた異世界文字を手繰るように読み進めていく。
「ちなみに急な襲撃で反撃すらままならなかったとも書かれてるな」
『フゥン? ちょっと珍しいパワータイプの飛行型かな?』
「アクセナの突飛な発案だしオレに聞かれても答えようがないぞ」
いってみれば碌な情報がなかった。
商隊の面々にとっても急報だったようだ。夜に隠れた襲撃だったため魔物の姿すら見たものはいないらしい。
急を要する雑な依頼である。だからこそ相応の報酬も用意されている。
『魔物の討伐報酬だけじゃなくて奪われた品を回収すれば特別報酬もでるみたいだね。総額はかなり高めで200万ラウスだってさ』
「オレにはこっちの世界の物価がわからないから報酬額も多いのか少ないのかよくわからん」
文化が違えばものの価値も大いに変動するのも、世の常。
ドワーフ国のように工業都市ならば鉄や銅の需要が多い。逆にエルフたち工芸品を得意とする国には麻や染料が求められる。
そんななか達人ドワーフが鉄を穿ち輸出する製品となれば被害額は計り知れぬ。
「唯一国境を越えて価値が変わらないとすれば小麦くらいか。黒くて堅い岩みたいなパンがおよそ200ラウス、ふんわりして香ばしい白いパンがおよそ600ラウス」
『作りやすくて持ち運びにも優れているパンはどの種族にとっても必需品だからね。品質で価値は変動しても物価はさすがに安定せざるを得ないよ』
情報選別を終えて依頼書を雑に腰のポーチへ押しこむ。
高い岩壁をよじ登って乗り越えた先には似たような障壁がいくらでも待っている。
まるで前人未踏の地。傾斜も激しさを増していく最中に倒木の谷を渡って肝を冷やす。
「……ふぅ。これじゃあ討伐というより探検だな」
『似たようなものさ。道中と討伐は冒険者にとってのセットみたいなものだからね』
軽口を躱しつつ小さな沢に沿って傾斜を踏破していく。
高低差があるため上り下りは激しく汗が噴きでるし、寒暖差も地上と比べて5度は違う。
それでも不思議なことにミナトはまったく疲れを感じずにいた。
体力は十分に残っているし、気も折れる気配はない。標高が上がっていくことで酸素が薄くなっていくのだが、それも問題にはならなかった。
修行の成果は著しい。特に心肺機能は前世界にいたころと比べて格段に超向上を登山という形で実感する。
そして蔦を引き寄せながら直角な壁をよじ登ったところでようやくアクセナの背に追いつく。
「ここが敵の巣、目的地かい?」
「んにゃもうちっと進んだ先に沢の源頭があるはずだー。今回のお客さんはキレイな水場を好むヤツだかんなー」
視界の先は僅かに開けてなだらかな傾斜を作っていた。
足場はなおのこと不安定。こぶし大のゴツゴツとした岩がそこら中にひしめき合っている。
「沢を辿りゃいずれ水源に着くもんだ。あちしの見立てが正しけりゃ討伐目標はそこに巣くってやがるなぁ」
アクセナはこちらに一瞥としてくれず。
再度大股気味にずんずん進んでいってしまう。
身のこなしは軽やかかつ大胆。足をとられやすい岩場を兎のように跳ねながら移動していく。
人間であるミナトにはそんな人間離れした身体能力なんてあるものか。だから堅実に彼女のあとを這うようにして追う。
――まさかアクセナ……オレが追いつくまで待っててくれたのか?
師が無鉄砲とはいえ着実に変わりつつあった。
剣を振っていただけでは気づかなかった身体能力の向上。そしてどれほどの苦難を与えられても乗り越える気概がその身に満ちている。
剣聖リリティアの下で指導されていたときにはこれほどの達成感は得られなかった実感がここにある。
――……帰ったら少しくらいいい酒でも奢ってやるかね。
そう、ミナトが心機一転の細やかな笑みを浮かべた。
直後に「……ん?」と触れた岩に異変を覚えて固まる。
手をついた岩が僅かに湿っていた。周囲の岩は乾燥しているにもかかわらず、その1点のみなにやら生暖かい。
「あーそういやしょんべんしてーならこの辺で済ませとけなー! 岩場だと下に溜まんねぇから鼻の利く魔物が寄ってこねぇかんなー!」
苦悶の表情で見上げると、アクセナが卑しい笑みを浮かべていた。
すべてを察したミナトは打ち震えながら汚れた手を即座にボトムで拭う。
「アンタやっぱり最低だよォ!!」
悲痛な叫びはケタケタという笑い声とともに山を木霊しどこまでも通ったのだった。
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最後までご覧下さりありがとうございました!!!!!
※ここから先ちょっとした語り在り※
いつもご覧下さりありがとうございます
PRN(よみかた不明)です
この度2024年となりましてあけましておめでとうと言い難い状況ではありますが
どうぞ本年も物語のほうも含めよろしくお願いいたします
という畏まった挨拶はこの辺りにしておきましょう!!!!!!!
今年は飛躍の年です!!!!!!
色々なことに挑戦していこうと考えております!!!!!
なのでもしかしたなら新展開や新たなサムシングがやってくるかもしれません!!!!!
期待しないで待っていていただけると嬉しい限りです!!!!!!!
(ちな新イラスト1枚絵を鋭意制作中です




