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BREVE NEW WORLD ―蒼色症候群(ブルーライトシンドローム)―  作者: PRN
Chapter.9 【盾の救世主 ―MESSIAH―】
263/364

263話 血の臭い、実感《Blood Determination》

挿絵(By みてみん)


上限を超える

究極の扱き


弱き種族との

温度差


強くなる


理由はある


それで十分


 あまりの緊張感に口腔内が余すことなく乾く。収縮を繰り返した肺が冷えてもなお身体と脳が酸素を欲す。

 沈痛なまでの静寂は狼煙だった。全身の毛穴が剣山の如く開いて神経が露出する。


「は、はっはっはっ、はっ――ッ!」


 枯れ枝を踏むたびスナック菓子のような音が耳奥に弾けた。

 数刻前から手にぶらさげた剣は、すでに重みを失っている。幾度とこの鈍重な鉄塊を捨ててしまおうと過ったかさえわからない。

 それでもこの剣こそがいまを生きる生命線だった。


「っ、くるか!」


 鋭敏になった感覚が到来を予測する。

 ミナトは地面を掘り返しながら唐突に足を止めた。

 周囲に目を凝らすも、彼をとり囲むように雑木林が佇んでいるのみ。

 命が褪せるように景色からは色が失れる。木々の作りだす濃闇(のうあん)は寒々しいほど死の香りを嗅がせてくる。

 折り重なるような影の奥から真の死が迫りつつあった。


「こいッ!!」


 気配を察知して冷静に迎え撃つ。

 柄を握り構えを切り替える。さらには覚悟を固めた。

 相手は迅速である。だから逃げたところで振り払えないことはわかっている。

 だからこうして森のなかにぽっかりと空いた戦える場所を選んで誘い込む。


「ッ」


 木々の隙間から縫うような銀閃がミナトを襲う。

 あわや首、といったところを辛うじて立ちで受ける。


「――ふゥッ」


 しかし、双牙だ。

 手にしたもう1本の剣がミナトのもういっぽうの首を狙う。

 それをミナトは反射的に身を引いて躱す。

 流れた2本目の銀閃は彼の鼻先を皮一枚ほど開いて横切った。

 このままでは手数に押され防戦いっぽうになりかねぬ。意を決死って構えた剣を俊敏な敵影に向かって振り抜く。


「らああああ!!!」


 剛、と。風を薙いで捕らえにかかった。

 だが、すでに敵影はそこにない。まるで蛇のように凄まじい速さで木々の間を滑りながら間合いを抜けでている。

 敵の奇襲をいなしたことでようやく一呼吸の間が空く。


「……ふう」


 張り詰めた神経が休息を求めた。

 しかし次の瞬間。背後に猛烈な殺気が放たれた。


「つっ!!?」


 ミナトは慌てて身を横に開く。

 と、存在していた箇所が空間ごと裂かれた。

 0,1秒の間も開けず地面が揺らぎ、朽ちた葉と土をぶちまける。先ほどミナトの立っていたであろう大地が1mほどの窪みへと変貌した。

 決死の1撃だった。回避が間に合わなければ確実に脳を砕かれ致命となっていただろう。

 だがそれで終わったわけではない。偶然回避したからと生を実感している暇なんてあるものか。

 ミナトは即座に攻撃を終えた敵の背に剣を構えた。


「覚――ごッ!」


 さらに彼の背後に気配が滑りこむ。

 遠退いたはず迅速の美しき暗殺者すでに構えにはいっていた。

 しかもミナトの後ろ首目掛けて剣を振りかぶっている。

 

「判断力の欠如だね。それと功を急いて焦りすぎかな」


「あと戦場だってのに一瞬だけ気を抜いたなぁ。あそこでの最適解はもう1度警戒することったなぁ」

 

 2人の声がさらうんどになって死を悟らせた。

 そして背後ではなく正面からの拳がミナトの腹部を貫いた。

 撃つのではない、貫く。一切の加減がない全力の打ち込み。


「ッ――ハッ!!?」


 殴打によって横隔膜が強制的に停止させられた。

 喉奥から虫を潰すような音色を吐いて膝から崩れ落ちてしまう。


「とはいえはじめよかマシにはなってきたなー」


 アクセナは地べたに突き刺さった大斧をひょいと引っこ抜く。

 身の丈倍はあるかというまさにっ鉄塊。それを華奢な腕で軽く持ち上げてから細身の肩に背負う。

 それから地面に膝を落としうずくまるミナトに蹴りをぶつける。


「ほーらとっとと立てーな。まだ日も暮れてねーからあと5~6本いくんだー」


「……ちょ、ちょっと待ってくれ……せ、せめて、息が整うまで……」


「待たねぇや休みたいのなら気を失ってからだー。なんならおっ()ねばいくらでも休めんぞー」


 朝から晩という言葉に掛けられた真の意味を知るものはいるだろうか。

 1分として休みなく休息は与えられることはなかった。 

 さらにいえば水分の補給と食事でさえ戦闘行為に紐付けて行われている。

 とうに身体は限界だった。しかしそれでも鍛錬が幕引くことはない。


「じゃあ20数えっからとっとと走れな」


 アクセナの声は最初から最後まで、至極、淡々としていた。

 それもうまるで感情が乗っていないのと同義。ただ流れるがままに作業をこなすかのよう。

 ミナトは、常に上から注がれる視線に本当の意味で恐怖している。

 彼女の修行は、まるで強行の極み。こちらの体調や用意なんてまったくお構いなし。

 これまでにミナトの()けた剣聖リリティアや聖騎士フィナセスによる修行のどれでもない。彼女たちの修行はさながら繊細巧緻に匹敵するほど。アクセナのものとはまるで比較にならなかった。


「じゅういち、じゅうに、じゅうさん。おめーいい加減に学べー」


「……なに、をだ?」


「死ぬ気でやれ。じゅうきゅう、に――じゅう」


 死へのカウントダウンが終わりを迎えようとしていた。

 その直前にミナトは最後の力を振り絞る。

 ぎりぎりのところでアクセナと対峙する姿勢を整えた。


「ほーら甘え腐ったこといいながらやっぱし動けんだー。生き物ってのは怠ける言い訳ばっか上手くなんだなー」


 そんな必死の姿を見てアクセナは革手を叩いて喉を奏でた。

 こちらはすでに満身創痍。こうして立っていることさえままならない。体力の限界はとうに迎えている。

 だが、この少女はそれでも本気で潰しにかかってくるのだ。膝を落としていれば横蹴りが飛んでくるし、倒れ伏していても頭部目掛けて拳が襲ってくる。

 ならば立つしかないではないか。生存本能がアクセナに怯えて身体を動かしていた。


「おめー剣聖と聖騎士に教えを受けたっていってたなぁ?」


「……ああ。リリティアとフィナセスの2人からも色々な戦いを教わった」


「そのときといま、どっちのほうが実感を感じてるかわかっかー?」


 「……実感?」ミナトは躊躇った。

 疲弊した脳では彼女の言っている意味の芯まで理解できなかった。


「実のところおめーあちしとやりあってるときのほうが満たされてんだろ?」


 ミナトの構えた切っ先が一瞬だけ震える。

 どうしようもないほどにアクセナのいう通りだった。

 リリティアとフィナセスという実力者から教えを乞うたときは、乾いていた。

 しかしこれほど身が引きちぎれんばかりの扱き。であるにもかかわらず心が滾って仕方がない。

 その証拠に限界を迎えてなおこうして師である彼女と対峙しようとしている。


「アイツらはおめーに合わせてくれなかったろ?」


「合わせる? どういう意味だ?」


 ミナトは僅かに目尻を尖らせた。

 アクセナはそんな姿を滑稽とばかりにニタニタと嘲笑う。


「アイツらは優秀な種族特性をもって生まれたせいで格下の扱ってのがわかんねー。つまりおめーのようによえー雑魚種族のことなんざお構いなしに流儀を貫くんだー」


 見下す。蔑むように粗暴な言葉だった。

 だが、それはいままでミナトが聞いたどの師の言葉よりも、近くにある。

 まるで青天の霹靂。アクセナという斧動明迅を冠する者の見方が180度変わったといってもいい。それほどの衝撃だった。

 理解し、寄り添い、高めようと、導く。リリティアとフィナセスにはなかった別の導き。

 ミナトは剣の柄に絞りかすのような力を籠めなおす。


「じゃあリリティアとフィナセスは師としてむいていなかったってことなのか? オレの過ごしたあの時間は本当に無駄だったっていうのか?」


 どちらも心から信じた師だった。

 だからこの問いを投げずにはいられなかった。

 しばし間を開けてアクセナは口角の端を引き上げる。


「アイツらは決して手を抜いちゃいねぇし、圧倒的な実力者なのに代わりはねーな」


「ならどうしてオレはいつまでも弱い? なんでオレはどれだけ努力しても強くなったという実感を得られない?」


 アクセナは大斧を担ぎ直してキシシ、と喉から奇声を発す。


「あの2人じゃあ実力に差がありすぎて得るべき技巧を超過しすぎてんだー。とどのつまりつえーしか知らねぇからよえーヤツに合わせらんねーのよ」


 ミナトの心に虚の如く空いていた、事実。

 幾度と地べたを舐めようとも強くなっているという実感が湧いてこない。

 由々しき事態だった。ゆえに焦りつづけていた。


「だからおめーを鍛えるのならあちしのようにきっちり弟子の目線と合わせてやらなきゃなんねーんだ」


 さあ。アクセナの瞳に鋭い殺気が籠もる。

 それと一緒に肩に背負っていた大斧が構えた。

 切っ先をがゆっくりとミナトの額へ狙いを定める。


「ほらそろそろ逃げんのも疲れたろ。男なら1発くらいかましてみろな」


 黒き瞳の先に立つ小さな姿がなによりも雄大に映っていた。

 それと一緒にミナトのなかで濃厚にわだかまっていた疑念が晴れつつある。

 その業腹な笑みが、威風堂々と佇む姿勢が、舌足らずに煽る言葉が。すべてを許容し心が師と認めつつあった。


「よろしくお願いしますッ!!」


「おー。退屈させんじゃねーぞぉ」


 いま1度。かち合う。

 全身全霊を持って挑み、掛かる。

 地を駆り、振る舞う。いままで培った技術を全載せでぶつける。

 己と相手の間合いを読む。相手の隙を窺う。汗巻いて1閃、2閃と全体重を籠めながら遠心力とともに振るう。


「おおおおおおおお!!!!」


「悪くねぇ。が、良くもねぇ。剣に使われんじゃなくって剣をてめーの一部にしてみろー」


 ミナトが覇気を発すると、アクセナの斧は当然のように剣を容易くいなす。

 互いの鉄と鉄が削がれるたび赤き血潮と火花が飛散した。

 この数秒でどれほど切り結んだか数えられるものか。必死に、なお決死にミナトはアクセナに実力を披露する。

 そしてアクセナはミナトの期待に応えんばかりにそれらすべてを片手間で受け、流していく。


「どうしたぁ? 終わりかぁ? 最初の勢いだけで仕舞いかぁ?」


「まっ――だまだァァ!!」


 ドクンドクンと心音が躍動した。

 中心にある熱が膨れ上がって指先にまで満ちていく。

 酸欠で視界は狭まるし、意識だって朦朧としている。

 なのに身体が止まることを知らない。


「ヘン! 死に体だったくせに動けんじゃねぇーか!」


 ミナトはアクセナの挑発に答えなかった。

 代わりに活力を籠めた剣で問いに応じる。

 アクセナによって導かれているということがわかっていた。こうして彼女が最高の僅か先へと手を引いて連れて行ってくれている。

 だからなおも舞える。いままでの虚空を埋めるほどに推移を上げて打ち込める。


「――つッ」


 アクセナに剣が逸らされると、ミナトは膝からがく、と崩れた。

 しかし剣よりも身体が前にでたことでさらに振り抜きの距離が開く。

 倒れ伏す直前。眼前には青々と茂る地べたが鼻先にまで至っている。


「ッ!!!」


 ミナトは思い切り踏みこむという選択をとった。

 そして完全な前傾姿勢の構えから思い切り、剣を振り抜く。


「それだ」


 嬉々とした声が意識の外をかすめた。

 次の瞬間放たれた剣はアクセナの防御を貫く。

 ミナト自身でさえ目を疑うほど強烈な火花が舞う。剣を防御したアクセナの身体がゆうに2mほど後退する。


「はぁ……はぁ、はぁ……なんだ、いまの?」


 手に残っているのは感覚が褪せるほどの衝撃だった。

 じんじんびりびりという余韻の痺れが手のひら全体を焦がすかのように巡っている。


「それが剣を使うってことだーな。おめーはいままで使われてるだけだったってこったー」


「これが……剣を使う? 武器を己の一部にする感覚?」


 見下ろしながら痺れを閉じこめるみたいに握りしめる。

 火傷しそうなほどに熱い。感じたことのない興奮が全身を駆け巡っていた。


「油断してる暇ねーぞ」


 直後に聞こえた声が近いことに気づく。

 と、ミナトが顔を上げた瞬間だった。遅れて吹いてくる風に甘い香りが乗っている。

 そして彼の視界にあったのは、小さな頭で渦を巻く、つむじだった。


「――ぶっ!!?」


 ツンと鼻の奥で鉄の異臭が蔓延した

 アクセナの頭突きがモロに顔面へ刺さってしまう。

 視界が縦にぐるりと180度回る。途切れ掛けた意識が繋がると地べたで仰向けになっている。


「ぐっ、まだ……! いまようやくなにかを掴みかけたんだ……!」


 ミナトは惨めに朽ちゆく虫のようになってもがく。

 身体はボロボロ。鼻からしどと漏れる流血によって酸欠も著しい。

 だが、まだ意識を失いたくないと本能が叫ぶ。この雑で粗暴な鍛錬を最後までつづけたくて仕方がなかった。

 そうしてようやく上体を半身ほど起こしたところで手放した鉄の剣へと手を伸ばす。


「とど、け……! まだオレはやれる……戦える……!」


 しかし身体は泥のように地べたに張り付き動かない。

 このままではいつアクセナの折檻が襲ってきてもオカシクはなかった。

 だからミナトは無理をしてでも剣を求める。

 しかしもう1歩先というところにある剣が指先に触れるばかりで握れず。2度、3度と虚空を掴んだ。


「……?」


 ここでようやく気づく。

 普段であればとうにトドメがあるはずなのに、襲ってこない。

 それどころか顔を上げると、ヨルナがこちらを見おろしている。


「…………ふふ」


 物言わず。頼りになる笑みをこちらに向けながら頬を綻ばせた。

 そして剣を求める手の先には、アクセナがいる。


「おめーがもし本当に死ぬ気でやるってんならあちしのところで確実に強くしてやっからなー」


 変わらぬ品のない笑みが満開とばかりに咲いていた。

 さらには恥じらいの欠片もない。スカートの奥底を見せびらかすようにて大股気味に開きしゃがみこんでいる。


「だがおめーはまだ1mmも死ぬ気じゃねぇ。なんたってこうしておめおめ生きてんだかんなー」


 両の口角が引き上げられてサメの如きギザ歯が露出した。

 瞳には真摯さが微塵もなく、ただ目の前のゴミを嘲笑うかのように歪む。


「だから決闘までにこのあちしがきっちりお前のことを――」


挿絵(By みてみん)


「殺してやっから安心して死ね!」


 狂っていた。

 これにはミナトも思わず破顔してしまう。

 鼻から血を吹きだしながら鮮血の笑みで喉を鳴らす。

 小さくて、豪胆で、殺意と狂気で、導いてくれる。

 待ち望んで焦がれた、そんな最高の師がここにいた。




◎◎●●●

挿絵(By みてみん)

最後までお読みくださりありがとうございました!!!!!!

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