256話 潰えぬ勇ましき花《Proto》
求むのは、2振りの剣だった。
ヨルナは、中性的な顔立ちに動揺を浮かべる。
「別にいいけど……剣しか使ったことのないキミに扱えるの?」
「憑依したときに動きを身体に叩きこんでもらったから……たぶん?」
「たぶん、って……もっと自信もってくれないかなぁ。いっておくけどルハーヴはヒュームのなかでも相当強いほうだからね」
ふたりのやりとりは非常に曖昧でちぐはぐとしていた。
エリーゼは、ふむん、なんて。可愛らしく小首を傾げる。
「手慣れた武器じゃない武器で挑むってどういうこと?」
「さあてな。もし考えがあってのことだとして西方の勇者に小細工なんぞ通じやせんわ」
本番を前に周囲は棺の救世主たちでごった返していた。
噂が噂を呼んだのだろう、もしかしたら全員集まっているかもしれない。
ひと癖、ふた癖の集い。真っ当な生を送った者はひとりとしていないだろう。
だが、全員なにかしら歴代に名を刻むほどの芸を極めし者だ。無法者であれど無能ではない。
そしてあちらでもようやく結論がでたようとしている。
「頼む。なにも聞かないでオレのやりたいようにさせてくれ」
人の子は頑なで、譲るという様子は皆無だった。
それどころか佇まいには誠実ささえ感じさせる。
これにはたまらずヨルナも「……わかったよぅ」早々に折れたのだった。
「剣と双剣では構えも型もなにもかもが違うから気をつけてね。剣が10の力をフルにだせるものだとしたら双剣は片手に4づつくらいの威力しかだせないから」
「その辺の細かいことは使ってから応相談だ。とにかく実戦で試してから調節していく」
やれやれとくたびれながら黒い頭を横に振る。
直後に、「《創製》」という意味ある言葉が紡がれた。
ヨルナの手には、シンプルな小刀と花形細剣の2振りが握られる。
当然であるが彼女の所有する武器は、業物。種族の骨ていどであれば菜切りの如く容易に寸断するであろう。
小刀と花形細剣。それらを受けとった人の子は、握りを確かめつつ風を薙ぐ。
「どうせただの仕合いなんだからモチラもあんまり心配しなくていいぞ」
人の子は、心配そうに見上げる子の頭を指で梳く。
すると子龍はくすぐったそうに肩をすくめ「……うん」と、小さく鳴いた。
そして彼は緊張をまといつつ決闘の場に踏みこんでいく。
その深刻な空気に当てられ、すっかり罵声やらは冷め切っている。
両者各々に異なる武器を手に、1歩。また1歩と歩を刻みながら距離を詰めていく。
「ほう? 剣聖から習ってるくせに剣を握らねぇのか?」
「どうやらオレに剣の才能はないらしいからな」
「才能なんて言い訳気にしてんじゃねぇや。それに……もってる連中はハナっからもってるもんだしな」
語り合う最中でさえ両者ともに相手を見据えながら瞬きひとつしない。
間合いは当然長物をもつルハーヴのほうが大きく勝る。しかし懐に踏みこめれば双剣の手数が勝る。
これはいわば差し合いの勝負だった。どちらもが利と不利を兼ね備える。
「…………」
「…………」
そしてふたりはほぼ同時に詰める足をピタリと止めた。
距離にしておよそ4mといったところ。
どちらも肌で感じ理解しているのだろう。もう僅かに詰めれば根の間合いだった。
それを見てルハーヴはニタリと口角を引き上げる。
「へぇ。息巻くだけのはなたれかと思えばそこそこに慣れた動きをしやがる。それも剣聖との修行で身につけたのか」
「間合いは武器の長さ、腕の長さ、それと踏みこみの合計で決まる。リリティアのところで嫌というほど習ったよ」
いいねぇ。鷹の如き獰猛な目立ちがより鋭さを増す。
「なら1撃目はテメェにくれてやるよ。初撃から間合い詰めさせねぇほど意地悪くねぇからな」
首の根辺りを根で叩きながら空いた手で招く。
構えを解くことで攻撃の意思を消す。
これで火蓋を切って落とす権利は人の子に移された。
彼は、表情に僅かな緊張を滲ませながら姿勢低く構える。
「じゃあ……――」
そこから訪れたのは、静寂だった。
静かなれど、滾らんばかりの闘志が緊迫感とともにとり巻く。
ルハーヴの狙いは十中八九、心を折ること。
誘われるがままに飛びこんでくる弱者を狩ればいいだけ。彼にとってはなんてことはない、矜持。
対して姿勢低く構える彼の様は、あまりにも愚直すぎた。
「ッ、いくぞ!!」
吠える。同時に駆る。
愚直だが初撃をもらえるというのであれば、最善。
人の子は2足ほどでルハーヴの間合いのなかへと侵入した。
「こい」
ルハーヴは、なおも構えず。
余裕の表情でニヤけながら人の子を見下す。
瞬く間もなく彼は、ルハーヴの懐まで踏みこむ。
「ハァ!!」
気迫一刀。
渾身の袈裟斬りを繰りだす。
だが軌跡はびょう、と虚空を薙ぐのみ。狙った先に標的の姿はない。
すでにルハーヴは体を横に反らして悠々と回避していた。
「フッ!!」
人の子は、もう1撃、と。
外していないほうの剣を刹那に構える。
「サービスタイムはいまので終わりだ、2発目までは許してねぇ」
次の瞬間ルハーヴがついに動いた。
膝を支点にした梃子で剣の横薙ぎを下から強引に弾いたのだ。
「なっ!?」
意表を突く展開に人の子は唖然と刮目した。
しかし即刻。負けじと3連目がルハーヴを襲う。
だが、その1撃さえ標的をかすりもしない。
「遅ェ! 目で追える時点で当たるもんかよォ!」
次々に絶え間なく襲くる剣をすべて捌ききる。
ルハーヴは機敏な体捌きと巧みな棍捌きで圧倒していく。
そして人の子の攻撃を回避する片手間で反攻に移行する。
「――甘ェ!」
未熟者の息が上がったところを、狙う。
ルハーヴは棍を少年の後頭部目掛けて、振り落とす。
これは決して姑息ではない。戦闘に置いて機を伺うのは、まず常套手段である。
しかし人の子はすんでのところで致命を防御に成功した。双剣をクロスさせ棍を受け止める。
「まだ、これしきで、終われるか……!」
上からかかる重圧に顎を噛み締めながら踏ん張り、耐える。
良くやったといえる。あの刹那のなかでルハーヴの攻撃を受けたのだ。誰の目から見ても評価に値する。
だが、その行為がどう繋がるのかまでは理解していない。この場にいる全員がそれは悪手だと知っていた。
だからゼトは吐息を零し、仕合いから目を背く。
「終わりじゃな」
「うん。治癒魔法の準備をしておく」
エリーゼも察したか。彼女はすとん、と彼の肩から下りた。
扱えるからこそ理解に至る。彼のとった行動は死を呼び覚ます儀式に過ぎない。
片手のみの防御ならば、まだ良かった。だが彼は両手にもつ武器を潰されている。
阿呆のように両手を頭の上に抱え、攻撃の手段である双剣のどちらもを縛られてしまう。
「よし、ここから――」
少年は再度強襲しようと息を整える。
だがそこから次に繋がることはない。その前にルハーヴが次の手を先んじて繰りだしている。
「棍の攻撃は切っ先のみあらずだぜ」
人の子は、いまなにをされたかわかっただろうか。
おそらくいま強制的に天を仰いではじめて己の失態を認知する。
振り下ろされたのとは、別。棍の逆側の柄が今度は先端となって少年の顎を下から穿ったのだ。
「……は?」
最後の言葉は、間抜けるほどの疑念だった。
ルハーヴからの1撃受け、後方に弾き飛ばされる。
こればかりは戦闘経験がモノをいう。武器はそのすべての用途が武器でなくてはならぬ。
決定打を決めたルハーヴは、棍を回して残心をとった。
「だからいっただろ、甘ぇってよォ! テメェはせっかく2本ある武器のどっちもを防御に使った上に隙を晒した! もしこれが魔物相手だったら腹ぁ掻っ捌かれて内臓があふれ落ちてんぞ!」
穿たれた勢いそのままに人の子は仰向けで倒れ伏す。
その衝撃で砂煙がわあ、と舞って視界を奪った。
「どうしたどうした雑魚過ぎて話ンならねェよ! やっぱテメェ如きがイージスの代わりになれ、る、わきゃ……」
なにかが唐突にピリリと、きた。
当然対峙するルハーヴがソレに気づかぬわけがない。
即座に切り替え構えをとりなおす。もうもうと煙る砂塵の向こうを睨む。
「ハァ、ハァ……ハァ!」
穿たれた少年の顎先には、血が滲んでいた。
息も上がっていれば、おそらく脳だって揺れている。
しかし砂塵から這いでるようにのっそりと歩みでてくる。双剣を携えしかと両足で立つ。
「オオオオオオオオオッ!!」
この場の誰もが終演を確信した。
そしてルハーヴだって、そう
「……マジか」
立ち向かってくる少年に絶句する。
しかし切り替えは早い。振りかざされる双剣の乱打を巧みな手捌きで組み伏せていく。
「ちょ、うしにノるなァァ!!」
だが、どうあれ、未熟。
すぐに隙を晒し、反撃を食らう。
ルハーヴは受けながらも最短の突きを彼の腹部にめりこませた。
柄が数cmほど腹部に沈む。同時に人の子は開いた口から胃液混ざりの唾液を漏らす。
そして腹を押さえながら膝から崩れ落ちる。
「ガッ……ア、ハ……」
萎んだ肺に呼吸でとりこもうとするも喉が閉じ、ままならぬ。
やがて酸素は尽き視界は赤く染まる。手や足どころか脳さえまともに動作しなくなるだろう。
だが、それでも少年は……人の子の瞳は死せず。正面にいる敵を睨みつけ、武器を手放すことはしない。
そしてまだ呼吸さえ整わぬというのに姿勢低く構えをとる。
「なんだそのツラはぁ……なにをやったか知らねぇがクソほど気にくわねぇぞ……!」
ルハーヴ含めて場がざわめきつつあった。
確実に先ほどの反攻は、決まっていたのだ。にもかかわらず彼は2度も立つ。
勝負は容易く決したはず。なのに立っている。不気味でならない。
「ありゃあどういうことじゃ。ヒュームていどの身体では到底立つことさえかなわんはずじゃが」
ゼトは髭をしごき、ぎごき。不快に眉をひそめる。
その横でエリーゼはむむ、と目を細めた。
「……2発目はわらない。けど初撃をもらったときは当たる直前に頭の位置が少しだけズレたように見えた」
「奇襲を読んで反らしよったか!」
たまらず胴間声に喜色が乗る。
ゼトは、髭をしごきながらニタリと古木の如き頬じわを深めた。
「でも……2発目を耐えられているのはなぜ?」
「知らん! が、なかなかに肝が据わっちょる! あの我武者羅な戦いかたでワシの若いころを思いだすのう!」
ルハーヴの攻撃は下方より視界外からの1撃だった。
それを少年は殴られる咄嗟に顎を逸らすことで直撃を防いだ。そしてさらに後転することで完全なダウンを防ぐ。
一連の動作を理解するのは、易い。しかしそれを瞬時の判断で行うとなれば、難い。
しかもそれが初戦となれば話は180度変わる。
「まさか……そのまま偶然やマグレで勝てると踏んでるんじゃねぇだろうなァ?」
意表を突いた1撃を躱されたのだ。
しかも余裕綽々で打ちだして看破される。
こうなれば気に食わないのはルハーヴのほうだ。
意気揚々と1撃で決めるつもりだったのに、宛てが外れる。格好が好がつかないのはこちらの側。
「おいヒューム!! 手ぇ抜いてんじゃねぇぞ!!」
「終わった気になって避けられてやんのぉ! ソレが元西方の勇者の技かよカッコわりぃ!」
観衆たちから嘲笑する野次が飛び交う。
こき下ろす標的となるのは、少年ではない。
ルハーヴは気だるそうに歩みでると、首の骨をコキリと鳴らす。
「いいぜ……そんなに死にてぇのなら最後まで付き合ってやる。こっちもテメェがきてから色々と溜まってんだよ」
凶悪な目つきだった。
獲物を捕らえる猛禽類の如き様相。
体はしなやかに。振るう棍はすでに切っ先さえ捉え切れぬほどの速度で乱れ舞う。
「……っ、ふぅぅ……」
気配を察してか。人の子も構えを整えた。
この見ている側にさえ伝わってくるピリピリとしたものは、殺気である。
ルハーヴはもう手加減をしないだろう。人の子は彼の逆鱗に触れすぎた。
「終わった……もう止まらない」
エリーゼはくたびれた感じで吐息を漏らす。
ゼトもまた「そう、じゃな」彼女の読みを肯定するしかない。
少年にいま足りないのは、圧倒的な戦闘経験だった。
踏み越えてきた場数がこの場にいる戦士たちと比べ足下にも及ばない。
ゆえに本気になった西方の勇者は、一方的だった。
「ラアアアアアアアアアアアアアア!!!」
切っ先、柄、殴打、蹴り。
それらすべてがひと息に襲いかかる。
こうなってはもう人の子が割って入る隙間なんて在りはしない。
ただ為すがまま。災害が去るのをじっと耐えて待つしかない。
1撃1撃がヒットすると、その都度に喝采と野次の混声が大いに響き渡る。
指笛を鳴らし、品がなく、せせら笑う。腹を抱えて抱腹絶倒するモノまでいた。
「マグレや偶然で追いつけねぇ相手だっていんだよォ!! ガキのみてぇな夢でも見てんのかァ!!」
そのなかでもルハーヴの怒りが最も、濃い。
もはや立っていることさえ難しい少年に向かって全力の応酬を止めず。
「テメェ如きが龍族に勝てるわきゃねぇだろがァ!! 種族にはどうあっても覆せねぇし崩せねぇモンがあんだよォ!!」
ルハーヴの怒りは怒髪天を越えていた
それは仕合いではない。一方的に行われるだけの、私刑。
見るも無惨だった。ゼトはいたたまれなくなって目を逸らす。
「ありゃあ思念じゃのう」
「感情的になるバカ、だっさ」
エリーゼもぬいぐるみを抱きながら煙たそうに手を払う。
血が滴る、棍に赤々とした斑がこびりつく。
そしてとうとう人の子は糸が切れたかのようにして崩れ落ちる。
「勝手にくたばってんじゃねぇぞォ!! 俺らの求めた光の代わりがそのていどでどうすんだァ!!」
しかし火がついてしまったルハーヴは止まらなかった。
倒れ伏し無抵抗となった少年の背に大振りの棍を振りかざす。
下される直前に人の子とルハーヴの間に紅の旋風が舞う。
「――ウッ!?」
ルハーヴは存在を視認するなり急ぎ根を止めた。
彼の技でなければ止まらなかっただろう。それほどまでに危険な乱入である。
「……それいじょうは、だめ」
「りゅう、ぞく……!」
だが、あどけなく澄んだ紅の瞳は瞬きひとつしない。
少年を守るように両手を広げて立ち尽くす。
いたぶるだけの仕合いに割って入ったのは、モチラ・ルノヴァ・ハルクレートだった。
闘技の場は一瞬のうちにして熱気と色めきを失う。野次や罵詈雑言を飛ばすには相手が悪すぎる。
「ミナトくん!!」
遅れてヨルナが人の子の元へ駆けつけた。
ゼトも軋む腕でエリーゼを肩に担いで乗せる。
「おいあれを治療してやれぃ。早くせんと死にかねん」
「了解。ってか死なれたら私らがレティレシアに消されかねない」
唐突の閉幕だった。
対峙相手がダウンしたのだから当然の帰結といえよう。
ルハーヴも肩でしていた呼吸を整えつつ、棍を砂地に突き刺して手放す。
「これにこりたら決闘まで2度とツラ見せんじゃねぇぞ」
そのままバツが悪そうに舌を打つ。
力の差は歴然だった。元より西方の勇者に勝てる見こみなんて誰も疑っていない。
だから誰もがこの結末を想定している。あとは回復を終えて恐怖と後悔に塗れた人の子の背を笑いながら見送るのみ。
だれもがそう思っていた。だからこそ次の彼のひとことは、予定外だった。
「じゃあ、次だ」
回復を終えて立ち上がった彼の手には、双剣が握られている。
まるで時間を戻したみたいだった。まるで変わらぬ瞳、まるで変わらぬ闘志そのままに、構えをとる。
「……はァ?」
これにはルハーヴも表情全体で驚愕を描くしかない。
とぼけた音を発しながら首を軋ませ振り返った。
さらに手放した棍が彼目掛けて投じられる。
「次だ」
「……テメェ、正気か?」
人の子は、「次だ」同じ言葉を壊れた機械のように口ずさむ。
しかしルハーヴに乗る価値はないだろう。
渡された棍を受け止めた姿勢のまま。少年の狂気をとぼけ顔で眺めていた。
すると人の子はパチンと指を打つ。
そのままヨルナに向かって頬を寄せて耳打ちをする。
「えええ!? しょ、正気なの!?」
「なんだよみんなして正気正気って。ようやく興が乗ってきたんだから頼むよ」
小声でひそひそ、と。危険だ、危ないだの。ヨルナの説得が漏れ聞こえてくる。
しかし人の子は譲らない。はじめからそうでありつづけているように頑なだった。
とうとうヨルナが折れて新たな武器を彼に手渡してしまう。
そして新武器得た人の子は悠然と武器を構えて対峙の姿勢をとった。
「おい……! そりゃどういう意味だ……!」
野次はとうに消えている。
あるのは静かなれど圧倒的な怒りのみ。
なぜなら人の子の選出した武器が、間違えていた。
この棺の間に属するものであれば誰だってその意味を理解している。
当然ルハーヴなんてとくにそうだろう。彼のもつ幅広い根をした先細りの槍は、彼女のモノだ。
「そりゃああの子の、イージスの使ってた騎士槍じゃねぇかァァ!!!」
彼女を待つ者を挑発するには十分すぎる代物である。
とくにイージス・F・ドゥ・グランドウォーカーを知る者であれば、より効く。
つまり知った上で人の子は、見せつけているのだ。
「さあ……第2ラウンドだ」
頬横に騎士槍を構え不敵に笑む。
他世界に旅だったイージスの槍と寸分違わぬまったく同じ構えだった。
そして怒りに溺れるルハーヴが棍を手に突撃していく。
「ナメヤガッテエエエエエエエエエエ!!!」
また笑みそのものが原型を残さぬほど。圧倒的な暴力が彼を待つ。
見る者が目を閉ざすほどの残虐な光景だった。しかし人の子は都度に立ち上がって余裕を見せる。
ついには彼が目覚めなくなるまで、同じ光景が6度ほどつづいたのだった。
「はぁ、はぁ……なん、だ、っこいつ、は!」
彼は最後まで弱かった。
しかし暮れのころに彼をあざ笑う者は、誰ひとりとしていなくなっていた。
ルハーヴは、息を切らしながら口端を指で拭う。
そこには1筋ほど小さな傷があり、鮮血がつつと線を作っている。
「くたばる最後の瞬間までずっと俺だけを見つづけてやがった……!」
ぶるり、と。倒れ伏す少年を見る瞳が僅かに揺らぐ。
確かに最後の1戦で人の子は一矢報いた。
意識を失う直前マグレが起こる。
その右の拳を真っ直ぐにルハーヴへ食らわせたのだった。
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