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BREVE NEW WORLD ―蒼色症候群(ブルーライトシンドローム)―  作者: PRN
Chapter.9 【盾の救世主 ―MESSIAH―】
253/364

253話 西方の勇者ルハーヴ《Man Of Valor》

挿絵(By みてみん)


荒くれと

無頼


無法者たちの

暗黒


ここは

棺の間


死者の踊る

舞台袖

 暗く淀む暗闇に喚声と罵声が絶え間なく轟き渡る。

 脳を甘く痺れさせる魔法香(マジックミスト)の充満し、強い酒と色と殺気が漂う。

 ここにいるのは無頼の者、ひと癖もふた癖もあるものばかり。大半が碌でもない生を謳歌し、終えた者たちが集っていた。

 ここは棺の間。生と死の境界、裏と影の見本市である。

 生前に様々な罪を負って追われた無法者(アウトロー)の居着く終点だった。


「おいテメェどこみてやがる!?」


 唐突にひとりの男ががなり立てる。

 同時に皮の厚い拳を卓に叩きつける音が酒場のなかを反響した。

 呂律の回らぬ胡乱な舌。吊り上がってなお目尻も蕩けている。いわゆる酔っ払い。

 男は見るからに仕上がっていた。酒臭い息を吐きながら細身の男の胸ぐらを捻り上げる。


「あんだァ?」


 痩躯の男は気だるげに大男を睨みあげた。

 先ほどまで鍛錬でもしていたのか手には斧槍をぶら下げている。


「なんだじゃねぇテメェのほうが先にケチつけてきたんじゃねぇかよ!?」


「軽く肩がぶつかったくらいでケチがつくんかよ? なら街中歩ってればケチが積もってオメェみてぇな畜生の出来上がりだな?」


 まさに一触即発。額と額の距離はもう数センチとない。

 いつ殴り合いに発展してもオカシクはない。だが、男たちを止めるものは皆無である。

 周囲はどよめきもしなければ喧噪を一瞥することもしない。


「ずいぶんとマナが荒れちょるのう。あの恰幅の良いほうはどうやら酒の飲みかたもわからんようじゃ」


「大きい声……嫌い。大きい声だすヤツだいたい教養のないバカマヌケ」


 対岸の火事、およそ他人事である。

 離れた場所に座る老父のほうは酒をグビリと仰ぐ。


「ちくと賭けでもすっかい?」


 液が染みた白い逞しい髭を鋼鉄の指で扱きあげた。

 そして薄幸そうな若い女のほうも愛らしい顔立ちを曇らせながら俯いている。


「……賭け?」


 さも珍しい黒眼が前髪の奥で濁っていた。

 ゴシックロリータ調の服装で胸にはぬいぐるみが抱かれている。


「ありゃあ組み合えばどっちが勝つと思うかの」


「細いほうは生前西方の勇者だった男。あれじゃそもそも賭けにすらならない」


 少女は継ぎ接ぎだらけのぬいぐるみをぎゅうと抱きしめた。

 このようにいざこざ如き相手するだけ無駄という空気が立ち籠めている。

 そうしている間にも酔っ払いの大柄がより強い力で男の首布を捻り上げていく。


「おい……いい加減離せや。自慢の一張羅が伸びちまうじゃねぇか」


「青臭ぇ生意気そうなツラ見せやがって! 土下座する用意でも出来てんだろうな!」


 睨み合う。ピリピリとした緊張感が最高点にまで達しようとしていた。

 見えることはないがふたりの間に小さな稲光が弾けている。

 物音ひとつでいつでも闘志が燃え上がれるだろう。


「ならオマンは斧槍もちの勇者にかけるってことでいいかのう? 継ぎ接ぎよ?」


「まあ……そう」


 しかと聞き届けた。

 老父はニッと白い歯を見せつけてどっこら立ち上がる。


「ならワシは平和的に事が解決するほうに賭けさせてもらうとしよう」


 ただ椅子から立ち上がっただけで威圧感が凄まじい。

 老齢とは思えぬほど胸板が張って皮膚が垂れるどころか張り詰める。腿や首だけでも女の腰ほども幅がある。

 その歩む姿はさながら生ける巨岩の如し。きゅらきゅらという異音を奏でながら無法者たちの元に鈍重に歩む。


「やめておけい」


 異音の正体はその腕にあった。

 大柄の男の肩を掴む腕は、肩から指先にかけて銅色をしている。

 ヒヤリと血の通らぬ感触に男は「あ”?」と声を絞った。

 しかし男が振り返った先にあるのは、堂々と張られた胸板である。

 老父に対して大柄な男は、さながら男と女の対比だった。まずもってして身の質量が倍ほどもある。


「ここは酒を喰ろう場ゆえ多少のいざこざは許しても血の1滴流すことはまかりならん」


「そ、双腕……!」


 これにはたまらず男は認識するなりさぁ、と青ざめた。

 霞み色の白目がぎろりと見下すと、凍えるように彼の唇が戦慄く。


「まだつづけるちいうのなら頭の血ィ下ろすの手伝ってやろうかい?」


「い、いやアンタに面倒をかけるつもりはねぇ……ここはあんたの顔を立てて引かせてもらおう」


 酔っている場合ではないと気づいたか。あるいは気づかされたか

 大柄の男は痩躯から手を離し、逃げるようにして去って行く。

 解放された男は気だるげに襟布を緩ませる。


「礼は言わねぇぜ。あのままやり合たところで血の1滴すら流れなかっただろうからな」


 あれだけの事態で汗1つとしてかいてはいない。

 どころか大柄を怯ませた老父に対してさえ敬意を示す様子すら皆無だった。

 勇ましく整った面にニヤけ浮かべている。


「キサン先ほどわざとあれに喧嘩を吹っかけよったな」


 喧嘩の発端となったのは、こちらのほう。

 老父は老いてなお猛虎の如き眼でしかと見ていた。

 痩躯の男がわざと大柄にぶつかっていったのだ。そうでなければ大柄も彼に絡むことはなかっただろう。


「あー……虫の居所が悪かっただけだから気にすんな」


 言い当てられてなお反省の色はない。


「持て余しているのならワシが相手になってやろうかガキのように喧嘩を売り歩きよって」


「若者の相手するのに老体じゃ堪えんぞ」


「そう(おご)るでないキサンていどの力量では肩慣らしにもならんわい」


 老いてしわがれた喉からドスの利いた声が漏れでた。

 白髪ばかりの髭を無骨な鉄腕でしごき、しごく。

 すると痩躯の男は「まいったまいった」両手を挙げて降参のポーズをとる。


「双腕のゼト・E・スミス・ロガーに喧嘩売るわけねぇだろ。大陸史もっとも傑作武器をこさえた伝説の鍛冶師様よぉ」


 慣れた手さばきで自前の斧槍を巧みに操っていく。

 武器の自重でさえものともせず風をも薙ぐ。口先だけではない熟練の手さばき。

 そして斧先を老父の鼻先へピタリと突きつけた。


「なにより俺だってアンタの腕と名工を崇拝してる冒険者のひとりなんだぜ?」


 清淡な顔つきの男は、片目を閉じてアピールする。

 すると老父のほうは、ほほう、と向けられた斧槍をちらりと見やった。


「こりゃワシの打った斧槍かい。ずいぶんと古めかしいもんもっとるもんじゃ」


「おうおうこりゃ逸品もんだぜ。特殊個体魔物の背骨でさえ断ち切るほどだからな」


 斧槍を引いた男は愛おしげに己の槍を抱き留める。

 そして恋相手の頬のように軽い口づけを柄に送った。

 獲物を扱うものにとって武器は伴侶よりも長く厚く隣り合う。孤高の冒険者ならば命と同義ととらえるものも少なくはない。

 双腕のゼト・E・スミス・ロガーは、垂れる上ひげをとっぷりとした吐息で吹く。


「武器こさえるのが上手ぇと男にもてっちまうのが難点じゃなぁ」


 呆れながら結った頭を鉄腕でガリガリと掻いた。

 己の作を褒められて気恥ずかしさ半分、それと男に言い寄られて気色悪さ半分といったところ。

 もてて嬉しいのは異性に限る。今生だろうが生前であろうが変わることはない。


「とにかく修練場でもないとこであんましやんちゃ振る舞うのはよしとけや、なあ西方の勇者よぅ」


「俺の名は、ルハーヴ・アロア・ディールだ。もし覚えてくれんならルハーヴだけで構わねぇぜ」


 ゼトは、ルハーヴの紹介を話半分に聞き流し、踵を返す。

 後ろ手に鉄腕を振って早々に切り上げた。

 そして元いた卓に再びどっこらと岩石のような尻を落とす。

 椅子が軋んでぎぃ、と不満を漏らした。まだそれほど時間が経っていないため温もりも冷めていない。


「賭けはワシの勝ちじゃな」


「……ひきょう」


 少女は、三角耳のぬいぐるみを胸にぎゅうと押しつけた。

 両端で結った大きな尾の如き髪が動作に合わせて大きく揺らぐ。


「介入するのであればそれは間違いなくズル……ズルジジィ」


「かっかっか。これが老齢に生きた運命力というヤツじゃ生きた年輪が違うのう」


 これ見よがしに胴間声が響き渡った。

 しかし少女のほうは口元にぬいぐるみを引き上げて目の前の彼をじぃ、と睨む。


「……生前の月日ならエーテル族の私のほうが長く生きてるはずなんだけど?」


「んならワシのことをジジィと呼ぶでないわ。ドワーフは老け顔になってからが本番じゃかんな」


 これはいわゆる馬鹿話の類い。

 よくある小競り合いにすらならない種族間での対話である。

 ドワーフとエーテルの間に年齢なんてあってないようなもの。先ほどのヒュームならば、もう少し実のある話にもなったかもしれないが。

 この酒場に群れる怪しげな連中はおよそ肉体の全盛期を形作っていた。当然ゼトも少女も、もっとも輝かしい時のままで止まっている。


 生きたのだ。生き終えたのだ。

 それでもなお魂のみとなって在りつづける。

 ここはそういう場所だ。冥府の巫女に見初められし無法者たち――救世主の集う安息の異次元である。


「それにしても……」


 上品な陶器がカチャリと高い音を立てた。

 卓の上には芳しい紅茶と酒の混ぜ物が湯気だっている。


「さっきのヒュームって……」


「おおかたキサンの想像通りじゃろうよ」


 品のある少女に比べこちらは大雑把だ。

 がっぷがっぷと金色の麦酒を煽り喰らう。髭の飛沫を鉄の腕で拭い去る。

 豪快に涸らした木樽の入れ物で卓を叩き、酒と穀物の香る吐息をぷはぁと吐きだす。


「あの青二才とくればリリーの娘っ子に惚れちょったすけこましじゃろ?」


 およそ対面に異性がいるとは思えぬ物言いだった。

 少女は、抱いたぬいぐるみの上で「……すけこまし」と、眉根を寄せる。


「すけべなのはともかくとして」


「なんじゃいすけべなのはええのか? オマンも存外おとなしそうな面ァして好きもんじゃのう?」


「と・も・か・く・と・し・て!」


 酔っ払い相手は付き合うだけ時間の無駄だ。

 しかもセクハラとなればこうも活き活きとする。

 少女は、きっぱりと言い切って、そのままつづけた。


「棺の間でイージスはみんなの子供みたいなもの。私たちはあの子が赤子のころからをずっと面倒をみている」


 そして手にしたぬいぐるみを持ち替える。

 右に胴。左で首。そのまま左右にゆっくりと。

 愛らしいぬいぐるみの首と胴がみちみちという音とともに別れ違える。


「だから棺の間に宿る英傑たち全員があの人間に対して失望し、悲しみに暮れ、激怒(ピリピリ)してる。もし冥府の巫女との制約がなければあの場でくびり殺されていたはず」


「部外者のくせに物騒な面でいいよるわい。本物の母親が受け入れとるのになぜキサン等があの命をどうのこうのできようか」


 殺気立つ少女の気配にゼトは内心呆れつつ酒をがぶりと煽った。

 気持ちを汲めというのであれば、わからなくもない。少なくとも棺の間に集う無法者たちにとってイージスという少女は、希望だった。

 そんな大陸種族たちの夢見た希望を消したのが、人間の少年である。

 待っていたのはイージスの帰還なのだ。だからあの瞬間現れた少年に誰もが死を望んだ、渇望したのだ。


「龍との混血。そして蒼き力を宿す彼女こそが世界を変えうるだけの特異点(シンギュラリティ)だった。この終わり行く世界に残された本当に最後の希望……」


「じゃが希望の母であるリリーはそう選択せんかったわけじゃろ」


 底の乾いた木樽を卓に落とし鉄腕で拭う。

 ゼトは挙手をしつつあちらのカウンター側に白き眼を向けた。

 と、給仕用の魂が揺らめきながら木樽を回収し、新たな酒と取り替える。


「世界を越えるには(エニシ)がなくてはいかん縁がなくては世界の境界で永遠を彷徨うことになっちまう」


 温く薄い酒を再びがぶりと煽って酒臭い吐息を喉からひりだす。

 豪快な飲みっぷりを横目に少女もリキュールの入った紅茶を啜る。


「だから人と龍の混血であるイージスは世界を越えられる。剣聖は棺の間の救世主たちの意向を無視し娘を他世界に旅立たせた。本来ならばこの世界で幸せに生きられたかもしれない彼女を他世界へ追いやったのよ」


 救世主たちの待ち望んでいたのは、彼女である。彼ではない。

 しかも望まれなかった少年は、まんまと逃げおおせた。

 さらにはいまもなおのうのうと生きつづけているというではないか。

 すべては少女のいった通り。冥府の巫女との制約がなければあの場で嬲り殺しにされていただろう。

 向けられる怒りの濃度は高い。いまもこうして空間自体がピリピリするほどに。

 棺の間のほぼ全員があの少年の死を望む。決闘という決別の日をこうして待ちつづけている。


「そう怖い顔しなさんなありゃどのみちもう数日もしないで消し飛ぶ儚い命なんだからよぉ」


 飄々とした足どりと軽薄そうな語り口が割って入った。

 しかもルハーヴはあろうことか無断で席のひとつにどっかと座りこんでしまう。

 ぶつかった拍子に卓に置かれた琥珀色が棘立って水面に波紋を作った。

 彼の素行の悪さに少女はむぅっ、と唇を山なりにして歪ませる。


「……またでた、女たらし」


「おいおい外聞悪いじゃねぇか。ってか俺の酒とりにいってただけだぜ」


 細めた目で彼を睨みつけた。

 しかしルハーヴのほうはしたり顔で長い足を回し組む。

 呑気に背もたれへ体重を預けながらリラックス状態だった。


「俺の場合モテちまうだけで別にたらしてるわけじゃねぇや。それに寄ってきた女はすべからく幸せにしてるしな」


 我が席とばかり卓に足を乗せふんぞり返る。

 卓上で無残に散っているぬいぐるみをひょいと拾い上げた。


「あーあーこりゃ可愛そうに。ワーキャットちゃんのぬいぐるみが断頭台に乗っちまってんじゃねぇか」


 冷静に胴と頭の別れたぬいぐるみを「返せ」奪い返す。

 そして少女は卓上に胴と頭を置き直して手に光沢をあふれさせる。


「《修復(リペア)》」


 澄み透る細い声で魔法を唱えた。

 すると死んだように横たわっていたぬいぐるみの胴体が意思をもったようにむくりと起き上がる。

 両手で己の継ぎ接ぎ頭部を拾い上げて自分の身体の上に乗せた。さらに血管が通っていくようにして首と胴の間にしゅるしゅると糸が張り巡っていく。

 あっという間に元の襤褸切れ繋ぎの完成だった。ぬいぐるみははじめとさして変わらぬ彼女の愛らしく決めポーズをとる。

 ルハーヴは、一連を見終えてキザったらしく口笛をぴぃと吹く。


「さすがはエーテルのエリート様だな。ヒュームの俺じゃあそんな繊細なマナの扱いかたは出来ねぇや」


「アナタの魔法技術はヒュームの平均じゃない学のない脳筋だから平均以下」


 少女は治ったぬいぐるみを両手でぎゅうと胸に抱え直す。

 なにごともなかったかのように素知らぬ風を装いながら紅茶の味と香りを嗜む。

 そんな澄ました彼女をルハーヴは品定めするみたいに見下ろしていた。


「たしか……お嬢ちゃんの名前は、継ぎ接ぎのエリーゼ・E・コレット・ティール。あらゆる作品に魂を与え己の手足の如く動かしちまう操作系魔法のスペシャリストだったな」


「……だからなに?」


 名を呼ばれたエリーゼ・E・コレット・ティールから滲みでるのは、不快という拒絶のみ。

 それでもルハーヴは卑しげな笑みでつづける。


「それってよぉ? 木目で精巧に作った女型も自由に動かせんのか?」


「……知らない、ってか答えたくない……」


「作り物ならワシのオハコじゃぞ。ようしいっちょう生々しいのこさえてやるとすっかのう」


「……意気揚々と話に入ってくるなクソジジィ」


 下品。奥ゆかしい紅茶の香を吐き捨てたのだった。

 日陰に生き死を迎えてなお生を謳歌する魂の拠り所。

 ここは棺の間。冥府の巫女に見初められし救世主たちの墓所。

 世界の輪廻より外されし無法者(アウトロー)たちは、いずれ来たる運命の時を待ちつづけている。



……  ……  ……  ……  ……

挿絵(By みてみん)

最後までお読みくださりありがとうございました!!!!!!

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