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BREVE NEW WORLD ―蒼色症候群(ブルーライトシンドローム)―  作者: PRN
Chapter.9 【盾の救世主 ―MESSIAH―】
250/364

250話 人の限界《No Limit》

挿絵(By みてみん)


修行開始


明かされる

種族格差


埋めようのない


飛躍する

唯一の手段

 新講師を迎えてからというもの生活が激変した。

 ミナトは改めて自覚する。いままでリリティアの行っていた修行がどれほど人権を尊重していたのかを。

 剣術の鍛錬は時間を問わず、ほぼ強行(エネルギッシュ)という形で行われる。それはもう風呂、飯、就寝でさえ関係はない、四六時中である。

 強くなれるから問題にならないという考えは、2日目でくらいでドブに捨てた。

 しかもこの世界には魔法というものがあって疲労しても治癒できてしまう。だから螺旋の如く延々と苦痛と苦労が伴っていた。


「…………」


 以上の事案によりミナトは、白くなっている。

 人に永遠はない。いくら傷や疲労を癒やせても心が警笛を鳴らす。

 本日幾度と剣を握り大地の味を噛み締めたか数え切れない。あとはもう地べたに平らになってときおり痙攣するくらいの体力しか残されていなかった。


「無茶しすぎだよ……決闘の前に自滅でもする気かい」


 見かねた少女がゆらりと姿を現す。

 中性的な顔立ちが特徴的で髪はセミロングほどの長さ。一見して少年と間違えてしまいそう。

 しかしよくよく見れば腰の広さや胸の膨らみで生前が女性である。

 突如として現界した幽霊少女は、不甲斐ない依り代を怪訝そうに見下ろす。


「頑張りは認めるけれど努力するにしても限度ってものがあるでしょ。たまには休息をとらないと鍛錬の質も落ちちゃうんだから」


 黒い髪に漆黒の瞳は一見して彼と同種であるかのよう。

 ヨルナ・E・スミス・ベレサ・ロガーは、吐息混じりに膝を抱えてしゃがみこむ。

 近場に落ちている棒をひょいと拾って憑依先の主を、つんつん。突っつく。


「彼女はエーテル族なんだからあのテンションに10で付き合えば身体がもつわけないじゃないか」


「…………」


 応答なし。

 構わずヨルナはつづける。


「それに種族格差というのはキミが想像しているよりも遙かに大きい。だから身の振る舞いも丈に合うよう注意しなきゃいけないよ」


 大陸の先輩からのありがたいアドバイスだった。

 フィナセスのパワフルさといったら天を穿つかと思うほど、膨大。身体能力もさることながら体力面でも人を遙かに上回る。

 ここでようやくミナトにもレィガリアが彼女を遠ざけたかった理由を知る。

 フィナセスは常に元気で常に剣のことばかりしか考えていない。とにかく一直線なのだ。剣術を指導するとなったら相手が動けなくなるまで剣、剣、剣。

 心の底から剣を愛しているからか弟子を叱咤激励するさいも誰より楽しそうなのだ。そしてそんなパワフルに全力で応じた結果が、この始末(ザマ)である。


「まだ……まだやれる……もっと本気をだし切ってから後悔しても遅くない……」


 ミナトは、最低限戻った力で蟲のように地べたを這う。

 そんな友のくたびれた姿にヨルナは天を仰ぐ。


「あーもう完全に治癒魔法の悪い面に当たってるよ……。ヒール中毒になるのって典型的な仕事依存症(ワーカーホリック)の証拠なんだからね」


 心の病。その名は、頑張りすぎ。

 3日間ほぼぶっ通しの鍛錬により生命の火は消えかける寸前だった。

 ここ数日、目を閉じるたびに多くの問題と直面してしまう。だからミナトはろくに寝られていない。

 そして死の物狂いで剣に縋っていた。来る日も来る日もフィナセスと総当たりを繰り返していた。

 そんな道化の姿を常時見せつけられる、なんて。たまったものではないだろう。


「あのねぇ……この世にあるのは有限で無限はないんだ。いくらユエラの完全治癒があるからって3日ほぼ無睡眠って正気の沙汰じゃないよ」


 もう幾度目かわからないヨルナからの注意喚起だった。

 しかしミナトは何度目かに渡るそのすべてを無視している。

 なぜか。決まっている。勝たねばならないのだ。強くならねばならぬ。理由がありすぎる。

 そしてもう1匹の部外者もまた彼の身を案じながらあどけない目を滲ませていた。


「ミナトだいじょぶ?」


「いいかい? キミはこうならないように注意して生きなきゃダメだよ?」


 モチラ・ルノヴァ・ハルクレートの返事は、「そっかー」実に気のないものだった。

 それでも心配なのか眉を困らせ反面教師の尻を棒でツンツンした。

 生後間もない龍の少女にさえ気にかけられる。周囲が無意識に心配してしまうくらいの無様である。

 成果が得られない。勝ち目がない。ならば――……やるしかないじゃないか。

 遠く離れた世界に残される仲間の顔を気力の糧とする。それ以外だって勝利を信じて待つ船員たちがいる。


「こん、なところでぇ……挫けてられるかぁぁ……!」


 ミナトは、折れかかった心に再び鞭を入れ、食らいつく。

 這々の体で身体を揺り起こしながら大地に膝をついた。

 限界を超えてなお諦めず果敢に挑む。それを果たして勇敢と呼ぶか。


「あーあ……こんなんじゃ見てらんないよ」


「人間って変な種族だねぇ」


 2人の呆れた眼差しがすべてを語っていた。

 ヨルナどころかモチラにまで同情させている。

 我武者羅で無謀な努力だった。この3日で得られた成果は皆無といえる。

 だからミナトは貪欲により多くの報酬を求めつづけていた。

 手の皮がずる剥けて血まみれになっても構わない。肺の感覚が消え視界は虚ろ。そうやって身体が悲鳴を上げるたび絶望という報酬を喰い漁るのだ。

 求めた先に待っているのが敗北という死であっても最後までひた走りつづける覚悟がある。だからこそ、その膝は折れず。どれほど足掻いてでも戦いに赴く。

 と、そこへミナトがこうなった元凶が颯爽と現れる。


「話はすべて聞かせてもらったわ!」


 花を摘むと森に消えて3分ほどか。

 万全な状態のフィナセスが小躍り気味に戻ってきた。

 ヨルナは立ち上がって彼女を一瞥する。


「で、これからどうするんだい? これ以上ミナトくんを叩いても埃すらでないと思うけど?」


 視線には僅かながら冷気を帯びていた。

 侮蔑というほどではない。が、脳天気なフィナセスに微かな怒りを伝えるもの。


「んーそうねぇ? まさかここまでついてくる根性があるとは思わなかったんだけどねぇ?」


 対してフィナセスは気にした様子もない。

 白い指をくるり回し、整った顎先に指を添えた。

 ここまでで幾度と剣を打ち合っていたというのに、穢れひとつない。

 ミナトのように前髪を額にベタベタに貼りつかせることもなければ、上衣一帯の服には泥ハネひとつとしてなかった。

 これが種族格差であるというのならば神は残酷な性格をしている。


「さあ……次は切り返しか、かかり稽古か……フェンシングや組み打ちでもいいぞ」


「その辺はこの3日でおおよそ実力が測れているから別のことしましょ。せっかく精神と体力が限界ギリギリなんだからそれを活かさないとね」


 ミナトは剣鞘を杖代わりにしてやっとだった。

 ぎりぎりのところで踏みとどまっている。精神も肉体もいつ崩れ落ちるかの淵である。

 銀色の瞳が子鹿よりも危うい少年の上から下まで隅々に観察していく。


「私貴方に才能がないっていったわよね」


「……だからいまやってることは無駄だっていいたいのか」


 フィナセスは、よろめくミナトに首を振って応じた。

 肯定の縦ではない、否定の横である。振られた三つ編みが流れて肩の上に乗る。


「もう数日ぽっちで如きじゃ剣聖様に勝てないって意味よ。つまりアナタには伝説級の天性的な才能がないの」


「…………」


「貴方の場合だとヒュームレベルで考えればかなりセンスがあると思う。それにその状態でさえ私の剣を受け止めるくらい長時間の集中力が凄まじく瞬時の判断もピカイチよ」


 要領を得ないが言葉だけで言えば褒められていた。

 思いもよらぬ称賛だった。ミナトの折れかけた膝に少しだけ力が戻った。


「だからたぶんいまから全力で2~30年鍛えあげればそこそこの剣豪くらいにはなれるわ」


 さも当然とばかりのいいようだった。

 14~5の年曖昧な少年が2~30年鍛え上げる。それつまり人の肉体の活動ピークを意味していた。

 フィナセスは衰える直前までの長期的視点で語っている。これから仲間を見捨てて大陸世界で2~30年を平和に暮らせということ。

 だが、それを真正面から受け止められるものか。


「つまりどうやっても半年以内でリリティアに勝つことは無理っていいたいんだな」


「そっ、ぜっっっっったいに無理!」


 ミナトはうちから湧きでる怒りによって気力を再起させた。

 汚れた杖代わりの剣の柄から指で土を拭う。鞘から銀の身を抜きだして放り投げる。

 厚いクマに覆われた眼光は鋭く、鈍い。対してフィナセスも余裕の笑みに僅かな殺気を籠めた。


「――ッ!!」


 鼻をとらんと先陣を切ったのは、ミナトだった。

 残す膂力のすべてを靴裏に集め草を削り土を掘り抜く。

 先ほどまでしおれかけていたとは思えぬ、ランアップ。剣はかざさず、臨機応変に対応可能な中断に位置づけ滑走する。

 知識なんてない。すべて実践という経験で得た。それだけでこの数日は無駄ではなかった。


「オオオオオオオオオ!!」


 咆哮に籠める意思は、画竜点睛(がりょうてんせい)のみ。

 含めて振りかざす刃に秘めたるは、勝利と礎。

 一切の躊躇なくかざした銀剣をフィナセス目掛けて薙ぎ払った。

 それを読んでいたかとばかりに彼女は背を反らして筋から逸れる。


「とても真っ直ぐ……まるでアナタの自身を体現するような太刀筋」


 水の如く流れるような回避だった。

 ミナトとは違って所作に微塵の無駄がない。

 最低限の動作と体力で渾身の一撃をするりと躱す。

 そして刃の潰れた剣を片手で振りかざす。


「アナタに足りないのは……きっと」


 まるで殺気のない留めだった。

 その朦朧とする表情は、労するものへの慈悲か。あるいは無謀さへかける悲哀か。

 フィナセスは攻撃を終えて隙だらけとなったミナトの頭上へと剣を静かに振り下ろす。


「っ」


 しかしまだ終わらない。

 彼女は、振り下ろしかけていた手をピタリと止めた。

 ミナトの動作はつづいている。1の太刀を終えてなお次に移っていた。


――太刀筋は1本の線のように! 無駄な力で返さずそのまま振り、切り抜く!


 周回を終えた剣が2度目の襲撃を繰りだす。

 しかも今度は全体重と捻りを倍づけにした渾身を超える連撃である。


「ここで止めたらあの世で笑って再会できないんだよオオ!!!」


 鉄と鉄のぶつかる音が大きな火花とともに弾けた。

 キィィンという高い音が森の枝葉を縫って小動物たちをすくませる。


「いまのままのアナタではまず無理ね」


 フィナセスは渾身を危なげなく受けきっていた。

 しかし余裕というわけではない。頬に1筋の汗がつつ、と伝う。


「これは天地がひっくり返るくらいの奇跡でも起こさない限り曲がらない事実よ」


 それくらい学のないミナトにだってわかっていること。

 フィナセスのいっていることはおそらく意地悪というわけではない。

 本当に勝てないと踏んでいるからこそ実直に事実を伝えたに過ぎない。

 なにしろ決闘相手はいま鍔迫り合いをする聖剣のフィナセスでさえ届かぬ相手なのだ。剣聖リリティアという立ちはだかる壁はあまりにも高すぎる。


「ぐっ――」


 額にフィナセスの手が触れた。

 するとあり得ないほどの早さで前傾姿勢のままぐるりと世界が一転する。

 そしてミナトは強かに大地へ背をぶつけた。


「がっ、は……!」


 投げられた衝撃によって横隔膜が麻痺し肺の脈動が止まる。

 喘ぎ、喘ぎ、身を起こす。

 と、すでに鼻先へと銀剣の切っ先が突きつけられていた。


「っ……だから諦めろっていうのかよ。とりこぼしたものをぜんぶ見捨てて自分だけ平和に暮らせっていうのかよ」


 今度も完敗だった。

 だせるものすべてを絞りだしたからこそ身に染みる。

 敗北の味だけはどこの世界にいても同じだった。酸い、苦い、そして塩辛い。

 敗して跪くミナトを、ヨルナとモチラは切なげに見守っている。


「みんなキミに生きてほしいんだと思う。もちろん僕だってキミが敗北して死ぬ姿なんて見たくないしさ」


「……みなとぉ」


 勝てぬのならここらで止めてしまうのが傷は浅い。

 こうして積み重ねる努力も、敗北したら死に逆転する。

 負ければ、死。挑まねば、生。

 決闘のとり決めは天秤の如く両極端を示していた。

 だからこそ知り合いのほぼ全員が止めようとしている。

 おそらく対戦相手であるリリティアでさえ生を望んでいるのだ。


――いつものことだ。そう、アザーにいた頃からずっと。


 とうに心は限界を迎えていた。

 だが気づかぬことで目を逸らす。

 この軟弱な身で野望を叶えられたことなんていまの1度もなかったではないか。


――あの日、曇天の空へと手を伸ばしたとき……なにかが掴めた気がしたんだ。


 でもそれは気のせいだったのかもしれない。

 ミナトは痛いくらいに握りしめた剣の柄からそっと力を抜いていく。

 心の手綱を引き絞ぼるのは止め、ゆっくりとたゆませる。そうすることで背負っているすべての荷を放りだそうとする。


「だからアナタにはこれから特別な修行をつけてあげちゃうわよ!」


 ミナトは無責任に手放そうとした。

 だがそれを止めたのは、フィナセスだった。


「……は?」


 思わず口から間の抜けた声が漏れた。

 愕然と見上げる先には、銀の剣士が得意げに背を反らして立っている。


「その代わり私から1本もとれないのであれば決闘からは辞退すること! 万が一にでも私から1本をとれたなら私も全力でサポしてあげる!」


 ふんぞり返ると女性的な立体物が、たゆむ。

 ほどよき長さのスカートが引き上げられ膝が日の下に晒される。

 フィナセスから滲むのはいつだって、そう。意味不明で盲目的で過剰なまでの自信だった。

 そして自信たっぷりに白い指がミナトに向かって差し向けられる。


「明日からフィナ子ちゃん超特別ご褒美メニューを開始しちゃうから覚悟なさい!」


「……ちょ、うとくべつ?」


 凄まじく嫌な予感がした。

 こういう自信満々な相手からでてくるものは、大概が碌でもない。

 ミナト以外にもヨルナだって同じ思いを共有している。


「ずいぶん仰々しいいいかただけど……なにか用意するものとかないのかい?」


 即座に「ないわっ!」声高い気合いの否定が鼓膜を打つ。


「ここ3日の鍛錬でついに私は気づいちゃったんだもん! アナタに足りないのは剣の腕でも筋肉でもなくて実践という戦闘経験そのものだったのよ!」


 ミナトはただ下から見上げることしか出来ないでいた。

 敗者なのだから次にどんな発表が振られるようと傍観に徹するしかない。

 そしてフィナセスはすぅぅ、と唇をすぼめて大袈裟に大気を吸入する。


「だから明日からメニューを強制的に変更するわ! 時間範囲無制限かつなんでもありの超実践形式サバイバル模擬戦闘を開始しちゃいます!」


 たいてい予感というものは悪いほうに当たるもの。

 しかも今回のは格別に狂っている。

 とてもまともとはいえない提案だった。



  ◎   ◎   ◎   ◎   ◎


挿絵(By みてみん)


最後までお読みくださりありがとうございました!!!!

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