239話 栄誉と酒精《Celebration》
栄えある貴金属が蝋の灯火に照って揺らぐ。
あちらの貴婦人の模した淡い香水の香りが別のと重なって晩餐会場を豊かに染める。
グラスを片手に会釈するのは大人の嗜み。紳士たちも淑女たちをこなれた態度でもてなしていく。
聖城ではロビーを開放し勝利を祝っての祝勝会が行われていた。
「おおお! マジモンの城でパーティとかイカれっぷりに滾ってくるぜぇ!」
タキシードを着こんだジュンが嬉々として目を輝かす。
「ジュン落ち着いてよ! あんまり大きな声だすのは恥ずかしいって!」
「ばっかお前こういうときに楽しまねぇでいつ楽しむってんだよ! せっかく死の物狂いでやり切ったんだからもっと羽伸ばせっての!」
ジュンの天真爛漫さはいつものこととして夢矢はどことなく覇気が薄い。
長身なジュンの影に隠れるようにしながら人目を避けている。
「はぅぅ……。こんなしっかりとしたスーツなんて着慣れてないから居心地悪いんだよぉ」
白いタキシードを身にまとった姿は、まさに着られていた。
自信がないからか腰は引けているし背も丸く縮こまってしまっている。
逆にジュンはすらりと長身で足も長らく黒のタキシードがよく似合う。
「みんな美人さんだしイケメン揃いだわぁ。このなかに混じれっていうのがそもそも辛いですなぁ」
ヒカリも夢矢ほどではないが僅かに頬を朱色に染めていた。
すっかり会場の空気に負けてしまっているといった感じ。身にまとうドレスとヒールにだって悪戦苦闘気味である。
対してリーリコは普段とさほど変わった様子はない。
「こういうのは周囲の振る舞いをまねれば浮くことはないはず。暗躍するには適応能力も重要」
そういってボーイの運ぶダスターを敷いたトレンチからひょいと飲み物を拾い上げた。
紅を引いた唇をグラスにそっと近づけてこくりと喉を潤す。
まさに大人の品格漂う堂々とした立ち回り。物静かな口調も相まって一流のレディを仕上げている。
「キングオブシャドウって普段こういう任務とか受けてるの?」
「受けていない。スパイ関係の映画や資料で見ただけ。だから付け焼き刃」
「だとしたら適応能力高すぎですっての。私なんか普段は街のファミレス営んでいるようなものなんだからね」
不相応な佇まいに空気感。萎縮しても仕方がない。
しかも各々に割り当てられた服装もややシックで、子供には似つかわしくないのだ。
若人たちは絢爛さを前に視線さえ定まらず。物見遊山よろしく、あちらこちらと泳ぎっぱなし。
「とりあえず立ち尽くしていても仕方がない。どこかのテーブルに落ち着くべき」
「そだな。腹も減ってるしタダ飯を腹一杯喰らわせてもらおうじゃねぇか」
「えへへぇ。本物の宮廷料理のお味を見せていただこうじゃないですかぁ」
「ヒカリちゃん……女の子がしちゃダメな顔してるよ」
ようやくジュンとリーリコを筆頭にメンバーたちも恐る恐る会場へと踏み入っていく。
先の会場と異なっているのは、全員が関係者であるということくらい。
今日ばかりは騎士たちも鎧をまとわず剣を握らずドレスや燕尾に身を包む。
教団騎士、聖騎士、月下騎士、その他聖都に駐留する騎士たちが混同して食と酒を味わう。
派閥が異なるとしても、もとより根ざすところは同じ地平である。勝敗による険悪なムードは皆無で、各派閥との交流を楽しんでいた。
――なんというかオレら含めて楽観的なもんだよなぁ。
『玉座と聖女を2分割したキミがそれをいうのかい?』
――だからこそだよ。もっと恨まれるもんかと構えてたんだぞ。
『選定の天使の決定に文句をいう輩はいないさ。キミの願いを叶えたとはいえ叶えたのは天の意思だからね』
そういうもんかねぇ。意図せず口が言葉と吐息を漏らす。
ミナトも脳内でヨルナと会話しながらメンバーたちにつづく。
その身にまとうのも仲間たちと同様。聖城に遣える一流のコーディネーターによる粧しが施されている。
女性たちは艶やかな布やらを肩に結んだパーティドレスを。男性は肩が平行に張った燕尾等が割り当てられていた。
当然パラダイムシフトスーツなんてもっての外。ドレスの着付けを行う際に脱兎の如く脱がされてしまったのだった。
『とにかくつべこべいわずに楽しみなよ。この平和な景色だってキミたちが作りだしたようなものだよ』
ヨルナの声が脳内に響くと同時だった。
ミナトの腹がぐぅぅ~、と不満そうな異音を奏でる。
身体は正直である、生きている。
それにせっかくの招待をいただいたのだからいままでの努力分くらいは精算をもらっても罰は当たらない。
ミナトはんっ、と伸びをした。それから肩頬に手を打って気分を裏返す。
「お言葉に甘えさせていただくとしますか! おい男どもはお残しはなしで片っ端から肉を貪るぞ!」
「さすがマテリアルリーダーいいこというじゃねーか! まずはミートファーストで胃を慣らさねぇとな!」
拍車がかかれば行動あるのみだった。
ミナトとジュンを筆頭にメンバーの男性陣がわらわらとテーブルへと群がっていく。
絢爛豪華な会場の料理はどれもこれもが美味である。荒くれた若者たちは品良くそれらすべてをかっ攫う。
それを女性たちは呆れた様子で眉を寄せ、くすくすと微笑み、見送る。
少なからず張り詰めていた余韻があった。だからこうしてテレノアも会場に誘ってくれたのだろう。
聖誕祭は人間たちの奮闘によって聖女派閥が勝利する形でおさまった。最後に番狂わせはあったもののおおよそ大団円という運びで終幕を迎える。
ふと「あん?」骨付き肉を咀嚼中のジュンが前髪を揺らす。
「あそこだけ滅茶苦茶人が集まってんのってなんだ?」
口いっぱいに頬張った肉を飲み干し首を傾げた。
つられてそちらを見れば、いう通り。とある一角にあふれるほどの人だかりが出来ている。
しかもその大半が蕩けるような視線をしたエーテル族の女性によって構築されていた。
色めき立つなかから長であるといわんばかりに中年が割ってでてくる。
「ハァーハッハッハァ! お前たち勝利の宴を楽しんでいるようでなによりだ!」
東は女をはべらせながらこちらに杯を掲げた。
片手に酒とあふれんばかりの女を連れる。そのさまはさながら大名による酒池肉林如し。
しかもどうやらかなり酔いが回っている。エーテル族の女性たちもほろ酔い模様で彼に身を任せている。
「東様のご活躍お見事でしたぁ~!」
「今宵私と踊っていただけませんかぁ~?」
「東様がいらっしゃらなければこのような勝利はなかったですぅ~!」
まるで主人に撫でを乞う猫であるかのよう。
ドレスを肩まで着崩して火照った肌にしっとりと汗を滲ませる。
女たちは葡萄酒の香りをまといながら腰を揺らめかせうっとり夢見の顔つき。
そんな朧気な様子で勝利をもたらした男に身体を預けた。
「しかしキミたち騎士の助力なくば上手くことを運べなかったのも事実だ。この厚き感謝はキミたち美女にこそ相応しい栄冠さ」
東がキメキメに囁くだけで鈴を振り回すような歓声が沸く。
英雄到来。聖女派の騎士たちにとってあの男の功績は計り知れない。
だからといって羽目を外しすぎるのは如何なモノか。若人たちは浮かれた大人を見下げ果てる。
「あれは……――悪い遊びだね!」
夢矢は東のはしゃぎっぷりにじとりと目を細めた。
それ以外のメンバーもだらしのない大人に軽蔑を訴える。
「周りにいるのって騎士の女たちよね? それがなんでロイヤルなキャバクラチックになっちゃってるんですかねぇ……」
「最近真面目に働いてたからたぶん頭の螺子が外れた。あともともと東はああいう人種だし気にしたら負け」
女性であるヒカリとリーリコにとって穢らわしく映っても仕方がない。
聖誕祭の要を担い勝利へと導いた先導者。通常であれば羨望の眼差しを向けられるべき逸材だった。
しかしああも羽目を外しているのであれば言葉は必要ない。功労者だからこそ内心もう少ししっかりしてほしいと願う若者たちだった。
「これで終わったわけじゃねぇんだからもっとしゃんとしろよなぁ~」
耐えかねたジュンが止めに入る。
だが、東は女性と肩を組みながらグラスのワインを回す。
「これで終わったわけじゃないからこそのガス抜きも必要だぞ。明日から手練れたドワーフたちがブルードラグーン修理のため聖都へ流れこむのだからな」
「ええ!? さっき勝ったばかりなのにもう明日から修理なの!?」
夢矢はフォークを加えながらギョッと目を丸くした。
「ブルードラグーンを修理をするための資材集めとか色々あるんでしょ!?」
「なんでといわれても3週間程前からすでに動いていたからな。ちなみにドワーフたちが国を出立したという報は2日前に届いている」
これにはさすがに虚を突かれてしまう。女性だけでなく仕事っぷりも手が早すぎる。
つまり東は聖誕祭勝利確定するよりも前に行動を開始していたということだ。
大陸世界からしてみればブルードラグーンなんてブラックボックスも良いところ。腕利き職人の首を縦に振らせるどころか素材収集等も難航するに決まっている。
「ブルードラグーンには宇宙飛行するために軽くて強い特別な材質や希少鉱石を使うんだよ!? こんな世界で素材を集めるだけでも悪戦苦闘必至じゃないか!?」
「だから我々はわざわざ効率の悪い宝石を掻き集めていたのだ。地質調査レーダーを使って宝石を集めるついでにちょちょいと他の鉱床も探ってある」
「そのために聖誕祭の供物に宝石集めを選んだってこと!? あの負けそうな状態でそこまで考慮して動いていたの!?」
東は無精髭の生えた顎をくいっ、とあげる。
それからしたり顔でハンドスナップをかけて乾いた音を指で打つ。
「俺ははじめからチームシグルドリーヴァの勝利を確信していたからな。そもそも勝たねば未来はない、だから手に入るであろう未来を未来へBETしただけにすぎん」
改めて東光輝という男の恐ろしさを知る。
あの勝利さえ絶望的な状況で、先を考えることが常人に可能なものか。
モノが違う。メンバーたちは今日のために切磋琢磨していた。しかし東だけはその先の未来を見据えて行動していたのだ。
肝の座りかたが尋常ではない、常軌を逸しているといっても良いほど。
「……俺なんて明日からまた大陸駆け回るもんかと思ってたぜ?」
「わ、私もよ? しかも苦労したから2日くらい休暇があるとか考えてたし?」
これにはジュンでさえ呆気にとられ頬を掻くしかない。
ヒカリ以外のメンバーたちも舌を巻くしかなかった。
「みな様楽しんでいらっしゃいますかっ!」
と、ここでようやく主役の登場である。
テレノアがメンバーたちの群れるテーブルへと小走り気味に駆け寄ってきた。
(区切りなし)




