238話 聖誕祭終幕《Happy END》
高らかな願いが風に乗って聖都へと吹き渡った。
ミナトの発言によって会場全体が冷えて固まる。ギョッとしながら立ち尽くす。
一瞬の静寂が聞くモノすべての感情を如実に表していた。
「な、なにをおっしゃっているのですか!?」
我をとり戻したザナリアが勢いよく食ってかかった。
願いは欲張りどころか横暴そのもの。聖誕祭の道理を変えるどころの話ではない。
「聖女を2人に増やすなんて道理を捻じ曲げるどころの話ではないですわよ!?」
ゆえにザナリアの表情にも怒りと焦りが入り交じる。
しかしミナトは彼女のほうをまったく見ずに天使と仰ぎつづけた。
「そして玉座も2つだ!! そうすればピッタリ半分――平等になる!!」
「ちょっ! このぉ、お黙りなさいな! 天使様になんという物言いをなさるおつもりですか!」
辛抱できなくなったザナリアがとり抑えにかかる。
周囲で頭を立てていた騎士たちも物々しい空気に包まれつつあった。
それほどまでの暴挙なのだ。聖誕祭そのものの根幹をすげ替えるほどの提案。
しかしミナトは譲らない。勇壮な笑みを固めつづけながら天使の反応を伺いつづけている。
『その提案最後までお聞かせいただけますか』
そんな一触即発の空気を止めたのは誰でもない、天使の音色だった。
さながらグラスハープの如き麗々としている。6枚の翼をしならせながら優雅に手を差し伸べる。
天からの指示だった。これには殺気立ちかけた騎士も、手を伸ばしかけたザナリアも固まるしかない。
こうなってしまえばもう邪魔は入らない。ミナトは拳を平に叩きつける。
「勝者が譲渡し、敗者側が譲受する。そしてそれこそがどっちの派閥も望んでいない結末だ」
『どちらも有終の美を飾るために聖誕祭という壇上に踏み入ったのですからそれでは望まぬ形となりますね』
ここで肝となってくるのは聖女と教団側の意思の違い。
この場に置いてどちらも平行して幸福であり、平等に不幸を得ることが出来る。
つまり両者どちら側からでも贄がでてしまえばこの均衡を崩すことになってしまう。それが勝負というものである。
ならば勝負という仕組みそのものを変えてしまえばどうなるか。聖女の勝利を捻じ曲げ、教団の敗北さえ捻じ曲げる、その方法。
ミナトは背を反らしながら天使に向かって提示する。
「全員が思惑通りにいかない均等かつ公平な不幸を分かち合う!」
願うのはどちらかの幸福ではない。
しかしどちらも幸福にすることは叶わない。
ならばどちらも平等に望まぬ結末を迎えれば良い。
「全員、どちらもを不幸にしてほしい!! これがオレの託す心からの願いです!!」
そしてミナトは、光沢の十字架を勢いよく天へと掲げた。
導きだした真髄は、対等な不幸である。
勝利を望んで挑んだどちらの派閥からも勝利剥奪するというもの。
『2つ、そうなれば聖女の力は不完全となり半々となってしまうでしょう』
「それはしょうがないですね。とはいえ聖女側に娘と和解したハイシュフェルディン教の死を望むモノがいるとは考えたくもないですけど」
ミナトはちらりと聖女陣営の側を横目に見つめた。
テレノアはいわずもがな。首がとれるのかと思うほど幾度と縦に頷く。
レィガリアは眉根を摘まんでいるが、フィナセスのほうはまんざらではない笑みを浮かべる。
『完成された聖女を創造するための儀式に不完成を求めるということですか』
どうやら天使はどこまでも茶番が好きらしい。
まずもってしてこの場にやってきたのは祈りを聞くため。ミナトが願いに辿り着いた時点で彼女の思惑通りということになる。
ならば最後まで乗ってやるのが華というヤツだろう。こうして遠路はるばるきてくれたのだから華をもたせるくらいわけない。
「オレは心の底から教団とか聖女とかそういうのはどうでもいいんだ。ただ友だちが不幸にならなければそれでいい」
聖女側が勝ちを捨てれば、教団の負けはなくなる。
そうなればハイシュフェルディン教が聖火に焼べられることもない。テレノアの願いとザナリアの願いをどちらも叶えられる。
譲渡と譲受。これによってビヒラカルテに荒らされる前の状態へと強引に戻すことが可能だった。
『ワタクシの目に狂いはなかったようです。聖女と教団、その中央に偏らずいつづけるアナタこそ本当の中立者なのですから』
選定の天使は掲げた天秤を起伏ある胸元へと引き寄せる。
『しかも幸福ではなく不幸を祈るという提案もとても面白いです。歪で、究極の公平といわざるを得ません』
弾み歌うような音色だった。
後光越しでも微笑んでいるのが伝わってくる。
『いいでしょう。アナタのその望みならば選定の天秤はどちらにも傾くことはありません』
どれほど失礼な態度をとられても天使は意に介さない
なにしろこの場に下りてきた時点で結果は決まり切っている。
天はこの結末を求めたのだ。完成された聖女ではない、2分された虚ろなる終幕を。
『テレノア・ティール、そしてザナリア・ルオ・ティール。両者は聖火前へ歩みでるのです』
「っ、はい!!」
「か、かしこまりましたわ!!」
突如名を呼ばれた2人は同時に肩を跳ねさせた。
ドレス姿のテレノアが緊張の面持ちでちょこちょこと裾を引く。
重装鎧のザナリアが指先を震わせながら金音を奏で、つづく
天使は2人が聖火台前へと辿り着いたのを確認し、両翼各3枚を大きく広げた。
『選定の名をもってして此度聖誕祭の裁定神託を下します』
そして金色の空に天秤を掲げる。
長かった。ミナトは熱い吐息をいっぱいに肺から絞りだす。
まるで喜怒哀楽を無限に籠めたかと思うほど。濃密な時間が沢山詰まっていた。
しかしようやくこの愉快で狂った祭りは幕を閉じようとしている。
蒼く滾る聖火が収縮し小さな球体へと変化した。さらに球体は2手に分かれて2人の少女の元に割り振られる。
「ザナリア様」
「はい、なんでしょう」
そうして蒼き球体が2人の胸の辺りへと溶けこんで消失する。
テレノアとザナリアはその消えた光の箇所にそっと手を添え祈りを結ぶ。
「私、本当は貴方とずっとお友だちになりたかったんです」
「っ、私も……です。ずっと身分を気にせず友として語らえることを望んでいました」
聖火のように揺らぐ蒼によってその身が包まれた。
2人の少女がいまここに聖女として君臨する。
「神託は下った!!! これにて聖誕祭は聖女側の勝利とし、教団側もまた玉座に座す権利を獲る!!!」
かん、かん、かん。終演の音色がけたたましく鳴り響く。
そして次の瞬間。待ちかねていた種族たちからは天が割れんばかり。聖都は喝采と歓声一色になって彩られた。
多くの種族たちが拳を掲げ、天を仰ぎ、美酒に酔い、揉みくちゃに揉まれながら。聖誕祭は華々しい幕を下ろす。
すべての種族たちが望まない。しかし誰1人として犠牲にならぬ非常に曖昧模糊な幕締めだった。
「もし……死者を蘇らせられるというのであれば誰だって手段を選ばないだろう。しかも欲望のタガが外れてブレーキを失っているのであればなおのことだ」
いつしか天使は撤退をし、空は明瞭な空色をとり戻す。
そんななか幸せを享受出来ぬものが孤独に存在している。
東は、歓声のなかでさえ祈りつづけるハイシュフェルディン教の隣に、どっかと腰を据えた。
「父が子の幸せを願うのは己の命よりも優先すべきもの。俺だって年甲斐もない身の振りかたを自覚しているが、その道からは逸れたことはない」
「まさか……貴方にも子がいらっしゃるのですか?」
「さあてな。ただ……娘に母亡き生を送らせるという痛みはほどほどに理解しているつもりだ」
「……しょうじん、いたします……!」
彼らしみったれた声、なんて。あっという間に祝いの空気に呑まれてしまう。
聖女2人、玉座2つ。これをもって聖誕祭は勝者と敗者なくして雌雄を決する。
結果的に誰が勝利したのかといえば、人間だろう。
これでようやく多額の出資を得てブルードラグーンの修理に入ることが出来る。
「これから聖城で大きな祝勝会を催します! なので是非ミナト様にもご出席願いますからね!」
「教団側のぶんと会わせての祝勝会ですから豪勢になるでしょう。なのであれほど滅茶苦茶な立ち振る舞いをなさった貴方には十分なツケを払っていただきます」
聖女テレノアと聖女ザナリアの両名に首根っこを引っつかまれては、為す術なし。
ミナトは抵抗も許されず捕縛され、ずりずりと引きずられていく。
「……剣の修行したいから帰りたいんだけど?」
「ダメです!!」
「許しません!!」
敗北したのは、1人だけだったのかもしれない。
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