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BREVE NEW WORLD ―蒼色症候群(ブルーライトシンドローム)―  作者: PRN
Chapter.8 【天使の微笑みを求めて― Two Saint―】
236/364

236話 最終審判《Bad END》

挿絵(By みてみん)


教団

  VS

    聖女


勝者は1名


過酷なる聖誕祭

間もなく

終幕





挿絵(By みてみん)

 聖都中に美しき声が轟き巡った。

 聞き間違えようがないほどはっきりと。彼女の明確な覚悟だった。

 そうはさせぬと彼女のお抱え騎士2名が慌てて人混みを縫って飛びだす。


「それはなりませんザナリア様!?」


「なぜはじめから失われる必要のない命を捧げなければならないのですか!?」


「これは血を共にするルオ・ティールの使命です! 苦しみに喘ぐお父様の罪を娘が肩代わりしてなにがオカシイというのでしょう!」


 ザナリアは騎士たちの手を振り払った。

 場の全員が彼女の正気を疑う。己も父とともに命を焼べるなんて許されるはずがない。

 それでも彼女は凜としながら怯えた様子は皆無である。


「もし教団側が敗北しお父様が天へ旅立つというのであれば私も同じ運命を選びます!」


 瞳も真っ直ぐに見据え、堂々とし、それでいて明快だった。


「……っ!」


「お嬢……!」


 騎士たちでさえ止める隙がない。

 それこそが不道理でありながら世界に許される大きな愛である。

 連綿と受け継がれつづけ、絶え間なく注がれる家族への絆。そしてビヒラカルテに操られていたハイシュフェルディン教でさえ行動の発端は娘への愛だった。

 父から娘へ与えられなかった愛があった。そしていま娘から父へ送る全力の愛がある。


「私はお父様に残されたたった1人の家族です!! だからこそお父様が誇り高き死を望むのであれば私も騎士としてそのお側に付き従いしょう!!」


 家族の絆。

 もっとも固く強かな血と縁の絆。

 ハイシュフェルディン教は蒼白とした表情を左右に振る。


「ザナリア……それだけはなりません」


「なぜですか!? 私の境遇を思い憂いたお父様になぜご恩を返させてくれぬのです!?」


 ザナリアは勢いよく身を翻す。

 そうして父親と真っ正面から向かい合う。


「こちらを見てください! 私の目に浮かぶこの覚悟と決意をご覧になってください!」


「……っ!」


 求められたがハイシュフェルディン教は娘から眼を反らしてしまう。

 当然娘の願いを享受できるはずがない。この聖誕祭だって父として娘のために反旗を翻したのだから。 

 そもそも強く抱いていた願望もザナリアの幸せを願うためのもの。母のいない娘に母を生き返らせる。そうしてまた完成された家族を望んだのだ。

 そこに彼自身の願望がなかったとはいい切れないだろう。しかしやはり根底に深く鎮座するは己の欲より娘の幸せである。


「私は娘として不出来だったのですか!! お父様の望む娘としてそれほど不甲斐なかったのでしょうか!!」


「ッ――そんなことがあるものですかッ!? わ、たしのむすめ、は、ッ!?」


 ハイシュフェルディン教は唐突に口籠もった。

 言い淀んで徐々に娘を映す銀燭色の瞳から光が失われていく。

 最後は、とさり、と。冷たい石畳の上にへたりこんでしまう。


「? ……わたしの……むす、め……?」


 ザナリアは父の後を追う。

 ハイシュフェルディン教に付き従うように片膝を落とし目線を合わせる。

 そして手甲を帯びた両手でそっと愛でるように父の肩を抱く。


「聞かせてくださいお父様……ハイシュフェルディン・ルオ・ティール。私は娘として貴方の本当のお言葉を聞きたいのです」


 可憐に爪弾くような流麗で優しい音色メロディーだった。

 まるでその一角だけが不器用な親子を映す絵であるかのよう。

 偉大な教祖を父にもつ娘、実直ながら忠義に厚い騎士に支えられる父がいる。

 そうしてしばし親子は見つめ合う。同じ視線、同じ視点で見つめ合う。


「…………。ザナリアには可能な限り普通の少女として生きてほしかった」


 ハイシュフェルディン教はとつとつと語りはじめる。

 いたたましいまでにその声には生気がない。

 だがザナリアは真っ直ぐな視線で父を見据えつづけていた。


「しかし私が教祖という立場ゆえ父として至らず。それゆえに寂しい思いを強要してしまった」


 己の愚行をぜんぶ覚えているがゆえに祟る苦悩もある。

 妻への思いと騎士として歩む娘への申し訳なさ。


「私にとってザナリアは妻の形見。妻の望みを受け継ぐのであれば私は教祖である必要がなかった。なのに私は祈りという逃げ場がなければ妻の死を乗り越えられなかった、娘とどう語り合えば良いのかさえわからなかった」


 ハイシュフェルディン教はゆっくりと娘の頬に手を伸ばす。

 ザナリアのそこは未だ赤く腫れている。

 錯乱する自身で打ってしまった頬をそっと撫でた。


「……痛かったかい?」


「いいえ。私は誇り高き教団の騎士です。そこいらの生娘ほど弱くありません」


 ……ですが。ザナリアは己の頬を包む父の手に手を添えた。

 温もりを確かめるみたいに父の手へ頬を擦り付けながらくしゃりと表情を歪める。


「心は痛みました……! 身が、張り裂けるのではないかと思うほどに……っ、強く!」


 あふれるほどに熱い涙が頬を伝う。

 しどとあふれる痛みが父の手に流れ落ちていく。

 死の淵に立ってようやく我が儘がいえる。それこそがザナリアの本当に伝えたかった父への思い。

 教祖という神に遣える偉大な父。その威光に恥じぬよう女を捨て、気を強く生きつづけた少女の叫びが会場みなの胸を射貫く。


「この身はどうあってもお父様とともにあります! そしてきっとお母様だって死してなお私たちの胸の内でともにあるのです!」


「……っ!」


 そして父はしゃくり上げるほど涙に沈む娘の声にようやく気づく。

 ハイシュフェルディン教は、そっとその胸にザナリアを抱き留めたのだった。


「娘と妻にはあふるるほどの幸福とともに粛々と生きてほしかった……。これこそが胸の内に眠らせ明かせなかった父の願いなんだよ……ザナリア……」


 誰にも――神でさえ――血と血の結び目を解ける者などいるものか。

 静寂に包まれる会場のなかに濡れた泣き声が2つほど。

 蒼き炎がようやく繋がった家族を祝福するかの如く揺らいでいる。

 抱き合いながら涙を流す家族の元へ、気っ風良く白裾が羽ばたく。


「そう己を強く責めてやるものではない」


 ハイシュフェルディン教が顔を上げると東が佇んでいた。

 しかも零れんばかりの勇壮な笑みを称えているではないか。

 ハイシュフェルディン教は生気の抜けたように頭を垂らす。


「貴方には多大なるご迷惑をおかけしました。類い稀なる采配に私如き凡夫ではどうあっても及びません」


 すでに抜け殻だった。

 飽くなき執念に燃やされその身ごと灰と化す。

 あれだけ勝利を唄っていた様から比べようもない。


「まだ神託とやらは下っていない。つまり勝敗の行方は未だ濃霧の向こう側ということを忘れるべきではないな」


「しかし……聖火を見ればこちらの敗北は明白でしょう。なによりこちらが勝利を得られたとしてどうやって正当な叙階(じょかい)と玉座を認められましょうか」


「はっはァ! それは違うぞ好敵手ッ!」


 東は親子水入らずの最中に指をぱちん、と景気よく打つ。

 ハイシュフェルディン教の懺悔さえも、一刀両断にしてしまう。


「この聖火は我々が壮絶な争いを繰り広げた結果の頂点に君臨している! どちらかが欠けていてはこのような結末を迎えることがなかった! どころか大陸の民すべての功績といっても過言ではないだろう!」


 東は、俯こうとするハイシュフェルディン教へ、威風堂々いってのけた。

 彼のいう通りだった。聖火は常に1つきりがこの場に鎮座しつづけている。そこへ多くの聖遺物を焼べたのはなにも参加者だけではない。

 魔物がもっとも供物として有効。なれど他の供物もまた確実に聖火の薪として役目を果たす。

 その上、教団派閥も聖女派閥も鎬を削ってやり遂げたのだ。互いに玉座を争わねば聖火が完成したのかはわからない。


「そして俺はこの聖火が完成に至ったという言葉を忘れてはいないぞ!」


 東は白裾の端を摘まむと大袈裟すぎる所作で恭しく礼をした。

 それはまるで女性をダンスにでも誘うかのよう。

 彼は、天使たちへと伺い立てる。


「聖火は完成に至った、これは間違いないですかな?」


 カナギエルとミナザエルは互いを見合う。

 不思議なものでも見るかのようにつぶらな瞳を瞬かせ、首を捻り聖火を見上げる


「これで聖火は完成しているはずだよ。ねぇ、ミーナ」


「そうね、カーナ。しかも大陸史でもっとも豪快で神聖なる聖火といえるわ」


 天使たちは東のほうを見つめながら2人同時に首を縦に振った。

 あれほど勝ちに縋っていたのにどこか要領を得ない。

 それはこちら側の騎士たちだってそう。


「それがいったいどうしたというのですかな? 東殿はこちら側の勝利になにか疑問がおありのようですね?」


「どう見ても私たちの勝ちよ。確かに教団側には申し訳ないかもだけど……はじめからそういう道理だったんだから仕方がないわ」


 レィガリアとフィナセスもまた聖火台前へと歩みでた。

 東という男を中心に僅かに不穏な空気が立ち籠めはじめている。

 要領を得ない。というよりどこか教団側を庇っているかのような。

 あれほど手を尽くして勝ちを握ったというのに、どこか左右不鮮明な立ち回りだった。


「これから刮目していればきっとそれらの疑問の答えがわかるだろう。そしてきっと悪い結果にはならないはずだ」


 煌々と猛る聖火を両目に映しながら時を待つ。

 まるで蒼き(おおとり)の誕生。生まれた蒼は大翼をいまにも広げて大空へと羽ばたこうとしている。

 そしてほどなくして会場が静まりかえると、神官の男が声を張り上げた。


「これより最終審判の刻とするッッッ!!! 神託を祈り求めよッッッ!!!」


 ごん、ごん、ごん。石畳に飾り杖が叩きつけられた。

 飾り杖の柄が割れんばかりに鈍い音を聞かせる。

 ここからが最後に残された選択の時間だった。結論を後回しにしつづけていたツケを支払うとき。

 正気に戻ったハイシュフェルディン教と、聖女テレノアとの最終局面迎えつつあった。

 人も種族たちも一揃いとなって固唾を呑みながら聖火を仰ぎつづける。


――……祈り。


 コトここに至って祈らない。

 周囲のみなが両手を編んで額に押しつけているというのに祈らない。


――いまさらなにを祈れっていうんだ。


 どちらか一方が勝てば、どちらかが奪われる。

 ザナリアか、テレノアかの二者択一。しかしミナトにとってどちらも大切な友だった。

 どちらかを選ぶなんてフザケたマネが出来るものか。しかもどちらかが生き残っても生き残った側は確実に悲しむ。


――そんなの、っ選べるわけがない。


 結論を先延ばしにしたツケが回ってくる。

 どちらかが死ねばどちらも幸せにはなれない。

 しかも教団側が敗北すればザナリアも確実に死を選ぶだろう。


――どうする……どうすれば全員が報われる?


 苦渋の選択を迫られる。

 2つと1つ。とはいえ命を天秤に載せられるわけがない。

 ふとその時ミナトの脳内に遠くない記憶が、ぽうっと浮上してくる。


『祈るとは万人に許される慈愛を乞い感謝を捧ぐとても美しい行為です。もしアナタ様が寵愛を望むのであればその十字架に祈ってみるといいかもしれませんよっ』


 それは喫茶サンクチュアリで聞いた声だった。

 あの悪辣で暗雲に包まれた死の星ではない。ここは神の住まう大陸世界である。

 ゆえに種族たちは祈りを捧げ天を仰ぐ。届くであろう願いを結んで青き空に投げかけるのだ。


「…………」


 ミナトは静かに祈り、結ぶ。

 両手指を絡ませ堅く握りこんで鼻先と顎に押しつける。


――頼む。どっちかがではない……どっちもを。


 我が儘なのだろうか。

 いや、きっと我が儘なのだ。

 そもそも天に祈るという時点で為す術ない。

 唐突にミナザエルとカナギエルたちが天を仰ぐ。


「……くる。種の声を聞いてあの御方が世界へ降り立とうとしている……」


「……くるわ。世に近郊と確定した平等をもたらす天秤……」


 双天使はすばやく繋いでいた手を解いた。

 そして種族たちよりも低く膝をついて聖火へと深い祈りを籠める。

 するとその瞬間。種族の集う聖誕祭会場に無数の、それでいて不可思議な異変発生した。

 まず異変が起こったのは空である。青く澄み渡る空が徐々に黄金色へと変化していく。


「これは……――なにが起こっている!?」


 広場の騎士たちが異変気づき一斉に慌てふためいた。

 武器を構えようにも異変は1つ2つでは叶わない。

 さらには聖火台近辺に待機していた中立の聖職者たちも例外ではなかった。


「これを見て! 私の十字架が光を帯びて輝いているわ!」


「私のもだ! なんという美しき光沢なのだろう!」


 会場を包む混乱は無制限に波及していく。

 種の携える聖遺物はおろか。会場周囲すべての神にまつわる品々が煌々と光を灯す。


「み、ミナト!?」


「その腰のポーチすごいことになってるよ!?」


 茫然としているところを引き戻される。

 それはジュンと夢矢の声だった。

 さらにはリーリコもソレを見ながら鬱陶しそうに目を細める。


「引くくらい光ってる……眩しい。それなにを入れているの?」


 ミナトは「……え?」と、友の視線を追う。

 すると腰に帯びた物入れのポーチから膨大な光があふれているではないか。


「なんだこれ!? ってかめっちゃ光ってる――怖ぁっ!?」


 心臓が跳ねあがるほど光に満ち満ちる。

 しかも光の具合が他の異変とは比べ物にならない。

 尋常ではないほどの光沢が腰からあふれんばかりに発されていた。


「それ本当に大丈夫かよ!? 爆弾でも入ってんじゃねぇのか!?」


「だとしてもこの光かたならもう爆発済みだろ!?」


「そんなこといっていないで早くとりだしたほうがいいんじゃないかな!? うわっ、見てるだけで目の奥がちりちりする!?」


 ミナトは急かされながらもポーチの中を漁る。

 戦々恐々としながらも勇気を振り絞って腰の雑嚢を漁っていく。

 すると指先になにやら覚えのない堅く冷たい鉄十字が当たった。


「これ、確か……っ!」


 引き抜くと、握っていたのは、十字架だった。

 見ることさえ叶わないほどの光沢。ポーチのなかに入っていた頃よりも鮮明に光を放つ。

 まるで太陽が地上に降り立ったかと思うほど。ミナトから発される光が聖都を白く呑みこみつつあった。

 東は手で日よけを作りながら覚束ない足どりで歩み寄ってくる。


「おまえ……その迷惑極まりない物体をどこで手に入れた?」


「貰いもんを迷惑極まりないとかいうんじゃない! 確か喫茶サンクチュアリの店員さんがサービスでくれたんだ!」


 ミナトの十字架だけが異常の中でもより異常だった。

 誰もが見る目を潰される。眩むほどの輝きは攻撃下と思うほど、迷惑極まりない。滅茶苦茶に光っている。


「会場全体へ目くらましをくらわす魔法の兵器か。その店員さんとやらにお前はずいぶんと嫌われているんだな」


「え、これ嫌がらせで配られたってこと!? だとしたらけっこうショックなんだけど!?」


 輝きは留まることを知らない。

 それどころか会場以外の場所からも光が天へと昇っている。

 どうやらこの異変は会場を中心にしながら聖都全体にまで至っているらしい。


『種の願いを聞き届けました。ゆえにワタクシは権利を行使しアナタたちへ是非を問いましょう』

 

 混濁していた者たちみなが一斉に動きを止めた。

 清らかな声だった。それでいて脳に直接語りかけるみたいに鮮明。すべてを許すように優しく、透き通った音。


『ワタクシの司りしは、選定。天秤を司りし平等と均衡の天使――』


 あふれる光のなか。響く声を聞いた瞬間すべての生命が停滞する。

 種も人も境なく、その誰もが声のする方向へと意識のすべてを注ぐ。

 そうしなければならないと本能が告げる。この声を聞き逃してはならぬと脳内直下で理解する。

 無条件でその声の主が己の存在を容易に超越するものであると知る。


『エルナ・エルナ・ヴァルハラ』


 光の奥にはっきりとした輪郭が現れた。

 その姿に双天使でさえ頭を垂らし忠義を示す。

 3人目の天使が、聖都へと降臨する。

 



☆  ……  ☆  ……   ☆


CPENDまで

 @・・・2、3か4くらい?


最後までお読みくださりありがとうございました!!!



挿絵(By みてみん)

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