『※新イラスト有り』233話【VS.】傑作級サキュバス ビヒラカルテ・ノスト・ヴァルハラ 2
天使からの強襲を受けてなおこの余裕っぷり。戦闘を予知するどころか舐め腐った態度だった。
敵はぷかぷかと浮かびながら手を叩いて笑い転げている。
こちら側の天使2人は構えを解かずビヒラカルテを睨みつづけた。
「時空移送がとてつもなく器用で侵入に時間がかかった。だからおそらく時の軍勢のなかでも傑作級に入るわね」
「過去の接敵したデータによると色欲のビヒラカルテと能力が一致しているね」
敵から一切視線を外すことはしない。
幼い身なりから考えられぬのほど、冷静。淡々と声のみでのやりとりしていく。
「ビヒラカルテにとり憑かれた種族は抑えきれぬ欲望を発症する。でも欲を満たしてもアイツに喰らわれるから欲望は渇望になり歯止めが効かなくなってしまう」
「その在り方はまさに毒そのもの。そしてヤツこそが他者の不幸を蜜と錯覚しながら啜りやがて中毒となった愚か者だね」
天使たちの登場によってミナトは九死に一生を得た。
しかしなおもこの色の抜け落ちた世界に閉じこめられつづけている。
「なあアイツはいったいなんなんだ!? それにここはいったいどうなってる!?」
決してまだ冷静とはいえない錯乱状態に陥っていた。
だが危機を逃れ視界が開けることでより多くの情報が濁流の如く押し寄せる。
いままさにこの時に世界そのものが止まっているのだ。聖誕祭会場に群れた種族たちも彫像の如く冷え固まっている。
しかも灰色の世界ではチームシグルドリーヴァのメンバーでさえ例外ではない。
「東!? それにジュンと夢矢まで!? どうして誰も動かないんだよ!?」
ミナトの周囲には仲間たちだったものがあった。
その全員が色褪せ、光を失い、灰色の一部と化してしまっている。
「どうして……! なんでこいつらまでこんな目にあわなきゃならないんだ……!」
仲間たちを見ているだけで焦燥感が胸の中で膨大に膨れ上がるのがわかった。
それでもこの身は無力なのである。
ミナトは身の毛もよだつ悍ましい光景を前に立ち尽くすしかない。
「こんな危険なことに巻きこんでしまってごめんなさい。でもワタシたちはこういった事態が起こったときの対応策としてここにいるの」
「でもまさか敵が殺意も悪意ももたない相手だったなんて。あれだけ近くにいたのに知覚すら不能だったとは予想外だったけどね」
天使たちは同時にこくりと頷いた。
それから冷静ではない彼のほうへ目配せをする。
「ワタシたちは天使として種族たちを守り聖誕祭を必ず成功させるわ。そうよね、カーナ?」
「そうだね、ミーナ。ボクらが守りとしてこの世界に完全なる聖女を創造する。それこそが本当の天の意思なんだよ」
天使たちの空のように青い瞳は透けるほどに美しい。
そして力強く、心強い。やり遂げるという意思が籠められていた。
無塩世界にただ1人の頃とは違う。いまこうして天からの遣いが守るといってくれている。
ミナトは浮き足立ちかけた心に杭を打つよう右頬をぴりゃりと打つ。
「……アイツをなんとかすればこの世界もオレの仲間たちもすべて元に戻せるんだな?」
「ええ。いまのままであれば数分後には世界は元通りに動きだすわ」
「でもアイツを遠ざけないと世界が動きだす瞬間に種族たちを殺戮する可能性がある。だからここで食い止めるしかないんだ」
ならばやることは決まった。
天使たちがあの女を危険視しているなら加勢しない手はない。
なにより殺戮なんてマネをさせてたまるものか。今日を祝い朝を迎えた生命に絶望という終焉は似合わない。
――この聖都で幸せに暮らす連中を殺させてたまるかよ……!
満ちる怒りを糧に剣の柄を力強く握り直す。
そうすると折れかけた心にぴしゃりと気が満ちた。
すると天使たちはそんなミナトを見てふふ、と頬をほころばす。
そして再度敵に向き合う。青い眼差しに幼いながら凜とした冷気を帯びる。
「キミの目的がなんであるかをわかるつもりはない、理解する気もない。だけどボクらの前に現れたからには遠慮なく倒させてもらう」
「この大陸に干渉したことを後悔するといいわ。ルスラウス様の愛する世界はアナタたち如きが自由に動き回って良い場所ではないの」
姿勢を低くとりながらいつでも踏みこめるよう踵を浮かす。
手には枝切り鋏と大鋸を。背の翼を後方に仕向けて滑空するかのような形に広げる。
「あ、説教とか説法だとかのそういうのって別に求めてないから。年とるとや~ねぇ、若い女に対して自分のクソくだらない経験則を押しつけるからさぁ」
ビヒラカルテは未だ戦闘をする体制をとるつもりもないらしい。
爪先を気にしながらふっ、と息を吹きかける。
指1本1本がカラフルに別の色をしていた。光沢で照り輝いておりまるで指先に7色の宝石が灯っているかのよう。
「あとキメッキメのとこ悪いんだけどねぇ。《時空滑走》の効果時間が切れる前に私様ってばそろそろ帰るし」
掴みどころがなく言葉の端々にまで信用がなかった。
その態度を現すなら戯れに近い。芯を喰わぬ性格というかどこか薄っぺらい。星などが描かれた化粧も相まってさながら道化師の如き風体だった。
「でもでもぉ! ひっさしぶりに妖精どもの防衛線を越えて大陸で遊べたし満足してるからさっ! 戦闘とかそういうクソだるいの入れる余地ないくらいお腹いっぱいなんだよねぇ~!」
ビヒラカルテは、くるっ、と縦に宙返りを入れる。
そうやって気だるげに肩を回したかと思えば両手を天に伸ばして胸を反らす。
天使たちは揃って軽蔑の眼差しを彼女に揃えた。
「ハイシュフェルディン教以外の欲望までもを貪ったってことだね」
「彼女に欲望を貪られればその子の周囲環境が変わってしまう。状態が酷ければ心無人にすらなりかねないわよ」
2人の行動はほぼ同時並行的だった。
かつ迅速。互いの視線を認め合った直後に残光が線を描く。
小さな身体からとは思えぬほどの膂力によって初速から音を越える。
姿勢低く、滑走をしながら羽を広げて滑空。10mにも満たぬ距離は刹那の間に詰まりきった。
「いくわよ! カーナ!」
「いいよ! ミーナ!」
大鋸と鋏がまったくの同タイミングでビヒラカルテに襲いかかる。
息を合わせるという次元ではない。まるで鏡に1人を映すかのような両端からの強撃。
大鋸は確実に首を狩らんと振りかぶる。2本鋏は脇腹目掛けて突きを繰りだす。
どちらか一方をいなしても確実な致死を与える。絶対不可避の同調攻撃。
「ひゃはッ! 3級天使如きが舐め腐りやがるじゃんッ!」
そのはずだった。
攻撃が当たる直前ビヒラカルテは確かに笑ったのだ。
しかも屈託のない微笑ではなく、敵を威嚇するが如き獣のソレ。
「《金時計の秒針》!!」
ビヒラカルテが両の腕を開きながら唱える。
と、周囲にミナトの頬をかすめたのとよく似た数の金の杭が出現した。
それによってカナギエルとミナザエルによる渾身の攻撃が防がれてしまう。
「金の杭ッ!?」
「しかも――くッ!?」
さらに金杭は天使たち目掛けて一斉に襲いかかった。
ミナトのときのように1本ではない。もっと、無数に、絶え間ない。
天使たちは金杭を武器で弾きながら1度敵から距離をとる。
「さすがは傑作級ね! 天界の武器でさえ弾くのがやっと!」
「これは少し戦いかたを代えるべきかもしれないね!」
あまりの数に攻める手が足りず後退を余儀なくされた。
さらに金杭は統制された軌道で天使たちを追い回していく。
「キャハハハ!! 永遠を刻む秒針に手も足もでないのならいずれ秒針はアンタらの肉を刻むわよぉ!!」
天使たちの攻撃は決定打かと思われた。
だが敵はそれ以上の魔法で反攻する。
ビヒラカルテのいう通り秒を刻むたび金杭は一斉に天使たちを捉えにかかった。
だが天使たちも追い回されるばかりではない。
「ミーナ! 君が行くんだ!」
「っ――わかったわ! カーナ!」
2人は滑空の軌道を重ねた。
その直後ミナザエルはカナギエルの手を掴む。
そこから回転の力で暴風をまとう。繰りだされる大鋸が周囲の金杭を一斉に弾き飛ばす。
そして弾かれた金杭が再び秒を刻む直前に、ミナザエルはカナギエルを手放したのだ。
「ハアアアアアアアア!!」
あちらが金の弾丸であるならば、こちらは白の閃光。
撃ちだされたミナザエルはビヒラカルテに急接近し、大鋸を振り下ろす。
「へぇぇ、ちょー楽しそうじゃん」
その時もまた直前で目端を細目ながら笑む。
次の瞬間大凪の大鋸が彼女の首があった場所を狩った。
だがそこにはすでに標的はいない。背を反らすようにしてかすめることさえなく躱す。
ビヒラカルテは振り下ろしたミナザエルをぎょろり、と。眼下に見下した。
「2匹でかかれば勝てると思ってる時点で――キッショいんだけどッ!」
後転の勢いを乗せた猛烈な蹴りだった。
それをミナザエルは間一髪のところ翼の羽ばたきで回避する。
「ワタシたちは神の御意思の伝道者よ! そして調律と調和を乱すアナタたち時の軍勢を決して許しはしない!」
「許さなかったらなんだっての! どっちにしてもお前ら如きじゃもう世界の傾きは正せないっつーの!」
金杭と大鋸の応酬だった。
どちらも一歩として譲らない。互いが守り打つたびに火花が散って明滅する。
その一角だけ時が早回しであるかのような激戦だった。
いっぽうで大量の金杭が秒針を刻む。
残されたカナギエルへと一斉に襲いかかろうとしている。
「…………」
しかしなぜだかカナギエルは武器を構えようとはしない。
両手をフリーの状態にして瞳さえ閉ざす。回避どころか微動だにしないのだ。
ミナトは彼の不審な行動の意味を瞬時に理解する。
「まさかアイツ――ッ!?」
再度接近すれば金杭は一斉にまた2人の天使を狙うだろう。
つまりミナザエルを撃ちだし狙いを分断させたところで彼は役目を終えているのだ。
あとはすべてをその身に受ければもう数秒ほど彼女の攻めはつづけられる。
「ざっけんなァァァァ!!?」
ミナトは思考さえ追い越して行動に移っていた。
左腕を伸ばして狙いを定める。一瞬の躊躇さえなくフレクスバッテリーからワイヤーを射出した。
即時行動のわりに狙いは正確だった。蒼い糸はミナザエルの腕を捉え吸着する。
「オオオオオオオオッ!!!」
そして制止したままのミナザエルを我武者羅に引き戻した。
その直後に彼の立っていた場所へ金杭が蟻の如く群れたのだった。
ミナトは手元に戻った少年を思いきり胸板で抱き留める。
抱き寄せられたミナザエルは、「あ……」と小さな声で微かに鳴いた。
そしてミナトは彼の小ぶりな金色の頭を両手で引っつかんで眼前へと強引に寄せる。
「いくら2人掛かりだからって片方が死ぬのは違うだろ!! どっちかが死ぬような戦いをするくらいならはじめから戦うなんて選択肢をとるんじゃねぇ!!」
これは説教や説法の類いではなかった。
ただミナトの感情が優先して彼の行動を否定したというだけ。
鬼の剣幕で罵声を浴びせられた少年は、目を丸く、ぱちくりと瞬く。
「あ、あの……実はボクらって同じ命の共有体で……ミーナが生きていればマナで簡単に生き返れるから……」
なにやら驚き竦みながらも彼なりの言い分があるようだ。
しかし激昂したミナトの耳に届くものか。
「一生2度とやるなよな!! 勝手に死にたいのならせめてオレの世界の外で死ね!!」
(区切りなし)




