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BREVE NEW WORLD ―蒼色症候群(ブルーライトシンドローム)―  作者: PRN
Chapter.8 【天使の微笑みを求めて― Two Saint―】
229/364

229話【祈り女神VS.】執念と欲望の焦土 ハイシュフェルディン・ルオ・ティール 2


大波乱の聖誕祭


勝敗決する


望まぬ結末(バッドエンド)


その


向こう側へ


挿絵(By みてみん)


 それはもう自信に満ち満ちた宣言だった。

 教団騎士たちを前に恐れを知らぬ立ち振る舞いである。これではどちらが劣勢かわかったものではない。

 しかし耳を疑うのは敵方だけの特権ではないのである。


「はァ?」


「供物なのに?」


「魔物じゃない?」


 代わる代わる異口同音にただただ疑問を重ねた。

 ジュンも夢矢もリーリコでさえ釈然としていないのだからテレノアも、ザナリアでさえ、そう。この会場にいる誰もが東の発言の真意を汲みとれていない様子だった。

 種族、敵味方問わず頭の上にクエスチョンマークを浮かべている。ざわざわと粒を転がすように憶測を交わし、首を横へ傾けるばかり。


「……。それで貴方様はいったいなにを神の膝元にご用意したというのでしょうか」


 ハイシュフェルディン教が怪訝そうに眉を寄せながら低く問う。

 すでに匂わせていた余裕はなく、あれだけ広げていた笑みも閉ざす。

 きっと薄気味悪いだろう。追い詰めたはずの鼠がカラッカラと負けを認めず笑うのだから。


「なにを用意したとして教団側の優位は揺るぎませんよ。なぜなら我々は最高率で魔物を大陸の端々に渡り狩りとったのですから」


「まあそう急くものではない。それに貴方たち教団は真なる意味で最高率を成し遂げられたのだろうか」


「愚かな問いかけであるといわざるを得ません。我々は1個宗教であり1つの生命体として同じ夢を興じたのです」


 東はハイシュフェルディン教が言い終わる直前で白裾を翻す。

 大人が嗜む深い色の革靴でこつり、こつり。石の畳をテンポ良く刻みながら箱の1つのに歩み寄る。


「なれば是非教団のかたがたにもご覧いただこうではないかッ!! これが俺たちチームシグルドリーヴァの用意した極上の供物だッ!!」


 蒼をまとい沿う手を大きな木箱の蓋に添えた。

 そして笑みを深めながら 「刮目せよッ!!」豪快に蓋をはね除ける。


「はっはァ! 俺たち人間から神に贈る供物は正真正銘のお宝の山さッッ!!!」


「――ヌなッ!?」


 開かれた箱のなかには、その通りだった。

 決して嘘や妄言ではない。その証拠にハイシュフェルディン教は眼を零れんばかりに剥く。

 確かにそこには宝の山が築かれている。目の眩まんばかり。金、銀、各種宝石自然石、財宝が木の箱に詰められていた。

 これではそのまま宝箱(トレジャーボックス)である。しかも箱はひとつではない。

 夢矢は箱のひとつに駆け寄ってなかを覗きこむ。


「ちょっとこれ胴や鉄まであるよ!? 鉛にアルミの原料ボーキサイトまで入ってる!?」


「おいおいおいおい!? どっからこんな量の財宝が降って湧いたってんだ!? これじゃどんな魔法より魔法してやがるじゃねーかよ!?」


 味方であっても動揺を隠せずにいる。

 あり得ないものを突きつけられて目が釘付けとなっていた。

 突如として現れた莫大な財宝。種族たちは会場にどよめき、唸り、そして震撼する。

 聖騎士や月下騎士たちでさえその濁流の最中にあった。


「大量の箱を用意してくれといわれ急ぎ作らせたが……――ま、まさかこれほどのものかっ!!?」


「すっご~いっ!! これぜんぶ街や村に流通させたら宝石の価値が変わっちゃうわよぉっ!!」


 パンドラの箱を開けたら希望しか入ってなかった。

 否、大量の希望がこれでもかとぱんっぱんに詰めこまれているのだ。


「そうか! やっぱりこの聖誕祭のシステムには裏技があったんだな!」


 鼓動が、身が、打ち震える。

 ミナトは山なりの財宝を見てようやく東の策を理解する。

 この男のフザケた野望がそのまま箱の中に閉じこめられているではないか。

 魔物ではないモノで供物(スコア)稼ぐという裏技。しかもおそらく東ははじめからそれのみを狙い定めていたのだ。

 策を弄してにじり寄る。これこそが本気の勝ちの掴みかた。


「地底の目で財宝をかたっぱしから発掘しまくったんだ! しかも重機の剛力を使ってピンポイントに根こそぎ掘りまくった!」


 発症するように小癪な笑いがミナトの口元にも乗り移る。

 同時に胸につかえていたはずの不安のなにもかもが喪失した。

 見くびっていたのだ。敵も、味方も。とうにこの飄々とした男の策のなかにハマってる。


「さすがに重機だけでは手が足りないから海龍殿にもご協力いただいた。水圧で掘ると土も岩も関係なく木っ端微塵と穴穿つからな」


「科学を使った悪知恵か……! そんなものこの魔法やら魔物の世界で使ったら世界そのものが変わるぞ……!」


「なあに、世界は留まるものではなく変えるものだ」


 違うか? 東は片目をぱちりと閉じた。

 いまならば小癪なウィンクですら許すしかない。

 少なくとも成し遂げた男に抗う術をミナトは知らぬ。


『ふぁ~い。じゃあ供物を捧げちゃうからみんなどいてどいて~ぇ』


 ざわめく聖都のなかにふにゃふにゃとした声が響き渡った。

 ずずずん、ずずずん。轟音とともに重機が木箱を運搬していく。

 潮目が変わりつつあった。逆風が追い風へと、豪速で変化しつつある。


「ば、バカなァ!? こんなことがありえるはずがないのだッッ!?」


 ハイシュフェルディン教は震える手を握りしめていた。

 余裕を描いていた頬に冷ややかな汗が1本ほど、伝っていく。

 ここに至っていまだ目の前の光景が信じられぬとばかり。拳を強引に振るって聖衣の裾を流す。


「いくら地底の目があったとして到底不可能なはず!? 宝石などの稀少石がそこいらにごろごろ転がっているわけがないのですから!?」


「だから文明のないところで稼がせてもらったのだ。そう、文化的な生活する大陸種族のそのずっと向こう側から」


 声を荒げる相手に対し東は毅然とした態度を崩すことはない。

 さも当然帰結とばかりに指をパチン、と奏でた。


「そ、そんな未開の場所がいったいどこにあったとのたまうおつもりか!?」


 もはやなりふり構っていられないといった様子だった。

 ハイシュフェルディン教の荒れる一挙手一投足に尊厳などもはやないに等しい。

 そんな美を捨てた男を「ハァーハッハッハァ!」一笑する。


「とある文化を捨てた未発展種族の蔓延る(コロニー)があるじゃないか! エーテル国領土より東に位置する大陸面積およそ半分に至る巨大な穴――ドラゴンクレーターがなァ!!」


「ど、ドラゴンクレーターだとッッッッ!!?」


 天高くを貫くような慟哭だった。

 しかも愕然としているのは彼だけではなく、その部下たちも同様。

 つまり教団にとって意識の外。思いがけぬ奇襲。


「龍族は強靱がゆえ文化的形態のまるで違う! だからこそ龍の巣には文化的種族の側とは異なって宝飾の類いにほぼ価値はなく取り尽くされていないと俺は考えた! そして貴方がた教団は決してドラゴンクレーターに見向きもしないことも知っていた!」


「ま、魔物は……龍に食い散らかされほぼ存在しないため我々が立ち入る理由がないッッッ!!? はじめからそこまでの計算した上で採掘という答え1点に絞ったということですかッッッ!??」


「ご明察だ!! 俺ははじめからその1点のみに絞って――掘り抜いたのだッ!!」


 強靱なる龍の蔓延るドラゴンクレーター。

 魔物を求める教団にとって狩り尽くされている場所なんてものに興味が向くわけがない。

 だがしかし求めるものが違うこちらにとっては話が変わる。龍の住まう土地ならば石如きを掘るには最高率の場所といえた。

 東は白羽織の裾をわっ、と勢いよく開け広げる。


「これが人の叡智が成す新世界よりの力だ!!! 貪欲なれどその先に未来を求めつづける!!!」


 舞台の中心でスパンコールでも浴びるかのように両手で空を抱いた。

 すべてを翻弄するほどの圧倒的な策略だった。策という点では教団側よりこちらに軍配が上がって然るべき。

 なにより恐るべきは、東光輝という男たった1人がこの状況を作り上げたということ。

 すでに彼のチームメイトである若人たちは、ガッツポーズで勝利を噛み締めている。


「しゃあっ!! これだけの宝石があれば逆転までいけんだろっ!!」


「これで聖女ちゃんが勝って王になればようやくブルードラグーン号の修理に手がつけられるんだね!!」


「遠回りしたけどこれが最速。最短で確実に帰る手段が手に入る」


「じゃあじゃあ!! これで本格的にフレックスの鍛錬を開始できるってわけですなぁ!!」


 メンバーや聖騎士、月下騎士、入り交じっての大騒ぎだった。

 男女問わず、ハイタッチやハグをしたり、肩を組んで勝利を称えていく。全力で戦い抜いたからこそ湧き上がる本気の歓喜だった。

 だが、その勝利ムードを当の本人がいとも容易く打ち砕く。


「いや。喜ぶのは、まだ早い」


 東は真顔で聖火の炎をダークブラウンに映している。

 あれほど敵教祖へ見得を切っていたというのに、驚くほど冷静だった。


「俺たちはこの財宝の山を手にしてようやく対等というテーブルに着いただけに過ぎない」


 水を打ったように歓喜の渦が引いていく。

 すると遠巻きに「く、ククク、クヒッ!」喉から絞りだすような音が聞こえてくる。

 ハイシュフェルディン教はうつむきながら小刻みに肩を揺らす。


「我々教団が用意したのは宝石ではなく純粋な魔の物。聖火へ焼べる供物とするのにもっとも最適解とされているのは負の感情なのです」


 影で嘲笑うかの如き醜悪な笑みだった。

 未だ執念は燃えさかる。あの男はなおも諦めていないのではなく、諦める必要がないのだ。

 テレノアは怯えを掻き消すようにハイシュフェルディン教を睨みつける。


「ハイシュフェルディン教のおっしゃっていることは正しいです。あくまで聖誕祭は負の塊である魔物を浄化し聖火をより洗練させるためのもの。宝石などの供物では魔物以上の価値は望めません」


 口惜しげに震える唇を噛み締めた。

 一転して優勢が瓦解する。ぬか喜び。

 というよりこちらが裏技を使っただけにすぎない。本来の聖誕祭のシステム的にいえば教団側が明らかに正しいのだ。

 それを知っているから東は、頑なに聖火から目を離せずにいる。


「つまり俺たちより教団側のほうが供物1つあたりの利率が良いということになる。だから価値の違う宝石や鉱石のみでどこまで鎬を削れるかが未知数だ」


「そ、そんなぁ!? じゃあここからが本当の勝負ってことじゃないかぁ!?」


「チィッ! ここまできてようやく対等ってか! しかも東まで予測できねぇのかよ!」


 まだ勝ちではないと知ったジュンと夢矢は失意に喘いだ。

 そもそも聖誕祭の得点自体が曖昧である。神という上位存在がなぜこのような儀式を行うのかさえ定かではない。

 そうなるともうここから聖都を包みこむのは沈黙と静寂である。

 珠が地を揺らがし聖火へ供物を奉じる様子を指を咥えて見ることしか出来ない。


 ずずずん、ずずずん。


 機体上部を回転させながら木箱をゴト聖火のなかへと投じる。

 すると箱は燃え尽きなかの宝石が白炎のなかで飴細工の如く溶けていく。

 そうやって聖火がどんどん膨大に膨れ上がって火力を強めていった。


「…………」


 人だって、そう。張り詰める。

 聖騎士や月下騎士でさえ、つぐむ。運命のときまで見守る。


「…………」


 群れる種族たちですら張り詰めた空気のなかに浸った。

 もうここからは祈るしかない。

 静寂、沈静。祈り、結ぶ。そうやって時を待つ。

 いまばかりは神に縋るのが最善とさえ思えるほど。逼迫する。


『これで最後のひと箱だよぉ~……あ~だるぅ~』


 そして腑抜けた声とともに重機は最後の箱を聖火へと投じたのだった。

 結果は、一目瞭然だった。

 教団側が奉じたときと比べて聖火の大きさは、さほど。

 白炎はいわば未知数のバロメーター。はじめのころと比べてすでに10メートルはゆうに超えるほど育っている。

 しかしあれだけの数、宝石や鉱石をありったけ奉じたというのにそれほど成長していない。

 教団側が奉じた聖火の成長具合と比べ、明らかに聖女側の供物は劣っているのだった。


「…………ダメか。ここまでやったのに……クソッ」


 光景は、聖女側の敗北を物語っている。

 ミナトは耐えきれずぴしゃりと片頬に手を当て落胆した。

 もうこれですべてだった。やれることはすべてやったのだ。そして敗北した。

 聖女側は狂おしいまでの絶望的様相を呈している。崩れ落ち、涙し、頭を抱える。

 よってテレノアの死が確定した。敗北者として聖火に身を投じ焼かれる運命が決する。


「せい……じょ、さま!」


「いいんですザナリア様。勝ったのは貴方のお父様なのですからここで泣いてはいけません」


 テレノアは淑やかに首を横に振るのだった。

 変わらぬ微笑を浮かべながら涙ぐむザナリアの頭をそっと薄い胸に抱き寄せる。

 それは永遠の別れ。今生、2度と巡り会わぬ、死という別れ。


「こん、な!? こんなことが、なぜ、許されるのですか!? どうして神なる儀式に血が流れなければならぬのです!?」


「…………」


 テレノアはなにもいわなかった。

 ただ抱き留めたザナリアの銀燭な頭を静かに撫でるだけ。

 いっぽうでハイシュフェルディン教は聖典を胸に恭しく礼をする。


「神の御心のままに。我々の勝利は神の望み賜う絶対的な御意思なのですから」


 勝ち誇る。それだけの価値があるのだ。

 しかし誰ひとりとして聖火台周囲に祝うものはいない。

 身体を叩くような喝采もなくば、勝利に酔う鼓舞すらひとつとして上がらない。ときおり聖女を尊ぶ種族たちの啜り泣く音が聞こえるくらいだった。

 そして判決を執り行うが如く、高く掲げられた神官の杖が落雷のようにして石畳を叩く。


「奉納は終えられた!!! これにて聖誕祭の勝敗を神託にて授か――」


 裁定が下る。

 二者択一は、揺るがぬ。

 そしてそれこそが平等な終幕だった。


「待っていただこう。まだ我々は奉納を終えていない」


「……?」


 が、神官は振りかぶった杖をピタリと止めたのだ。

 悲しみに憂う者たちが一斉に顔を上げる。みなが縋るように突如声のしたほうを見た。

 こつり、こつり、こつり。固い革の底を奏でながら聖火台へと歩み寄る影が1つほど。

 ハイシュフェルディン教はニタニタと口角の端を歪ませる。


「この期に及んで諦めが悪いようです。とはいえはじめから無駄な足掻きだったのですがねぇ」


 なおも食らいつこうとする。

 そんな往生際の悪さを目の当たりにして勝利を滲ませながら笑みを作った。

 しかし革靴の音は彼を素通りしていく。白き裾を浅い川のように流し、流し、流す。


「ハイシュフェルディン教。貴方は先ほどその口で確かにこういったではないか」


「……はい?」


「忘れてしまったのなら思いださせてさしあげよう」


 振り返り、笑む。

 あの世界で見たときと同じ。聖火台を背負い、笑む。

 この世界でもここが中央であるとばかりに、笑む。


「隠し球とは隠しておかねば意味がない、とな」




(区切りなし)


挿絵(By みてみん)


最後までお読みくださりありがとうございました!

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