226話 真・聖誕祭開幕!《Preーwar》
「あっ! おーいミナトくーん!」
聖火台会場に到着するほぼ同時だった。
中性的かつ愛くるしい物体がこちらを発見するなり満天の笑顔を広げる。
そして男子にしては長めのさらさらな髪を振りながら駆けてくる。まるで主人を待ちわびた子犬のようにこちらに向かってくる。
「え、と……両手広げてなにしてるの?」
「せ、背伸びをしてただけだ! いやあルスラウス大陸の気候最高だなぁ!」
てっきりそのまま抱きしめる流れかと思えば、寸前で止まってしまった。
久しぶりの再会に熱いハグかと待ち受けていたミナトの思惑が外されてしまう。
きょとん、と。小首をひねる夢矢からいそいそ視線を逸らすのだった。
どうやら会場に到着したのはミナトが最後だったらしい。会場にはすでにブルードラグーンの面々がほぼ揃い踏みとなっていた。
そしてもちろん颯爽とした中年が当たり前の如く高笑いをする。
「ハァーハッハッハァ! ようやくご到着とは重役出勤ご苦労なことだなッ!」
「こっちは数10kmも離れた誘い森からでてきてるんだ。お前らみたいに近所じゃないんだから小さい嫌みをいうんじゃないよ」
「はっはァ! 別に嫌みというわけではないぞ! ただその顔を見るとなぜだか無性にからかいたくなるというだけだ!」
東に緊張の色は微塵も見てとれなかった。
この運命の帰結ともあろう日にでさえ平常運転。肝が太いのか、それとも自信の裏付けか。
本日はついに聖誕祭の最終日となっている。すでに種族たちが集い会場は大いに賑わい温まっている。
神聖なる儀式の終幕ともあってか聖火の前には最後に祈りを捧げようと長蛇の列が伸びていた。
「我らが祖父たるルスラウスよその御名をどうか御讃えさせてください」
「全能なる我らが神よ。永劫なる安らぎが世々常々に限りなくあらんことを」
修道士、主婦、冒険者でさえ聖火の白炎を前に膝を折って祈り結ぶ。
会場の至る箇所に天秤や飾り剣、3つ叉の槍などが置かれ、聖都全体が神聖さをまとう。
そして祈りを捧げ終えた者らは決まって聖火へ十字架などの宗教的物品を投げ入れていく。
――なにやってんだあれ? 祭りのゴミ処理かなんかか?
『そんなわけないでしょ。ああやって天界に住まう神や天使へ供物を捧げているんだよ』
――ほぉん?
ミナトにとって儀式というのは未だ腑に落ちぬものでしかない。
だが会場を彩るのは種々様々なあらゆる種族たちは、違う。
狼面の雄々しき者も、半身馬の凜々しき者も、2種2足の長耳たちでさえ今日という日に幸福と成就を願っているのだ。
そして誰彼構わず、種族さえ垣根を越え、新たなる聖女誕生への期待に胸を高鳴らせている。
ミナトが遠巻きに会場を眺めていると、肩に大柄な手が「よぉ」気さくに置かれた。
「ところでそっちの修行のほうは上手くいってんのかよ」
ジュンが兄貴笑顔で快活に笑う。
筋肉質な彼の後ろからリーリコがひょっこり顔を覗かせる。
「こっちも大事。でも決闘ももっと大事。アナタが集中すべきは後者なのだから」
どうやら2人とも心配をしてくれているようだ。
なにより帰還するための通過儀礼は聖誕祭と決闘の2つ。どちらかが欠けてもノアへ帰還は成らない。
ミナトは厚手の農夫服の袖をまくってから腕を組む。
筋肉のついた肩の辺りが丸くコブだってスジを浮かす。
「最近は筋トレをそこそこに鉄の棒を振り回しまくってるよ。身体と体力がついてくるようになったから本格的剣の鍛錬なんだと」
「あはは……鉄の棒って凄いいいかただね」
あっけらかんとした言い草に夢矢が苦笑で応じた。
近ごろミナトは森のなかで剣を振り回すという鍛錬ばかりを行っている。
強くなるためには筋肉が必要。筋肉をつけるためには体力が必要。それらすべてを攻略してようやく本番の剣術指南にとり組む。
「正直5分も全力で動いたらヘロヘロになるんだけど、それは手で剣を振っている証拠です! 手ではなく身体で振らないとダメです! とか、色々指導を受けてるところかな」
指を立ててモノマネを交えるが、やはり似ていない。
リリティアの扱きはなかなかにハードで、日々疲弊との戦いでもあった。
「そう聞くとやっぱ大変なんだなぁ~。俺らはフレックスの筋力増加効果で無理くりぶん回してっかんな」
「それは授業をまともに受けていないジュンだけ。私たちは適正のあるアクセル武器をちゃんと特訓して扱っている」
「ま、まあジュンのは剣というより守りの盾に近いから武器自体あまり関係ないってこともあるかもねぇ~」
5日りほどの再会で雑談に花が咲く。
それほど離れていたわけではないし、会おうと思えばいつだって会いに行ける。
なのにやはりというか懐かしさが全身に染みてくるのは不思議な感覚だった。
「ごきげん如何でしょう人種族の皆さまがた」
人間の少年少女が団らんを交わらせていると、鉄を束ねる音色が混ざる。
一党らが振り向けばそこには騎士が佇んでいた。
美麗な面影に似合わぬフルプレート。そして彼女は線の細さに似つかわしくない大柄な剣を腰に下げる。
その麗しき姿を確認したチームシグルドリーヴァの面々は「あ、べっびんさんだぜ」「美人さんだねぇ」「美人」嬉々として感想を口にした。
登場したザナリアは呆れ立てたようにたまらずとばかりに頭を抱える。
「それ……毎回やるんですね。とはいえ褒められて悪い気はしませんけど……」
やれやれ、と。首を横に振ると銀色の髪が交互に揺らいだ。
とはいえジュンたちの目から見てもいつも通りということ。
最終日たといういうこともあってか緊張している部分も見られる。しかし数日前のころのよう表情に疲れややつれなどはこれっぽっちもない。
「ずいぶんといい顔つきになったな。その調子だとちゃんと自分の信じられるものを見つけられたみたいだ」
ミナトがゆったりとした口調でふふと微笑む。
するとザナリアは慌てたようすで後ろ髪を振るみたいに顔を背けてしまう。
「お、おかげさまで……! と、というか貴方まで顔の感想をいうのは止めてください……!」
真っ白な頬がかああ、と薄紅色を浮かべた。
日の下に燃える火の如く赤面する。
こうして会場に足を運ぶのにだって抵抗はあったはず。しかし見たところ彼女は万全のようだ。
そんなミナトとザナリアの裏ではなにやらコソコソ話が繰り広げられている。
「なあ? もしかしてだけどべっぴんさんあの件のことまだ知らねぇのか?」
「たぶん知ってたら聖女派である僕らと顔合わせずらいと思うし、きっと知らないんじゃないかな?」
ジュンと夢矢がザナリアに聞こえぬよう密談を交わす。
父ハイシュフェルディン教の行った聖女誘拐と彼女はまったくの無関係であるところ。
だがどちらにせよ本日中に聖女誘拐の事実と直面することとなる。
きっとこの後ハイシュフェルディン教自身のてによってテレノアは現れる。聖火へ焼べる最後の供物として。
「これからたぶん色々知りたくないことや残酷なことを目の当たりにする。それでも最後の瞬間までこの場に残るのか」
これが本当の最終確認だった。
ミナトは気を引き締めながらザナリアに問う。
すると彼女もまた表情を引き締めてこくりと縦に頷く。
「最後までやり抜けとおっしゃったのは貴方のほうでしょう。だから、その……努力しようとは考えています……」
指を揉みながら徐々に音量が尻すぼむ曖昧な決心だった。
迷い6分、決意4分といったところか。
己の肉親の命が懸かっているのだから完全に決心を固めるのは難しい。
それでもこうして聖誕祭最終日に聖火前へやってきたことが彼女にとっての懸命なのだろう。
そして幾ばくと待たぬうち。ちょうど中天から陽光が降り注ぐころに縁者たちが集おうとしていた。
「ハイシュフェルディン教だ!! ルスラウス教団の騎士たちがここに向けて行進してくるぞ!!」
「道を開けろおおお!! 聖者の行進を妨げることはまかりならん行為ととられかねんッ!!」
遠間から怒鳴り声が響き渡った。
すると種族たちの賑わいは喧噪を奏でながら左右に捌けていく。
祈りを捧げていた者も、祭り肴で酒を煽っていた者たちも、全員が1本の道を作るべく割れたのだった。
そして大路地の向こう側から鉄靴、鎖靴が。重々しくも尊厳ある靴音で石畳を削りながら押し寄せてくる。
まさにそのさまは列挙でしかない。列を成し去来する様は多数が1個体であるかの如し。
はじめてここ聖火会場でミナトが見た騎士の10倍にもあたる壮絶な光景だった。
「全国各地から集結させたにしてもずいぶん大きく膨れ上がったもんだなぁ。あの数相手にして本当に勝てるのかぁ」
『グリーブとボレインがこすれる鎧の音色、つまりあれは戦の音だよ。もはや教団という枠組みを超越した大国家の軍勢といっても過言ではないね』
これには遠見をするように目を細めて喉を唸らせるしかない。
数の暴力ここに極まれり。あちらが軍勢であるならこちらは部隊ていどの数しかいない。
会場で待ち受ける聖騎士や月下騎士なんて吹けば飛ぶような数だった。
会場手前まで到達した騎士の行進は、3度ほど空踏みをしてから剣を立てて足を止める。
さらに規律ただしい機敏な動きで列を左右に別れて中央に道を作った。
「今日の佳き日に完全なる世界の再誕を祝いましょう。そしてこの掛け替えのない運命の収束点にて偉大な神へ胸いっぱいの弾けんばかりの感謝を唱えましょう」
ついにあの男が現れる。
莫大な騎士のなかをゆったりとした口調で、裾を流す。聖典を胸に讃えながらこちらに向かってやってくる。
聖衣に身を包む。銀糸の髪には十字を刻んだ帽子を被って、首から天秤を象った金を垂らす。
そして傍らには華やかなドレスに身を着飾った聖女テレノア・ティールを引き連れる。
「それでは最終幕を開きましょう。そして――今日をもってルスラウス世界に新たなる歴史の1頁を刻みつけるのです」
これより聖誕祭最終決戦の開幕となった。
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