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BREVE NEW WORLD ―蒼色症候群(ブルーライトシンドローム)―  作者: PRN
Chapter.8 【天使の微笑みを求めて― Two Saint―】
208/364

208話 焔明かり満つる子龍《Happy Birthday!》

挿絵(By みてみん)


仮の名

巫女の残す

真名


生命の神秘

常識の範囲外


焔明かりの

継ぐ子

 レティレシアは、コルセットの巻かれて強調された丸い腰を猫のように揺らがす。

 生え伸びる産毛の2枚羽が身を振るだけで風を起こす。

 高い位置で括った髪が深い川のように流れて翻った。


「あの子は……最後にテメェになんて告げた?」


「……へ?」


 感情の抑揚もない粛々とした口調だった。

 だからミナトも思わずとぼけた音を漏らしてしまう。


「約束は守るんだろ。ならあの子が最後にテメェへ残した言葉を聞かせろ」


 レティレシアはこちらに振り返ろうともしない。

 まるでもう締めであるとばかり。ミナトに対しても興味を失っているような様子だった。

 ミナトは彼女越しに開かれた扉の奥の背景に目を逸らす。

 グリーンバックな森のせせらぎがキラキラと輝きながらひしめいている。


「なんでも良い。どんなくだらないことでも良いから教えやがれ」


 こちらに一瞥すらしない。ただ背で語るのみ。

 とはいえそんなぶっきらぼうな問いかけにも、もう慣れつつあった。

 ミナトは、約束を守ってくれた礼としてイージスとの最後を思い巡らせてみる。


「確かごめんなさいって、そういってた気がする」


「そうかよ」


「もっと知りたいかもしれないけど悪いな。なにせあのころは諸事情があってオレ自身の記憶が薄いんだ」


 記憶が朧気なのは、心がその身に宿って幾ばくもしなかったから。

 イージスとミナトが共有した時間は、さほど長くはない。

 それでも強烈に印象に残っている。それこそ決して忘れないくらい。

 ミナトにとって彼女とともに過ごしたのは掛け替えのない宝物だった。


「……腰に下げてた剣は何本だった?」


 なおもレティレシアは振り返ろうとしない。

 ミナトは、質問の意図が読めず首を傾げる。


「……? エルツァディアムのことをいってるのか?」


 現想刀エルツァディアム。

 それはイージスの手から暁月信に託された刀だった。

 

「あれなら信……イージスがでていくまえにオレの友だちへ渡していったぞ?」


「チッ……もういい。その反応だけでもう1本を見てねぇってことがよぉくわかったぜ」


 もう1本。確かにいまレティレシアはそう口にした。

 その通りだった。ミナトの記憶のなかにももう1本は存在する。

 しかしそれは剣ではない。イージスの主軸武器のことをいっているのであれば、剣とは呼ばない。


「もう1本? もう1本って……イージスのもつメイン武器は騎士槍だよな?」


 少なくともミナトの記憶のなかに立つ彼女の装備は、騎士槍(ランス)

 腰に剣を下げていたが、それは幻想刀エルツァディアムのはず。

 そしていつもイージスが好んで使用していたのは長尺の槍である。

 荒廃した土地で流麗な銀の髪を流し、振るう。人の生身では到底奮えぬほど巨大な槍。つまり剣ではない。

 レティレシアは半身ほど横に身体を開いてからミナトに向かって血色の瞳を光らせた。


「もういいこの話題はその足りねぇ脳みそからいますぐ消せ。知らねぇままってことは知らなくても良いってこった」


 もう用は済んだとばかりに視線を背いて手を掲げる。

 空間に流々と渦巻く鮮血色の門が現れた。

 ミナトはぼやりとしながらその帰り際を眺める。


「またな」


 なんとなく別れの言葉を口にした。

 別れ間際に告げる常套句というやつ。これといってとくに感情もなにもなかった。

 この粗暴女とはこれから先もうまが合わないのだろう。横柄な態度や冒涜的行動は未だ気に食わない。

 だが、有益な情報を包み隠すことなく教えてくれたのも事実だった。

 こんな場所にご足労いただいたのだから、いちおう。

 それと、イージスの親友というのであれば最低限の礼くらい払ってやっても良い。

 唐突に木板を踏み掛けた蹄のヒールがぴたりと止まった。


「…………」


 ミナトは立ち止まるレティレシアを不審に思って眉を寄せる。


「うん? 帰らないのか?」


 手をレティレシアのほうに伸ばしかけて、改まった。

 肩口だけならまだしも腕ごとすっぱりいかれたらたまったものではない。

 一瞬だけ本当に小さな音で「……ちっ」舌を弾く音が響く。


「世界の境界を飛び越えることが可能なモノを余の世界では、特異点(シンギュラリティ)と呼ぶ。その2つ名をもつ唯一無二の真名は、イージス・F・ドゥ・グランドウォーカーだ」


 覚えておけ。そう、レティレシアは別れの言葉さえ告げようとはしない。

 こちらが問い返す間もなく足早にゲートのなかへと消えてしまったのだった。

 ミナトは、驚異の撤退に安堵を覚えて頭をガリガリと掻く。


「相変わらず変な女だし露出は凄いしだなぁ? あのスカートの長さだと髪の毛で隠れてなかったら尻が零れてるんじゃないか?」


 問題はいまのところ山積みだった。

 1つ1つ処理をしていくことを考えただけで頭が20gくらい重くなる。

 しかし冥府の巫女を呼びこむという危険を犯しただけの収穫は十分にあった。


「イージスの本当の名前はイージス・F・ドゥ・グランドウォーカー。そしてリリティア・F・ドゥ・ティールの娘で、レティレシアの親友ね」


 近い記憶を脳に刻むようまとめつつ口にする。

 イージスが、ミナトに与えた名もまた、ティールだった。

 この世界で言うなれば、エーテル領土に故郷を置く、という意味なのだとか。

 ここで肝心になるのは住まう、ではないということ。心の置き場がその土地であるという意味になる。

 エルフ領なら、アンダーウッド。ドワーフ猟なら、ロガー。龍族の根づく東の地では、ハルクレートというらしい。

 人の世では血縁で名字とラストネームを決定するという定めがある。それだけに異世界ならではの文化といえる。


――イージスがティールと名乗っていたのも心はこっち側にあったってことかね?


 考えて答えが出るような話題ではないことくらいわかっていた。

 だが、故郷をでて百余年に至り外世界を流浪する。悠久の旅路の軌跡に故郷を思う日もあったのかもしれない。

 そして奇しくも遠く故郷から離れた土地に新しく生まれた命がある。


「はむっ! はぐっ、はぐはぐっ!」


 次々と貪るように平らげていく。

 口に入りきらぬ量を両手に構え、呑みこむたびに次を頬張る。

 そんな小さき者の前には、リリティアの手によって手早く用意された肉が詰まれている。

 脂の弾けるまったりとした香りがむせかえりそうなほど、部屋中に充満していた。


「はぐっ、はぐっ、はぐはぐっ!」


 山盛りの食物と対峙するのもまた、龍なのだとか。

 大食漢ではなく、龍。小さいながらやはりというか、龍なのだ。

 しかしてその姿に威厳尊厳の類いは付随していない。


「まさか卵のなかで性別を決めてしまうだなんて……とんでもないことですよ、これ」


「こ、これはかなーり由々しき事態だよ……。お母さんである焔龍にバレたらなにをいわれるか……」


 リリティアとスードラはとっぷりと頭を抱えてしまっている。

 新生した子の姿が問題だったらしい。

 2人の話によると龍が種族の姿を決める機会は、1度のみ。なのに遅生まれの小龍は卵のなかで姿形を決めてから生まれてしまったのだとか。

 予期せぬ事態だった。どれくらい予期しないかといえば、スードラでさえげんなりと尾と頭をうな垂れるほど。


「しかもどこからどうみても元気な女の子だよねぇ? なにも切っ掛けがないのにどうしてそっちを選んじゃったのかなぁ?」


 つい、と。リリティアの金瞳がソルロを捉えた。

 いっぽうでソルロは大食いの女児を物珍しそうに眺めている。


「もしかしてですけど、海龍がソルロさんを見て小さい子が可愛いってたからじゃないんです?」


 スードラは前髪が浮くほどの速さでリリティアのほうを向く。

 中性的な顔には笑顔が貼りつけられており、口角がひくひく痙攣している。


「そ……そんなことないんじゃないかなぁ?」


「でもどうやら卵のなかで色々情報を蓄えてたみたいですよ? 外の世界を知らない状態であの姿になることは不可能だと思いますし?」


 由々しき事態の元凶に祭り上げられてはたまらない。

 スードラは木床を尾で叩きながら声を荒げる。


「じゃ、じゃあ焔龍の子があの姿で産まれてきたのは僕のせいってことかい!? だとしたら僕、焔龍にもの凄いことされかねないんだけど!?」


「さすがに早急な断言はしないですよ。ただ貴方の口にした可愛いというワードに憧れてしまったという可能性があるという課程の話です」


 なにやらあちらではわいのわいのとやっていた。

 そうしている間に子龍は皿を呑みこむかと思うくらいの暴飲暴食を決めこんでいる。

 どうすればその小さな身にそれほどの食料が入るのだろうか。その食事風景はさながら大食い。

 心配になったミナトは腰を屈めながら子龍の横に立つ。


「もっとゆっくり食べたほうがいいんじゃないかな? ほら、生まれたて……ぁー、だしさ?」


 なるべく怯えさせぬよう声を潜めた

 それから視線の高さを合わせることも忘れない。


「ひっ!」


 ひくっ、と。小さな肩が僅かに跳ねた。

 食事の手が止まる。椅子からたらりと垂れた赤き鱗尾もピンと伸びて硬直する。


「……いじめるの?」


 細く、高く、弱々しい。丸く、繊細で、頼りない。

 そういって子龍は鮮やかなルビー色にミナトを映すのだった。

 じわりと目端に涙が浮かぶ。水面に浮かんだ瞳がうるうる滲んでいく。


「いや、いじめないいじめない。新生児をいじめるってちょっとオレのボキャブラリーにはないよ」


「よ……かった、です」


 そうして子龍は豪快な食事を再開するのだった。

 赤い瞳に赤い髪。それから背には赤い翼が2枚ほど、赤い鱗尾もむっちりとしている。

 どうみても龍だった。そしてどう見ても女児だった。あとどう見ても新生児であるものか。

 これにはさすがに色々我慢していたミナトも限界を迎えるしかない。


「おいこれいったいぜんたいどういうことだァ!? なんで生まれてはじめて口にするのが母乳じゃなくてギトギト肉厚のステーキなんだよォ!? ミルクと離乳食スルーとかやりたい放題かお前ら龍族はァ!?」


 無茶苦茶加減に嫌気が差した結果の暴発だった。

 というより己の常識が否定されるような気分だった。

 生まれたばかりの子供がおよそ10才の姿なわけがないだろう。その上、生えそろった歯で肉を貪るわけがないだろう。

 無論、その怒りの捌け口は子龍ではなく大人のほうである。

 するとミナトから少し離れた位置に立っていたスードラがようやくこちらに気づく。


「いっておくけど生まれたての龍には気をつけなきゃダメだからねー! そのちんちくりんな姿でも余裕でキミより強いからー!」


「一生マジか!?」


 それを聞いてミナトは刹那に青ざめた。

 慌てて飛び退く。龍の子から迅速に距離をとる。


「子供で常識がないぶん大人の龍が色々教えてあげるんだよ。つまり大人の龍くらいでしか制御出来ない超危険物って意味だね」


 スードラはのんびりと龍の子に歩み寄る。

 そっと小ぶりな頭に手を添えた。


「……っ」


 触れられたことで子龍は一瞬手を止めた。


「はぐっ、はぐっ、はぐはぐっ!」


 が、再び食事に戻る。

 よほど腹が減っていたのだろう。一心不乱になって肉を絶え間なく飲み干していく。

 ミナトはしめたものとやってきたスードラの背後へそそくさ回りこむ。


「そういう危ないことは先にいえよな!? ってかそんな核爆弾クラスにヤバいものを連れこんでるんじゃないよ!?」


「あはは。逆にここだから焔龍も白龍に頼んだんでしょ? だってここ周りにキミくらいしか死にそうなのいないし?」


 いわれてみれば。ここは人気のない森のど真んなかではないか。

 ミナトはぐうの音もでない正論に黙るしかなかった。




☆  ☆  ☆  ☆  ☆



挿絵(By みてみん)

最後までお読みくださりありがとうございました!

※名前の発表は後の話で



※なお母親


挿絵(By みてみん)


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