207話 先導する光《A Small Shining》
――オレの力……!
心が跳ねるのがわかった。
膨らむ鼓動の脈動によって全身へと血が巡っていく。
使えぬ己を妬み、ひがんでいた。友と外面良く接していてもそれは上っ面でしかない。真の意味で対等に接すことさえ出来ていなかったと断言できるほど、悔しかった。
ジュンや夢矢含むチームシグルドリーヴァの面々でさえ、嫉妬の対象だった。
使える側の人間を少なからず疎んでいたのも事実なのだ。
――そうだ!! オレは落ちこぼれなんかじゃなかったんだ!!
額に拳を添えて祈るは、神にあらず。
頬に伝うのは、悲しみにくれたあの日の涙にあらず。
――オレにも使えるんだ!! オレにだってみんなと肩を並べて戦える力が眠っていたんだ!!
そうやって焦がれ、憧れ、夢想しつづけた。
狂おしいほどに欲して縋って追い求めた。死神と疎まれながら生きた。苦しみ喘ぎながらも地を這ってでも生きつづけた。
そして世界を超越し、いまようやくその身に募った負債の正体が判明した。
神羅凪の呪いさえ解ければ、その身に莫大な蒼が目覚める。
そしてそれは帰還するために求めていた戦力という点を補えるかもしれない。
だが、その儚い夢を叶えるためには大きな障害が待ち構えている。
高くそびえ立つことを忘れてはならない。
「おやおやミナトくんってばずいぶんと嬉しそうじゃないか」
スードラだってそれがわかっているから止めようとしていた。
どうあっても勝てっこない。そう、種族的な観点で理解しているからこそ友として 生 き る 道をミナトに提示しつづける。
「早とちりするには早すぎるところよね。肝心の力は半年後にリリティアと決闘して勝たなければ手に入らないんだから」
「しかも白龍は僕ら龍族のなかでも極めつけさ。ヒュームとほぼ同格のキミが勝負を挑むっていう時点で大爆笑モノだよ」
なんて。呆れかえった様子でも声色は朗らかだった。
スードラとユエラは、心のなかで喜びに咽ぶ1人へと、親しげな瞳を向けている。
ただしレティレシアだけは場の空気にそうそう絆されるようなことはない。
「おいリリィ……まさかテメェ……」
卓から長く伸びた足を下ろす。
踵の代わりに肘をつき頬杖をつきながら睨みつける。
「あの子がこのクソエロガキに力を託したんじゃなく、授けたとでもいいてぇってのかよ?」
「あくまで可能性のお話ですよ。なにより私があの時本気でミナトさんを殺めなかったのは、母としてあの子の意思を尊重したというだけです」
それを聞いたレティレシアは口端を歪ませながら目尻を吊り上げた。
鋭い殺気をリリティアへ迷いなくぶつける。
どうやら女性に対しての怒りと男に対しての普通は同じ感情らしい。
「……それをわざわざ余へ知らしめるためにいまこの場に召喚して一芝居打ったってのか? だとしたらなかなか調子こいたマネしやがるじゃねぇのよ?」
低く、地の底から轟くような疑問だった。
それだけで児童くらいならば容易く泣きだしてしまいそうな緊迫感が籠められている。
血色の瞳が剥かれて怒濤の殺気を帯びた。
「なんのことでしょう? 私はとってもご説明がお下手なだけですよ?」
しかしリリティアは、なんのその。
微風に吹かれたくらいすんと澄ましながらくるり、くるり。立てた指を指揮者の如く回すばかり。
「っ、ざけやがってこの三文芝居屋が」
すると存外呆気なくレティレアのほうが引き下がったのだった。
おそらくそれこそが歴然とした差というやつなのだろう。やはり棺の主である彼女にとっても龍であるリリティアは驚異なのだ。
だからこそ多少の怒りは鞘におさめるしかない。
もしミナトが同等の無礼を働いたのならこんなモノで済まなかっただろう。
さて、と。リリティアはヒリつく空気を手で打ち払う。
「ようやく色々と事実が判明したことで勝負に熱が入ってきたという感じですね。ならばそろそろお互い本気になる頃合いです」
と、唐突に立ち上がるって白裾を翻した。
質素なれど貧相ではないロングドレスのスカートをゆらり揺らがす。
そうして背を丸くしながら祈りを捧げるミナトの肩にそっと手を触れる。
「ですが無論のこと、私も決して手加減はしませんし、なにより負けるつもりも毛頭ありません」
微笑みはすでに閉ざされていた。
ミナトを見つめる瞳は燃え滾るが如き焔を映しだす。
流麗な金色の髪もまたグラデーションするようにして朱色へと変化していく。
「いいですか。この決闘でミナトさんが成すべきは成果です」
焔色とは、彼女の身が龍であることの証明だった。
さらにその華奢めいた背にも大きな翼が2枚ほど生え伸びていく。
ロングスカートの裾からたらりと白き鱗尾がこぼれ落ちる。
「あの子が貴方に託した神羅凪は元より我々大陸の民もまた渇望する大いなる力の根源です。それをミナトさんに譲与するかどうかを決定するための場が決闘というカタチにおさまっていることを忘れてはなりません」
それはミナトにとっていまようやく見るリリティア本来の姿だった。
身からあふれた橙色をした炎粒が幾重にも舞う。
その佇まいはに普段の安穏とした彼女はいない。腰には剣を履いて、特別に美味な手料理を振る舞うコックではなくなっている。
肉体そのものは人と同様の2手2足であれど、魂の側はどうしようもないほどに荒々しくも華美たる龍の姿だった。
「私が貴方に与えているのは、機会です。あの子の親友であるレティレシアも、母である私も、棺の間の救世主たちまでもが、貴方を試しているだけに過ぎないんですよ」
これは優しさではない、ということ。
この場においてリリティアは、その口ではっきりと事実を明かす。
「本来であればミナトさんたちが帰還を願うということ事態が予定外でした。その力は本来こちらの世界で必要になり得るものだったんです」
利もなくどこぞ馬の骨とも知らぬ少年を拾うはずがない。
当然トレーニングに付き合ってくれるユエラだって同じ思想の元に集っているのだ。
決して慈善事業、あるいは1人の異世界の人間が可愛そうで手を引いているわけではない。
「ですから貴方はレティレシア含む棺の間の救世主の理解を超えてください! 無理矢理にでも納得させるだけの結果をだし、勝ち得なさい!」
烈火の如き叱咤だった。
母を知らぬ少年でさえそれが激励であると気づく。
屋内の者どもは1人を一心に黙したまま見つづけている。
その色鮮やかな種の瞳で見守りながら、その答えを待っていた。
「……上等だ」
ゆらり、と。抜け殻のようにして椅子から立ち上がる。
そうして伏せた面を叩き起こすように前髪を思い切り掻き上げる。
「うだうだと御託を並べるのは性に合わない。だから1つだけ、オレにチャンスをくれたリリティアたちに感謝を籠めて伝ることにする」
生きることには、慣れていた。
抗うことは、得意だった。
つまり死なぬことこそが、生誕してからの人生である。
いずれその黒き瞳は蒼を宿す。向かう朱色よりも鮮明な空色を描く。
「他種族が龍族に勝てないってのはこっちの世界の話だ! だけど こ っ ち の世界にはそんな負け犬の道理なんて過去1度として存在したことはない!」
「ではその1度目と最後が貴方になるでしょうね。人間風情が半年ていど抗って勝てるほど龍とは低い位置にいないということを知るでしょう」
リリティアとミナトが正面切って向かい合う。
ただ整然と向かい合うのではなく、これは口火。
決して邂逅するはずのなかった2人が、いま決闘者として対面する。
「オレにも故郷を守るためにこの力が必要だ。イージスがオレに唯一残してくれた神羅凪の力が」
「はいそれは重々わかっています。しかし私たちにもその大いなる外種族の蒼き力が必要なので負けてあげられません」
燃え上がるような朱が、開眼した。
それが彼女の――種族としての――真の姿いうことだろう。
リリティアは、覚悟の決まったミナトの前で本来の龍を披露してみせたのだ。
ならばこちらとてその流儀に倣わねば無作法というモノ。
耳の軟骨辺りに触れると、ALECナノコンピューターが起動して視界にモニターを映しだす。
と同時に、左の肩に盾の描かれたトラントリップが明確な輪となって浮かび上がった。
そこへミナトは手を掲げながら形式を整える。
「改めてオレの名はミナト・ティールだ! イージス所属マテリアルリーダー――ま……ま、てりある……わん?」
ちょうどいいところだった。
決め所でミナトはふと、異変に気づいてしまう。
卓の中央には、藁のクッションが置かれている。
それはもう本日はじまってからずっとそこに鎮座している。
「う、う、うう、う――」
ミナトは、唇を震わせながら卓の中央を凝視した。
卓に置かれた藁の上には、橙色をしたそれはもう美しく大きな卵が置かれているのだ。
その卵は、聞くところによれば龍の卵であるというではないか。
そんな卵に僅かながら切れ間、ヒビよりも大きい裂けた亀裂が入っている。
「…………」
龍の卵が割れていた。
そしてなかから2つほど。闇にぼんやりと光が浮かんでいる。
現在のリリティアと似た朱色が、ミナトのことを卵のなかからじぃぃと見つめていた。
「う、生まれるううううううううううううう!!?」
直後にミナトから発された驚愕が森中へと木霊するのだった。
重苦しい雰囲気をまとっていた室内は一挙に騒然とする。
新生命の爆誕によって、――もう決闘とか――それどころではなくなってしまったのだった。
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