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BREVE NEW WORLD ―蒼色症候群(ブルーライトシンドローム)―  作者: PRN
Chapter.8 【天使の微笑みを求めて― Two Saint―】
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206話 神羅凪《Gods Killer》

神羅凪の呪い


人を凌駕する

導きの光


決闘の報酬は

大いなる



挿絵(By みてみん)


 牙の奥から舌の根の開きさえ聞こえるほどの距離だった。頬横にある彼女の頬が空気を伝ってくる。

 レティレシアは座したミナトに絡みつくと血と欲情を昂ぶらせる香が吹きかける。

 鼻腔いっぱいに甘く、それでいて淫猥な色が香った。


「な、なんのつもりだ!?」


「なぁもう無駄なことは止めようぜェ? 限りある人間の時間をもっと有意義に使ったほうが得だろォ?」


 ミナトの全身に重みとなって形容しにくい背徳的快感が襲ってくる。

 男なら誰しもそつなく籠絡出来るであろう豊かな膨らみが全面に押しつけられた。


「おやおやぁ? なかなかに初心な反応するじゃねぇのよぉ?」


――くっ!? こんなのチャチャさんにはついてなかったぞ!?


 首に絡みつくような両の腕はまるで蛇のようにしなりを帯びる。

 滑らかに首筋をとらえながら愛撫するかの如く肌と肌をすりあわせた。

 レティレシアは猫撫で声をミナトの耳元で奏でていく。


「解呪が上手くいった暁にはテメェの望むものをくれてやる。富、名声、女、酒、それから未来永劫途絶えることのない命。人間という儚い器では生涯を賭して得られない値札をくれてやるよぉ」


 ランジェリーの如く露出された大きなバストがより強い力で背に押し当てられた。

 背に余すことなく伝わるほど。女性らしい部分が蕩けるような感触とともに押し潰れる。


「ほぉらひとことでいいからうん、っていってみろよぉ? そうすれば余がテメェの抱えてる責任やら恐怖をすべてとり去ってやるからさぁ?」


「こ、こんなことで折れてたまるか! いいから離れろって言ってんのがわかんないのかよ!」


 ミナトはいちおうの抵抗を試みるも、やはりあちらのほうが種族的に上だった。

 それを知っているからか。詰めとばかりにレティレシアは、やりたい放題である。

 まるで蛇の交尾であるかのよう。恋仲にでもさすがにここ密接になることも珍しい。

 押し返すような胸の感触が衣服越しでも余すことなく伝わる。と、ミナトは脳髄が焼きただれそうな錯覚を覚えた。

 肌の重ねる面積が増え、彼女が囁くたびに水音の孕む吐息が耳のなかをかき回していく。


「もっと生きて知りてぇことがあんだろう? だからそうやってうだうだツタねぇ糸に苦し紛れでぶらさがってんだろう? 手を離した先にもっと賢い近道があるってんだから堕ちちまえよなァ?」


 手段を選ばぬ媚びは、魔性でしかないく。

 そうしてがっちりホールドして体温と鼓動を共有する。

 ふと情欲に茹だりかけたミナトの脳に一筋の光明が差す。


――……なんだ?


「ほれほれとっとと諦めちまえよぉ?」


――コイツの呪いに対する異常なまでの執着は無視できるものじゃないぞ。


 なによりこのレティレシアの手段を選ばぬ小細工が気に掛かった。

 それはもはや執着に近い。色香で惑わしにかかる淫らな姿は、面従腹背(めんじゅうふくはい)に思えて仕方がない。

 すっかり屋内はレティレシアの色香に満たされている。

 ユエラは下品なモノでも見るかの如く侮蔑的な視線をこちらに向けているし、スードラはソルロの目を塞いでニヤニヤと意地の悪い微笑を貼りつけている。


「おい……話逸らすなよ」


「あ”ぁ”っ?」


「色仕掛けで有耶無耶にしようとしてるのがバレバレだ。オレはマダ神羅凪の呪いがなんなのかを聞いてないぞ」


 ミナトは横目気味に、すぐ傍にある血色の瞳を睨んだ。

 この女は大切ななにかを語っていない。あるいは語らずにこの場を切り抜けようとしている。

 ミナトにとっての恩人であるイージスのことを語った。そのイージスとレティレシアの関係も語った。

 しかし肝心の呪いのことについての言及は一切していないではないか。


「解呪するとオレに何かしらの得があるんだろ? あるいは解呪されるとそっちでなにかが手に入らない、とかか?」


 頬に熱を覚えながらの反攻だった。

 と、舌打ちからの行動は迅速である。


「あー……クソが」


 レティレシアはミナトの首から腕を解いた。

 あれだけノリノリたったのに一瞬のうちにして熱が冷める。

 気だるげにミナトを突き飛ばすようにして密着させた身体を離す。


「っだよ全身に野郎の臭いがこびりついちまったじゃねぇか。ガキが一丁前にお楽しみを長時間耐えてんじゃねぇぞカスが」


 甘い仮面が削げ落ちるのっは瞬く間だった。

 あれだけ情欲的なアピールをしていたとは思えぬほど冷め切っている。情婦からチンピラへの切り替えが刹那の間だった。

 レティレシアはその豊満な身体に埃でもついたかのようにし、胸元やらくびれ辺りを手で払っていく。


「テメェの身体に宿っている神羅凪には、あの子が百余年ほどかけてたっぷりと溜まった蒼力が詰まってんだよ」


「イージスの溜めたフレックスだと?」


「あの子が万全の状態で体内保有蒼力の2割だ。2割ほどを神羅凪が常時吸収しつづけるように設定してある」


 説明中もレティレシアは身体を払いつづけていた。

 そうしてようやく終わったかと思えば、みずからの手の臭いを嗅いでうんと眉をしかめる。 


「だからテメェは蒼力が使えねぇ。あの子用に余が定義づけした神羅凪のテーブル、蒼力上限値はおよそ8割ほど。それがテメェの保有するカスゴミみてぇな蒼力を吸ってるってだけの話だ」


「……オレたち人間はフレックスを使い果たすと死ぬはずだぞ?」


「そりゃあの子の膨大な蒼力が体内に宿ってんだから使い果たせてねぇだろボケが。それに神羅凪は呪主(じゅぬし)の生命力を0まで吸い尽くすようなマネはしねぇ」


 レティレシアは遊び飽きたとばかりに元いた席に戻っていく。

 そうしてまた行儀悪く椅子に浅く腰掛けて卓の上に踵を置くのだった。

 彼女の行動はどうあれ理性的な説明である。駆け引きの上であれども、欺こうとする気配はなかった。

 先ほどの色仕掛けも冷静になって考えてみればお遊びだったのかもしれない。諦めの速さからもともと籠絡なんて期待していなかったのだろう。


――消息を絶った親友からの贈り物、か。


 ミナトは、レティレシアの話を聞いて息苦しさを覚えた。

 出会いの酷さはどうあれ、秘めたる思いはなんだか少し似ている。

 彼女はミナトに神羅凪を返却してほしいだけなのだ。親友の残滓をその手でただ引き取りたいというだけ。

 ミナトは溜めた熱を吐きだすみたいに長い息を吐ききった。


「それでもオレは帰る覚悟は揺らがない。ノアという船はオレにとっての大切な故郷だし、そこに住む人々もオレにとっての大切なものなんだ」


「ケッ――あまちゃんが。ご大層な夢を聞かされたこっちとしては虫唾が走って反吐がでやがる」


 レティレシアは唇を歪ませ牙を光らせた。

 だがそちらの思いを汲めるほどこちらには余裕がないのも事実である。

 聖誕祭での勝利、それに加えて狭間の闇を討伐するだけの戦力増強、ミナトの決闘勝利。この3つを平行しなければならない。


「…………ふぅ」


 不安がないかといえば嘘である。

 ミナトだって人並みにいえば、怖い。

 もし帰れたとしてノアが沈んでいたら。ノア中枢に発生た魔女の謀略によって人々が人の心を失っていたら。ぜんぶが無駄だったら。

 表面に恐れをだすことはなんとか堪えられていた。が、ときおり最悪を眠りながら夢に見る機会も増えている。


「さっき私、ミナトさんのことを穴の開いたバケツっていいましたよね?」


 不意に穏やかな声が悩める少年の耳を撫でた。

 ほの暖かく、柔和で、崩れない。そんな耳心地良い音色。

 声に誘われて顔を上げて見れば、隣でリリティアがこにこと笑顔を咲かせている。


「確かにオレは本当に穴の開いたバケツだったな。いままでずっと焦がれていたはずの力がまさか使う以前に抜けてるとは思わなかったよ」


 ミナトは見慣れた笑顔に微笑みで返す。

 ただ大袈裟に首をすぼめてやれやれと嘲笑気味に笑う。

 いままでの我武者羅(がむしゃら)な努力はいったいなんだったというのか。答えを知ってしまえばそれはまさに無駄としか形容しようがない。

 焦がれて焦がれて焦がれつづけ日々だった。神に祈りながら空に手を伸ばしたことさえあったのだ。

 ある意味でミナトは裏切られた気分を味わわされている。心の声をカタチにするなら、知らなければ良かった。


「その穴の開いたバケツの外側を想像してみてください」


「え? 外側って……いわれてもちょっと良くわからないけど?」


「あふれつづけたバケツの外側ですよ。バケツではなくそのもっと向こう側にはいったいなにがあると思いますかね」


 質問の意図がまったく読めない。

 ミナトは逞しく筋立つ腕を組んで体重を後ろに反らす。


「神羅凪の呪いには、確かイージスのフレックスと……そうか、オレのフレックスも一緒にだだ漏れてるのか……?」


 そうやってぼんやりと脳を巡らていく。

 椅子の前側を浮かせながらぎぃぎぃ、床を軋ませた。

 レティレシア曰く、2割を強制的に神羅凪に吸わせるとのこと。

 実質寿命無限のイージスが百余年あまり、と。ミナトのこれまで生きてきた10年少しが混ざり合っているということになる。


「もう降参だよ、いったいなにがいいたいのか教えて貰えるかい?」


 熟考した結果は、ハンズアップだった。

 まずバケツと揶揄することさえ抽象的。リリティアがいったいなにを伝えようとしているのか予測は難しい。

 するとリリティアは晴れさ満ちるような微笑みの横でぽんと手を打つ。


「バケツの外側に広がっているのは、イージスとミナトさんの2人で作り上げた大海原ですっ」


 椅子の軋む音が止まった。

 全身に熱く弾ける電流のようなものが一斉に駆け巡ったのだ。

 ミナトは驚愕で身を強張らせて時を止める。

 その間にもリリティアはさも当然とばかりに笑みを崩すことはない。


「そこにはミナトさんが1人佇んでいます。その周囲には蒼で満たされ遙か遠い広大かつ雄大な水平線がどこまでもつづいているんですよ」


 もし神羅凪が解かれたとしたらどうなるだろうか。

 呪いが解けたとき、魔法さえ使えぬ人はいったいどうなってしまうのか。

 こちらが答えを論じようとする隙もなく、回答が用意されていく。


「もし決闘で貴方が私に勝ったのなら貴方は人間種族の航路を照らす大いなる光へとなり得ます」


「――なっ!? じゃあまさか解呪が成功したらイージスのフレックスがそっくりそのままオレの身体に宿るっていうのか」


 ミナトがようやく口にだせたのは魂を削るような驚嘆だった。

 リリティアは、つづけて「これは絶対です!」と、薄い胸を反らしながら太鼓判をおす。

 それは神羅凪が解呪されたその身がやがて昇華するということを示唆している。

 人の身でありながら前人未踏を踏破する。あらゆる世代を飛び越えて一気に人の領域を凌駕する。



《区切りなし》


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)



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