205話 仕方ない、しょうがない、帰らない《Dejected Loser》
リリティアからの情報の引きだしは困難を極めた。
いくら問い直しても壊れたバケツがなんだかんだと、真を喰わない。
だから仕方がないじゃないか。そう、これは正しい情報を得るための副次的損害というやつだった。
「で……そこのポンコツの説明に納得がいかねぇと?」
ミナトは「うん」と、首を縦に振る。
それをひとことで表すのであれば不服だった。それ以外のなにものでもない。
女の口角はヒクヒクと痙攣しているし、招きの茶にも手をつけようともしない。
「で……神羅凪の呪いを説明するためだけに余を呼びだしたと?」
ミナトは再び「うん」と、固めた笑顔を縦に揺らす。
なぜなら現場での尋問は失敗だった。これ以上リリティアから価値ある情報は引きだせそうにない。
ならば召喚すべきなのは当事者であるべきではないか。呪いの詳細がわからぬままではモチベーションも平行線ではないか。言い訳。
という感じに色々と悟った上でミナトは、すっ、と手を差しだす。
「じゃ、説明よろしく」
すかさず上を向いた手のひらが、すぱーんとひっ叩かれてしまう。
「なーにが、じゃ、だ!? テメェ自分の立場がわかってやってやがんのか!?」
尋問召喚されたレティレシアは、怒り心頭という具合だった。
ミナトは、叩かれて熱くなった手をぷらぷらさせる。
「だってリリティアの説明じゃわからなかったんだもん。掛けた本人に尋ねるのが筋ってモノじゃないか」
そうしてすんと澄まして座るリリティアの頬を背後からむにむにと解す。
完全敗北だったから最終兵器に頼らざるを得なくなった。
しかもレティレシアならば謎のゲートでどこへでも楽々移動が出来てしまうというではないか。
ならば、と。ミナトはユエラに頼んで棺の間から元凶を呼びだしてもらったいうだけ。これは説明責任というやつ。
しかしレティレシア自身は――知っての通り――かなり不満の様子だった。
当然といえば当然だろう。なにせ目の敵にしている相手からの呼びだしなのだ。
「おいユエラこの状況はいったいどうなってやがる! お前に呼びだされたからきてみりゃなんでコイツまでいやがる!」
たまらずレティレシアは大股に床を軋ませてユエラへと詰め寄った。
「いやぁ私は絶対にレティレシアが激怒するから止めておいたほうがいいって止めたのよ?」
「ったりめぇだろうがァ! 軽々に呼びつけてんじゃねェ!」
激昂の高ぶりが屋内にキンキンと響き渡った。
すかさずスードラは怯えるソルロの前に躍りでる。
「でもさ、説明くらいはしてあげてもいいんじゃない? なにもわからずいきなり殺されかけたミナトくんの身にもなってご覧よ?」
「その場で斬り殺されなかっただけマシだと思えってんだ! なんならいまこの場で頭から股ぐらを1本に繋いでやろうかよ!」
レティレシアは大振りの大鎌をミナトの顎に向かって振りかざした。
もしそんなことをすれば人間の安全保障したエルフ女王が黙っていないだろう。
わかってるからミナトも脅し如きに屈することはない。どころか余裕ぶって肩をぐるぐると回してみせる。
「その大鎌で抉られた肩が痛むなぁ……? 正々堂々を名目に掲げて女王との対等な取引だったはずなのに怪我させられちゃってるし、こじれるなぁ?」
「とっくに治癒魔法で治ってんだろ!? だいたいあれは契約以前の出来事だったじゃねぇかよ!?」
「説明してくれたらあのときの暴力沙汰をきれいさっぱり水に流してあげようかと考えてるんだけどなぁ?」
「ぐ、このっ……! 権力の盾を手に入れた途端調子コキやがって……!」
使えるモノはとことん使うに限る。
せっかくエルフ国の白き女王が決闘までの対等を作ってくれたのだ。
それとミナトも興味があった。
――これでこのヒスレリックサイケ女がイージスに呪いを掛けた目的を探れる。
元より穏やかな話ではない。
ならば虎穴に入らずんば虎児を得ず。
なにより恩人の情報が得られるのであれば、藪でさえ突いてやるくらいの腹づもりなのだ。
「それにこの場へやってきたのは無駄足どころか有益かもしれないぞ」
「あぁ? なに寝ぼけ――」
「イージスがオレたちの世界でどうしていたのかを教えてやれる」
レティレシアはピタリと動きを止める。
大鎌を差し向けたままの体制で鮮血の如き瞳が揺らぐ。
無謀ともとれる取引だった。しかしミナトに目算がなかったわけではない。
遅かれ早かれ話し合いの場は設けなくてはならなかった。そのことはレティレシアとて承知しているはずだ。
ミナトが臆さず憮然としていると、ようやく仕向けられた大鎌が下ろされる。
「チッ……約束は守れよ」
先に折れたのは、レティレシアのほうだった。
舌で大いなる不満を打ち鳴らしながら手にした大鎌を何処へと消失させた。
「時間と約束を守ることにはそこそこ自信がある。だからここで色々と説明さえしてくれれば積年の恨みが今日までの恨みに早変わりってわけだな」
「いいだろうテメェの与太話に乗ってやろうじゃねぇか。こっちとしてもイージスがそっちにいってからどう行動していたのかを知りたかったとこだ。それくらい知らねぇとテメェを生かしてるぶんの得がねぇ」
殺気だった空気が僅かだが温度をとり戻していく。
相手が交渉の席に座るのは、おおよそこちらの思惑通りである。
なによりイージスの情報を得たいのはあちらも同じこと。彼女の重要な情報を握っているのはこの世界でミナトただ1人だけなのだから。
「ミナトさんミナトさん。ちょっとちょっと」
「ん……?」
ちょいのちょいの、と。
リリティアがにんまり笑顔でミナトを手招く。
首を傾げながらもミナトはされるがまま。椅子に座る彼女に向かって頬を寄せる。
「実はレティレシアとイージスって大親友だったんですよ」
「マジか!」
寝耳に水とは、まさにだった。
ミナトは潜められた吐息に甘い痺れを覚えながらも彼女の声に耳を傾ける。
「そうやって帰りを待ちわびていたのにミナトさんたちがやってきたから特別辛く当たってるんです」
「……そのわけのわからない友情のせいでオレの肩に穴が開いたってこと?」
「それだけ大好きだったんですよ、ミナトさんを殺してしまいたくなるくらい。レティだけはイージスを絶対に旅立たせたくないって最後までグズってたんですから」
思いのほか情の芽生えそうな情報だった。
イージスを敬愛しているのはこちらだって同じこと。レティレシアも親友のために焦れていたらしい。
「てっきり口が最悪に悪くて殺気だった頭のオカシイ女かと思ってたよ」
「口は最高に悪いですけど、けっこう優しい子なんですよ。ただ極限まで男性が嫌いですけど」
「……じゃあオレはどうやっても肩に穴が開く運命だったってことね……」
すると唐突にどかっ、と。乗せられた踵で卓が揺らいだ。
こちらが密談を交わしている間に、あちらも交渉の席に着く。
「ったく、くそだりぃぜ。クソ雄と真っ向から喋るような状況になるとは世も末だ」
高く上げられた肉感的な脚部からそこはかとない色気むん、と香る。
あいも変わらずの横柄で不躾な態度だった。この期に及んでまだまともに対等な立場をとるつもりはないことが窺えてしまう。
「じゃあオレはお前と話したくないからヒールの底に話しかけることにするよ」
「風前の灯火如きが吹くんじゃねぇ。ずいぶんと高ぇとこまで昇って調子コクじゃねぇかよ」
優しい、だなんて。知ったことか。
卓を挟んだ対面でミナトとレティレシアがばちばちと火花を散らす。
相手が敵対的なのだからこちらだって同様。友好的に立ち回るつもりは微塵もない。
「で、テメェが聞きてぇのは神羅凪の呪いについてだったよなァ」
「なんでオレはフレックスが使えないのかをまず知りたい」
「そりゃ器であるテメェがクソ雑魚だからだ。おっと、別に煽ってるわけじゃねぇ。人間という限りある器じゃあの子の生きた年月に追いつけねぇってだけよ」
言い草にカチンときかねた。
だが、ミナトは即座に冷静さをとり戻す。
どうやらレティレシアも――相変わらずニヤけているが――どうやらこちらを馬鹿にしている様子ではなかった。
「限り? それはつまり……寿命のことをいっているのか? この世界の住人たちはたしかヒューム族以外寿命が無限とか聞いたな?」
「ククッ、いい勘してんじゃねぇかよ。イージスは龍と人間の混血、いわゆるミックスだから人間の枠にはハマらねぇ。だからこそ50だか60年ほどでおっ死ぬ人間を遙かに上回る」
「つまり逆をいえば人間の枠にもハマる部分があるからこそフレックスを使えんだな?」
「あの子は寿命も無限でありながら蒼力も魔法も使える究極のハイブリッドだった。だから余はあの子が世界の希望であると踏んで神羅凪を授けたんだ」
わかればわかるほどわからなくなっていく、そんな気分だった。
イージスと親しんで夢想していた姿が、背が、ミナトのなかでどんどん遠くなっていく。
家族だと謳っていたはずなのに、霞の向こう側にいってしまうかのよう。
「で、テメェはイージスから神羅凪を中間委託された配達屋ってとこだ。親友からの届け物なんだから余が受けとるのも当然ってのが筋だろぉ?」
白い足を回し変えながら凶暴な眼差しが鋭利に細められる。
彼女の言い分が真実であるなら1mmとして入りこめる余地はない。
友を思い、友へ託す。そしてまた友を思い、友へと託したということになってしまう。
不幸なことにミナトが中間に入ったことで問題が生じる。呪いが人間という種族に癒着し剥離できなくなってしまった。
イージスからの思いは、ミナトのせいで、レティレシアに届かない。
「テメェがこっちの世界にこられたのだってイージスのおかげなんだぜ」
「…………」
ミナトに出来るのはただ屈しないことだけだった。
悪辣に愉悦を浮かべるその視線から決して目を背けないことだけ。
「テメェの内側に内包された神羅凪が世界を繋ぐ縁となって鍵になったんだ。どーせこっち側の世界にくるときテメェにしか見えてなかったもんがあんだろ」
「ッ」
その通りだった。ミナトは容易く打ち貫かれてしまう。
世界の狭間でルスラウス大陸世界の光が見えていたのはミナトだけ。他のメンバーはまったくなにも見えておらず、闇のなかで制止していた。
船のリーダーである東がミナトを信じたことで、世界の境界を越え、この地にいる。
「返せよ、なぁ? 神羅凪はあの子から余に対して綴られた掛け替えのないもんなんだってわかったろ?」
「それ、はたしかに……そう、かもな」
「決闘なんざやらなくても時間を掛ければ剥がせなくもねぇっていってやってんだぜ。わかったんならいますぐ余の元に下れ、悪いようにはしねぇ」
レティレシアは唇にぺろりと舌を這わせた。
艶容な笑みを浮かべながらおもむろに立ち上がる。
蹄の如きヒールを木床をこつりこつり。幅の広い色めく球体のような腰を揺らす。
そうしてミナトの隣に到着すると、しなだれかかるみたいみして、首へ腕を巻きつける。
「神羅凪さえ渡すってんならむしろ良い思いさせてやらなくもねぇ? 余の見立てでは雄のわりに気概も根性もなかなかあるみたいだしなぁ?」
(区切りなし)




