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BREVE NEW WORLD ―蒼色症候群(ブルーライトシンドローム)―  作者: PRN
Chapter.7 【この声が届きますように ―The Half Year War―】
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194話 ノアの呪い《Cursed Gimmick》

挿絵(By みてみん)


変わりゆく

日常


変質

変貌


望む未来との

差異


ノアの呪い


挿絵(By みてみん)

「うどん屋が閉まっていた」


 これほど顔と声に感情の乗らぬ男もいない。

 しかしよほどショックだったのかベンチの上で若干ほどうな垂れている。


「それってただ休みだったってだけじゃないの? 1日食べられないくらいでずいぶんな落ちこみようじゃない?」


「臨時休業という文字が流れていた……再開の時期は未定らしい」


「あらま。それは残念ね。あとあの店別にうどん限定の店じゃないわよ」


 国京杏は、重いため息を横目がちに頬へと触れる風で髪を流す。

 ベンチに座ってゆるりとした会話を興じるのもまた人生である。ここはリフレッシュを目的としている施設のため人工風の具合もなかなか心地良い。

 老若男女問わずの憩いの場所。のどかな公園施設は本日もゆったりとした時を刻む。

 鬱屈したノアの民が自然と触れあえる施設は多々存在する。そのなかでも自然と触れあう公園はとくに人気が高い。

 空は青く雲ひとつない。本来の空を模倣した幻影に人は仮初めの安堵を謳う。

 手が触れるか触れぬかで青い恋を楽しむも良し。ほどよい日差しに枯れた肌を乾かすも良し。

 とくに理由もなくベンチに腰掛けて駄弁るのだって誰にも文句をいわれる筋合いはない。

 そのようなとくにつける理由もなく、杏は暁月(あかつき)(しん)らとともにのんびりとした時間を過ごす。

 

「そういえばフードコートも品薄って聞いたね。注文のボタンが品切ればっかりなんだってさ」


 ふと思いだしたように長い前髪が揺れる。

 ウィロメナ・カルヴェロはぷっくりツヤのある唇に人差し指を立てて添えた。

 目隠しするほどの長い前髪だが、どうやら仮想の空を仰いでいるらしい。

 同じベンチに腰掛けた鳳龍院(ほうりゅういん)久須美(くすみ)もまたふぅん、と高く筋の通った美しい鼻を鳴らす。


「お父様や社員のかたがたがなにやら酒が買えぬとも騒いでおりましたわね。食料だけではなく嗜好品のラインにも不良が発生しているのかしら?」


 頭を横に倒すと2つ結びのブロンドがふらりと流れた。

 考えこむよう腕を組む。すると名家御三家同様ロイヤルなバストが上に乗って主張を強める。

 チーム違えど敷居のようなモノはない。なぜなら友であるから。肩を並べるには十分な間柄だった。

 なにより杏らの所属するチーム《マテリアル》と、久須美の所属する《セイントナイツ》は、欠員がでてしまっている。

 未だ失ったモノの大きさゆえ大きなショックは残っていた。だが、こうして誰が率先するでもなく集うことでなるべく1人になる時間を減らす機会が増えている。


「なんか人の出入りが頻繁じゃない地区が閉鎖されはじめている。な~んて噂がALECネットでちらほら見られるね」


「しかも動物を手入れしている仕事場の空気が悪くなっているらしいわ。畜産希望の男子が鼻つまみながら言ってたわよ」


「お水が節水になってしまっているのか街のお花も十分な栄養をとれておられません」


「……うどん」


 飛び交う乙女の憶測に切ない呟きが混じった。

 だが少女たちは当然のように意に返すことなく雑談をつづける。

 噂となれば生きていく上での情報収集の要なのだ。井戸端ではないにしろ火のついた女性ネットワークが止まるものか。

 とにかく昨今のエコロジーを訴える声は異常だった。艦内では毎日のように、やれ節水、やれ節約、やれ節度ある生活。聞き飽きるほど繰り返しのアナウンスが流れていた。

 杏は、ALECナノコンピューターの画面に白くよく反る指をすいっ、と滑らせて情報を流し見る。


「アザーの探索をいったん打ち切りして工業側が止まるならまだわかるわよ。なのにどうして生活必需品のラインまで絞るのよ」


 背もたれに体重を預けながらキーボードが叩かれていく。

 宙に浮かんだ画面では文字の羅列が次々に流れている。なのにこれといって興味を引かれるモノはない。

 1度情報収集を諦めて背もたれに体重をあずけると、兎みたいにむっつりと口をへの字に曲げた。


「どうみてもこれ情報統制が敷かれるわ。目障り耳障りの良さそうなモノ以外マザーAIで弾いているのよ、きっと」


 眉尻を引き上げて、上唇も同期してツンと、山なりを描く。

 いちおう不機嫌を表しているのだが、どうにも周囲からは幼さを指摘されることが多い。

 杏としては勝ち気を極める。そうすることで舐められぬ努力は欠かさない。

 しかし座高の低さも相まってベンチに座る友人と比べて頭1つは低い位置になってしまう。身長ばかりはどうしようもなかった。


「とくに腹が立つのは管理棟内部で徒党を組んでいるというコト! アイツらときたら内々に情報を共有するだけで一切外に漏らそうとしないんだもの!」


 そんな小動物チックを諫めるようウィロメナが焦げ色の頭をなでり、なでり。

 年齢2つほどしか違わぬというのに落ち着き払っている。

 なによりもその体型ときたら女性から見ても戦慄もの。制服のジャケットさえ押しのけて飛びだす豊満さ。戦いを挑むコトはおろか立ち向かう者すらいまい。


「そうなると管理棟側の体制が気になるところだね。あれから一向に進展がないぶん外の不満は日に日に高まっているし」


「とはいえ市民感情のコントロールはかなりお粗末といわざるを得ないでしょうね。近々のうちになにやらノアの市民たち側からのデモめいた集合が企画されているようですわ」


「あんまり物騒なことにならないといいんだけどねぇ~」


 のほほんとした口調だった。

 が、それがウィロメナにとっての本心であろう。

 否。ノアの民全体の真意といっても差し支えない。

 杏も、久須美も、当然信だって争いなって望むはずがないのだ。あれだけの大革命を乗り越えて生き抜いた人間が再び人相手に争いを望むわけがない。

 だからこそ現宙間移民船ノアの第8代目艦長ミスティ・ルートヴィッヒの政治体制に疑問しか湧いてこない。

 彼女こそ堅忍質直であり剛毅果断を体現する女性である。そんなミスティに限って現在のノアの統制不備は信じられるものではなかった。


「ノアの起動に、急な旋回、突如消滅したブルドラグーン号……」


「せっかく7代目艦長からノア管理棟をとり戻して平和になったと思えば……


「知らないことやまもりでいっぱいいっぱい……」


 少女たちは揃って胸を膨らませる。

 それから吐息を一気にため息へと代えたのだった。

 そういえば、と。このなかで唯一の男性がふとした様子で凜々しく細部まで整った顔を上げる。

 見てくれは非常に良く、彼を称す言葉は様々。船内で発見報告が細々上がるほどにALECネットでの女性評判はかなり良い。

 信は、空を見つめながら空を映す眼を細める。


「ノアの艦長席に着いた者は例外なく狂うという噂を聞いた」



(区切りなし)


挿絵(By みてみん)


最後までお読みくださりありがとうございました!






挿絵(By みてみん)

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