186話【VS.】界狭に巣食う深淵 アンレジデント《UnResident》 4
敵をとり囲むよう再配置された聖騎士たちが猛攻を仕掛けていく。
そのなかでもやはり光剣を握る彼女だけは別格を体現している。
体捌きはさながら舞い。回転に付随する光の帯が流れるたび敵に負傷という軌跡を与えていくのだ。
しかも他の聖騎士と比べてかなりラフ、活動的な恰好をしている。
軽装鎧に半身ほど女性的な豊満な房を包む。それ以外にも最低限守るべき場所を守るていどで余分な装備をまとっておらず、防御面では貧弱。
しかし係争から繰りだされる剣戟だけは無類であろう。冒険者たちがあれだけ苦戦した難敵をものともしない。
「とくに彼女は世界に聖剣と名づけられてもなお己世界最強の剣士であることを頑なに認めないらしい」
「それくらいプライドが高いお堅い騎士様ってことかい?」
「いやどうやら己の目指す剣の頂に手が届いていないんだってさ」
ほーん。ミナトは軽返事をしながら饒舌な友の横顔を眺める。
ヨルナの興奮具合からして相当な手練れ、あるいは有名人か。あの大目玉を刻んだ彼女でさえも今回の敵には手も足もでなかった。その敵に有効打を与えるということは聖剣のほうが実力は上なのだろう。
観衆蔓延るあちら側では着実に解体が進んでいる。赤き魔法矢と光の剣。聖騎士たちによって敵は為す術なく身を削がれていく。
「フレックスは武器には宿らない。こうしてみると魔法って本当に不思議だな」
「あの聖剣の魔法は彼女自身で編みだした神の威光を宿す剣らしいよ。なにしろ持ち手が敵だと断定した相手ならなんだって叩き斬っちゃうんだとか」
「横暴すぎないかその魔法!? しかも魔法っていいながら精神論の臭いがぷんぷんするんだが!?」
テレノアたちの登場で盤面が一気に優勢へと傾きつつあった。
聖騎士たちも油断なく敵へトドメをささんと気迫を高める。紅の弾丸が放たれるたび黒き破片と飛沫が聖都に滴った。
すでに敵の節はすべて切断されつつある。残す鎌も1本ほど。もはや身動きさえまともにとれない状態と化している。
この状況からの逆転はあり得ない。そう、さすがのミナトも終わりを予感し肩の力が抜いていた。
「――gc! gggggggggg!」
だが、違った。
敵は最後の1本の腕を切り離された直後甲高く顎を摩擦させる。
広場中に鼓膜を引っ掻くような耳障りな音が木霊し、種族たちは苦悶の表情で耳を塞いだ。
そして次の瞬間ミナト含むこの場にいるすべての種族たちがあり得ないものを見る。
「GGGGGGG」
まず1本。胴体から粘体を破裂させるよう腕が生え伸びた。
さらに遅れて2本目まで。刹那の間に両腕の修復――否。新しく再構築を完了させたのだ。
そこまでならば想像の範疇だった。しかし生えてきた腕があってはならない形をしている。
「機械の……腕だと?」
ミナトは敵の再生する姿におぞましいほどの寒気を覚えた。
敵が失った箇所を複製しながら形態を変化させているように思えてならない。それも自然では絶対にあり得てはならない高度な科学技術に発展しようとしている。
信じがたい光景に目を疑うしかない。だが気づいたときには叫んでいた。
「敵の様子が変だ全員距離をとれェ!」
ミナトは単身で駆けだしていた。
向かう先は当然聖騎士たちが尽力を注ぐ戦場である。
「僕に止まれっていっておきながらどこにいくつもりなんだい!? 君ひとりが向かったところて被害が増えるだけだよ!?」
「オレみたいな雑魚がでていっても死ぬことくらいわかってる! でもあの敵ははじめからずっとなにか様子が変なんだ!」
この気配に気づけたのは、ミナトだから。
もっと突き詰めるのであれば、あちら側の世界の人間だから。
――あれはまるで変化じゃなくて急激な進化だ! アイツは戦いのなかで成長しつづけている!
敵が適応能力を見せたのは1度ではなかった。
冒険者たちが相手のときにもはじめは前衛を相手していたはず。それなのに途中からは明らかに後衛を狙うという知性的な行動をとっていた。
さらに形態が変貌していくにつれてミナトの予想が現実になりかけている。
大鎌が生えていたはずの箇所には、角張って関節部分を軋ませる2爪のアームが。甲殻であった鎧は鋼の如く。節であった足もすでに6本の脚部となっていく。
「早くとどめを刺すんだッ! これ以上進化を許せばとり返しのつかないことになるッ!」
「ちょっとどこにいくんだい!?」
ミナトは、ヨルナの静止を振り切って駆けだしていた。
(区切りなし)




