185話【VS.】界狭に巣食う深淵 アンレジデント《UnResident》 3
「ミナトくんアレを見て! 龍たちが空の敵と戦うつもりだよ!」
ヨルナにいわれてミナトは空を仰ぐ。
聖都から次々に龍たちが空へと昇っていく。両翼を雄々しく羽ばたかせながらどんどん上昇する。
幾数km離れているであろうこちらの耳にも空を薙ぐ音が響いてきていた。
それも1匹や2匹の少数規模ではない。未だ増えつづけているがすでに100は超過する。
龍たちは群れを形成し、空を回遊する無数の敵目掛け編隊を組みながら向かっていく。
「あ、あんなに大量の龍がいるのか? でも数は向こうの方が10倍は多いけど大丈夫なのかね?」
「あの龍1匹を倒すのに他種族が100いても足りないよ。それほどまでに強く、聡く、厳かであり、命を尊ぶ。それが龍族の本懐さ」
口にはださないがミナトは荘厳な光景に圧倒されていた。
まるで空のキャンバスに描いた芸術だった。崇高厳か価値観倫理観臨場感桁違い常識外れ。どれほど飾った言葉を使ったとして現実にすべて劣る。
様々な色。多種多様な模様。それらすべてが特色であり鱗となって龍を形作っていた。
「あれは……スードラか?」
なかには海龍スードラまで混ざっている。
そしてそんな龍たちを先導し引き連れる巨大な光があった。
ミナトは光沢に目の奥を焼かれるような錯覚を覚えて光を遮る。
「くっ、眩しい!? なんだあれまるで太陽みたいに光ってるものがあるぞ!?」
「あの灼熱はおそらく焔龍だよ。龍王焔龍ディナヴィア・ルノヴァ・ハルクレート。まさか彼女も聖都にきていたなんて……」
こくり。ヨルナは強張った表情で白筒の如き喉を鳴らした。
どうやら立ち位置としては彼女もミナトの側らしい。佇み、見上げ、目を奪われている。
どころか戦いに参加していない種族たちもみな同様。空に顕現した灼熱色に怯えるような視線を集めていた。
「龍王? 聞く感じだととてつもないってことはわかるが……龍のなかで1番偉いって事か?」
ヨルナは、ミナトの有耶無耶な問いに首を横に振った。
「偉いんじゃないよ、強いんだ。最強と揶揄される龍のなかでも彼女は特別に強い。火を司る龍族がさらに炎をの特性を得て生まれたという神の寵愛を受けし伝説の龍が焔龍なのさ」
こちらが見とれているうちにあちらは敵集団にミサイルの如く突っこんでいる。
そしてアンレジデントと呼ばれる奇種と龍の間で衝突が起こりつつあった。
砲の如き喉から炎が吐かれ灼炎とともに敵が爆ぜる。
轟音が天を揺らし大翼が空を掻き混ぜるよう掬う。
咆哮と繰りだされる爪は空間ではなく世界を丸ごと切り裂いていく。
「……あれじゃあただの蹂躙だな。早々にかたがつきそうで安心すると同時にこの世界がいよいよ幻想だって思い知らされるよ……」
「あはは。龍族が群れればあのていどの脅威なんて朝ご飯にもならないってことだね」
ヨルナの乾いた笑い声を聞くとともにミナトはため息がでて頭を抱えたくなった。
まるでスケールが違う。人如きでは手に余ってあふれてしまうほど、幻想的光景である。
改めて人に世界の違いを叩きつけるには十分な異様だった。
それからヨルナは大広場に向かって再度目を見張る。
「ま、こっちはこっちで落ちこんでる暇とかないけどね。有効打は与えられても倒さなければ意味がないよ」
空が龍の戦場ならばここ聖城前の大広場こそが自分たちの戦場だった。
亀裂より堕ちてきた大型アンレジデントとの戦闘も激化の一途を辿っている。
いちおう聖女率いる聖騎士たちが現れてからというもの多少優勢に傾いていた。
「聖騎士隊構えッ!」
細剣とともに号令が飛ぶ。
強化魔法を身にまとう兵たちがいっせいに構えをとった。
「あれは鋼鉄製の機械弓か? しかも発射口辺りに赤いディスプレイみたいなものがあるけど……なんだあれ?」
「射出と同時に攻撃へ強化魔法を付与する仕組みだね。しかも後衛役がもっているのは超強力な大型式のコンパウンドクロスボウさ」
ミナトが疑問を口にすると、すぐさまヨルナが答えを教えてくれる。
大陸の武器に精通している辺りさすがは鍛冶師といったところか。
機械弓ともなれば弓矢と比べて桁違いの威力を発揮するだろう。しかもそこへさらに魔法まで加わるということはある意味で複合される複合弓だ。
「840式機構一斉発射ッ!!」
テレノアの指揮によりいっせいに紅の弾丸が放たれた。
鉄の矢は発射された直後に弓本体に内蔵された赤き幕を貫く。強化された矢は視認出来ぬほどの速度で風を斬って紅の残光を残す。
物理的魔法矢は瞬く間に強靱な敵甲殻へ穴を穿っていった。穿たれた箇所からは霧状の黒煙がもうもうと吹きだす。
そこへさらに突撃に長けた別働隊の聖騎士が古訓奮闘、回りこんで斬りかかる。
「聖騎士の花形はこっちよ! あっちに見とれている暇なんてないんだから!」
その者は単身だった。
しかし幾度と攻撃に晒されてなお1度足りとも敵の攻撃を許してはいない。
襲いくる漆黒の杭は剣で容易にいなしてしまう。大門を切り裂いた大鎌でさえ彼女の速さを前にしては無意味の長物でしかなくなる。
白銀の女性は幾重にも重なる敵の攻撃を掻い潜って巨体の下部に潜りこむ。
「足2本目いただくわよ! その愚鈍な大きさで支えを失ったらいつまで立っていられるのかしらね!」
光の剣は一切刃を止めることなく敵の節を切り刻んだ。
敵もただやられているばかりではない。巨体の支えを失い傾きながらも大鎌で反撃を試みる。
「ととっ!」
華麗に飛んで横薙ぎの必殺を躱す。
だが地から足が離れたことで無防備となってしまう。
そこへ敵は裂かれていないほうの漆喰の棘を射出口を狙い定めた。
「――小賢しい!」
女性は瞬時に自ら肢体で反動をつけると空中で身を捻った。
腰に手を伸ばしぶら下げてあった小型のボーガンを敵に向かって狙い返す。
そして解放された射出口へ紅の矢を敵より迅速に放つ。射止められた肩がひしゃげると黒煙が血しぶきのように弾け飛んだ。
「恋の駆け引きと同じでやれると思ったときこそが1番油断するのよ! だいいち私みたいな可愛らしい乙女を穴ボコだらけにするなんて男の風上にも置けないんだから!」
女性はガッツポーズをとりながら難なく着地した。
射出矢を番え直してからまた地上を駆けて敵を引きつける。
「2射目発射ッ!! 3射目は散開しつつ敵の随所を狙っていきますッ!!」
そうして1人が時間を稼いでいる間に2射目が放たれた。
攻撃が加えられるごとに難攻不落と思われた強靱な鎧へと確実な負傷を与えていく。
しかし敵も大型であるがゆえかなかなか膝を屈すことはない。片腕がかけながらも騎士たちへの反撃を繰りだす。
臨機応変な立ち回りながら洗練された戦闘方法だった。聖女の守護者たちであり精鋭と名乗るだけのことはある。
「あれが剣の技術を高めた強さだっていうのか!? 魔法どころか銃よりも強いんじゃないか!?」
聖騎士たちの活躍に周囲の種族たちからも歓声が上がっていた。
ミナトの視線も大立ち回りをする剣の女性に釘づけだった。
あの女性と同じようになれると思えるなんて高を括っているわけではない。だがそれでも喝采を浴びながら敵を蹂躙する姿は美しく、こみ上げてくるものがある。憧れてしまう。
するとなにやら考えに耽っていたヨルナが横で唐突に「思いだした!」と手を打つ。
「通りでなんか既視感があると思ったんだよ! だいぶ僕の頭も古くなってたみたいで気づかなかったみたいだ!」
「まさかあれって有名な剣士とかなのか?」
「あのエーテル族の女性こそが大陸を騒がせている噂の剣士! 聖剣のフィナセス・カラミ・ティールだよ!」
ミナトは思わず「……せいけん?」と首を捻った。
こちらが呆気にとられているなかヨルナは爛々と黒色の瞳を輝かせる。
「彼女こそが現状大陸No1の剣士さ! 其の与えられし2つ名は聖女の守護者たる聖騎士からとった聖剣! 振るう刃は聖なる白光をまとい聖女に立ちはだかる闇を祓うとすらいわれているんだ!」
(区切りなし)




