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BREVE NEW WORLD ―蒼色症候群(ブルーライトシンドローム)―  作者: PRN
Chapter.7 【この声が届きますように ―The Half Year War―】
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184話 人と深淵の因縁《Flame Mather》

挿絵(By みてみん)

深淵の襲来


淀む聖都に

揺れる深紅の鱗尾


一抹の不安

「よいしょっ、と。なんか凄いことになってますねぇ」


 両手いっぱいにあふれるほどの荷物を裏路地の路辺へ下ろす。

 髪を頬横に抑えながら天を仰いだ。


「まったく鬱陶しいことこの上ないです」


 智慧漂う金色が気に食わないものでも睨むよう細められた。

 同時に瞳はグラデーションして燃ゆる緋色へと変貌する。

 すでに空に放たれた下等生物の数は1000を越えただろう――……そもそも数える気さえありませんが。

 買い物中のリリティアはひとまず足を止めて腰を伸ばし身体をひねる。


――まあ人間がきたのだから当然といえば当然ですか。


 ひととおり身体をほぐし終えて伸びと欠伸を済ました。

 背を弓なりに反らす。押しだされた白い生地にいちおうの女性的膨らみが張り詰める。ぽっかりとおを唱えるよう口が開くと目端に涙が浮かんだ。


「先ほど聖都中央方面で地響きがありましたけどどうしたものですかねぇ。いちおうミナトさんをあそこに向かわせてしまったのは私というわけで助けにいくべきだとは思うのですけど……」


 気が乗らない。というかかなり面倒。

 いって助ければ事もなし。家に帰って修行をつづけることくらいしかやることはない。

 しかしあの少年にはいちおうヨルナがついている。ヒュームにしては強いが強さに関していえばもっとごまんと強者はいるほどの実力だ。

 リリティアはとりあえずむぅ、と唇を山なりに考える素振りをする。


「もしここで死んでしまうのであればそれまでということになりますね」


 結論はすでにでていた。悩む余地もない。

 もしあの少年が息絶えるのであれば憤怒のレティレシアが歓喜することだろう。あとは神羅凪の呪いを引っぺがして宿し還るだけで済む話。

 しかしそうなっては解放された棺の間の救世主(メシア)たちをがっかりさせることに繋がりかねなかった。イベントごとに飢えた夜盗の如き連中である。あの無頼漢共から決闘という余興を奪うのは得策ではない。


「事故で死ぬのであれば自然極まりない結末といえます。救世主たちも納得せざるを得ずすごすごと浅い眠りについて万々歳といった形に丸くおさまります」


 でも、と。リリティアは山盛りの肉野菜たちをやや冷ために見下す。


「ミナトさんが死んだらせっかく買った食材さんが無駄になちゃうんですよねぇ~……」


 細腕を薄い胸の前で絡めて頭をひねった。

 困ったものである。どうにもこの身はあの少年に生きてほしいと考えてしまう。

 痩せぎすで、野犬のようで、世を捨てたような光のない眼差し。惹かれる部分なんて皆無にもかかわらず、やはり生きてほしい。

 棺の間で久方ぶりの起床に祭り騒ぎを繰り返す輩どものことは、正直どうでも良かった。冥府の巫女の機嫌をとる(いわ)れもない。


「似ているんですよねぇ……あの子。はじまりの奇跡を起こした人間と、とても良く」


 リリティアは悩ましげに身体を左右に揺らす。

 首を捻ると一緒になって青いリボンと垂らした三つ編みも交互に揺れた。


「それに聖女を助けていただいたというこちら側の世界的な借りもあるにはあるんですよねぇ~」


 抑揚の少ない胸の内で揺れ動く。乙女心がしくしくと痛んでいた。

 でも中央にある気持ちは、やっぱり面倒くさい。


「実際のところ あ の て い ど 気配しかいない敵くらい1人でなんとかしてもらわねば……話にならないんですが」


 リリティアとて自負はあった。

 この身は強い。あの少年がどれほど努力しても超えられぬくらいには強いという自負。

 なのになぜこんなことをしているのかといえば、やはり殺したくはないのだ。というより生きてほしい。


「まったくイージスときたら2本の剣ではなく神羅凪を託してしまうなんて。はた迷惑なことをしてくれるものです」


 ぷん、と。己の鱗と同じくらい白い頬をぷっくり膨らし腰に手を添えた。

 人の助力を得て連れて帰るという約束だった。なのに己が帰ってこないなんて。

 その上、こちらの世界にやってきた人々は帰りたがっているではないか。ここまで思惑が外れることはそうないだろう。


「……あら?」


 リリティアは、ふと気懸かりがあってもう1度空を仰いだ。

 気になったのは過去大陸へ猛威を振る舞った空を流れる異形の者たち。

 もう2度と見たくない相手であったが、どうにも記憶と異なる。


「それにしてもずいぶんと――」


「おい白龍」


 唐突に声をかけられ言いかけた言葉が止まる。

 リリティアは振り向かずとも背後にいる者の正体がわかっていた。

 なぜなら己を白龍と呼ぶのは同種くらいなもの。そうして予測を立てて振り返れば予想通り。

 燃え滾るが如き深紅を携えた傲慢な豊満をした1匹の龍が、種の形態で佇んでいるではないか。


「おや貴方ですか」


「うむ、妾だ」


 二言三言ほどテキトーな言葉を交わすだけ。これといって中身もない。

 だが、それが挨拶だった。とくに彼女は無口な性分をしている。曰く感情を表にだすのが苦手なのだとか。

 だから会話を先導するのもこちらの仕事だった。


「ピクシー領の防衛線には赴かないんです?」


「ちと急用があってだな。海龍が致命傷を負ったと聞き及びこちらへと馳せ参じたのだ」


「貴方が海龍を心配するなんて珍しいこともあるものですね」


 リリティアが物珍しげに目を瞬かせる。

 すると「いや……」彼女は毅然とした態度を崩すことなく否定を口にした。


「魔物如きに遅れをとったことへの弁明と仕置きを兼ねている。海龍の弁明しだいでは尾を引き抜きしばらく拘束するつももりだった」


 無表情ではあるが、目では本気を語っている。

 奢り高く誉れある龍が魔物如き雑魚に後れをとることは許されないことである。如何なる状況であっても龍には絶対規律が存在する。

 なにより彼女だからこそ不覚をとった海龍を許さない。同じ最年長組の龍であるということもある。が、この女の形態をとった龍は一族のなかでもとくに龍でありつづける。


「なるほど。で、審議の結果海龍は生き残れたのです?」


 海龍如きで彼女から逃げられるはずがない。

 おそらくはいまこうして彼女がここにいるということは、終えた後だから。

 どうやら海龍の死骸を背負っていない辺り彼は生存している。たぶん、おそらく。

 紅の女は、野太い鱗尾を払うよう振っていくらか目を逸らす。


「近場にエルフの幼子がいて目を潤ませていた。ゆえに尻へ手形をつけるていどで済ませてやった」


「あららそれは海龍も九死に一生を得ましたね。そういえば貴方って昔から幼い子が性癖かというくらい好きですもんね」


「子は好きだ。弱いがいずれは強くなりうる。存在そのものが神から授かりし奇跡に等しい」


 ルビーのように美しい紅の瞳が縦に細まる。

 子供の姿を脳裏に描くだけで僅かだが目尻がとろりと落ちていた。

 談話しているがまだ彼女は本題にさえ入っていないのである。こちらだって海龍の尻に灸を据えたなんて報告されても困り果ててしまう。

 そしてリリティアの予測が正しければ、ソレ。彼女が傲慢な豊満に抱いた丸いものこそがこうして出会った理由。


「それは?」


 知っていてなお尋ねるのも優しさであろう。

 というより尋ねなければいつまで経っても話さないのだから――……聞くしかないじゃないですか。

 彼女が胸に抱いているのは、大玉。しかも世界に多くある玉のなかでも価値であれば上位に食いこむほど貴重なもの。

 良く見さえすれば、容易。それは食卓に並べられない卵である。


「私のひりだした卵だ」


 堂々とした産卵宣言だった。

 そういって彼女は退治そうに抱えていた玉子を差しだす。

 リリティアも受けとりつつ「……でしょうねぇ」柔和な笑みの眉を寄せる。

 彼女が子供を産んだという報告は聞き及んでいた。龍にとって孕むということは彼女の語る奇跡という言葉と同義である。それだけに騒ぎになることも多い。

 長命種族はヒュームのように簡単に孕むことが出来ない。それこそ40、50年と毎夜交わらねば子を宿すことは難しい。

 創造神ルスラウスの定めた魂の理だった。弱小種族であるヒュームが100年ももたず魂を循環させる。代わりに長命種はそうして生命を育むのだ。


――さてさてこっちはこっちで面倒臭いことになりそうですね。


 リリティアは――しょうがなく――手渡された卵にそっと耳を押し当てた。

 上手くいっていれば龍が入っている。いっていなければ悲しみが詰まっている。

 そんな不安を覚えつつ彼女の生んだ命の聴診を試みる。


「おやおやですよ? もうなかにいるじゃないですかこれ?」


 とくん、とくん。厚い殻を通して聞こえてくるのは生命の胎動そのもの。

 しかもさらにはなかで小さな吐息まで聞こえてくるではないか。要するに詰まってるというやつ。

 リリティアは卵から耳を離して目を丸く、まじまじと紅の女を見た。


「いくら呼びかけても子がなかからでてこんのだ。よければ妾に進言を願えないだろうか」


 彼女はなおも毅然としている。

 が、どこか尾先の行き先が慌ただしく落ち着かない様子だった。

 通常の龍であれば覚醒とともに厚い殻を破って生まれてくる。つまり現状況は、我が子が生まれているのに産まれてこない、といってところか。

 

「貴方の強力すぎる龍気とがさつな性格に怯えてでてこられないんじゃないですか?」


「……そうなのか?」


「とにかくこのままでは飢えてしまいかねないです! 無理矢理にでも殻を割ってでも迎えることを強くおすすめします!」


 お返しします! リリティアはつっけんどんに卵を突き返そうとした。

 しかし彼女はそれを遠巻きに眺めるばかりで頑なに受けとろうとしない。


「ならば友よ、我が子の生誕まで世話を頼めないだろうか」


「なんで私がそんな面倒極まりないこと頼まれなきゃいけないんですか!? そもそもいまうちでは野良犬みたいなのをもう1人抱えてるんですからね!?」


 1人だけでも揉め事だというのに龍まで抱えてられるものか。

 ぷんすか湯気だたせるリリティアに対し、紅の龍は瞬きひとつしない。

 

「余は龍の王としてあの過去に滅っしたはずの害悪を改めて消し炭にすべく発たねばならん。聖都に常駐している龍も余が大空に還ることをいまかいまかと待っている」


 そういって彼女は真っ直ぐに友を見つめながら天を指し示す。

 空に渦巻くよう蠢くのは界境の悪夢。過去に世界の魂すべてを喰らおうとした絶対悪である。

 そしてその時も予兆はあった。過去、たった1人の人間がこの地に堕ちた際にもヤツらは現れた。

 時が巡りつつある。それは止まった秒針が軋みながら扉をノックするように秒を叩こうとしている。


「はぁ、わかりました。それじゃあまり期待しないでくださいね。私だって子育てが得意というわけではないんですから」


 1人抱えてもう1匹も似たようなものか、と。完全に根負けする形だった。

 リリティアは眉根を摘まむと無理矢理自分を納得させるしかない。

 女は、目を見張ってようやくわかるくらい少しだけ微笑を作る。


「感謝するぞ、友よ」


 ではな。そういってほくろを携えた(まなじり)を緩めた。

 彼女は異性から見れば絶世と謳われるほど美貌と蠱惑さを併せ持っている。多くの男が女性らしい彼女のその姿を捉え頬を赤らめるくらいには、美しい。

 そうして背に生えた巨大な翼を伸ばす。返答すら待たず風を起こし空へと飛び立つ。


「あのていどの量なら私が加わるまでもないですね。しかも龍王である焔龍が率いるのであれば勝ち戦のはずです」


 流れる赤き尾が空の青を背景に正真正銘の姿へ変わる。

 すると遅れて様々な方角から数十もの龍たちが崇高なる龍の背後へとつづいた。

 リリティアは、卵を大事そうにそっと胸板におさめる。


「それにしてもずいぶんと……小規模で雑な襲来ですねぇ?」


 敵意の抜けた金色の眼差しは同胞たちの勇姿を見送ったのだった。

 記憶に残る死闘との違いに一抹の不安を残して運命の神に人の幸を願う。


「過去の私たちならばあの1000倍規模を相手にしていたはずですけど……本当にあの数ですべてなのでしょうか?」




 ◎ ● ● ● ● ◎




焔龍『??????・????・??????』

挿絵(By みてみん)





最後までお読みくださりありがとうございました!

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