181話 聖都強襲《Assault Points》
「あの時と同じだ……! 空に大穴が空くなんて……!」
ミナトに出来ることは備えることだけだった。
どれほどの想定外を食らっても良いという覚悟を決める。
空に開いた大穴はまるで地獄の釜をブルーバックに映すかのよう。卦体が悪い。
薄氷の如く散った欠片が空より聖都へ降り注ぐ。
種族たちも一堂に会しながら固まる。空の欠片がスノードロップのように落ちてくるのを漠然と見つめていた。
「な、なかからなにかがでてくる!?」
誰かがいった。
誰がいったのかは定かではない。
しかしこの場にいる全員が同じ光景に同様の感想を覚えたのはいうまでもない。
「しかもなんなんだよあの量は!? 群れを形成しながら飛びでてくるぞ!?」
まだ誰かが、そう叫んだ。
大蛇の口のようにおどろおどろしく開いた空の大穴に異変が発生する。
蠢くように大量の飛翔体が亀裂から飛びだしていく。
すると青い空へ瞬く間に黒の濁流が生まれた。闇は大量の黒い粒が吐きだしつづけた。
まさに群雄割拠。今際の地獄を見せられている。現れた飛翔体たちは編隊でも組むかの如く空を自由に飛来した。
「……知らない……」
覚悟していたはずなのに揺らいでしまう。
恐れ、忌み、悔やむ。声がしょげ、腹が震える。
そして吐瀉の如く黒を吐いた大穴がもう1段階ミシリッ、と。空の欠片を降らせた。
「あれはアズグロウのときとまるで別物だ! オレはこのパターンを知らない!」
それがなんなのかを知らない。だから怯えるしかなかった。
そして大穴のなかから巨大な黒い物体が枠を破壊しながら顕れる。
巨大な質量をした物体は、そのまま世界の境界を容易に越えた。重力に惹かれるようにして真っ直ぐ こ こ へ と落ちてこようとしていた。
いち早く察知したミナトが大広場に向かって叫ぶ。
「落ちてくるぞォォ!! 逃げろおおおおおおおおお!!」
するとようやく止まっていた種族たちの時が動きだす。
大広場は逃げ惑う種族たちによって大混乱へ陥ってしまう。「広場の外に逃げろ!」「おい押すんじゃない!」「こんなところで死んでたまるか!」気が動転した群衆たちによって押し合い圧し合いが開始される。
激しい雑踏が広場を踏み荒らす。まるで規律を失った無作法者たちの醜い小競り合い。我が命大事さに我先と他者を押しのけた。
そうしてあれだけ賑わいを博していた聖城前の大広場は、刹那の間にして伽藍堂な荒廃を残すことになる。
しかし男、そして子を守る母の2人が逃げ損なう。
「クソッタレなに逃げ遅れてやがる! さっさとこっちにくるんだ!」
「だ、誰か手を貸してください! この子が足を挫いてしまって動けないんです!」
幾ばくも猶予のない。
広場に残されたのは、獣の母子と屈強なドワーフの男の3名だった。
恐らく群衆に揉まれたことで子供が態勢を崩し怪我を負ったのだ。
それを発見したドワーフの男は母子を救おうとした。転んだ子を庇う母ともどもを逃がそうとして、結果間に合わず。
いまから走って逃げおおせることは誰の目から見ても不可能だった。もうあとおよそ3秒も経たぬうちに彼らは大質量の飛来物によって押し潰されるだろう。
だから逃げおおせた種族たちは誰もが死から目を背けた。
「間に合え! 三連射出!」
だが、諦めない者が1人ほどいた。
叫びとともに蒼き閃光が発されると、飛来物の巨大な影を裂いて生き残りたちに貼りつく。
これは咄嗟の判断だった。出来るとか出来ないとかを考えるのは二の次だった。
ミナトは、とり残された者たちそれぞれにワイヤー接着するのを確認する。
「3人もいけるか!? それでも――やってのけるッ!!」
息つく間もなく急速な回収をはじめた。
左腕に帯びたフレクスバッテリーから伸びるワイヤーの数は3本。しかもあちら側には3人もいる。
圧倒的な重さがあった。それを高速で回収するとなれば当然軽い側に反動がくる。
「うッ――!?」
靴裏の摩擦で耐えきれる反動ではない。
急速回収をはじめたことでミナトの身体がふわりと浮いてしまう。
するとそこへ浮いたミナトの身体を支える者たちがいる。
「踏ん張るんだ少年! 俺たちも加勢する!」
「誰ひとりとして見捨てない! その心意気や良し!」
近場で一部始終を共有していた門兵たちだった。
さすがは騎士の風体といえる。しかも種族的に優れたエーテル族たちだ。踏ん張りながらも身体をがっちりと固定してびくともしない。
ミナトは門兵たちに感謝を覚えながらも、まっとうする。
「巻き、とれえええええ!!」
「いけええええ!」
「引き寄せろおおおお!」
ピンと張った蒼い閃光がゴムのように伸びきった。
そして溜まった反動エネルギーが頂点に達すると同時。生存者3名を疾風の如く危険域から引きずりだすことに成功する。
ほどなくして彼彼女らのいた場所には地響きとともに黒い物体が大穴を穿つ。
ともあれ救助には成功だった。ワイヤーに引き寄せられた3名はボロボロながらも身を起こして呆然としている。
「っしゃああああ!」
これにはさすがのミナトも声を抑えられない。
ガッツポーズで祝福した。
さらに門兵たちの行動も迅速で、すでに救助者たちに駆け寄っている。
「子供も含めて全員を安全な場所へ連れて行け! 大広場には1歩足りとも入ってはいけない!」
「退避したなかで回復魔法が得意な種族はいるか! 子供が1名足を負傷しているんだ!」
兵たちが広場の外に呼びかけた。
数名の者が群衆を割って躍りでるとドワーフの男と獣耳の母子ともどもを癒やしていく。
――よし……なんとかなったか。
心のなかで安堵の吐息を漏らす。
しかしひと仕事終えた気分に浸れるような楽観した状態ではない。
空から落ちてきたモノは、未だそこに鎮座している。黒く光沢のあるソレは物々しさすら覚えるほど巨大で、理解不能。
なによりも上空数1000mほどのところには巨大な飛翔物体が波打つように跋扈していた。
「なんだいこのデカいのは? 空のあれも虫っぽく見えるけど僕の知る魔物に一切合致しない……」
「奇遇だな。オレには大量の雑機械な虫に見えてる」
景色が陽炎の如く揺らぐと、そこにはヨルナが立っている。
ミナトは驚くこともなく、隣り合って空ではない目の前の物体を見上げた。
「gc……」
降ってきたソレはゆっくりと動きだしている。
ギチギチ、という堅いモノをすりあわせるような音が漏れ聞こえた。耳障りな音が聖都広場の大気を揺らす。
空を飛ぶ飛翔体と比べて巨大すぎた。翅のようなものがない代わりに上空の群れ個体と比べて質量が3倍はあろうかというほど。
「空を飛んでる連中と比べてずいぶん粗末な作りだ……そうなるとコイツだけ不完全な個体なのかな?」
「不完全なわりにしてはデカすぎるだろ。他のと比べて丸々肥えてやがる」
警戒態勢を解かず互いの情報を交換していく。
ヨルナの両手には双剣が握られており、ミナトの手も腰の刃にかけられている。
「これもまた変異体ってヤツならずいぶんと君は変体に縁があるよね」
「そうやってオレのせいにするんじゃないよ。たまたま下に聖都があってそこにさらにたまたまオレたちがいたってだけだろうさ」
鈍重な動きながらようやくソレは姿を現す。
重すぎる体重に身体がついていっていないのか。はたまた落下の衝撃であるていどのダメージを負っているのか。
電柱にも等しく太く凶暴な爪が聖都の石畳に刺さって、立ち上がる。
ギチギチギチという不協和音は威嚇であるかのよう。聴くモノにとって不愉快でしかない。
そして象の歩みの如く凶器が振りかざされていく。
「くるよッ!!」
「だろうなァ!!」
2人は即座に回避行動へと移る準備を整える。
10mはあろうかという巨大から大鎌が空を斬るように振り落とされる。
(区切りなし)




