180話 襲来《Dimension》
「あれはいったいなんだろう」
突然だった。
こちらが気づかぬうちにヨルナはバルコニー側へと移動している。
「空の様子がオカシイ。……なんだろう胸騒ぎがする」
そして柵を掴みながら広がる空を睨んでいた。
テレノアを説得中だったミナトも、ごく自然な動作で声のする窓側に視線を泳がせる。
ただ声に誘われただけだった。とくにこれといって理由があったわけではない。
しかしヨルナの見つめる向こう側。空に浮かぶ異質を捉えた瞬間無意識は意識を求めた。
「良く見ると空になにかヒビのようなモノが浮いている? あれは……」
「ッ!? 亀裂だとッ!?」
その声を聞くと同時にミナトもバルコニーへと走っていた。
スカイブルーを背景に爪痕の如き亀裂が生じているのだ。しかも聖都の上空で下にはいまなお種族たちで賑わう。
悪寒と同時に予感を覚える。大概こういう意図せぬ事態の場合で覚えるものは碌なモノではない。
ミナトは異質を肉眼で捉えることではじめてそれが同じものであることを認識する。
「あれはアズグロウのときに現れたモノと同じ!? いやそれとオレを宇宙空間で呑みこんだ亀裂とも酷似している!?」
空に亀裂が現れたさいの現象は2通りほど経験があった。
1つは、アザーの原生生物アズグロウ。アザーで道の少女を確保したさいに現れた化け物の出口である。
そしてもう1つは、宇宙空間でノアを吸いこもうとした力場のようなもの。それに呑まれたことで人はルスラウス大陸世界へと誘われた。
そうして眺めている間にもヒビがじょじょに落雷めいた線を広げていく。
「まずい!? どっちにしても亀裂が弾ければ聖都にいる大勢が犠牲になりかねない!?」
つまるところやはり禄でもない。
ミナトは頭で考えるより先に柵を跳び越えている。
「えぇ!!? ちょっとなにやってるのさ!!?」
「ミナトさん!?」
その声さえもはや上空からだった。
ヨルナとテレノアはギョッと目を見開きながら驚愕を浮かべる。
ミナトはなんの躊躇もなく飛んだ。地上から30mはあろうかという聖城高階層から落下する。
ここで行動に起こせたのは、恐ろしかったから。なによりもっとも忌避すべき事態は、憂慮なく災害に潰されること。
「ここでもしアザーで戦ったアイツが現れたら広場の種族たちの多くが死ぬことになる!!」
ミナトはすかさず空中で身をひねると左腕を構えた。
それだけは避けねばならない。他者他人なんて関係はない。いまここで知る者は1人しかいないのだ。
聖城を覆う城門の壁に蒼き閃光をフレクスバッテリーから射出する。落下の勢いをワイヤーで殺しつつ地上に降り立つ。
城門前広幅では突如降ってきた人間に足を止めてどよめく者たちがいる。しかし近辺ではない場所の多くでは種族たちが聖都の日常をつつがなく謳歌している。
「空から死が降ってくるッ!! 死にたくないヤツは走れェェェ!!」
ミナトは声を張り上げ叫んだ。
広場の種族たちにむかって喉を裏返しながら伝えた。
誰もが怯える言葉とは、それすなわち死である。日常にはない過剰なまでのおぞましい言葉を使うことで注意をこちらに向けさせた。
すると種族たちは僅かに時を停止させる。怪訝な目つきで物騒なことを口走る少年を見つめる。
「おいそこのキミ! なにを馬鹿なことをいっているんだ!」
門兵たちが慌ててミナトの元へと駆け寄った。
聖都の平和を乱す輩の元へ槍を片手に詰め寄っていく。
そして門兵たちはミナトを視認するなり足を止める。
「キミは聖女様の元へむかった少年か!?」
「いったいどこから!? まさか聖女様の寝室からここまで下りてきたというのか!?」
彼らの優秀さは称賛に値した。
おかげで広場の種族たちがなんだなんだとこちらに注目を集めている。
ミナトは畳みかけるよう遙か上空に指を仕向ける。
「空を見ろッ!! あれは化け物の生みだされる兆候なんだッ!! ここにいたら全員が潰されることになるッ!!」
叫びが尾を引いて消失した。
しん、と。聖城前広場が静まりかえる。
それから戸惑いのどよめきを重ねながら1人、また1人。一様に空を見上げた。
種族たちは口々に「あれはなに?」「空になにかがあるぞ」「大きくなっていってないか!」存在に気づいていく。
「全員――ニゲロオオオオオオオオオオオ!!!」
そして叫びが祈りとなった。
直後に空が割れる。
亀裂であったものは幾千という断片となって散り散りに弾け飛んだ。
(区切りなし)




