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BREVE NEW WORLD ―蒼色症候群(ブルーライトシンドローム)―  作者: PRN
Chapter.7 【この声が届きますように ―The Half Year War―】
178/364

178話 選ぶ勇気、心の天秤《Unnatural Selection》

挿絵(By みてみん)

苦悩する

痛み


傾くのは

少女の心


友の父を

捧ぐ


己を

贄とする


不自然の選択


挿絵(By みてみん)


「いただきまーすっ!」


 本日2度目の拍が打たれた。

 モダンなテーブルの上には笹葉の包みと白い餅がちょこんと置かれている。

 それをヨルナは手づかみに捕まえると、大口で齧りつく。


「んーっ! 甘くてモチモチして美味しい!」


 朝飯からまださほど経っていないにも関わらず、食欲旺盛。

 手で弾けそうな頬を押さえると2口目を頬張る。頬にあんこをつけながら椅子から伸ばした御御足(おみあし)を交互にパタパタと踊らせる。


「うーんやっぱり甘味は別腹だよねぇ! 小豆の甘さと餅の食感が相まって生きてるって実感が湧くぅ!」


 甘いものは別腹理論。

 ご機嫌なヨルナをよそに、こちらでは治療が施されていた。

 ミナトは用意された濡れ布巾を額に宛がう。


「……地縛霊なんだから生きてないだろ……」


 熱をもった額のコブに冷気を当てると心地良い。

 花瓶でもらった1撃(クリティカル)のせいで前後の記憶が曖昧だった。

 そうでなくとも幼き日に母の顔すら忘れているのだ。そうやすやすと幾度も記憶喪失にされてたまるか。

 そんな治療中のミナトの隣には、テレノアが子犬の如くまとわりつく。


「まあまあまあ! なんだか少しだけお逞しくなってませんか! 肩回りも少し膨れてますし血色も良く肉付きが健康になってます!」


 銀燭の瞳を虹色に輝かせながらいったりきたり。

 ぼんやりする人の回りをうろちょろとしながら矯めつ眇めつといった感じで凝視する。


「そんな1日~2日のトレーニングぽっちで見た目が変わるわけないだろうに……」


 男子3日会わずば刮目して見よ、なんて。体型が2~3日で変わるわけがない。

 ミナトは濡れ付近で額を抑えながら横目でじろりとテレノアを見た。

 すると彼女は頬横にロンググローブを帯びた手を打つ。


「ユエラの上位回復魔法トレーニングをなさっておられるんですよね! ならば筋繊維回復の工程が省けるので1日~2日でも体型は劇的に変化するはずですよ!」


 やんわりとした笑顔ごと身体をちょいと傾ける。

 相も変わらず陽光の如き平等な笑みが降り注ぐ。とてもではないが聖誕祭の真実を知って作れる顔ではない。

 ミナトにも懸念はあった。が、ここでようやく判明する。


「リリティアとユエラがオレの手助けにきてくれてたのは、やっぱりテレノアの差し金だったか」


 すると彼女は「……あっ」すぐさま視線を外した。

 両手の指を編むみたいに組む。頼りない胸前でもじもじと指をこする。

 わかりやすく嘘や偽りが出来ない子なのだ。よそよそしく「よくわかんないデスー……」といわれて鵜呑みするほどこちらも馬鹿ではない。


「あのなぁ……自分のことも考えなくちゃダメだろ。オレも確かにヤバいけどそっちだって命がかかってるんだぞ」


 わかってるのか? あまり語気を強めぬよう注意した。

 なにしろ各関係者の協力なくばミナトだって路頭に迷っていただろう。

 もしテレノアが裏で暗躍してくれていたとするなら彼女が明確な指針を示してくれたということ。

 ミナトにはテレノアに感謝してもしきれないほど恩がある。であるからこそ彼女には彼女の道があることを教えなくてはならない。 


「良く見たら目の下に薄いクマが出来てるじゃないか。しかも少しやつれて見えるし飯もろくに食ってないだろ」


 今度はこちらの番だった。

 ミナトは立ち上がってテレノアの顔を下から覗きこむ。

 するとテレノアは慌てて顔を背いて逃げてしまうが、逃がしはしない。


「ご、ごめんなさいです……。ちょっと色々考えることが多くて寝不足気味かもしれません」


 最後はとうとう観念したのか俯いてしまう。

 肩身を狭くしながらティアラの乗せられた頭を下げ、ぺこりとお辞儀をした。

 肩を晒すストラップレスドレスが涼しげ。純白の生地はシルクのように滑らかで、胸元に飾られたエメラルド色のブローチがワンポイントで煌びやか。

 先ほど暴走してミナトに花瓶を投げつけたテレノアだが、当然さすがにもう服は着ている。


「それに先ほども……うちの騎士が本当にごめんなさいです」


「あれに関してはテレノアに罪はないよ……。どう考えてもあのクレイジーサイコ聖騎士本人が10割で悪いから」


 元凶は100%混じりっけなしの確定済み。

 ミナトも犯行現場を目撃していただけに責めるようなことはしない。

 ともあれ見てしまったものは仕方がないの。このコブは釣り銭として受け入れるしかないようなものか。

 とにかくこうして再びテレノアとミナトが再会できたことのほうが重要である。どちらもこうしてまだ生きている。


「あははは……なんだかお互い大変なことになっちゃいましたね」


 さすがにいつも通りというわけではない。

 テレノア本人はどうかは知らない。

 ただミナトの目には、彼女が笑っているようで笑えていないように見えていた。


「まぁ……退くことも引くことさえ出来ない状況っていう意味では似たような境遇ではあるなぁ」


「こんなことになるなんて思いしませんでした。本来ならもっと……」


「……もっと?」


「いえ、なんでもありません」


 そうやって力なくすすけた笑みを浮かべるばかり。

 とはいえこんな状況だというのに唐突な客人を丁寧な物腰で迎えてくれている。

 聖女の私室は特段これといって目を引くものはない。

 天蓋さえつかないおよそ標準的なベッド。あとは几帳面に整頓されたガラス棚と、それほど貴重そうでもないドレッサーがあるくらい。

 飾り気も最低限まで控えられており、色気なんてものは皆無。逆に生活感があるため訪れる側としては非常に居心地が良い。

 あまりまじまじと乙女の寝室を覗くものではないのだろう。なのだが聖女と敬われるわりに部屋の様子は非常に簡素な作りだった。


「聖女ちゃんもあんころ餅食べなよ! こういうときは甘いものを食べて忘れるに限るからさ!」


 あんころ餅を2個平らげたヨルナが手招いて催促する。


「あんころ餅……ですか?」


「ありゃその様子だと食べたことがないのかい? とにかく甘くてモチモチで美味しいから1つ食べてご覧よ!」


 テレノアはいわれるがまま花に誘われる蝶のようにふらふらと席に着いた。

 笹葉に置かれた白い餅をしげしげと眺めて首を横に捻る。


「いただきますです」


 行儀良く両手を合わせ、それからおずおずと手を伸ばす。

 眼前に掲げた餅を不思議そうに眺めてから静かに餅を頬張る。


「わっ! とてもとても美味しいですっ!」


 曇っていた表情に驚愕があふれかえった。

 それからも手は止まらず。噛み締めるようなんどもあんこの詰まった餅を頬張っては咀嚼していく。


「甘味なんて久しぶりです! こんなに甘いとほっぺたが弾けてしまいそうですね!」


 混じりっけのない本当の笑顔だった。

 甘味によってようやくいつものテレノアが戻ってくる。

 曇りところにより晴れ。ヨルナはそれを見てうんうんと首を縦に揺らす。


「ミナトくんもおひとつどう?」


「おひとつどう、ってついでみたいにいうんじゃない。まったく……それオレの(ラウス)で買ってるんだからな」


「細かいことは言いっこなしでいこうよ。――ほいっ!」


 ヨルナは有無を言わさず餅を放物線上に投げた。

 ミナトは仕方なく受けとると、これまた仕方なく御相伴にあずかることにする。

 胃に余裕はないが餅1つくらいなら入るだけの余裕はあった。なにより幸せそうに頬張るテレノアを見て好奇心が勝つ。


「あまっ、うまっ」


 結果劇薬だと判断した。

 噛んだ途端砂糖の甘みが怒濤の如く口内に染み渡る。

 それこそが女子を惑わす甘味の魔力だった。


「あっ! お客様がいらっしゃっているのにお茶のご用意もなく申し訳ありません! いますぐお茶をご用意しますねっ!」


 テレノアはなにかに気づいたかの如く慌てて立ち上がって棚に向かう。

 その背を「お構いなくー」「よしなにー」気の抜けた2人が見送る。

 手早く淹れられた紅茶はストレートのままでも極上で、渋く香り高い。もとより緑茶と紅茶も元は同じ茶葉と聞く。必然的に和菓子との相性は抜群だった。


「も、もしよろしいのであればもう1個食べてもいいでしょうか!?」


「オレのぶんは貰ったから残ったヤツ食べてもいいよ」


「これはなかなかに良い紅茶だねぇ~。さすが聖女ちゃんってばお目が高い!」


 ちょっとした団らんの時が流れる。

 優雅で、普通で、なにも抱えずにいられる。いまだけは特別な時間だった。

 しかしそう長くはつづかない。追い詰められている現実から逃れることなんてできないのだから。


「なあ、テレノア」


 飲みかけのカップがソーサーにかちゃりと置かれる。

 淵に閉じこめられた琥珀色の水面が浅く波紋を作った。

 なにより彼女は選ばねばならない。聖誕祭で勝つか負けるか。その2択が彼女自身の運命を決す。

 友の父親を灰にして王になるか。その身を捧げて友に聖女の席を譲る。そしてどちらにも確定した死が付随する。

 ミナトは意を決して紅茶の渋みが残る口を開く。


「ザナリアのことをどうしたいんだ? どっちを選ぶのか踏ん切りはついたのか?」


「っ!」


 ピクッ、と。友の名がでた瞬間テレノアの肩が痙攣するように揺れた。

 華やかな笑みが日没を迎えて前髪の影に隠れてしまう。

 なんとなくミナトにはわかっていたことだった。優しすぎるテレノアはどちらを選ぶこともできずにいる。おそらくはこの3~4日ほど苦悩をつづけてろくに眠れてすらいないのだ。

 だが、自身の頭で選ばなければならない。友の父を殺めるか、己を殺めるか。

 それはきっと……――自分で選ばせなきゃテレノアかザナリアのどっちかに必ず悔いが残る。


「時間が進んでいる限り必ず未来はやってくるのが世の常だ。だからこそ停滞は後退だって自分でもわかっているんだろ」




(区切りなし)


挿絵(By みてみん)


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