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BREVE NEW WORLD ―蒼色症候群(ブルーライトシンドローム)―  作者: PRN
Chapter.7 【この声が届きますように ―The Half Year War―】
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171話 最強の先生たち《Professional HELL》

挿絵(By みてみん)


決闘の相手は

元地上最強


貧弱人の身に

有り余る


最強種族


地獄鍛錬の

終わりと始まり

「えぇ!? ミナトくんと決闘するのって君なの!?」


 陳腐(チープ)な一室にスードラの中性的な悲鳴が木霊する。


「しかも君とユエラちゃんの2人でミナトくんを勝たせるために育てるって!?」


 いっぽう丸くなった海色の瞳が移す先では、けんもほろろといった様子で動じていない。

 頭の後ろで結った金箔をまぶしたような大きな三つ編みが1本が垂れる。根元には大きな青色のリボンが蝶みたいに翅を休める。


「はい、その通りです。一言一句間違ってないですね」


 白いドレスの女性は一切のよどみなく首を縦に揺らした。

 慎ましさと凜々しさが同居するような佇まい。白い肌は透き通るように透明で立ち姿でさえ絵になる女性だった。

 そこへスードラが青ざめながら詰め寄る。


「いやそれ絶対に無理だってわかってていってるでしょ!?」


 いてもたってもいられないといった様子で、ぶつかるみたいに喰らいつく。

 普段の人を小馬鹿にするような彼の態度からは想像できないほど、事態は深刻。

 少なくとも事実を明かされてからというものスードラは明らかに冷静さを欠いていた。

 対して腰に平均的な剣を履いた女性は、微塵も意識を乱すことはない。


「無理かどうかはやってみないとわからないじゃないですか」


 すん、と。澄まし顔でスカしたように片目を閉じる。


「無理なモノは無理なんだよ!? だって君は元大陸一と謳われるほどの剣士だったんでしょ!?」


 女の金色をした視線が窓のほうに吸い寄せられていく。


「剣聖……懐かしい響きです。しかしあれは大陸種族たちが勝手に呼んでいただけですよ」


 そうして物思いに耽るように目をしっとりと細めた。

 それをスードラは尾てい骨辺りから生えた鱗尾を揺らし、追いかける。


「しかも君は僕と同じ龍族じゃないか!? 僕は海龍スードラ・ニール・ハルクレートだ!? そして君は白龍リリティア・F・ドゥ・ティールなんだから!?」


「貴方より種族の2手2足の扱いには長けていますから100倍くらい強いですよ?」


「ならなおさらだよ!? なに勝手に現実逃避してるのさ!?」


 騒ぎは増すばかりで一向に留まるところを知らない。

 なにせミナトの決闘相手は、ルスラウス大陸最強と謳われる龍族だったのだから。

 そしてリリティアと呼ばれた彼女は、どうしてもミナトのことを殺めたくないとも申しでているのだ。


「私はレティレシアと違って人を殺めない道を辿ろうとしているだけです。だから私の技術をミナトさんに叩きこんで私を負かしてもらうというだけの極めて単純なお話です」


 さも当然といわんばかり。慎ましやかに下腹の辺りに手を合わせ平静な声色で諭す。

 しかしスードラは落ち着くどころかより声を高めていく。


「ミナトくんが君に勝つ未来なんて永遠にこないんだよ!? だって君は僕なんかよりもずっと、ずーっと強いんだから!?」


「ならミナトさんには貴方よりもずっと、ずーっと強くなってもらわないとですね」


「わお!? 残酷なことさらっといったね!? それが絶対にありえないっていってるんだよう!?」


 龍の強さは大陸種族どころか人にまで伝え聞かされている。

 この大陸世界で龍とは覇者を意味するのと同義だった。どの種よりも強く、雄々しく、究極を極める。

 通常ステータスだけでいえば人なんて5か6くらい。対して龍はその100は上回るだろう。

 人間が徒党を組んでスードラに立ち向かったあれもしょせんはお遊び。彼が本気ならば人如き秒で片がつく。

 であるからこそスードラが無理あるというのは侮辱ですらないのだ。龍と人は象と蟻に等しい。

 これにはさすがの女王でさえ豆鉄砲でも喰らったみたいに目を丸くしている。


「どういうことなのです? 彼女が決闘相手で、決闘相手である彼女を倒すため、彼女にミナト様を鍛錬していただくということでよろしいのでしょうか?」


 美貌が曇って不安そうに見上げた先では、東がふんぞり返っていた。

 ここまでの騒動もすべて予測が済んでいるらしい。愉快げに口角を引き上げながら騒動の一端を見守っている。


「棺の間から放たれる敵が最強であるならば、こちらのそのカードも最強に育ててもらう! これぞ効率の最上級というわけですな!」


 はぁーはっはァ! 己が王であるとばかりに自信しかない高笑いを発す。

 それとともに指がぱちん、という乾いた音を奏でた。


「この策を告げた直後、呆けた棺の主の顔といったらなかなかに愛くるしいモノでしたな!」


「そ、それはそうでしょう……。私もいま巫女の心情を体感しているのですから……。理解できぬ理解を求められているような気分です」


 東の解説を聞いてなお状況を飲み込めぬ様子である。

 リアーゼは整った鋭角な眉を傾げて、長耳をしなりと垂らしてしまう。

 とりあえず決闘に介在する理念は3つあることが証明されていた。

 1つは、呪いとともに命を奪おうとする者。もう1つは、意地でも生きて帰ろうとする者。

 いまこの場で増えた1つは、人を死なせぬよう導く者たちの存在だった。

 そしてすでに東の計画はつつがなく執行されている。


「そのていどで休むな! もっと気合い入れなさい!」


 ピシャン。渇とともに鋭く床材を打つ。

 彼女の挙動に合わせ青蔦がしなって檄を飛ばす。

 隣ではソルロが怯えながらも引け腰気味な応戦を送る。


「が、がんばってくださいぃ~!」


 青蔦の鞭が打たれるたび、びくっ、と驚き、涙を浮かべた。

 それでもすとんと落ちるようなローブの胸元の前に両手を握りしめる。

 東の連れてきたのは2名である。うち1名のリリティアという女性が剣術の鍛錬を専攻するらしい。

 そしてもう1名は、ミナトの脆弱で内臓が浮くが如き貧弱な肉体を鍛えるスペシャリスト。


「まだ50回程度で地べたにへばりついてんのよ!? そのていどでリリティアに勝つとか目算甘々な雑魚虫ね!?」


 再びピシャァン、という落雷に似た鞭打が叩きこまれた。

 それは王室お抱えの薬師。伝説級の自然魔法使いと称される女性による教育スパルタである。

 当てるというより鼓舞するに近い。ユエラ・L・フィーリク・ドゥ・アンダーウッドは、青蔦の鞭で苦しみ喘ぐ少年の頬横を削ぐ。


「ひぃ、ひぃ、ひぃ――ひぃぃ!?」


 すでに地べたでは襤褸雑巾が完成している。

 ユエラの足下では、ミナトが平たくひれ伏し、くたばってた。

 ゼェゼェハァハァ。幾度と呼吸を繋いでも口が渇くばかりで疲労が重なるばかり。

 もはや虫の息。今際の際。もう許して状態。


「動くことを止めるんじゃないっていってんでしょ!? 腕立て如きでバカみたいにバカやってんじゃないわよ!?」


「よのなかには……へぇ、へぇ……オーバーワークってことばが……ゲホッ、あるんだよ……」


 喘ぎ喘ぎ。ミナトは助けを求めて震える指先を伸ばした。

 しかしユエラはそんな無様な存在自体を許さない。

 求めの手をブーツで軽く踏みにじる。


「ならいまのアンタはオーバーなバカでオーバーカね!! オーバーかそうじゃないかを決めるのは専属薬師である私の権限よ!!」


「そ、そんな……殺生なぁ……」


 口答えは許さないとばかりに鞭がしなって床を穿つ。

 だからといって動けるようになるわけもない。ミナトの肉体はすでに乳酸漬けの限界ギリギリだった。


「アンタそのていどの体力で元世界最強の剣士に勝てるはずないじゃない! 超一流のリリティアとこのスーパー超一流薬医である私が協力して教育してやるっていってるの! だからもっと血反吐を吐くまでやり抜きなさいよ!」


 しかもいまやっているトレーニングは、ユエラ流の特別メニューである。

 ただの自重トレーニングではない。ミナトの体中に蔦や歯を生やし、ぐるぐる巻きにしていた。蔦がほどよく重力に沿って引くためより強力な加重を与える仕組みだった。

 ゆえにミナトは床に貼りついたまま朦朧とするばかり。起き上がる力はとうに尽きている。


「……も、むり……ゆるひ、てくらさい……」


「許してほしいなら身体を起こせっていってるでしょ!? アンタそれでも男なわけ?!」


「……くぅん……」


 床を横に移すだけの虚ろな思考が、たぶん半年経たずに死ぬと警笛を流す。

 というか170日もたずに死ぬ気しかしない。このままいけば決闘以前に肉体と精神が屈する。

 ソルロは、おもむろにぱたぱたと駆け寄って、両手をかざした。


「《ヒール》ぅ! 《ヒール》ぅ! 少しでも良くなれぇ!」


 小さな手からふんわりとした暖色光が生みだされた。

 暖かくて優しい光が死に体に降り注ぐ。

 すると回復魔法の効果あってか徐々に疲労が逃げていくではないか。


「ダメよそんなんじゃ」


「……え?」


 まだ治療途中のミナトの背に1枚の葉が落とされた。

 ユエラは白い膝を落として座りこむと、ソルロと同じように手をかざす。


「《ハイヒール》」


 読み上げるような淡々とした詠唱だった。

 雑に投げられた葉が瞬く間に粒子となって弾ける。

 そしてソルロのものより明らかに鮮明な光の粒が乳酸漬けの身体に吸いこまれていく。

 直後、あれだけ朦朧としていた意識がはっきりと蘇った。


「あ、あれオカシイぞ? 身体が全然痛くない?」


 ミナトは軽やかに身を起こすと、身体の節々を見回していく。

 あれだけだるかった腕がまるで己の元に帰ってきたかのよう。握力の失せた手も通常通り、それどころか息切れさえ止まっていた。


「な、なんだこれは? これが魔法の力だっていうのか?」


「ミナト? 大丈夫なの?」


 ソルロも立ち上がったミナトをうるうるとした目で心配そうに見上げる。


「か、回復っていうより快眠から目覚めたかってくらい爽快だぞ!?」


 未だ信じ切れず。現実を疑う体中の動作を確認していく。

 ソルロのくれた温かな光なんて比べものにならない。なにしろあれだけ蝕まれていた肉体疲労の一切が消失したのだ。

 きれいさっぱり治ったというより、まったく疲労が残っていない。しかも滝のような汗も止まり、筋肉に血が通うのが実感できほど。

 ミナトは、あまりの急な肉体の変化に当惑する。


「あらためて魔法って……――怖ッ!? アンタいまオレの大事な身体になにをしたのさ!?」


 目を白黒とさせ元凶であろうユエラにほうを見つめた。

 彼女は切り立つような目端を細めて、よく反る指をつい、と横に揺らす。


「いまのは私が考案して編みだした上級の回復魔法よ」



(区切りなし)

ご覧頂きありがとうございました!


※肉体担当

挿絵(By みてみん)

「アン?」


※剣技担当

挿絵(By みてみん)

「ですっ!」

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