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BREVE NEW WORLD ―蒼色症候群(ブルーライトシンドローム)―  作者: PRN
Chapter.7 【この声が届きますように ―The Half Year War―】
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169話 監獄のクワイエット《Prisoner》

挿絵(By みてみん)

据えた家屋

閉じられた牢獄


禁域の森


この身はとうに

囚われ

「これは築何年もののボロ小屋かね? しかもこんなエーテル領にある森の奥にぽつんと1件だけって幽霊ですら済まない物件だよなぁ……」


 ミナトは、据えた色をした家屋を眺める。

 酸い表情で腕組みし、眉をしかめて首を横に倒す。

 雑、あるいは廃墟。与えられた権利には、いまのところ文句しかでてこない。

 木組みの家はログハウスというより元祖ボロ小屋といったみすぼらしい風体をしている。


「雨風くらいは防げたとしてとてもではないけど永住しようとするヤツはいないよな」


 なにせ入居初日はもっと悪辣とした環境だった。

 雑草も人の背の高さまで生え伸び放題。窓も扉も櫛の歯が欠けたようにボロボロ。

 それでもそれは表面だけ。屋内なんて虫と虫の死骸ばかりで見られたモノではなかった。

 しかしなんとか生活出来るレベルまで持ち直したことは称えるべき功績だろう。


「まさかこんなところでアザーで培ったDIYスキルが役に立つとは思わなかったが……」


 ミナトは薄汚れた手を覗いてグッと握りしめた。

 命芽吹かぬ灰の星と比べればこの辺りは楽園である。

 実りもあれば材木だって腐るほど有る。懸念するなら厄介な魔物がたまに出没することくらい。

 ミナトは伸びを1つくれてから大きな欠伸で間を開ける。


「さて、と。休憩も済んだことだし、もう少し薪を蓄えたら家の中に運びこむか」


 そうして切り株に刺した斧に手を伸ばす。

 と、急に風の方角が変わった。

 虫の知らせという曖昧なモノではない。現実的に風向きが大きく変わって木々の葉がざわめいている。


『たっだいまー! 言われたとおり片付けが終わったことを伝えてきたよー!』


 上空から脳天気な無性会話(テレパシー)が降ってきた。

 それとともに暴風をまとい尋常ではない質量が空からゆるりと下りてくる。

 それは大量の鱗。あるいは長尺をした胴長の青き龍だった。

 しなやかに弧を描く巨体にはびっしりと魚に似た鱗によって覆われている。


「ようスードラメッセンジャー役助かるよ! この世界ときたら電話もないっていうんだからたまったもんじゃないな!」


 ミナトが手を上げて気さくに迎えた。

 すると海を冠した龍スードラ・ニール・ハルクレートは、『でんわ?』人間に鼻先を近づける。

 洞のように空いた鼻から吐息を吐いてくるると太い喉を鳴らす。


「ミナトっ!」


 さらにその龍の頭からひょっこり飛びだす影がひとつほど。

 小さくてふわふわとした少女がぴょんと子兎のように跳ねて、駆け寄ってくる。

 そしてソルロ・デ・ア・アンダーウッドはタックルを決めるみたいなすばしっこさでミナト目掛けてジャンプした。


「おっと! ソルロまでついてきちゃったのか!」


 よろめきながらもなんとか受け止める。

 勢い余ってくるくると回ってからようやくソルロの小さな足が大地を踏む。

 彼女は先日の一件で怪魚によって5感を失いかけた。しかしミナト含む面々の手によってカマナイ村を襲った怪魚は討伐された。

 その結果――見ての通り――少女は呪いが解けたことで、もう走って笑えるまで回復している。


「ミナトが困ってるのならボクもなにか手伝いたいよ! カマナイ村を救ってくれたミナトはボクたちの英雄様なんだから!」


 長耳の少女はミナトの腰の辺りにぎゅうとしがみつく。

 そうして匂いをつける犬みたいに額をぐりぐりこすりつけた。


「英雄って……また大袈裟な感じになっちゃってるなぁ……」


 ミナトは気恥ずかしくなって頭を掻いた。

 さすがに分不相応な栄誉に足をくすぐられるような気分になってしまう。

 それでもソルロは上目がちにぴょんぴょん両方の踵を上下させる。淡い色をした刺繍の入ったローブの裾を忙しなく流しつづける


「ボクにとっての英雄様! あとスーちゃんもボクにとっての英雄様なんだよ!」


 子供特有の嬉しいを直接届けるような笑顔だった。

 白い歯をニッと見せて日の光の如きまぶしさをふんだんに伝えてくるかのよう。


「じゃあまあそういうことにしておこうか」


 フッ、と。頬を緩めてから手で濡れ芝色の頭をわしわしと乱してやった。

 するとソルロはくすぐったそうに「きゃー!」脳天から響くような黄色い声上げた。 


『でも僕が護衛していないのに表で作業するのは頂けないなぁ? 魔物に襲われたらいったいどうするつもりだったんだい?』


「そのときは木や屋根の上にワイヤー飛ばして逃げるさ。小物相手ならふん縛って斧でなんとでもなるし」


 ミナトは、心配してくれるスードラの鼻先を叩くみたいに撫でてやった。

 多少強引でも相手は龍である。体格差もあってか蟻と象みたいな構図になってしまっている。


『万が一って事もあるから僕か別の種族が近くにいないときはあまりでしゃばらないでよね。いちおう死なれると寂しくなっちゃうくらいには深い間柄なんだから』


「こうみえて注意力と生きる才能には困ってないんだ。もっと世知辛い世の中を知ってるだけに頭の螺子が外れてるんだろうさ」


 左腕に装着したメタリックブルーの曲線をこれ見よがしに掲げて見せつけてやる。

 ワイヤーのだせるフレクスバッテリーがあれば魔物との突発遭遇(エンカウント)から逃げることは用意だった。

 銃やフレックス能力に比べれば圧倒的に不利であろう。しかしそこは死の星で培った経験に機転と融通を効かせればどうとでもなる。


「心配してくれるのはありがたいけどさ、オレだってそこそこやれるんだぞ」


 ミナトがどん、と胸を叩いた。

 スードラは、ぶおうという突風を鼻の洞から吐く。


『んもう……自分が弱いこと理解しているだけに手のつけようがないんだからなぁ』


「お、ちょっと待て! あんまり近づかれると押されて転ぶから!」


 それから小さな人間に鼻面をそっと寄せてぐりぐりと押しつけた。

 せっかく生き残ったのだから早々にリタイアではつまらないだろう。なにしろこの命は未だ導火線に火が着いている状態に等しい。

 生きているのではなく、生かされているだけに過ぎないのだ。

 ミナトは未だなお首輪つきのままだった。

 死の淵で1歩進めば首が絞まる死刑囚と似たようなモノ。だからこうして1人、森という牢獄に閉じこめられている。

 あの棺の敷き詰められた空間の主――凶悪な笑みを携えた山羊角の女の気まぐれに生かされていた。


「ふふっ、精がでますわね」


 ふと聞きなじみのない声が龍の背から響く。

 きっとそこにはじめからいて様子を窺っていたのだろう。

 なによりスードラがいつまでも種族の姿をとっていないことが証拠だった。

 ミナトは、彼女が龍の背に立ち上がる姿を捉え、姿勢をしゃんと正す。


「ああ、どうもろくなお迎えさえできずごめんなさい」


 両手指を伸ばし、踵を揃えて腰から90度に折れ曲がった。


「その節は多大なご迷惑をおかけしてしまい大変申し訳ありませんでした」


 其の姿はまるで森の妖精である。

 そしてミナトの対応は決して過大評価からくるモノではない。


「過分な敬いはどうかおやめになって下さいまし」


 そういって白さ栄える女性は、手にした杖へと幅の広く女性らしい腰を下ろす。

 浮遊する魔女の箒みたいな感じだった。音もなく、ただ優雅に牢獄へと降り立つ。

 大地を踏んだ彼女は、ミナトのほうへと淑やかに濡れた唇で弧を描く。


「少なくとも先刻の1件以降私たちは共謀者という深い繋がりになっておられますでしょう」


 小悪魔のよう悪戯めいた表情で白く滑らかな肩に頬を寄せるのだった。



○  ○  ○  ○  ○





挿絵(By みてみん)

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