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BREVE NEW WORLD ―蒼色症候群(ブルーライトシンドローム)―  作者: PRN
Chapter.6 【世界選択 ―Choice make your world?―】
165/364

165話 棺の間《Singularity》

挿絵(By みてみん)

実らない

与えられない

役立たず


あの日


すべてを諦め

空に手をかざした


この日へ

生きるために


挿絵(By みてみん)

 僅かな間が空いて空白の時が数秒ほど流れる。

 ミナトとヨルナは見つめ合ったままの姿勢でお互いに硬直した。

 意識的な虚。隔絶されるような縮小。時が凍りつく。

 そして次の瞬間。彼女の口から言葉が弾けて動作を開始する。


「ここにいる彼は、特異点(シンギュラリティ)からのメッセージだッ!!!」


 制止したあらゆるものが怒濤の如く動きだす。

 ヨルナは凄まじい速さで燕尾の如きマントを翻して声高に叫ぶ。


「急いで棺の間に知らせるんだ!! 異世界へと救援を求めて狭間を抜けた特異点は帰還せず!! 代わりになんらかのメッセージをこっちに寄越した!!」


 彼女の訴えかける視線の先には、意外な人物がいた。

 ヨルナが叫んだのは、ユエラだった。

 あまりの唐突な状況に青蔦を操る手がピタリと止まる。


「なッ――なんですってッ!? というかはじまりの地で帰りを待っているはずのヨルナがなんでこんなところにいるのよ!?」


「その問答は後回しッ!! 本来なら彼の名がミナトという時点で気づくべきだったッ!! でも今の彼の発言ですべてが確定しまったんだよッ!!」


 ミナトには彼女たちがなにをいっているのか皆目見当もつかない。

 それどころかミナトだけではなく、この場の全員がただ木偶となっていた。

 喧々とした2人に気圧されるかのよう。大聖堂の全員が漠然と身を竦ませ、立ち止まる。


「今度の人間たちがこちらの世界にやってきたのは偶然なんかじゃなく必然ッ!! 特異点を待っている巫女と救世主(メシア)に一刻も早く伝えなければならないッ!!」


 ヨルナの必死の訴えだった。

 それに対してユエラは「ちぃっ!」釈然としない様子で舌を打つ。


「議論するのは後回しってことね!! なら手っ取り早く済ませてやるわ!!」


 白魚の如き手が彩色異なる瞳の目前でぱちんと弾かれた。

 すると突然ミナトの立っている絨毯がうねうねと脈動をはじめる。


「な、なんだこれ!? くっ、はな――離せよこのォッ!?」


 伸び生えた青蔦が両足に絡みつく。

 振り解こうと藻掻いても次々に蔦が生えて終わりがない。

 全力で振り解こうとしても野太い蔦は弾力があって微塵も千切れやしない。絡んで編みこまれた細かな蔦も強度が高くロープのように硬化している。

 青蔦が全身を浸食するのはあっという間だった。足、腕と拘束され、腿や胴。最終的に首を上って頭まで浸食してしまう。


「ヨルナ!? お前まさかオレたちのことを裏切るつもりだったのか!? そのつもりでオレの身体にとり憑いたってことかよ!?」


 ミナトは辛うじて残された口回りで抵抗を試みた。

 視界も自由もすべてが奪われており、もはや為す術がない。


「殺すのは絶対にダメだッ!! もしかすると彼の記憶にも特異点からの伝聞が隠れているかもしれないッ!!」


「そんなこといわれなくてもわかってるわよッ!! ただこの子にも棺の間へご同行願うだけだから安心なさいッ!!」


 そんなやりとりの最中で、すでにミナトは蔦の餌食となっていた。

 話すことも動くことさえもはや不可能。魔法という偉業に対し、人の力如き叶うはずもない。


「ミナト!? おい返事をしろ!?」


「テメェ等唐突に現れてなにしてやがんだ!? このっ、ミナトを解放しやがれェェッ!?」


 それは近くに駆け寄る足音と聞きなじみのある友の声だった。

 塞がりつつある視界の端にフレックスの蒼が仄めく。


――東、ジュン! ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう!


 塞がれきった視界にはすでに蒼は映らない。

 どころか聴覚さえ閉ざされていく。呼吸さえままならず、息をしようにも口元は閉鎖されて肺に酸素が送れなくなってしまう。

 そして最後は意識が徐々に遠退いていった。


――ちく、しょう……!


 抗えぬまま、這い上がれぬほど深くまで墜ちていく。

 墜ち征く闇の淵。意識を飛ばす直前。


――……イー……ジス……。


 ミナトが最後に見たのは、銀色の髪をした女性の背中だった。




   ★   ★   ★   ★   ★



 今日は厄日だ、なんて。意識の浮上とともに脳裏へよぎる。

 瞼を開くと目の奥に光が滑りこんできた。頭はぐらぐらするし身体ってあちこち軋みを上げている。


「う、くっ……なに、が! ゲホッゲホ!」


 喉に痛みを覚えて咳きこむ。

 寝かされていたのは、硬い石の上。無意識下で埃でも吸ったのか声がしわがれてしまっていた。

 ミナトは寝起きの虫の如く(つくば)うようにして身をよじる。


「よくよく考えてみれば厄日じゃない日なんてそうそうなかったな」


 冗談がいえるくらいには無事だった。

 押し当てた手のひらに砂と小石の感触を感じながら鈍重な動作で、ようやく立ち上がる。


「はぁ……。で、どこだよここ?」


 起き抜けにまず浮かぶのは疑問だ。

 虚ろな視界には、未だかつて見たこともない面倒くさいが広がっている。


「廊下、回廊ってやつか? それに……空が黄色い?」


 視界から得られる情報を摘まむように集積していった。

 両端には背の高い壁が建てられており押し潰されそうな閉塞感が漂う。しかし道幅はそれほど狭いというわけではない。

 石畳はところどころが欠けており、薄汚れて、湿度の多い端の辺りでは苔生してしまっている。壁もヒビが入っており老朽化が目まぐるしい。

 そしてそんな廃墟どうぜんの建造物によって狭まった空は、淡黄な黄金色だった。


「まさか死後の世界だなんていわないだろうな。ったくなんだってこんな……」


 ミナトは気だるげに黒い頭をがっしがしと掻き乱す。

 砂と垢が爪の間に入りこんで先端を黒ずませる。


「棺ばっかりありやがる」


 ようやく鮮明になった視線の先には、ずらりと。

 1つ2つなら許容できたかもしれない。しかしここにはおびただしいまでの石櫃が廊下の奥の奥までつづいていた。

 ミナトは、その無機質で乾燥した石のボックスに歩み寄って観察してみる。


「描かれているのは十字架……か。バイオハザードマークの次くらいになかを覗きたくないマークだな」


 入っているかいないかではない。

 もし入っていたら後悔することは必至。入っているほうも開けたほうも誰も得はしない。

 ミナトはそうそうに解明を諦めて周囲を見渡す。

 とはいえあるのは壁と空と棺と、奥が見えぬほどに長い廊下が延々つづくだけ。


「ヨルナのやつせっかく身体を貸してやってたってのに裏切りやがった! 信頼してたのに……こうなったら一生許さねぇ!」


 怒りの音は悲しく反響し、やがて消えていった。

 これではさながら負け犬の遠吠え。信頼関係なんてこれほど容易く途絶えるのだ。

 試しに耳を澄ませて見るも、やはりというか声は返ってこなかった。

 もうこの身体には宿っていないのだろう。あるいはヨルナがミナトを見限ったか。


「次に会ったら一生後悔――……いや、もういい。とにかくこの状況から抜けだすことが優先だな」


 ミナトは力なく拳を解くと、向いている方角に歩きだす。

 どちらにせよ進まねばならなかった。

 進むという道しか残されていないともいえる。このままではこの無味蒙昧無乾燥な地で干からびる運命を辿ることになってしまう。

 こつり、こつり。スニーカーで歩く音がやけに尾を引いた。


「分かれ道がないなら真っ直ぐ進むか、それとも真っ直ぐ戻るかだけ。誰がこしらえたのかは知らないけど、立て看板くらいつけておけってんだ」


 どうにも独り言が増えてしまう。

 ぶつくさ文句を吐きながらも孤独感は紛れなかった。

 ただなんとなく気色が悪いのだ。この場にいたくないと原始的な勘が警笛を鳴らしている。

 気味が悪い。風さえ吹かぬこの廊下は生命が住まうところではないことだけは確か。


「…………ハァ」


 歩き始めてどれくらいか。もう幾度目かのため息が漏れた。

 日も傾かないため時間の経過は無限であるかのよう。

 しかも考えることが多すぎた。だからかおかげで暇はせずにすんでいる。

 帰還、仲間の無事、聖誕祭、聖杯。考えだしたらキリがない。

 そのうえ東とジュンの無事も、そう。それからテレノアとザナリアの状態のことだって過分に気になって仕方がなかった。

 そしてミナトは足を止めて頭をどっと抱えてしまう。


「オレにどうしろっていうんだよ……! こんな役立たずなオレがいったいなにをどうすれば……!」


 このまま膝を折って挫けてしまいたかった。

 両肩に重く鬱陶しくのしかかるぜんぶをいっぺんに放りだしてしまいたかった。

 餓鬼のように喚きたかった。無責任に逃げだしたかった。囚人のように()めてしまいたかった。

 すると不意にどこか遠く離れた場所から音がする。

 なにかを叩くような音が廊下を抜け、鼓膜をかすめた。


「これは……鐘の音か?」


 ミナトは、ふと顔を上げて両手を両耳に添えて音を集めた。

 耳を澄ませると、未だ断続的につづいている。

 コーン、コーン、コーン。5秒に1度くらいの均等な拍子で廊下の奥から響いてきている。

 この音は意識して聞いたことはない。しかし聞き覚えは十二分にあった。


「教会の鐘の音に似ている? 日暮れ前に聖都のそこら中でなってた音と同じ?」


 誘われるよう足裏が石畳から剥がされる。

 目的もなければ、かといってさすらうつもりもない。1つの異変という現象にむかってふらふらと吸い寄せられていく。

 そうして鐘と思しき音色に向かって歩みだした直後だった。


「お”ー……小五月蠅いのぅ」


 今日ほど心臓が丈夫で感謝した日はない。

 ミナトは突如響いた胴間声に全身を針の如く萎縮させた。

 つづけてどぉんという豪快な音が響いて石の蓋が粉塵を巻き上げる。

 石櫃が開いたのだ。しかもなかから筋肉の塊同然の老父がむっくり起き上がったではないか。


「あんじゃあ? 何年ぶりの招集だぁ?」


 しかも両腕が銅色をした鉄腕ときたものだ。

 老父は腕を意味通りに軋ませながら顎に蓄えた白い髭をしごく。

 ミナトが何事とかと恐縮している間に異変は次々と伝搬していく。


「つぁーっとぉ! 久しぶりの目覚めだぜぇ! ったくこう長く寝かされてたら身体が鈍っちまうってんだよぉ!」


 今度は若々しいエルフの男が別の石碑の蓋を蹴り上げて破砕する。

 猿のように身軽に棺から飛びだすと、手にした長槍をくるりと回した。

 次々と。そう、続々と。棺の蓋が開いては、なかから鎧やらローブをまとった様相の種族たちが目覚めていく。


「これぇ……おもい~。誰かぁ……開けてぇぇ……」


 ミナトの横にある棺のなかからくぐもった声が聞こえていた。

 どうやらこのなかにも誰かが入っていて、いま目覚めたのだ。

 ミナトは状況の唐突さに置いておかれそうになりながらも、棺の蓋を押してやる。


「ふっ!! んんっ、んんんんっ!!」


 予想以上に重い。当然だ100kgはあるかという石の塊なのだから。

 そしてこの身は想像通りに貧弱。押せども押せども石の蓋はびくともしない。

 ミナトががんばっていると、横から巨大な筋骨隆々がぬう、と現れた。


「おうおう、ちぃと待っとれぃ。お前さんらはずいぶんと貧弱だのぅ」


 筋骨隆々な大老父が鉄腕で蓋をぐっ、と押す。

 力む間もなくずずず、と。あれだけミナトが苦戦した蓋が容易く開いていった。


「ここで寝とったのはキサンじゃったか。ずいぶんと長いこと寝かされておったからおおよそ100年ぶりじゃのう」


「ありがと、感謝感激雨あられ。危うくセルフ封印で2度寝するところだった、油断大敵」


 保修だらけの継ぎ接ぎ人形を胸に抱えて横たわる。

 棺のなかに詰まっていたのはなんと黒い2房髪の少女だった。

 老父は、棺に手を突っこむと、華奢な少女を軽々片手で持ち上げる。


「キサンはエーテル族だってぇのにグズじゃ。もうちくと外で犬のように身体を動かしてみせぃ」


「だって起きてたらマナの供給が無駄だって巫女に怒られる。だから私が貧弱なのは巫女のせい、間違いない」


 腕を掴まれた少女も抵抗するでもなく、銅色の肩によいしょと腰を下ろす。

 白霞の瞳がぎょろりと呆然と佇むミナトを捉える。


「ほうれ。そこの軟弱な(わっぱ)も急がんと。ぼさっとしとって出遅れでもしたら棺の間でドヤされっちまうぞい」


「巫女怒ったら凄く怖い。あと男には特に凶暴になる。ヒステリック面倒女」


 そう言い残して老父と少女の2人は、のっしのっしとどこぞへむかっていてしまう。

 他の棺から起き上がった連中も、ぞろぞろと欠伸やら伸びをして群衆となって闊歩する。

 まるで示し合わせたかの如く。鐘の音がなる方角へと向かっていく。


――(ひつぎ)()


 ミナトもなんとなく彼らにつづいた。

 訳もわからず、ただ流れるまま流れる。これが運命であるかのように、自然な流れ。

 だからこの先にどのような景色が待ち受けているのかさえ、人の身では知りようがなかった。



(区切りなし)


お読みくださりありがとうございました!

※Chap ENDまで@2話くらい


挿絵(By みてみん)


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