161話 双王の部屋、聖者の大聖堂《Fake Out》
聖城前の正門にやってくると朝も早いからか雑踏がまばらだった。
ザナリアは、まだ完全に開門されていない扉前の兵士に慣れた様子で入場の許可を得る。
おつかれさまです、本日も晴天ですね、良い1日を。二言三言交わしてするりと大門の隙間を抜けていく。
どうやらミナト含め騎士たちも彼女の同行者として認知してくれたようだ。これといって咎められることなく入城を果たす。
――やけに気さくな門兵だったな。しかも城にまであっさり通してくれるとは。
『ザナリアちゃん、というよりお父さんの威光もあるんだろうね。同じ神を奉っているんだから皆姉弟みたいなものなんじゃないかな』
なんてことはない思考に無断住居者が応答する。
基本的に意識の奥で潜んで省エネをしているらしい。が、たまにこうして意識下にアクセスしてくる。
幽霊少女曰く、この身体にも慣れてきたとのこと。
逆にミナトもこうして勝手に応答が返ってくることに疑問をもたなくなっていた。
――改めてザナリアの凄さがわかるよ。本来ならこうして隣を歩くことさえ難しい階級の子なんだろうな。
『相応の努力をしていたんだからもっと胸を張りなよ。巨大頭と怪魚討伐はそれだけの価値ある財産を生んだってことさ』
どーだかな。頭の後ろに手を組んで虚空を蹴るよう膝を伸ばす。
見上げれば朝に寝ぼけた日の光が横から鋭角に空を暖めている。東と西に2つある欠けることのない月が空色を透かして水色のキャンバスをたゆたう。
そして目の前には高々と生え伸びて堅意を示さんとばかり。天を衝くが如き孤高の城が視界を網羅していた。
「聖城へお祈りにくるのは久しぶりですねぇ」
「近ごろのお嬢は聖誕祭にかかりきりやしたし。これでちょうど良い羽根休めになるといいですなぁ」
騎士たち2人は鉄靴で硬い石の畳みを踏んで歩く。
ここが城の麓だからか不思議と彼らの恰好も様式にハマっているといえなくもない。
全貌を拝もうと仰ごうとすれば首がへし曲がってしまいそう。頭が後ろにぽとりと落ちてしまうかもしれない。
現にミナトだって「おわぁ~・・・」なんて。大口広げながら間抜け面を晒している。
「ふふっ」
そんな様子をザナリアが横目にちらりと覗いて吹きだす。
品良く口元を押さえながら膨らんだワンピースの肩周りを上下させた。
「そういえばまだ聖城は開いてないのかい? 扉も中途半端に閉まってたし本日休業とかなのか?」
「いまの時間帯は一般の方々をご遠慮しているだけです。昼も近づけば大門を解放してみな平等な祈りの場として賑わいますよ」
「つまり関係者専用の時間帯ってことか。なんか得した気分だな」
ミナトにとっては祈りの場とてアミューズメント施設のようなもの。
先ほどから闇雲に走り回っている子供2人が迷子にならぬよう監視するだけ。それが本日の仕事である。
そうしてまずは城の無駄に強大な門を潜って大広間へと入っていく。
「遠間から見ただけだけど……エルフの城とはかなり作りが違うのか」
「文化によっての多少の違いはあれど、エルフの民はどの種族より自然を愛します。夢みる大樹、ユグドラシルとの景観を加味して自然を壊さぬよう城を建てていると聞いたことがありますね」
ザナリアのうんちくを小耳に挟みながら真っ直ぐ進んでいく。
するとこれまた城内部の壮麗な景観にぴったりの重厚かつ古めかしい扉が待ち受ける。
ミナトはそのスケールに僅かながら呆れつつ肩を落とした。
「なんか……ラスボス? とかが待ってそうな……だな」
「バカなことをおっしゃってないでなかに入りますよ。この先が聖城を聖域たらしめる創造主ルスラウス様との謁見の場、大聖堂なのですから」
金色の取っ手がザナリアの手によって握られる。
古めかしさを演出する高い軋みとともに厚手の木扉がゆっくりと開かれていく。
直後、まぶしさとは別の煌びやかな光景が目覚めたばかりの意識を強引に覚醒させた。
「すっげ……!」
神知らぬ人でさえ大聖堂の出で立ちに思わず息を呑むしかない。
ミナトは目を皿のように見開くと、足を止め、その神々しさに溺れる。
「……っ!」
あまりの広大無辺に人如きでは為す術がない。
口はモノを言わず。脳は言葉を紡ぐ方法さえ忘れた。
ここは白い。そしてまばゆい。神の住まう園。
「さぁ、いつまでも立ち止まっているわけにはいきません。もっと奥に進みますよ」
ザナリアに手を引かれて「あ、ああ……」ミナトも辿々しく神の域に同化する。
なによりこの大聖堂という空間を華美たるものへ変貌させているのは、7色。
7色のガラスが光を投下して大聖堂に五月雨の如く降り注ぐ。
祈り場の周囲には精巧な彫像や胸像が数えきれぬほど。天使、神、悪魔、化け物。それらどれもが一芸を極めた繊細な作りをしていた。
なかでも目を引くのは天空に槍をかざす男の雄々しさ。彫像が本物の儀式鎧を着こんでもっとも高い位置に置かれている。
その両脇には、付き従うかのように美しき大翼を背に生やした天秤と剣の天使たちが寄り添う。
一面のステンドグラスは異常か、偉業。
「……っ」
ミナトでさえ美しさの暴力に横面を叩かれた心もちだった。
ガラにもなく、美しいモノを見てため息なんてついてしまう。常識を越えた光景に心を打たれ、なお恐怖さえ覚える。
「如何ですか我が国の財宝は? 特別な日には祈りだけではなく賛美歌や聖書朗読などもございますわよ?」
ザナリアは高々といった具合にフフンと小鼻を広げた。
しめたものと普段鎧で隠れている鞠をツンと尖らせる。
抜け殻になったミナトは「想像以上だよ……」と、呆然と心奪われるしかない。
現代科学では叶えられぬ光景だった。ここには人間が失ってしまったモノがいっぱいに詰めこまれていた。
触れたら手が白くなる白亜の壁が静謐さを強め、飾り柱にだって創意工夫の天使が施されている。
床はことごとく大理石が敷き詰められ埃のひとつも落ちていやしない。その上にはずらりとビター色の長椅子が陳列されていた。
ここには歴史、あるいは文化、もしかすればそれすべてが濃縮されている。
余分を排他することを至高と讃える現実では到達できぬ神の域。文化形成は間違いなくこちらの世界のほうが上。
すると余韻を楽しむ暇さえなく、2つの白い影が転がるように大聖堂を駆け回る。
「見て見てミーナ! みんなの像がこんなにたくさんあるよ!
「当然でしょうカーナ! 種族たちもルスラウス様をそれだけ御讃えになっているという証拠なのだから!」
大はしゃぎする子供たち。
仮面の下から発される高い声がキンキンと反響して静謐な大聖堂を騒がす。
無垢で無邪気とはいえ、だ。閉門されているため祈りを捧げる者は少ないが、ゼロというわけでもない。放っておけば迷惑千万なのは確実だった。
「あんにゃろどもめぇぇ……子供には風情とか情緒ってもんがわからんのか……」
「まあとはいえ子供ですから。目くじら立てて嫌な思いをさせてしまうのもお気の毒でしょう」
ミナトが目を細めるも、ザナリアは僅かに眉をひそめつつも子供たちを見守っていた。
懐がふかいのかそれほど気にした様子ではない。どころか眦は優しく、母性の面影が浮かばせている。
「いや、ここは大人がガツンといってやりゃにゃならん。ザナリア母さんはそこで黙って見ていなさい」
「誰が母さんですか誰が!? あと貴方だってそこまで成熟した年齢ではないのでしょう!?」
齢推定14歳のミナトは、ザナリアを置いて、やれやれと肩をすくめ袖をまくった。
大股気味に絢爛な風景をずかずかと歩いて長椅子を縫っていく。
彫像やらの物見に夢中な子供たちの背後をとるのは用意。それから気だるげに子供の首根っこをむんずと捕獲する。
「あんまりはしゃぎ回ってモノを壊しても知らんぞ。あとこういうところではなるべく静かにするもんだ」
やけにあっさり捕まった2人は抵抗すらしない。
なので離してやると、ゆっくりこちら側に振り返った。
「……どうしてボクらの自由を縛るの?」
「なぜ? どうしてワタシたちを制限しようとするのかしら?」
神殿で教団の氏に制されたときと似た空気が漂う。
子供の癖にスイッチの切り替えが早い。それでいて――ひどく曖昧だが――逆らえぬ冷気のようなものが仮面の下に垣間見えた。
だが、先ほどの用にはなってやらぬ。なによりいまこの場での責任者はこちらなのだ。
「迷惑がかかるんだから止めるのは当然だ。アホでもわかることだろう」
このように一刀両断である。
本日のミナトは面倒を見る役目なのだ。教育もその一環。
しかも相手は子供。弱気になる必要なんぞあるものか。
「大勢に迷惑をかける子供を放っておくのは逆に愛がない証拠だ。子供が周囲から白い目で見られないように守ってあげるのも大人の役目ってヤツさ」
教団の様子から察するによほど甘やかしてきたのだろう。
今度は子供たちが同時に「へっ?」「えっ?」と、佇む番だった。
「あとオレも一緒に白い目で見られたくないし、少なくともオレの目が黒いうちは暴走行為を許しません」
ミナトは子供たちの前に指を立てて「めっ」と、教育的に論じる。
すると子供たちは首を軋ませながら互いを間近に見合う。
「ねぇ、ミーナ? もしかしてボクらいま叱られたのかな?」
「どうしましょう? カーナはこういうときどうすればいいのかを知っているかしら?」
「泣く?」「怒る?」「笑う?」「走る?」、なんて。仲よさげに手を繋ぎながら右へ左へ身体を揺らす。
ゆらゆら、と。光沢の多いストレートなブロンドの髪が小川の如く流れた。
――いまさらながら変なガキどもなんだよなぁ。あとなんだ、その仮面は。
ミナトが手を伸ばすと2人は繋いでいた手を離す。
それからちんまいてを手をとって引いてやると、子供たちはこちらが驚くほど従順になっていた。
ザナリアたちの元へ戻っていく途中も、短い足で良く躾られた犬のように並んでついてくる。
「す、すげぇですぜ……! あの高位神官様たちですら手を焼いていたってのに……それを1撃で手懐けるなんて……!」
「いくら叱ってもいうこと効かない子たちかと思ってましたよ。なぁんだ、いわれたらちゃんとする偉い子たちじゃないですか」
待ちぼうけだった騎士たちは手甲で拍手した。
よほど手を焼いていたのか子供たちの豹変振りに感心しながら四角い頭を小刻みに揺らす。
ザナリアは大人しくなった2人を眺めてほがらかに微笑する。
「さ、せっかく大盛堂に参ったのですから入り口に佇んでなんていないで早く奥へと進むとしましょう」
頬横の髪を指で梳くよう通して銀の髪を振った。
先ほどまでの賑やかしは嘘のよう。水を打ったように静かな静寂が荘厳な聖堂に満ちている。
いわれて見れば別に観光にきたわけではない。手早く祈りとやらを捧げてテレノアを探すことに集中したほうが良いだろう。
しかしどうやらことが柔軟かつ潤滑に進むことはなさそうだった。清廉なる静けさの戻ったはずの大聖堂の外から厄介ごとが一党たちの背後に迫っている。
「ハァーハッハッハァ! ハァーハッハッハァ!」
背後からバカみたいな高笑いが聞こえてきていた。
ミナトはその声を耳にした瞬間、レモンでも噛み締めたように顔を中央へ寄せる。
「……げっ!? この聞いただけで嫌でもツラが思い浮かぶ無駄にムカつく高笑いは!?」
おそるおそる振り返ると、ヤツはいた。
開かれた扉の外から大広間より注ぐ後光を背負って白い羽織がばさりと開かれる。
しかも月下騎士をずらりと引き連れており、一団のなかにジュンまで混ざっているではないか。
「誰かと思ってそっと後ろをついていってみれば、まさか教団側のお嬢様のところに転がりこんでいるとはやってくれる! なかなかどうして意外性を突いてくる!」
「ミナト!? お前なんでこんなところにいやがんだァ!?」
聞きたいのはこちらのほう。と、いいたいところだがそうもいくまい。
ミナトは顔を背けながら下を打つ。
「ちっ……! そりゃいるよなぁここはなにせテレノアの住まう聖城なんだから……!」
ここは聖城なのだ。聖女派閥の居城。
で、あるならば月下騎士と聖女派閥の東が徒党を組んで闊歩していてもなにもオカシクはなかった。
東は、鷹のように目端を鋭く絞って、ニヤリ。企みいっぱいに口角を引き上げる。
「敵内部に混入してのスパイか、それともノアのメンバーを見限って寝返ったのか。だがどちらにせよ……――面白いぞ!」
意図せずして大聖堂には聖誕祭の参加者が集結してしまう。
対となる2つの玉座だけが彼らの来訪を迎え入れていた。
… …… ☆ …… …




