155話 夕暮れ時に咲く乙女《Symphony》
暮れともなれば冷が強まり湿り気を乗せた風が頬に触れて通り抜けていく。
三々五々家路につく種族たちのなかに場違いなほど落ち着かぬものが1人いた。
「へ、変じゃありませんか? み、みなさん私のことを奇っ怪な目で見てませんか?」
「周りを見れば誰も怯えていないだろ。鎧の時よりかはだいぶんマシだよ」
ミナトが前を歩くよう背を押してやる。
しかし新衣装に身を包んだザナリアは頑なに彼の影へ隠れてしまう。
道にでてからというもの周囲の目から逃げ惑っていた。胸元を手でひた隠しもう片方の手でスカートの裾が開かぬよう押さえている。
「そんなに伸ばしたらせっかく買った服がすぐダメになるぞ」
「で、でもしかしですね! わ、私こういった装備は着慣れていないのです!」
この期に及んで装備と言い張るか。
今度はミナトが彼女の手を引く番だった。
「いいから背筋を伸ばして堂々としてなさい。オレから見ればどこも変じゃないし自信をもってれば自然と慣れる」
「が、がんばってみます……!」
手を引かれるとザナリアはようやく影からでてきた。
それでも緊張至極といった感じ。ブリキの如く動作は不安定だしなにより手と足が一緒にでてしまっている。
しかし都を征く種族たちはそんな彼女を気に留めることさえなかった。大鎧を着ていた頃と比べてもいまのほうが聖都に溶けこめていた。
「……ふむ」
ミナトはちら、と余裕のないザナリアに向けて横目を流す。
隣をぎこちなく歩く彼女は明明白白。戦いとは縁もゆかりもない清楚な乙女だった。
若葉色のワンピースが目に優しい。鎧を着ていた頃は凜としたイメージが勝っていた。しかし衣装を買えた彼女は暖かな空気をまとっている。
ゆったりと膨らんだ袖、膝上辺りで揺れるスカート。そして首元できゅっと結んだチェックのリボンがトレードマーク。
そのものはシンプルかと思いきや。彼女が着ればなんとも様になっている。若々しい見た目ながら品のある可憐で清楚さが滲みでていた。
『バゴにも衣装だねぇ~。服装が替わるだけであんなにお堅かったイメージがころっと裏返ったね』
――それをいうなら馬子な。
幽霊少女からのお墨付きまででてしまうほど。
いまのザナリアは――緊張さえしていなければ――裏表のない愛らしい少女だった。
「それにしてもお付きの騎士たちも褒めてくれて良かったね」
「あ、あれは……っ! 褒めているというよりきっと調子に乗って茶化していただけです!」
しかし彼女はそれを頑なに認めようとしない。
ザナリアの抜け殻をとりにきた騎士たちからは絶賛だった。
やれ別種族になっただの、と。やれ手間暇掛けて育てた蕾が開いただの、と。とにかく彼女を知っているからかその変化に手放しで歓喜していた。
騎士たち2人の面奥で銀眼をキラキラに輝かせながら感涙に咽ぶ姿は未だ記憶に新しい。
「普通に門出を祝って喜んでくれてただけだと思うけどな」
「いえそんなはずはあり得ません! 明日の鍛錬でたっぷり仕返しをしてあげますから覚悟していてもらわなくては!」
虫の居所が悪いザナリアは、肩をふるふる振るわせていた。
そうして騎士たちに晴れ着を見せて別れたあとは、とうに薄暮の刻を迎えている。
橙に落ちた影は濃くなり雑踏は屋内へと移り変わる。主婦たちは自宅に帰り晩の用意にとりかかる。根無し草の冒険者たちも酒と糧を求め酒場を目指す。
整然と陳列する石畳に帰路につく影が2つほど伸びていた。それがピタリと仲睦まじげに身を寄せ合うよう重なる。
「とにかく良かったな。自分の本当に欲しいものが見つかって」
ミナトが横目がちに薄く微笑みを向けた。
目が合うとザナリアはハッとしたと思えば、俯いて唇を引き結ぶ。
そうして押し黙ったままで、こくりと1度ばかり浅めに頷きを返した。
「オレは嘘偽りなく似合ってると思うよ。そのザナリアが自分で選んだ若葉色のワンピース」
「っ。……ありが、とうございます」
揺らぐ銀の髪奥に真っ赤な夕日が貼りついていた。
とつとつと足音が2つほど。どこか心安らぐ沈黙をまといながらゆったりと、やっぱり宛てもない。
そろそろ今夜の寝床を探さねば野宿となりかねなかった。ザナリアは帰る家があるとしてミナトは冒険者たちと似て根無し草。
どうしたもんかな、なんて。心のなかで唱えていると、ふと上着の裾がちょいと引かれる。
意を突かれながらミナトが振り返ると、夕日を背景にしたザナリアが足を止めて佇んでいた。
「あの……」
か細く弱々しい声だった。
それでも彼女は決してミナトと目を合わせようとはしない。
なのにまるで壊れ物にでも触れるかのよう指先で彼の制服の裾を摘まんでいる。
「きょ、今日はすごく……楽しかった、です。お付き合いいただきありがとうご、ざいました」
いま夕日が沈んだのに、ここだけ未だ茜色だった。
あまりに真っ直ぐな瞳。しかも彼女はエーテル族ということもあってどこか神秘的な銀眼銀燭。
近い位置から見上げられるとミナトも少し照れくさくなってしまう。
「い、いいよ別にそれほど気にしなくても! もともとはオレに魔法を教えてくれるための条件みたいなものだったわけだしさ!」
「それでも私は! ……今日ほど誰かと楽しい時を共有したことがありませんでしたから」
視線が交差すると互いが意識して目を背けた。
意図せず顔の位置が近く、相手の肌温度どころか甘く湿った吐息の湿度まで伝わってくる距離感だった。
ザナリアは胸いっぱいに空気をとりこんですぼめた口からふぅぅ、と長めに息を吐く。
鎧を着ていては隠れてしまう少女らしさがいまばかりは芳醇に香る。細くなだらかな肩は触れると壊れてしまいそう。痩せ身ながらツンと張って主張する胸が吐息のたびに上下する。
「あと、そのっ――」
そして彼女は背筋を伸ばして意を決したようにミナトを見上げた。
次の瞬間。彼女とは別で、予想もしないところから2人に声が掛けられる。
「あら? 貴方たちこんなところでなにをやっているの?」
どこかで聞き覚えのある女性の声だった。
ミナトとザナリアは同時に全身を跳ねさせてから即座にそちらへ頭を振った。
暮れの聖都には巨木の化け物が根を這いずらせながらのたうっている。
その枝部分には花の妖精が。蠱惑な笑みを浮かべてこちらを見下していた。
「ずいぶんと意外な組み合わせね。てっきり人間は聖女側についていると思っていたのだけれど」
おそらく彼女はエルフだ。
否、種族判明なんてミナトの目だけで判断は難しすぎる。
長耳エルフと酷似した似た人物が白き肌を晒しながら足を組んで座っているというのが正しい。
そう、ミナトが「……貴方は?」といいかけた。
しかし反応したのはザナリアのほうが1秒ほど早い。
「自然女王!? お師匠様がいったいなぜこのような場所に!?」
(区切りなし)




