152話 帰らない、時の向こう側へ《Old Playmate》
都の大通りであるフラワーガーデンから逸れてしばらく。
この聖都は路傍に至るまで清潔で非常に治安が良い。日常を彩る花壇の花々が生き急ぐ種族たちを風にたゆたい見守っている。
技術的にいえばノアと比べて劣るに劣る。しかし文明として栄えているのは明らか。幸福度で考えればこちら側に軍配が上がって然るべし。
あちらのほうでは石灰で描かれたよれよれの円を子供たちが跳ね回る。都の景観に浮く粗暴な見た目の冒険者たちの一団が仲間と情報を求めてさすらう。
屈強な男たちは昼間から酒を浴びて胴間声で笑う。それを長耳エルフが神経質な眉を潜めて迷惑そうに睨む。着流しで尾を振り煙をくゆらす三角耳もいれば、半身馬の女が荷を引いてモノを売り歩く。
数多くの種族たちがそれぞれを尊重し、受け入れ、成り立つ。ここは7つの種族が謳うルスラウス大陸世界。
「なあなあ兵隊さん」
「おお? なんすか人間さん?」
ちょっと気になり声を掛けてみると、予想以上に若々しい。
重厚な兜の面越しにくぐもって聞こえてくるが、なかにはちゃんと詰まっているようだ。
ミナトは、先頭を意気揚々と征くザナリアから距離を置いて、微かに声を潜める。
「お宅さんのお嬢様ってもしかして昔テレノアとなにかあった感じ?」
いきなり当事者に尋ねるということも可能だった。
しかしそれでまともに答えてくれるとは限らない。だからなんとなくお付きの騎士に白羽の矢が立つ。
するともう1人の騎士も豪胆な鎧を奏でながらこちらに近づいてくる。
「なかなかに鋭いじゃねぇですか。聖女様とお嬢つったら元幼馴染みってやつですぜ」
襖向こうに覗く銀眼が高い位置から快活げに細められた。
やっぱりそうか、なんて。ミナトは意外でもない返答に頭痛を覚える。
「とはいえ聖女様のほうがお年を召しているんですけどね。お嬢が小さい頃しょっちゅう聖城で一緒に遊んでたんですよ」
「ま、聖女様は生まれたときからあの見た目っすから。記憶を消して聖女は生まれ変わりつづける。そんな枠外の存在だからこそ神聖な御方ってなわけでさぁ」
ガッチャ、ガッチャ。大鎧たちが並んで歩くのだからこれではもう行軍か警らだ。
騎士たちの奏でる雑音に耳を傾けながらも、想像に易い。
同じ宗教を讃え、同じ神を敬う。本来ザナリアとテレノアが対立する理由はないはず。
「小さい頃のお嬢は聖女様の尻ばかり追い回してましたよね。あの頃のお嬢は初心で純粋で可愛かったすねぇ」
「聖女様もお優しい御方だからお嬢を見つけるたびにこにこしてやしたもんなぁ」
騎士たちは面襖をやや傾けた。
思い巡らす先にあるのはどこまでも遠い空があるだけ。本日も2つの月が気長に大陸を見下ろしている。
関係性がわかれば話は早い。ザナリアとテレノアの間にはなにかしらの確執があると見るべきだろう。
そしてその確執はおそらくすでに解明済み。聖女が聖女としての力を承らなかったことで間違いないはず。
「ハナから同じ宗教を讃えているのに喧嘩腰なのはこのせいか。ようやく得心がいったよ」
ミナトは頭の後ろで手を組みながら脚を高く上げた。
膝を伸ばして石畳の感触を足裏で楽しみながら前を歩くザナリアの背に目を細める。
「2人ともありがとう。なんとなくザナリアがオレに協力的な理由がわかってスッキリした」
「お役に立ててなによりです」
「でも俺らから聞いたってことは内緒にしててくだせぇ。なにいわれっかわかりませんからねぇ」
昔は仲良し。断じて、否だ。
だってテレノアはいまもザナリアと仲良しだと思っている。
彼女は誰にでも同じ笑顔で微笑みかける。すべてに対等で平等。そういうものも強さと呼ぶ。
――……寂しいよな。そんなのって。
一方的な愛を注ぐことほど空虚なことはない。
ミナトは、テレノアの心情を察してチクリと痩せた胸を痛めるのだった。
「なにをまたブツブツとやっているのですか? 脚が遅れていますよ?」
ザナリアはくるりと振り返って銀の前髪を横に流した。
どうやら聞かれていたというわけではないらしい。
というよりはじめての買い物に向かう道中でそれどころではないようだ。
普段の凜と澄ました美貌はありつつも、いまばかりは幼げな光を瞳に宿している。
ミナトは1度顔を伏せてから上げると、眉を寄せて口角を上げた。
「協力する代わりに服を選んでほしいだなんて変な要望だよな」
「そうでしょうか? 教団の男連中はアテにならないので真っ当な行動だと思いますけれど?」
さも当然とばかりに貶されるも、お付きの2人は声を上げる様子はなかった。
どうやら自分たちのセンスのなさを自覚しているらしい。都で外聞もなく大鎧を着こんでいるだけのことはあるか。
「なにより飾ることはお父様からのご提案でもあります! ならば娘として全力でまっとうすることこそ使命です!」
「それ娘をもつ父親としていってるだけなんじゃないか? そこまで厳かなモノじゃない気がするんだけど……」
「ついでに人種族を学ぶ機会でもあります。一石二鳥とはまさにこのこと。ですから否が応でもお付き合いいただきますよ」
軽く温度差を感じつつ雑談を交わしながら都を征く
しばらくウキウキと軽やかな乙女の歩調に付き合う。
ときおり都の民が大鎧に怯んで道を譲ったり、希有なモノでも見るような目を向けてくることもあった。
そうして歩いていると、それほどせずに道の奥のほうで賑わいが現れる。
バザーだ。この通りそのもので衣服を広く扱っているらしい。良い香りを引き連れた女性たちが道すがらに脚を止める。展開されている店舗には数多くの衣服がずらりと並ぶ。
「なんという華やかかつ心躍る魅惑の空間……! つまるところここが牙城……! いざ神妙に参ります……!」
そんな華やぐなか、場違いもいいところだ。
ザナリアは、剣に手を宛がうと通りの前で腰を低く落とす。
「牙城って……城攻めじゃないんだから。あとこんな人通りの多い場所で武器構えようとするんじゃないよ……」
「いえしかし……! この場の空気に呑まれる前に敗走も視野にいれねば……!」
ここにきて昂揚がする乙女心が限界を迎えたらしい。
ザナリアは緊張の面持ちで震えながら剣の柄を握りこむ。
そしてその手をミナトは強引に払い除ける。
「服を買うくらいで勝手に敗走を視野に入れるな! そうなるとオレとの約束まで反故になるだろうが!」
こんなところでいつまでも立ち止まっているほうが場にそぐわない。
そう判断したミナトはザナリアの手を引いて通りへと踏み入った。
「あっ……! ちょ、ちょっと待ってください! ま、まだ心の準備というモノが!」
ここまできて足止めなんてたまったものではない。
ミナトはザナリアの訴えを無視してずんずん進んでいく。
「うるさいとっとと進む! とりあえずそのガチャガチャとうるさくて悪目立ちしまくる鎧を脱がすところからだ! どこか落ち着いた店舗でも探して着替えさせてやる!」
「ぬ、ぬがすっ!? いま私のことを剥き身に脱がすとおっしゃいましたかっ!?」
鎧の上にワンピースを重ね着でもするつもりだったのか。それではXLでもサイズが足りないだろう。
ザナリアは、手を引かれてバランスを崩しながらあっという間に顔を深紅に染める。
しかしそれでもミナトは止まらないし、彼女だって口ばかりの抵抗で本気ではない。
なによりこんな面倒ごとはさっさと終わらせてしまうに越したことないのだ。
「あ、じゃあ俺らは場違いなんでこの辺で待ってますね」
「人間さん! お嬢のこといい感じによろしくお願いしやす!」
「えええ!? ついてきてくれないんですか!? は、薄情者おおおお!?」
2人は、手を振る騎士たちに見送られる。
そうして混み合う煌びやかな世界に消えていく。
…… …… ……




