139話 第2世代《Second Generations》
「適合してみせよ! 信少年!」
「――ッ!」
常軌を逸していた。
集う人々は、一切の予断なく、魅せられる。
息を呑む暇さえない。想像を絶するこの光景をただ網膜に焼きつけていく。
「間合いを読み違えるな! そして想像を超えていけ!」
とん、と。大地を蹴るのと同時に蒼き飛沫が舞った。
源馬は刹那に間合いを距離を詰めきる。
観衆たちに動きを捉えられた者はどれほどいただろうか。
そうして彼は俊足の速度の乗った鋭い蹴りを放つ。
「ほう! 躱すか!」
斜め下から突き上げるような蹴りだった。
そして誰もが直撃を覚悟した。
しかし信はすばやく反ることで最低限の動作のみで躱す。
「他愛ない」
「いってくれる! では応用を見せていこう!」
こちら側には音が遅れてくる。
信と源馬の組み合いは人の予想を超えるほどに高速だった。
そして2人だけが切りとられた世界にある。集う者全員にとって別の次元にいる。
なにより信じがたいことは、彼らが使用しているのが未だ第1世代能力であるということ。
ただ純粋な戦闘能力のみでそこまで上り詰めていた。
「《雷伝》!」
初めて源馬の拳が雷光をまとう。
ここにきてようやくの次世代能力が引きだされる。
対して信もまともに受けようとはしない。
「《不敵》」
防壁と雷をまとった1撃が相殺し合う。
雷光はかき消え、防壁はちりぢりとなって砕け散る。
1手ごとに重い衝撃が観衆の鼓膜を揺さぶった。ずんずん腹の奥底にまで伝わる。
「これが強者と強者の戦い……!」
「第2世代能力の向こう側にいる、人間の向こう側……!」
杏とウィロメナでさえ立ちすくむ。
濡れた唇は震え、1手1手進むごとに血が凍りそうな錯覚を覚えさせられた。
いまこの場にいる人々は、教えこまされるのだ。2人の異常さと、人のもつ蒼の大いなる可能性と、その先。
「本当に2人は同じ能力を使ってるの!? これじゃ私たちのフレックスとまったく違う別物じゃない!?」
「たぶんだけどあの2人は私たちの知らない先を知っているんだと思う。おそらくまだ私たちの見たことのない場所を見ている」
これほどまでの実力差を魅せられてなお熱く滾っていく。
頬は高揚し胸は高鳴る。血潮が全身を巡って脳内に憧れという絵を描いていく。
2人の戦いかたはあまりにも、自由だった。地に縛られず、人に縛られず、常識にも縛られることさえない。
「良い動体視力をしていることだけはわかった! だが躱してばかりでは一方的に攻撃されるのと変わらないぞ!」
「減らず口を叩くな。反撃の隙を潰しながらこちらを推し量っているだろう」
ここで信は戦いのリズムを変化させた。
受け身だった構えから軸足をスイッチする。
源馬の腕が伸びきったタイミングを測って拳を脇で挟みこむ。
そして逃げられぬようロックしてから側頭部に掌底を叩きこまんと繰りだす。
「おおっ!!」
掌底が射貫いたのは蒼の残像だった。
源馬は側転を入れると回転の力を利用しロックされた腕を容易に引き抜いた。
まるで軽業師の如きアクロバットな身のこなしで間合いを引き離す。
「フレックスに加えて関節技や体術も扱うか! その若さでよくぞそこまで磨きあげた!」
「これにも反応するか。若干面倒になってきたな」
置いてかれているという事実だけが突きつけられていた。
先のかかり稽古なんて比にならない。反射神経、動体視力、身体能力。どれもが人の限界を容易に超越する。
頂点を垣間見た聴衆たちは木偶と化し、ただ愕然とした。
「やはり君は特別だった! すでに気づきの段階へと至っている!」
なにより指導役である源馬が嬉々としていた。
離れた場所からでも彼のウキウキと小踊りしそうな高揚感が伝わってくる。
いっぽうで信は静寂をまとったままブレることはない。油断なく構えながら源馬を気だるそうに睨む。
「こないのなら終わりにするぞ」
「おおそれはいかん! このような好機を逃す手はないな! 是非とも講義を再開するとしようじゃないか!」
腕組みをし威風堂々と佇む源馬の蒼がいっそう明るみを増していく。
瞳に蒼が宿り、全身をくまなく光が沿う。
「ともに人類を高め合おう。俺たちが先導し導きとなるのだ」
「ここからが本気というわけか。その喧嘩買ってやろう」
すると信も構えを解く。
全身から力を抜き、両腕をぶらぶらとさせる。
そして刮目すると同時に劣らぬほどの蒼を全身から立ち昇らせた。
両者睨み合うと、一気に緊迫感が増す。
舞台上に上がっているのは2人だけだった。他はすべて雑踏を奏でるだけの脇役。あるいは鎮座するだけの路傍の石にすぎない。
「第2世代の能力は人類の生まれ持つ力の延長線上を意味している。真なる偉業は第2世代のその先。人類を超越した者こそが新世代へと至るだろう」
「夢想するのは勝手だが俺にとっては関係のない話だ」
「君は若く柔軟な感性を失っていない。俺が年を経て失ったものをもちつづけている。未来へと励むことだ、少年」
2人が動いたのはほぼ同時だった。
誤差コンマ1とない。おそらくどちらも同じタイミングに機を見たのだ。
この勝負以下に先を予測するかが勝負の決め手となる。第2世代まで極めきっているなら化かし合いでもあった。
駆け上がる。両者真っ直ぐに互いとの距離を強烈に詰めていく。
「オオオオオオオオッ!!」
「――こいッ!!」
直後咆哮とともに信の三段蹴りが放たれた。
ぱ、ぱ、ぱん。左右交互に駆け上がるような蹴りが炸裂する。
源馬はそれを下部のみの1撃だけを両手でガードした。2撃目はみぞおちをとらえ、3撃目は顎を下から抜く。
刹那の3連打のうち、2撃がモロに源馬を襲った。
首が飛んでもオカシクないほどの切れ味。これには聴衆からどよめきめいた悲鳴が上がった。
しかし源馬は仰け反った姿勢から即座に体勢を持ち直す。
「鋭く迅速な良い蹴りだッ! しかし内側に響いてこないぞッ!」
まったく効いた様子はない。
どころか喜ばしいとばかりに口角を引き上げていた。
信は間合いをとってから着地と同時に残心を決める。
「こちら側に打たせるよう段どりを作ったな。しかもフレックスによる防御まで完璧か」
「俺相手ならば先ほどまでのよう慎重に戦わなくても良いぞ! もっと君の魂の声を奏でたまえ! 周囲にその音を聴かせてみろ!」
源馬という熱き男の熱が伝播していく。
熱に当てられた信は、フッと笑った。
「ああ……」
熱くなっていく。
うだるような暑苦しさが蒼をより燃え上がらせていく。
「やってみるとしよう」
貼りつけられたのは凍てつきだった。
鬼気とし、威嚇の笑みだった
「《雷伝》」
電光をまとうと次の瞬間姿がかき消える。
まさに電光石火。地を這う落雷の如き軌道を描き源馬目掛けて撃ち貫く。
「《重芯・岩翼》!」
「《重芯・岩翼》!」
そして奇しくも2人の選んだ技は同じ。
信は拳に重圧を籠める。対して源馬は己自身に重圧を籠めて耐える。
蒼をまとった拳と拳がぶつかり合うと爆発的な衝撃が生みだされた。2人を支える床材がめしゃりとひしゃげて凹む。
「オオオオオオッ!!」
「蒼に混ざって良い熱が伝わってくるッ! 見こみ通り良き闘争心だッ!」
源馬との講義中、熱に浮かされる者は多くいた。
しかし彼の熱量に応じてやれる人間はそうはいない。
だからおそらく信と源馬はどちらも楽しんでいる。蒼が振る舞うままに心を高め同調させていく。
そこからは地上と重力でさえ彼らを縛れなくなった。
(区切りなし)




