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BREVE NEW WORLD ―蒼色症候群(ブルーライトシンドローム)―  作者: PRN
Chapter.EX5.1 【帰られない日々 ―Black out―】
137/364

137話 蒼き剣豪《The GIVER》

挿絵(By みてみん)

与えられし者

選ばれた少年


淀みより

這いでし


孤高の侍

 ノアアカデミーでは生活する上で必須とされる9年の教育意外にも多くの技術を学べる場となっている。

 そのなかでも多くの人々が興味を示すのは、やはり人類の潜在的能力だった。

 とくにノアでもっとも潜在的能力に秀でた講師陣で構成される《四柱祭司(スクエアプリースト)》の抗議人気は群を抜いて高い。

 普段であれば教室で十分な学習環境もあふれる。聴講者数が増加することで屋外指導という形になることも多かった。

 しかし今日という日はいつも以上に聴講者の数が膨大に膨れ上がっている。

 なぜなら あ の 7代目前艦長長岡晴紀によって仕立てられたと噂される少年が授業へと初参加する日なのだ。

 そしてもうすでに戦いの火蓋は切って落とされている。かかり稽古という体で実力がつまびらかになっていく。


「うおっ!? マジかよ!?」


 警戒もなく突っこんだお調子者がまた1人地べたに貼りつけられた。

 彼に落ち度はあっただろうか。恐らく聴衆たちの目にはそれほど大きなミスはなく見えている。


「ぐっ!? クソおおお!?」


 しかし結果は惨敗といったところ。

 《不敵》による壁によって地面に固定されている。もはや己の力では身動きすらとれないだろう。

 さながら生物の標本だった。標本と異なる点をあげるのならそっと生かされている。

 これでもう3人目だった。全員が同様の方法ではない。それぞれ異なる敗北を与えられていた。

 そうしてまた1人もタックルを受け流され、3mほど吹き飛ばされてしまう。


「す、すぱいしぃ~……きゅぅ」


 ごろごろ、と。もんどり打って転げた。

 止まることには目を回してしまっている。

 実戦抗議を聴講するために集まった者たちは、彼の戦闘手段から目が離せずにいた。

 彼の戦い方は、なにがか大きく異なっている。そしてそれを形式的に名づけるなら、桁が違う。


「さすがにこのレベルとは思うまい……! 我々の培ってきたフレックスの扱い方のすべてを網羅してなお超越するか……!」


 チーム《四柱祭司》のリーダーほむら源馬げんまでさえ忖度ない評価を下さざるを得ず。

 腕を絡め威風堂々としながらもあまりの驚愕に口角の辺りを痙攣させていた。

 この試合に参加しているのは8人。とはいえ別に個対多を目的とした仕合うではなく、より実戦に当てはめるもの。

 しかし参加している者たちからすればたまらない。たった1人の異端者によって仕合いそのものが支配されているのだ。


「……っ」


 奇天烈な髪型の少女が無言でアイコンタクトを送る。


「……!」


 黒をまとう少年も同調するようこくりと頷いた。

 この2名は別のチームに属している間柄である。仕合いという形式で頂点をとれるのは1名のみであり互いが敵となる。

 しかし1人の敵を作ることで結託がする。

 ここまで脱落した5名はそれぞれ個として敗退した。それを踏まえた上で少年と少女はほぼ同時に敵へ仕掛ける。


「あ”あ”あ”あ”あ”あ”!!」


 まず少女が刃の潰れた訓練用の大剣を肩に振り構えた。

 第1陣の役割を果たすべく蒼をまといながら猛進する。


「――ッ!」


 その影にぴたりと這うよう少年が姿勢低く追従した。

 即席のコンビネーション。普段であれば組まぬ異色のタッグが生まれる。 

 第1陣から2陣へ繋げばひと息に2撃を加えられるという算段だろう。さすがの彼とて隙は生まれるはずと踏んでの突撃だった。

 しかし願い叶わくば、それを策とは呼ばぬ。第1陣の大凪による袈裟斬りは不発と終わる。


「振りが遅すぎて話にならないな」


「なっ――ガッハ!?」


 少女の腹部に徒手が刺さった。

 衝撃が蒼き飛沫となってずんっと背に突き抜ける。

 柄には手が添えられ振るうことさえ防がれた上での後の太刀(カウンター)だった。

 そのまま少女の身体はぐらりと前のめりになって倒れてしまう。


「次はお前か」


「くっ!?」


 影となって潜んでいた少年に鈍色の瞳が向むけられた。

 少年は一瞬噛み締めるように躊躇う。

 しかしそれでも食らいつかんと両双剣を横薙ぎに一閃する。


「いないだと!? どこに消えた!?」


 どういうことか彼は敵を見失ったらしい。

 きょどきょどと汗巻きながら周囲を見渡す。消えた存在の姿を追うも見つからず。

 それでも聴講する者たちの目には、敵である姿が見えている。

 とりあえず場にいる全員が、いま目の前で恐ろしいことが起こっていることを自覚した。


「どこだ!? いったいどこに逃げたんだ!?」


 なにより参加者は全員得意とする武器をもって参加している。

 しかし彼だけは違った。その身だけ(ワンハンド)

 ハンディを背負ったうえで参加者を別個に6人も脱落に追いこんだのだ。

 間もなく仕合いが決する。誰もが未だ見失って慌てふためく少年に同情を送る。


「《雷伝(システム)》」


 彼はずっとそこにいた。

 漫然と。至極当たり前であると。常識のように立っている。

 少年の振り抜きを飛んで交わして以降彼は、ずっと少年を上から視界におさめていた。 


「まさか!? 上だとッ!?」


 声のしたほうを向いたところで、もう遅い。

 振り仰いだ直後に少年の頭上から落雷が頂点より襲いくる。


「《落雷(ストライク)》」


「ぐあああああああ!!?」


 紛うことなき直撃だった。

 切なげな悲鳴が止むと、少年は全身から力を失って倒れ伏す。


「ま、マジかよ!」


「1人で稽古の参加者全滅させたの? あれだけの短時間で?」


 戦いを讃え健闘を祝う歓声はなかった。

 聴講する者たちは――彼のチームメンバー含め――ただ1人の勝者に怯えすくむ。

 この場に集う誰もが彼を見上げる。目上の存在であり、高みとして位置づけていた。


「……ふぅぅ」


 暁月(あかつき)(シン)は、天井に立ちながらそのままの体勢で残心をとった。

 そしてあろうことかそのまま天井を端まで歩いていく。重力でさえ逆転させながら逆しまになって歩行する。

 端までよって壁に足をかける。すると今度は壁を伝ってのんのんと歩き、やがて地上へと降りてくる。


「最低限意識を保たせないよう立ち回ったが、これで終わりでいいのか?」


 紡いだ言葉は微風だった。

 これほどの僥倖を振る舞ってなお清淡だった。

 戦いの後だというのに息ひとつ乱すことはなく、汗のひとつも浮かべてはない。


「ば、化け物かよ……!」


「とんでもない……! 立っている場所のレベルが違う……!」

 

 集いのなかから彼への畏怖が漏れた。

 怖じ気づく。声は震え表情は引きつる。恐ろしいものを眼前に置いて慄くことしかできずにいる。

 しかし信はどこ吹く風とばかりに筋の通った鼻をあちらに向けた。


「治療の必要ないとは思うがあのまま寝転ばせておくのは心苦しい」


 そういって手を払うと《不敵》が解除される。

 押さられていた少年は呆気にとられた感じで立ち上がれず。


「そこのお前に頼みがある。気絶してる連中をマシなところに運んでやってくれ」


「なっ!? なんでテメェのいうことなんて聞かなきゃならねーんだ!?」


「頼むといっているんだ。それともこれ以上交わす言葉が必要なのか?」


 静かで凜とした圧だった。

 少年は蛇に睨まれたカエルのように「ひっ!?」這いながら青ざめすくんでしまう。

 すでに格付けは済んでしまっている。実力というなにものにも抗えぬ形で証明されている。

 そしてそれは参加者である少年少女たちだけではない。この場にいるほとんどの人間が彼を己以上の存在であると認知させられた。


「信くんのいうとおりこのまま寝かせておくのは可哀想だな!」


 《四柱祭司》の源馬が拍を打つ。

 厚く大きな手をぱん、ぱんと叩く。想像以上に大きな音が周囲に響いた。 


「手の空いているもの、あるいは友人であるものは、勇気ある子たちを介抱してやってくれ!」


 そう指示されると聴講する者たちのなかから数人が介抱に回った。

 どうやら信も本気で挫こうとしたわけではないらしい。参加者たちは揺すられたり背負われたりした段階で虚ろに意識をとり戻している。


「いやはや俺としたことが当てる相手を間違ってしまったようだな! 君を相手に第1世代の子たちでは少々荷が勝ちすぎていたらしい!」


 源馬は堂々とした佇まいでかっかと気っ風よく笑う。

 対して信は介抱される元対戦者たちを感情のない瞳で見つめていた。

 杏だけは僅かに、だが。彼が少しだけほっとした様相を浮かべていると、横顔から窺えた。


「そうか第1世代能力までだったのか。なら俺も第2世代を使うべきじゃなかったな……悪いことをした」


 多くは語らぬ、どこか悲壮を背負う孤高の戦士がいる。

 この場にいる誰もが興味本位だったはず。しかし終わってみれば一目瞭然。


(区切りなし)

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