131話【VS.】超進化固体 石食いの怪魚 エヴォルヴァシリスク 8
『ミナトくんって目に対してなにか恨みとかあるの?』
あからさまな問いだった。
尋ねずともげんなりしているのが声のみで伝わってくる。
「イヤないいかたをするんじゃないよ! お前のところの世界の魔物が弱点少なすぎなだけだからな! あっちは酸を吐くかと思えばこっちでも銃効かないし!」
『効果的だけどまず目を潰すっていう選択肢がでてくる時点で……ねぇ?』
「四の五の言うんじゃない! 勝てば官軍負ければ賊軍だ!」
ヨルナはなにかいい足りないらしいが、これは序の口にすぎない。
ミナトの指示によってチーム《祈り女神》は息を吹き返した。
明らかに敵は瞳への攻撃を嫌がっている。攻撃が効果的に効いているという証拠でもあった。
「GYAAAAAAAAAA!!?」
惑う。ガラスを裂くような雄叫びを発して逃走を図る。
しかし逃げられる範囲には限りがあった。ワイヤーの限界地点まで地を裂いてまた実を翻して右往左往と暴れ回った。
そうして生じた一瞬の隙を見て蒼き瞳が流麗に光る。
「そこ!」
「GEEEEEEEEEEEEE!?!」
手練れの射撃は確実に獲物の瞳を打ち貫いた。
弾丸がまるで葡萄の実をもぐかのように無数の瞳を潰していく。
瞳の数だけは異常に多い。しかも守っているのは透明で薄い膜のみ。
リーリコは横目にマガジンの残量を確認する。
「残弾数……余裕あり。もっと過激に攻めても良い」
迅速に空いたマガジンを放出した。
そうやって新しい弾倉をカービンに装着して古いものは腰の容器にしまう。
実践であっても彼女の動きに迷いはない。身体に染みこませたかのような流れる所作で身につけた技術を見せつけていく。
「あとにつづくよ! 《落涙》!」
頂点から蒼き矢が降り注ぐ。
休憩によって持ち直した夢矢も援護へ加わった。
頑なであり堅実なフォーメーションに敵は惑ういっぽう。
そうしてついに最後の1つが射撃に晒される。
「はぁぁ!!」
「GIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIII!!?」
敵の目が生えそぼっていたであろう箇所が痛ましいほどの鮮血と泥に濡れた。
無数の目を覆っていた透明な薄い膜も穴だらけになって風通しが良くなっている。
そして長きに渡る充填を終えて、すでにこちらでも準備が整っていた。
「全員巻きこまれたくないならいったん引くんだ! お待ちかねのとっておきがいくぞ!」
ミナトが合図をだす。
すると仲間たちの動きにも迷いはない。四散するようにその場から急ぎ遠のく。
これだけ時間を与えられたのだ。不服ながら傍観という立場をとらされた怒りがいつ暴発してもおかしくない。
「敵の目は潰しきった! あとは好きに踊ってみろ!」
ミナトが次の合図をだす。
するとすでに詠唱を終えたテレノアとザナリアが佇んでいた。
「合わせてください! 《ハイマジックアロー》!」
「いわれなくても! 《レイ》!」
高音かつ勇壮な2重奏が戦場に響き渡った。
テレノアの掲げられた手から放たれた光輝なる大矢が投じられる。
ザナリアも剣を天高く掲げた。切っ先の向こう側から光の雨が日差しの如く降り注ぐ。
「GYA!? GYAッ、GORRRRRRRRRR!!?」
2人の放った魔法はそのままヴァシリスクの巨体を巻きこんだ。
雄大なる粒子の矢が敵の胴を横1閃に風穴を開ける。
「エルフのかたがたから奪ったもの返していただきますッ!!」
頂上より降り注ぐ光は大地ごと鱗さえも焼き焦がす。
「創造主ルスラウス神の御名の下に正しき清算を与えましょうッ!!」
敵は瞳から光を発することで呪いを発生させる。
そのためすべてを奪った現在であればフレクサーでなくても呪われる心配はない。
これで死以外で恐れるものはなにもなくなった。つまりテレノアとザナリアも十分な戦力として加わることが可能となる。
「全員呪いの心配はもうなくなったッ!! 騒動を起こした元凶に始末をつけてやれッ!!」
ミナトも木の影から飛びだすと、戦場へと駆けだした。
そんな彼につづく。《祈り女神》のメンバーたちも戦線に復帰していく。
「きっとキミも生きるために仕方がなかったのかもしれない! それでも僕らにだって抗う権利がある!」
「お前はちぃっと節度が足りなすぎだ! 慎ましくしてりゃここまでひでぇことにはならなかっただろうにな!」
「命は平等ではない! 罪を重ねた命は多くの罰によって囚われ裁かれる運命!」
人間たちは敵目掛け、蒼を引き、疾走した。
怒濤の一斉攻撃が敵の巨大に襲いかかる。その戦線にはテレノアとザナリアも含まれる。
矢、魔法、銃弾、銀閃。それぞれの攻撃が岩の如く硬い鱗を剥ぎ、薙ぎ、貫いていく。
すでにエヴォルヴァシリスクも抗いようがない。のたうてばのたうつほどその身には蒼きワイヤーが幾重にもからまっていく。
「これがお前がエルフたちにしたことだッ!!」
ミナトはワイヤーを引き上げ敵を締め上げた。
引かれればひとたまりもない。だが、動きを封じて仲間の攻撃を補佐するのであれば事足りる。
「GEEEEEEEEEEEEEEEE!!?」
悲鳴とともにごぼりと血の泡が吐きだされた。
敵はもはや身動きさえとれず攻撃に晒される立場にある。いつだかのエルフたちとまったく同じ運命を辿るのだ。
視界は潰され、そのうえ全身には蒼きワイヤーが絡みつく。大地のなかへ潜り逃げることも、広大な世界を回遊することさえ、身体そのものが奪われた。
絶対に逃がさない。蒼き意思は頑なであり強靱さを秘めている。
「孤独な世界で息絶えるまで身動きさえできない不自由を思い知れェェッ!!」
ミナトの蒼き意思が繋ぐ。
エカマプタの花畑は目を覆いたくなるほどの惨状となっていた。
か細い茎が折れて汚れた花弁をしなだれる。血に濡れ泥に押されひしゃげる。カマナイ村に愛された美しき花々はもはや見る影もないほど穢れきっている。
平穏を望むエルフたちがいた。決して繁栄を望むほどのものではない。奥ゆかしく些細な望みをもっていただけだった。
そんなエルフたちを尊ぶ優しき龍がいた。はじめて触れた繋がりに温もりを覚えて執着した。まるで子供のように純真な心だった。
「お前にはもうなにも渡さない! オレの世界は奪わせない!」
「……rrrrrrr……」
そしてトドメとばかりにジュンが頂点に飛んだ。
回収を終えた幅の広い銀剣を上段に構えながら落下してくる。
「これでシマイだあああああああああああああああ!!」
「GGG――AAAAAAA!!」
全体重を乗せた渾身の1撃がエヴォルヴァシリスクの額に振り下ろされた。
それと同時に開かれた牙の牢獄の底から断末魔があふれる。
怪魚は叫ぶのみ。身は縛られ巨体をよじることさえ禁じられ、藻掻くことさえ許されぬ。
「スイッチッ!!」
そして最後にジュンが銀剣をジャキッ、と展開させた。
刃は傷口を広げより深くまで至る。蓋を仕切れぬ刃と肉の間からぶしゃぁという禍々しい悪血が噴きだす。
最後の1撃が加えられると、しばし時が凍った。
鈍重な怪魚はゆっくりとだが確実に喘ぐような呼吸を鎮めていく。
「Hee……Hee……RRR……!」
生命の胎動が静まっていく。
絶え間なく上下していた肉の厚い腹部分も、血が抜けていくに従ってすぅ、と軽くなっていった。
そうしてしばし……――どれほど眺めていただろう?
一党らは緊張を孕みながら命とされるものが命を終える課程を眺めた。灯火が消えていく様から目を逸らすことはなかった。
ようやく敵が死を迎えたと確信できたのは、ワイヤーに伝わる鼓動が完全な静止を終えたころ。
「……かった」
ミナトは肺から絞るようにして勝利を口にした。
拳を突き立て勝利を叫ぶ気さえ湧かない。
逼迫しすぎていたせいか緊張が途絶えた瞬間にどっ、ときた。強張った全身の筋肉から力が抜けると魂さえも吐きだしてしまいそうになった。
しかし心地の良い疲労感でもある。対巨大。成し遂げたという達成感が骨張った胸いっぱいにあふれてくる気分だった。
「おつかれさん。またヤッベェ戦いのなかで命拾いしちまったな」
敵の死骸から下りてきたジュンは、ミナトの肩をとん、と叩いた。
とはいえ気さくに笑う彼だって疲労の色を隠せてはいない。
「さ、さすがに苦労したよね。でもそれだけこの戦いには意味があったと信じたいよ」
夢矢も十分にへとへとな状態だった。
愛らしく微笑む表情の端がすすけた感じになっている。
ただリーリコだけは普段と変わった様子はない。
「警戒解除。任務完了」
カービン銃の銃口を太もものホルダー差し入れた。
残る2人とは異なって涼しげな表情で凜と佇む。
「リーリコちゃんって油断してるときってあるのかな?」
「同期の連中でさえ寝てる顔を見たことがねぇらしいぜ?」
男連中がひそひそやっていてもまったく意に返した様子はない。
最前線で戦っていたのだから面々が疲れているのは当然だろう。戦闘に参加していないミナトでさえこれほどの疲労を抱えている。
つまりこの場にいるほぼ全員が同じかそれ以上に疲弊しているということ。
「……………………」
だからか勝利という美酒を実感し、酔う暇もなかった。
緩急した心が異変に気づくことを遅らせてしまっていたのだ。
背後でぶくぶくと泡立つそれに誰も気づけない。再構築されいま1つになろうとする悪しき色を見逃していた。
「―――KAッ!!!」
「ミナト様!!」
漆黒と深紅の瞳から森一面を覆うほどの凶兆が放たれた。
死んだと思われたエヴォルヴァシリスクが生きている。生きてなお再生を行っている。
そして最後にミナトの目に映ったのは禍々しき光に飲まれる直前だった。
己と光源の狭間に割って入ったテレノアの姿だった。
彼女は真っ青になって飛んだのだ。その身を挺して光を浴びながらもミナトが影になるよう割って入った。
「あ……?」
ふぬけた声の後すぐにとさり、という軽い音がする。
光の余韻でミナトの視界は定かではなかった。
しかし目の前に横たわるそれがいったいなんであるかを彼は知っている。
「あ、あああ……! あ”あ”あ”あ”……!」